見えない目   作:アペ子

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頑張れ主人公


四話

金曜の朝、先日の先輩との会話を引きずっていた俺は、登校するやいなや矢島を捕まえた。

 

愚痴なのか相談なのか、よく分からない内容をぶつける相手としては適任だろう。

 

「矢島……俺はもう駄目かも知れない」

 

「朝からいきなりなんなの、伊吹先輩に告白してフラれでもした?」

 

「フラれ……ってお前、先輩とはそういうアレじゃねぇよ」

 

「神田……マジで言ってる?気づいてないの先輩だけだと思うけど」

 

「おい哀れみの目で見るな。違うんだって」

 

全く信用されてない気がするがまあいい、そのまま続ける。

 

「告白はしてない……が確かに先輩は可愛い。結局やられちまったという話ではあるんだが……ってだからその顔はやめろ」

 

「はあしょうもな……それで神田はどうしたいの、先輩とお付き合いしたいとかそういう話?」

 

「そういう事はなきにしろあらずと言えなくもない」

 

「誤魔化すの下手な政治家かな……?」

 

付き合いたいといえばそうなのだろう。

 

だが一緒に絵を描いて、ちびちびと話すだけ。

 

そんな今の環境でも十分心地よくて。

 

もっと他に何かを一緒にしたいとか、すぐには浮かばないが、それでも先輩の事を更に知りたいと思うのは本当で。

 

相談したはいいが、自分でもよく分からないのだ。

 

そんな答えになってもしょうがないと思う。

 

「神田は出会った最初から先輩のことが好きなわけでしょ?気持ちが限界になってるなら、あとはもう告白するしかないと思うんだけど」

 

「それができれば苦労してないんだよなぁ……」

 

「じゃあどうするの。無いと思うけどさ、先輩が仮に……仮にだけど、神田のこと好きとか思ってるとして、向こうから言うと思う?」

 

「そんなに仮を強調しなくてもいいと思うが、まずありえないだろうな」

 

「そういうこと。だから神田から行け。別に一回くらいフラれてもいいじゃん、伝えたら先輩だって意識してくれるかもしれないし?そうすれば二回目はオッケーかもしれないじゃん」

 

「一回フラれたらもう俺は死んでるんだが……?」

 

「もう!うだうだしてないで自分に素直になれ!……それでいいじゃん、頑張りなよ」

 

そう言い残し矢島はどこかへ行ってしまった。

 

怒っているわけではないだろうが、この優柔不断さでは呆れられてもしょうがないだろう。

 

 

 

そして放課後、いつも通り……とはいかず、たまたまの雨のせいで屋内で絵を描く事となった。

 

更に運の悪いことに、今日は先輩が家の用事があるとのことで早々に帰ってしまった。

 

一人淋しく何を描こうか悩んでいたが、前は静物を描いたし、人を描いてみたいと思いつく。

 

風景の次は人物……思えばこれも先輩に釣られてなのか、結局同じものを描こうとしている自分に少し笑ってしまう。

 

前の方に座って静物を描いている矢島の後ろ姿を、許可も取らずに描くことにした。

 

バレたとしてもあいつなら後で謝れば許してくれるだろう。

 

普段のクロッキーと入部後の僅かな経験しかないので、風景と違ってやたら難しく感じる。

 

おい動くな矢島、じっとしてろ。

 

俺は慣れてないから気を遣え。

 

通じるわけもない念を矢島の背中に送りつけていると、背後から声をかけられた。

 

「なんか久々に君と話す気がするね、元気してるかい見学君」

 

「部長……実は俺の名前忘れてません?」

 

確かに久々に話をした気がする。

 

「そんなことはないよ、ブッキーに釣られて入部君だったか。よく覚えてるよぶふふっ…」

 

「あー今決めました。もう退部します、さようなら部長。今までありがとうございました」

 

「ごめんごめんからかいすぎた。まぁ出来もしないとは分かってるけどね」

 

それはそうなのだが、決めつけられると反抗したくもなりそうだ。

 

「これでも私は君を応援しているつもりなんだよ。今ブッキーと一緒に描けているのは、誰のおかげだったかな?もっと敬意を示すべきだね。そうすればもっとイイことがあるかもしれないよ?」

 

「そうでしたありがとうございます!やっぱ部長最高です!」

 

そんな気持ちも部長の言葉で、一瞬のうちにどこかへ行ってしまう。

 

結果として一緒に描けているのは事実なので、実際に感謝はしている。

 

今日は立て続けに、俺が先輩へ好意を持っている前提での話をされている。

 

