春の陽気な空気、咲き誇る桜、その中で始まる新しい生活。
俺も例外ではなく、今年新たに高校生となった。
今は平均程度だがどうせ成長するだろうと、少し大きめのものを選んだ学ランを身に纏い、ほんの少しだけ見慣れて来た通学路を急ぐ。
そうしてしばらく行けば、緩やかな坂の上に校舎が見えてくる。
距離だけ見れば近そうに見えるのだが、上り坂で時間がかかる。
実際に登ったこの数日でよく分かった。
まだ短い高校生活の中で、それとは別に知ったことが色々とある。
今一番俺を悩ませている、生徒全員が部活動に入らなければならないという学則もその一つだ。
しかし入りたい部活もなかった俺の手元には、未だに白紙の入部届が残っている。
まずいと思ってはいたのだが、結局答えは出なかった。
そして今日で残すところ一週間となってしまった。
ここまでの期間で決まってない生徒は、強制的に部活の体験をさせられると担任から説明を受けた。
それは当然俺も例外ではなく、まずどこから見学をしたいかと聞かれた。
少し悩みはしたものの、今日は体育の授業があったこともあって
「運動部に行くのはダルいんで、それ以外にしてください」
そんな雑な内容を担任に伝えたところ、俺は美術部の見学へ行くことになった。
俺が美術部……その響きだけで笑ってしまう程に似合わない。
最後に自分から絵を書いたのなんていつかも思い出せない。
出されるであろう課題を適当に書いてとっとと帰ろう、その時は確かにそう思っていた。
「体験入部の神田です。よろしくお願いします」
「部長の鳴見だよ、今日はよろしくね。いきなり失礼なこと言うけど、君は文化部に入るような雰囲気に見えないけどさ、なんでウチに体験入部しようと思ったの?」
部長を名乗る、眼鏡をかけた三年生と挨拶を交わす。
女子にしては背が高く、砕けた喋り方のせいか、なんとなく活動的に見えなくもない。
「あー悩んでたら担任が適当に?」
「まぁなんでもいいんだけどね、部員少ないし入ってくれると嬉しいなって事で」
「……考えときます」
今のところ入部する気はないのだが、体面上そう返しておく。
「まだ始めるまで時間があるからそれまで好きにしてていいよ、じゃあまた後で」
そうして部長はスタスタとどこかへ行ってしまった。
手持ち無沙汰になってしまい、どうしたものかとあたりを見渡す。
先ほど言われたように、見えている人数は少ない。
教室を埋めるには到底足りず、目立つ空席からは寂しさを感じる。
それでもポツポツと何個かのグループに分かれて、おそらく一五人にも満たないだろう部員らが、少し距離を開けて談笑している。
イメージ通りと言うべきかやはり女子の比率が高い、そう思いながら見渡して気付いた。
男子がいない。一人たりともだ。
ここまで比率が偏っていると、男子が入部するのはかなり難しいだろう。
部員が少ないのはそのせいでもあるんじゃないかと思う。
その中の一つのグループに、見知った顔があったので声をかけてみる。
セーラー服に付いたリボンの色で分かるが、一年生でまとまっているグループのようだ。
他の顔ぶれにも何となくだが見覚えがある。
「矢島お前美術部だったんだな」
「実はね。意外だった?」
「どっちでもないな。何でも好きそうだし、何しててもあー……みたいな反応するわ」
「なにそれ、意味分かんないんだけど」
何が面白いのか、クスクスと笑われる。
矢島はクラスで席も近く、そこそこ話をする仲だ。結んでいるわけでもない肩まで伸ばした髪、他の女子ほど短くもないスカート丈、平均的な身長や発育と、こういっては何だが無個性なのが個性みたいなやつだ。
「どこでも上手くやってけそうな感じがする?みたいな」
「そういうこと?まぁそうかもね」
人柄の良さそうな笑顔を浮かべ、誰とでも上手くやってる世渡りの上手さはコイツの長所だと思う。初日に緊張していた俺にとって、クラスでの初日に向こうから話しかけてくれただけでもありがたかった。
「逆に神田がなんで美術部にいるのか、すごく気になるけどね」
「部活を決めるのが遅いと、色々体験入部させられるんだわ」
「だからって神田さ全然絵とか描きそうにないし興味もないでしょ、似合わなすぎて笑えるんだけど」
「自分でも分かってるわうっせ」
やはり誰から見ても、俺が美術部に似つかわしくないことに間違いはないようだ。
確かに目つきが悪いとか言われたことはあるが、自分以外にそこまで言われると無駄に否定したくなる。だが他のやつらも、いかにも私はインドア派です!といった見た目で、そう見えない俺が会話に割り込んでしまったからか、少し居心地が悪そうな、気まずそうな、そんな空気を漂わせている。
悪いことをしている気分になるので、矢島と会話して時間をつぶすのは諦めたほうがいいか。
「まぁ入る気は無いから今日だけよろしく頼むわってことで」
「はいはいよろしくね」
そうして会話を切り上げ、適当に空いている窓際の席へと座る。
間がいいことに、ちょうど姿を消していた部長が戻ってきた。
「はいこれ見学君の鉛筆とスケブね、使い方分かる?」
そのまま俺の方へとやってきて、道具を渡してくる。
