見えない目   作:アペ子

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ここまで来たなら全部読んでほしい気持ちはあります


三話

そして伊吹先輩と同じ場所で風景を描いて、一ヶ月が経った。

 

俺があーでもないこーでもないと四苦八苦している間に、先輩はもう自分の絵を完成させてしまった。

 

俺だって一応八割くらいは完成させたつもりだが、先輩の描いたものと見比べると、子どもの落書きのようなもので、自分の下手さが嫌になる。

 

だがそう感じるということは、当初興味のなかった絵を上達したい、という感情があるということだと思う。

 

先輩目当ての気持ちだけで入部した俺ではあるが、今そう思えているのは、意外と教えるのが上手かった部長のおかげなのか、それとも先輩が俺の描いてるところを覗き込んで教えてくれながら、褒めもしてくれたおかげか。

 

まさかとは思うが、芸をする犬のように「絵が上達すると褒めてもらえるワン!」とでも思ってしまっているのだろうか。

 

一目惚れで、後先考えずに入部を決めた単純な俺のことだ。

 

そうであってもおかしくない気がする。

 

「ちょっと手を出してくれる?」

 

「お手ですか!はい!」

 

そんなことを考えていると、驚いたことにちょうどそんな事を言われた。

 

反射的に勢いよく手を伸ばす。

 

惚れた弱みがあるのだ、「犬になってね」なんて言われようが断れるはずが無い。

 

「なんでそっち側を伸ばしてくるのかな……そういうことじゃなくて。手のひらを出して欲しいな」

 

「……失礼しました。じゃあ改めて」

 

「はい一個あげるね」

 

そう言いながら、差し出し直した俺の手の平に飴を落とす。

 

「ありがとうございます」

 

先輩から貰えるものであれば何でも嬉しい。ありがたく頂いておく。

 

封を開け、口に入れるとレモン味が口内に広がる。

 

最初の頃は俺が話しかけるたびに緊張してた先輩も、今はこうして向こうから話しかけて来たりもする。少なくとも、天気の話しかしてなかった始めの数日を思えば、大きな進歩だ。

 

「き……今日も、いい天気ですね!」と、ワタワタと手を振りながら話す先輩は、見ていられないほど緊張していたからな……。

 

雨では外に出られないので、天気が悪いはずもない。

 

他に話題も無い中で、先輩なりに頑張って話そうとしてくれたんだろう。

 

そんな不器用さを可愛く思うのは、その時から今までずっと変わりがない。

 

「今日もいい天気ですね」

 

「そうだね?いい天気だね」

 

何となく同じ言葉を伝えてみると、なんでそんな事を?って顔で首を傾げながらも、そう返事をしてくれる。

 

先輩の真似をしたつもりだが、当の本人に真似をされた自覚はなさそうだ。

 

「そういやなんで飴なんて持ってたんです?」

 

「たまに食べたくならない?でも一袋が多いから、なかなか減らないんだよね」

 

だから余ってるのを持っていたと。そういうことだろう。

 

「でも今は神田君にあげればいいからね、色んな味が試せるようになったんだよ」

 

「さっき貰ったのは普通のレモン味でしたけど」

 

「一人だと攻めた味を買って美味しくなかった時、全部食べるのしんどいじゃない?しょうが昆布とか大根とか見たことあって、興味もあるの。今残ってるのが無くなったら買おうと思うけど……もし美味しくなかったら、全部神田君にあげるね」

 

「なんですかそのラインナップ……もしもの時は頑張りますけど」

 

はにかみながら変な味の飴の話をする先輩。

 

なんでも嬉しいとは言ったが、そんな気持ちが無くなるほど不味いとかないよな……不安だ。

 

「そろそろ描き始めようか。神田君はとりあえず一枚仕上げて、完成する感覚をつかんだ方がいいと思うの」

 

「それはそうですね。もう先輩は描き終えちゃいましたし急ぎます」

 

「急ぐ必要はないんだけど……マイペースでいいからね」

 

「俺のマイペースは今日から急ぎになります」

 

「何言っても急いじゃいそうだね……」

 