そんなに分かりやすい態度を取っていたかと考えるが、身に覚えがありすぎた。

 

「でどうなんだい実際。何か進展があったりしたのかは知りたいよね」

 

「それがなにもないんですよね……」

 

「嘘でしょ……私が頑張って説得した労力はどこへ……」

 

「でも最近は普通に話してくれますよ」

 

「好きなあの子と話せて嬉しいです!お手々繋げて嬉しいです!そんな歳でもないでしょ。最近の小学生の方が、君より進んでるんじゃないの」

 

真顔で馬鹿にされるとそんな気がしてくる。

 

だが俺も、先輩も、別にコミュニケーションが得意なわけではない。

 

それこそマイペースで進めばいいのではないか、と伝えるも

 

「じゃあブッキーが卒業するその日まで現状維持だね」と、先ほど矢島が言っていたのと似た内容を言われてしまった。

 

その後もグダグダと話したが

 

「ハッキリ言うか、行動で示さないと、彼女には伝わらないと思うよ。苦手だからこそ直に伝えて、もし駄目でも、君も彼女もずっとそれでウジウジ悩むわけだ。君たちには、そっちの方がお似合いだよ。だからまず神田君から行くべきだね」

 

という応援なのかもよく分からない言葉を残して、他の部員のところへ行ってしまった。

 

そういえばちゃんと名前覚えてんじゃねぇか部長……と、どうでもいいことに気づいた。

 

だが重要なのはそこではなくて、背中を押してくれた二人のおかげで、先輩に気持ちを伝えようという覚悟ができたことだ。

 

次に外で描く際に気持ちを伝えようと決めた。

 

 

 

そのまま覚悟を決めたぞ即告白!となればよかったのだが、週末なので当然学校は休みである。

 

間が開くと決死の覚悟が薄れてしまいそうで、そんな自分を奮い立たせようと、昼過ぎにいつもの高台へと向かうことにした。

 

今日は先輩がいないので、いつもよりも時間はかからないだろう。

 

結果として確かに早くは着いたのだが、体感で言えば先輩と歩いている時の方が短く感じてしまうのは自分でもどうかと思う。

 

到着してそのまま、狭い広場をウロウロと落ち着きなく歩きながら告白について考えたが、何も思い浮かばなかった。

 

今度はベンチに座り、どんな言葉で伝えればいいのかを考えてみる。

 

「先輩好きです付き合ってください!」とかシンプルすぎるか?

 

だが俺が上手い言葉を伝えられるかという問題がある。

 

これだけでもいいのかもしれない。

 

他にも色々と考えてはみたが、結局シンプルなもので行こうと自分の中で結論が出た。

 

結構な時間そうして考えていた気がするが、目的は達したのでそろそろ帰ろうとそう思った矢先だった。

 

考え事に夢中で気づかなかったが風景にまた違和感がある。

 

それも前よりもはっきりとだ。

 

「なんだアレ……?」

 

すぐに気づいた。

 

右手側の景色にある、周りと比べて少し背の高いビルがよく見えない。

 

というより黒いモヤがかかって覆い尽くされているように見える。

 

何か黒いシートでも被せてあるのかとも思ったがそうでもなさそうだし、そんな事をする理由もないだろう。

 

理解できない景色に頭を悩ませていると、坂を上ってくる人が見えた。

 

結構な距離があるが俺には断定できる、伊吹先輩だ。

 

 

 

脇に画板を抱えていることから、絵を描きに来たことは分かる。

 

最近完成させた絵があるのに、初めからまた描くのだろうか?

 

それとも直したい箇所があるから、書き終えたと言っていた絵を持ってきたとかだろうか。

 

どちらにしろ休日にわざわざ来るほどの理由とは思えない。

 

俺が思う以上に絵を描くのが好きなら、そんなこともあるのだろうか。

 

そうこう考えているうちに先輩も俺に気づいたようだ。

 

幽霊と出会ってもそんな顔はしないんじゃないか?

 

そう思うほどに驚いた表情を浮かべ、早足になって距離を詰めてくる。

 

「な……なんで!?神田君が、いるのかな……!?」

 

少し息を切らせながら、いきなり疑問を投げかけてくる先輩。

 

「考え事しながら散歩してたら気づけばここにいました的な?」

 

「結構距離があると思うんだけどなぁ……」

 

「そんな先輩は休日なのになんでここに?絵を持ってるしそういうことです?」

 

「えっと……まぁ……うん、そうだよ」

 

妙に歯切れが悪い。絵を持ってきて、それ以外何かがあるのか?

