見えない目   作:アペ子

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ダラダラ進みます


二話

そして次の朝、いつものように矢島と挨拶を交わす。

 

「おはよ神田。美術部はどうだった?長いこと勧誘されてたよね」

 

「おう矢島先輩。これからも頼むぜよろしくな」

 

「……マジで言ってる?」

 

「俺も自分で信じられないが……マジだ」

 

「乗り気じゃなかったよね、部長に脅されでもした?」

 

「そういうわけでも……いやそういうことにしてくれ」

 

自分でも馬鹿げた理由だと思うのに言えるはずもない。

 

明後日の方向を向きながら、適当に言葉を返した。

 

チラリと横目で伺うも、その不満げな表情からは納得してないぞという意思を感じる。

 

「部長も力仕事してくれる男子が欲しいって言ってたし、変わった人だから脅してても変ではないけどさ」

 

「文化部だし暗いやつばっかだと思ってたけど、すごい軽い感じの人だったなあの人」

 

「偏見はよくないね。私みたいに明るくて元気なかわいい子もいるってことだよ」

 

「自分でかわいい言うなおい。そういや昨日モデルしてた人さ、結局部長がブッキーとしか呼ばないせいで、最後まで名前が分からんままだったんだが、なんて名前なんだ?」

 

せっかくの機会なので、先輩の事について探りを入れてみる。

 

そういえば彼女の名前すら知らないままで、即入部を決めたのか俺は……。

 

それほど自分が恋愛脳なのか無鉄砲なのか、どちらにせよ恥ずかしい。

 

「なになに伊吹先輩のことが気になるの?分かるよ、美人だもんね。名前は確か……雪希だったと思う。風景画描きにいつも外へ出てるから、私もあんまり話したことはないんだよね」

 

「いきなり変なポーズを眺めることになったら、誰でも気にはなると思うぞ」

 

「そのうち神田もやるんだからさ。変なポーズ、今のうちに考えといたほうがいいよ」

 

「すげー嫌なんだが……」

 

そうこう話しているうちに、HRの時間を告げるチャイムが鳴った。

 

このままダラダラと部活を続けたところで、まず話をする機会すらないということは分かったので良しとしよう。

 

部活に入るまでに悩まされ、入ってからも別のことで悩まされるとは思わなかった。

 

 

 

悩みは何も解決しないまま、俺が美術部に入部し二週間ほど経った。

 

基礎的なことを部長に習いながら、なんだかんだで意外と楽しんでいると思う。

 

しかし未だに伊吹先輩との接点はほとんど無い。

 

このままでは何のために入部したのか分からない……非常にまずい状態な気がする。

 

そういえばモデルの順番も一度回ってきたが、部長の

 

「せっかくだからビシっと男っぽいポーズでよろしくねー」

 

との言葉で、嫌々ながらもボディビルの大会で見たことのあるポーズを適当に取った。

 

何がそんなに面白かったのかは分からないが、それは部長のツボに入ったらしく、制限時間中ずっと笑い転げていた。それに釣られてなのか矢島も含め、他の生徒も何人か笑いながら描いていた。伊吹先輩も少しだけ笑っていたように見えた。それはいい。

 

先輩を少しでも楽しませることができたと、前向きに考えよう。

 

だが人を鉛筆も使えないと煽ったわりに、自分も白紙で終えた部長はどうなんだと、今でも少し根に持っている。

 

 

 

今日もここ数日と同じく、準備室から適当に持ってきたモチーフを描こうと、じっと偽のりんごを眺めていたら部長に声をかけられた。

 

「そろそろ君も何を描きたいか決まった?人でも物でも風景でも何でもいいんだけどさ」

 

「早くないですか?全然ですよ」

 

言った後に気付いた。ここは風景にしとけば、伊吹先輩と接点が生まれるんじゃないか?

 

「いや部長、風景な気がしてきました。俺の心は風景を描きたがっています!」

 

「え……急になに怖いんだけど……まぁいいや風景ね、いいんじゃないの」

 

俺の無駄に勢いのある返答に部長が引いているが、すぐにいつもの調子に戻って続ける。

 

「私はあんまり風景描かないからなーどうしたもんか。一応風景描いてる子に教えてもらえるか聞いてみるけど、男子苦手な子ばっかだし期待しないでね」

 

確かに伊吹先輩以外にも、画板を抱えて外に出ている部員が何人かいるのは覚えている。

 

だがいつも早々に教室を出ていくせいで、話をする機会も少なく、名前どころか何となくこんな人いたなと、その程度の印象しかない。

 

「初日に話したんで伊吹先輩”だけ”は分かりますよ」

 

だけの部分をやたらと強調して返し、アピールらしきものをしてみる。

 

「うんうんそう言えばそうだったね、覚えてるよ。あのときの君の顔、今思い出してもぶふっ……ふっふふッ……まぁ私は気が利くからね、貴重な男子部員の為だし、部長として配慮してあげよう」

 

「そりゃどうも……ありがとうございます」

 

どんな間抜けヅラを晒していたかは分からないが、この人の沸点が低いだけだと思いたい。

 

そうして部長の説得か、ゴリ押しか、その力添えもあり、俺は伊吹先輩にひっついて風景画を教えてもらうことになったのだった。ありがとう部長、クロッキーの件は忘れます。

 

 

 

そして待ち望んでいた初日。気合を入れてトコトコと小さな歩幅で歩く先輩の後ろを付いていく。どこに行くのかは聞かされていない。

 