とはいえ下手くそな俺が急いだところで、質が落ちるだけなのは間違いない。

 

下手なりに納得できるよう、焦らずに進めた方がいいだろう。

 

だがひとつ気になっているところがあるのを思い出した。

 

「そう言えばなんで風景の方も持ってきてるんです?」

 

既に完成したはずの風景画も、先輩は毎日欠かさずに持って来ているのだ。

 

こうして俺を描くだけなら必要ないと思うのだが。

 

「描かないといけない……じゃなくて……ほら、後からああすればよかったーってなったりしない?だからいつでも直せるようにかな」

 

いつもより少し早口に、妙にソワソワした雰囲気で先輩は言う。

 

何か変なことでも聞いてしまっただろうか?

 

「先輩は今日も俺を描くんです?」

 

そんなに気になっているわけでもないし、深堀りせず話題を変えた。

 

「そうしようかな。……実は駄目だったりする?」

 

「前も言いましたが、恥ずかしいですけど……駄目ではないです」

 

「駄目って言われたら、その時は『先輩命令だー!』って言うつもりだったんだけどね」

 

クスクスと笑う先輩。本当にそんなことを言う姿は、全く想像できない。

 

というかウチの部でそんなこと言うのは、部長くらいだろう。

 

「じゃあ今日もお言葉に甘えて描かせてもらうね」

 

「是非かっこよく描いてください」

 

「こういうのって見たままを描かないと駄目だと思うの」

 

「遠回しにかっこよくないって言われた気がします」

 

「気のせいだよ?はいじゃあ前向いて、神田君は風景を描かないと」

 

先輩は先に絵を完成させた後、俺をモデルにして人物画を描き始めていた。

 

そろそろ一週間ほど描いているだろうか。

 

下手くそ目線では、そこそこ進んでいるように見えるが、実際のところは謎だ。

 

しかしだ、絵を描くためとはいえ、じっと横顔を見つめられると、まさか先輩は俺の事を……と勘違いしてしまいそうになるので少し困っている。

 

もちろんそれ以上に嬉しいのだが。

 

だが自分の絵に集中して描けと言われてしまえばその通りで、前を向いて小さくなった飴を噛みながら、自分の絵を描きだした。

 

 

 

そういえば今日の先輩は風景画を描いている。

 

結構久々な気がする。

 

さっき言ったように、気になる箇所でもあったのだろうか?

 

そうして俺も同じように描き始めたはいいのだが……見る景色に少しだが違和感がある。

 

こうして絵を描く経験が浅いとは言え、ここ最近はずっと、この景色を穴が空くほど見ているのだ。

 

その感覚が間違っているとは思えないのだが、どうしてそう感じたのか分からない。

 

だが困ったことに一度気になると、ずっとそれが頭の中を埋めて、集中しようとしても邪魔をしてくる。

 

それなら解決すればいいのだと、違和感の元を探すため、自分の描いた絵と風景を見比べてみる。

 

相変わらず下手だな俺……とまずは思ってしまうが、今はそうではなくてだな……。

 

そうこうしているうちに先輩が風景画を描くのをやめ、画板の上に別の絵を置く。

 

俺を見つめる視線はもちろん気にはなるので、横目でチラチラと見てしまうのは自分でもどうしようもないのだが、今はもっと気になる違和感の正体を確かめたい。

 

「あれ……なんでだ?」

 

そう思い風景へと目を戻したのだが、今度は先程の違和感がない。

 

あまりにも綺麗に消え去ってしまったので、何か悪い夢でも見ていた気分だ。

 

「さっき風景描いてましたけど、いつもと比べてこう……何か違和感みたいなのなかったですか?」

 

「えっ違和感……?どんなのかな……何か見えたりした?」

 

「さっきまでめっちゃあったんですけどはっきりしなくて、今は何も無いんですよね……だから自信なくなってきまして。だからもし先輩もだったら聞けば分かるかなと」

 

「うーん……そうなんだ。でも私も今は何も無いかな……」

 

そう言われてしまえば、自分の勘違いだと思うしか無い。

 

しばらくは諦め悪く考えてはいたものの、今はやはり先輩の視線の方が気になる。

 