 

それともまさか俺と並んで描くとなにか不都合があるから、わざわざ一人で来たとかだろうか……それだと凹むので違って欲しい。

 

「あー……俺がいないほうが良かったりします?」

 

「そ……そんなことはないよ!」

 

「なら横でスマホでも見てますね」

 

一応聞いてみたがこれにそうです!って言えるやつがいるのかは疑問だ。

 

先輩なら尚更気を遣うのは間違いないし、邪魔そうな雰囲気があればとっとと帰ろう。

 

そのままいつも通りに並んでベンチに腰掛ける。

 

そういえば今更だが私服の先輩に会うのは初めてだ。

 

当然可愛らしいので、横目でチラチラと見てしまうのはしょうがないと思う。

 

デニムのジーンズにブラウスを合わせた姿で、何となくだが大人っぽい印象を受ける。

 

普段はわたわたしてる小動物みたいなイメージが強いが、やはり年上なんだなと失礼なことを思ってしまった。

 

「そういえば神田君の私服は初めて見るね。何となくだけどイメージ通りかも」

 

「こだわり無いんで店員さんにお任せです。みんな俺にはこんな感じのが似合うと思ってるってことですよ」

 

「ふふっそうかもしれないね、でも似合ってるからいいと思うよ?」

 

そう言って話をしながら進めていた準備を終え、先輩は描き始めた。

 

ふと覗き込むと、先程黒いモヤが見えたビルのあたりを先輩は描いている。

 

俺からは見えないビルを淀み無く描いているあたり、先輩にはモヤが見えてないのだろうか?

 

「今描いてるビルのあたりに黒いモヤみたいなのが見えるんですけど、先輩が描いていないからこれも俺の勘違いですかね」

 

「ぴえっ……!おかしいよ、なんで見えてるのかな……!?」

 

「なんでと言われても……でも先輩も見えてるんですね」

 

驚きすぎてだろうか、何か変な声を出しながら鉛筆を落としている。

 

そんな先輩の反応を見ると、俺の見間違いではないようだ。

 

「見えてるけど……うーん……神田君も実は前から見えてたとかないよね?」

 

「ないですね。今思えば前の違和感はこれのせいだったのかもってくらいで」

 

先輩はそう言いながら落とした鉛筆を拾い、また描き始める。

 

俺もそれに釣られ、前を向いてまたモヤに目を向ける。

 

「じゃあ実は身内に見える人がいるとか……?」

 

「それは……どうでしょう……?聞いたことは無いですけど」

 

「それもそうだよね、うーん……でも私もこんなこと初めてなんだよね……」

 

困り顔で考え込みながらも、慣れた手つきで描き続けている。

 

そんな先輩の邪魔にならないよう、黙って街を眺めているうちに気づいた。

 

やはり気になるので、黒いモヤをじっと見ていたのだが、明らかに薄くなっている。

 

最初はモヤで向こうが見えなかったのが、今はぼんやりと透けて見えるので間違いない。

 

「なんか黒いの薄くなってません?」

 

「それも見えるんだね。さっきより薄くなってるのはそうなんだけど……すごいね」

 

「そう言われても、何もしてないんですけどね……」

 

結局そのまま会話が止まり、30分ほど経ってから描いていた手も止まる。

 

もう邪魔になることもないだろう、道具を片付け始める先輩に声を掛けた。

 

「先輩が何かしてる……ってことで合ってますよね?」

 

先輩が絵を描くほど、見えていたモヤが薄くなっていくのだ。

 

鈍い俺ではあるが、それを見てしまえばいくらなんでも分かる。

 

「うーん……さすがに違う……とは言えないよね。見えてなかったら誤魔化そうかなって思ってたけど、見えちゃってたしね」

 

「誤魔化すの下手そうですし、結局バレてたんじゃないですか?」

 

「前に飴あげた時も実は同じことしてたけど、気づいてなかったよね神田君」

 

「あの時は見えてなかったんでノーカンです」

 

そうなのか……確かにやたらと気にしていたような気はする。

 

俺が鈍いせいで助かってますよ先輩。

 

「聞いていいのか分かりませんけど……こう、詳しく教えてもらえたりしませんか」

 

「うーん……えー……どうなんだろ……すぐには無理かも」

 

「なら待ちます。そのうち教えて下さい」

 

「いいけど約束はできないからね。今日はもう帰るけど神田君はまだいる?」

 

「いえ俺も一緒に帰ります」

 

そうして先輩に逢えた嬉しさと、あまりにも衝撃的な出来事でのせいで、今日ここに来た理由など忘れてしまったのだった。




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