いくらなんでも紙と鉛筆の使い方が分からない奴はいないと思う。
「はいはいみんなも時間になったから始めようか、まずはいつも通りクロッキー五分ね。順番は確か二年の番だった気がするから二年は適当に話して決めてー」
そう周りへ声を張った後、また俺へ向き直りそのまま続ける。
「まぁ時間制限の短いスケッチみたいなもんだよ。上手いとか下手とかはどうでもいいから、時間内に人っぽい形になるように頑張ってみてね」
そうしてダラダラと二年生が話し合いを始めたタイミングで、教室の後ろ側の扉が開いた。
「すいません遅れました……」
ガラガラと扉が開く音と一緒に、ボソボソとした声が聞こえてくる。
音に反応して振り向くと、一人の女生徒が頭を下げていた。
無造作に伸びた長い黒髪、黒との対比が眩しい白い肌、顔は見えないがリボンの色からすると二年生のようだ。
「ちょうどいいからブッキーそのまま今日のモデルになってよ」
「わかりました……」
そうして彼女は教室の前まで移動し、皆から見えやすいようにか、椅子の上に直立する。
数秒はそうしていたが、急に謎のポーズを取り出した。
とても有名な船が沈む映画で、女優が船首で取っていたT字に見えるあのポーズである。
俺はつい笑いそうになってしまったが、他の部員にとってはモデルが何かのポーズを取るのはいつものことなのだろう。何も思うところはないようだ。
唐突な謎のポーズに気を取られていたが、改めて彼女の顔を見る。
端正な顔立ちだが、なんとなく暗い印象を受ける。妙なポーズをとりながらも表情を崩さないあたりは真面目な人なんだろうか。だがそんなことよりも重要なことがある。
彼女の顔はあまりにも俺の好みだった。それは意味不明なポーズを取っていても褪せることのない可愛らしさで、あまりにもあっけなく、俺を一目惚れさせるだけの魅力に溢れていた。
「はい五分だよ終わり!意見が欲しい人は持って来てね」
そうして終わりを告げる部長の声がするまで、間抜け面で彼女を眺めているだけで何も書けなかった。5分なんてあっけないものだ。
「じゃあ見学君のも見せてもらおうかな……って真っ白じゃん。まいったな、マジで鉛筆使えないのは考えてなかったんだけど」
「いやそういうわけではないんですが……」
「まぁまぁ気にしないでいいよ、最初から上手くいくことなんてないしね。鉛筆の使い方から丁寧に教えてあげるからさ、ドーンと私に任せなさい」
「もう何でもいいのでよろしくお願いします」
そう返事を返しながらも、目線は彼女を追っていた。
おそらくは風景でも書くのだろうか、そんなに大きくもない体に、やたらとデカい下敷きみたいなものをぶら下げ、早々に外へと行ってしまった。
「いつもこんな雑な感じなんですか?」
「そうだよ。基本的に個人で描くものだしね、まぁ一応共同制作してる子もいるけどレアだね」
「さっきのデッサンみたいなのも、日替わりで謎のポーズを?」
「謎って……毎日ぼっ立ちの人間描いてもしょうがないでしょ、ポーズはモデル任せだけど。ブッキーはかわいいからね、変なポーズ取るとそのギャップがすごいよねー」
自分も変と言っているのに気付いているのだろうか。
「そのブッキー先輩はどこか行っちゃいましたけど」
「いつも風景画描いてるからね、今日も描いてるんじゃないかな。まぁそれは置いといて、見学君は鉛筆の持ち方からいこうか。……そんな顔しないでさ、ちゃんと絵を描くときは持ち方も変わるんだって」
そう言う部長に基礎の基礎から教わりながら線を引く。
ただ直線を沢山引けと言われたが難しい。試しにと部長が手本を見せてくれたが、定規もなしによくもここまで綺麗な直線を引けるものだと感心した。部活が終わる時間まで、言われるがままに線やら円やら色々と書いて俺の体験入部は終わった。
他の部員たちも各々に片付け、帰り支度を始めている。
「はい、お疲れ様。どうだった?」
「書いてる間は結構集中できてたんで、嫌では無かったと思います」
「おっ意外と好印象。めんどくせーとか思われてると予想してたんだけどね」
自分でも体験する前ほどに美術部は無い、と思ってないのは意外だった。
かと言って、それでは入部します。となる程でもないが。
「まぁ私は君がウチを選んでくれると信じてるよ。今なら全ての男子が憧れるハーレムが自動的に付いてくるからね」
「そんな理由で入るなら、もう他の男子が入ってるんじゃないんですか……?」
他にもこんな特典が!と、やたらと頑張って勧誘してくる部長の話を適当な相槌で聞き流していると、彼女が戻ってきた。
「おっブッキーちょうどいいところに。見学君が頑固でね、ドーンと一言言ってやってよ」
「えっと……急にそんなこと言われても困ります……あの、入ってくれてたら嬉しいなってそれだけで……無理なら無理で……」
ワタワタと落ち着きなく視線を揺らしながら、明らかに緊張した声で勧誘らしきものをされてしまった俺は。
「無理ではないです入ります!よろしくお願いします!」
気づけばそう勢いよく返事をしてしまったのであった。
大体この分量~+1000字ほどで七話くらいやります。