「俺なんか描いて楽しいですか?」

 

「どうだろ……今まで風景ばっかり描いてたから新鮮ではあるかも」

 

「そういえば風景を描こうと思ったきっかけとかあるんですか?」

 

「えっ……と、うーん……お母さんも風景を描いてて、その影響みたいな……?」

 

「何で疑問形なんですか……別にいいですけど」

 

何か言いたくない理由でもあるのだろうか。

 

急に挙動不審になる先輩を見ていると、何だか申し訳ない気持ちになる。

 

「そっ……そういえば、神田君こそなんで風景を描くことにしたの?」

 

「特に理由は無いですね。候補の中から適当に決めただけですよ」

 

先輩に一目惚れしたので、着いていきたいからです!……なんて、入部の理由もそうだがこれも言えるはずもなく。

 

いつかは言えるといいのだが、それはもう告白で。

 

だが今は先輩とこうして普通に会話できている、それだけでも嬉しい。

 

前にも似たようなことを考えたが今も考えは変わらない。

 

急いで関係性を変える必要なんて無いと思う。

 

 

 

そしてしばらく自分の絵を描くも、手が止まってしまう回数が増えた。

 

やりたいことは何となくあるのだが、技術が追いついていないのがもどかしい。

 

何度目か分からないが、手を止めたついでに先輩の絵を覗き込む。

 

「やっぱ長く描いてるだけあって、風景以外も普通に上手いですね先輩」

 

「私からしたら全然だから、覗かないでほしいんだけど……」

 

「モデルとして、見る権利が一応あると思うんですよ。気になるんで許してください」

 

「そんな悪い子には、もう飴あげないもんね」

 

そんな事を言いながら、今度は一人で飴を食べだす。

 

本気ではないとは思うが、拗ねた顔も可愛らしい。

 

「あー……すいませんでした?」

 

「うん恥ずかしいけど、駄目じゃないからね。別にいいんだよ」

 

意図的かどうかは分からないが、先程の俺の返答をそのまま真似られる。

 

「ちょっと意外です。何かもっとこう……恥ずかしいから駄目!みたいな感じで、怒られるというか、わたわたするかと思ってました」

 

「神田君が普段私の事をどう見てるのか、ちょっと分かった気がするね……」

 

実際そんなイメージだからしょうがないと思う。

 

「逆に先輩はどう見られてると思ってたのか気になりますね」

 

「それはほら……うぅ……めそめそ……」

 

色々と否定しようと思ったが駄目だったのだろう、背中を向けて小さくなってしまった。

 

顔がいいです!は言えない。教えるのが上手いとか……も部長のほうが上手いな。

 

絵が上手い……も、今言ったところで微妙な気がする。

 

もしかして先輩って残念な美人……?

 

いや落ち着け俺、先輩には俺の知らないことがまだ多いはずだ。結論を出すには早い。

 

「でもほら先輩が教えてくれて、一緒に描いてくれるから、今すげー描くの楽しいんです!入部した時にはよく分からなくて、部長と一緒のときもここまでではなくて……だから感謝してるっていうか……この時間が好きっていうか、それって先輩のおかげだからだと思うんです!」

 

それでも先輩を少しでも慰めたくて、自分でもよく分からないままに言葉を投げる。

 

考えること無く出てきたそれは、多分だけど自分の本心で。

 

ちょっと先輩に残念なところがあったって、がっかりすることなんて無くて。

 

きっかけは一目惚れだったけど、今はもっと先輩のことが好きで。

 

でもそれは今伝えるのは難しい、結局そこで言葉を止めた。

 

「先輩……?」

 

落ち着いてよく見ると、こちらに向けた背中が小刻みに震えている。

 

「神田君さ……後先考えてないとか、猪突猛進とか、言われたりしない?」

 

「しま……す!」

 

「ふふっそうだよね、必死過ぎて笑っちゃったごめんね。結構変なこと言ってたよ?……多分だけど慰めてくれようとしたんだよね、ありがとう」

 

そう言いながら振り向いた先輩に、また心を動かされてしまうのだった。




パイセンは私に刺さるキャラです
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