最初に挨拶だけ交わして、それ以降は特に会話もない。

 

今まで美術部に男子はいなかったわけで、イメージ通りにやはり異性が苦手なんだろうか。

 

そう思ったが数少ない話した場面を思い出すと、性別関係なくコミュニケーションが苦手そうな印象がある。もし俺の時だけこんな空気になるとかであればかなりまずい。

 

こうして後ろを付いていくことは自分が望んだ事ではあるが、気まずいものは気まずい。

 

話した訳では無いが、学校を出た時点で、方角的に何となく目的地は分かっていた。

 

校舎のある中腹辺りから、更に坂を登った先。

 

そこには誰も入らないであろう、山へ登るための遊歩道があるのだが、その入口あたりにベンチしか無い公園のような、小さな広場がある。

 

他には俺の知る限りでは何も無いので、正解のはずだ。

 

入学したままのハイテンションで、周囲の探索をしてみようと、意味もなく一度だけ来たことがある。

 

その時は何も無いことに少し落ち込んだりもしたが、今は先輩がいるので許せる。

 

そんな事を考えてる間に結構な距離を歩いていたらしい。

 

「つ……着きました!」

 

「了解です!」

 

何故かやたらと気合の入った声で、到着を告げられたのだった。

 

 

 

「えっと……風景を描くのは初めて……でしたか?」

 

「学校の周りでですけど、部長と一緒に一枚だけ描きました」

 

「そうなんですね。部長が教えた事と、内容が被っても気にしないでくださいね?」

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 

並んでベンチに腰掛け前を向くと、小さく見える人が流れる街を見下ろす形になる。

 

「いつもここで描いてるんですか?」

 

「何箇所か行かないと……ではなくて、気に入ってる場所があるんで……一枚描き上げる度に場所を変えてって感じです。ちょうど前の場所で描き終えたので、いい機会だから一から一緒に描こうかなと」

 

眺めているのがバレないよう、話をしながら横目にチラチラと顔を眺める。

 

絵についての事を話している先輩は楽しそうで、描くのが好きなんだろうってひしひしと伝わってくる。

 

「準備も終わったようなんで始めますね、えっと……」

 

そうして授業が始まったが、先輩はやはり話すのがあまり得意ではないのか、部長よりも分かりづらい箇所があったりした。あの人アレで有能なんだよな……。

 

だがしかしそんな事は些細な問題である。誰に教わっているかが大事だ。

 

「そ……それじゃあ後は好きに描いてみてください。何かあればまた……どうぞ」

 

あらかた基礎的なことを教わったあと、そう言われたのを最後に会話が途切れ、お互い無言で描き始めた。

 

といってもここまで来て、教わっているだけで結構な時間が経っている。

 

あまり長くは描いていられないだろう。

 

 

 

案の定描き始めて早々に、あたりも暗くなり始めてきた。

 

「今日は……ここまでにしましょうか」

 

そんな一言が今日の終わりを告げた。

 

もっと長く先輩といたいとも思うが、少なくとも絵が完成するまで、今後もこうして同じように描き続けるわけで。

 

高ぶる気持ちを抑えて、帰り支度をする。

 

「そういや今更ですけど、先輩の画板も持ちましょうか?」

 

「いえ……いつも持ってるし、大丈夫です」

 

今日はほとんど絵のことしか話していない。

 

だが無理に話しかけても困らせるだけだろう、焦るなと自分に言い聞かせた。

 

 

 

そして先輩と一緒に初めてこの場所で描いてから、一週間が経った。

 

天気の悪い日もあって、その日は他の部員に混ざり静物のデッサンをした。

 

先輩との時間が減るので残念だったが、今日は幸い天気がいい。

 

座る位置は変わらず、先輩と並んでベンチに腰掛け、街を見下ろし準備を終える。

 

いつも通り描きながらチラチラと覗くと、やはり先輩は手慣れたもので、俺より遥かに上手く、スピードも早い。

 

俺も描くことに少し慣れてきたからか、余裕も出てきたので、声をかけてみる。

 

「そういや先輩っていつから絵を描いてるんです?」

 

「えっと……いつだったかな……気づいたら描いてたから、小学校くらいかも?」

 

「そりゃ上手いわけですね」

 

「照れる……けど、ありがとう……えへへ……てれてれ……」

 

恥ずかしそうにはにかむ先輩に見惚れてしまう。

 

でもてれてれって何だ……?よく分からないが、可愛い。

 

「そ……そういえば、神田君はなんで美術部に入ろうと思ったの?」

 

「えっ……とそれは部長の勧誘に負けて?」

 

「すごい勧誘されてたもんね……」

 

「そうなんですよ、部長がしつこすぎました」

 

「部長は……そういう強引なとこあるよね……」

 

しみじみと遠い目をしながら言うところを見ると、先輩も色々と被害にあってるんだろうなと、簡単に想像できてしまう。

 

「俺が勧誘される時、先輩も少し巻き込まれてましたね」

 

「そうだった……いきなり言われて困ったんだった……」

 

実は先輩に一目惚れしてたので、それが決め手になりました!

 

……なんて言えるはずもない。

 

こうしてある程度会話ができるだけでも今は嬉しいのだ。

 

急いで告白する理由があるわけでもないし、なんならずっとこのままでもいいくらいだ。

 

その後も主に俺から話しかけ、適当な会話をしながら、普段と変わらぬ姿の街を描き続けるのだった。




もちろん私も絵は下手です
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