先週のこともあって今日は先輩がいるだろうと、ウキウキしながら部室へ来た。
「あと二週間ほどでコンクールの締め切りだからよろしくねー」
「初めて聞いたんですけど」
挨拶しながら入ったところに、いきなり部長が言ってきた。
「今描いてる風景画以外描いてないんだから一緒だろう。先週はそれどころじゃなかっただろうしね」
「そうかもしれませんけどね……」
「そういえば今日はブッキーから部活出ますって聞いてるけど、まさか奇跡を起こしたってことかな?」
「自分でもよく分かりませんが、会って話はしましたよ」
「それはおめでとう。詳しく聞きたいから続けて」
と言われても詳細に話せる内容でもない。
「返事はもらってないんで保留的な……?」
「なんだつまらない。まぁ楽しみにしてるからよろしく」
そう言い残し部長はどこかへ行ってしまった。
それと入れ替わるよう先輩が来たが、時間的に話す余裕がなくそのままクロッキーを終えた。
コンクールが近いからだろうか、いつもよりピリッとした空気だった気がする。
その影響か俺もやる気を出して準備をしていたら、横で先輩が無言で画板を差し出している。同じく無言で受け取り脇に抱える。
「ありがとう。じゃあ行こっか」
「そうですね」
テケテケと歩く先輩に、いつも通り歩調を合わせて学校を出る。
何となく期待していたのが、今日の左手は自由だ。
少しだけ……いや、結構残念かもしれない。
そう思いながら歩いていたが、学校が見えなくなってすぐ、先輩に左腕を抱かれた。驚いて先輩を見る。
「どうかしたかな?」
「いえ……なんでもないです」
聞いたところでまたはぐらかされる気がする。
嬉しいことに変わりはないので、されるがままにしておく。
「さっき知ったんですけど、コンクールあるんですね」
「そうだね。去年は急に言われたから、その時描いてた風景画を出した覚えがあるよ」
「俺もその流れです。他に出すもん無いだろって言われました」
「みんな通る道なんだね……」
腕を抱かれて歩き辛く普段より時間はかかったが、到着していつも通りにベンチへ座る。
「神田君はコンクールに向けて頑張らないとだよ?」
俺の腕を解放した先輩は、そう言って先に描き始めた。
今日はまた俺を描くことにしたらしい。
釣られて描き始めるも、いくら描き加えたところで全く良くなっている気はしなくて悲しくなってくる。
「そういえば先輩も風景画出すんですよね?」
「んー……そうかも?」
「並べて置かれたら泣きますよ俺」
「大事なのは技術だけじゃないと思うよ?ほら……何かやる気漲ってる感じするよこの絵。そんな気がする」
そのやる気は本当に絵に向けたものなのか怪しいが。
会話しながらもチラチラと先輩に見られて、描かれて、落ち着かない。
それでも頑張って描いていたら、左肩に重さを感じた。
「少しだけ休憩しようかな」
そう言って先輩が頭を俺の左肩に載せていた。
なんでだ?と一瞬思いはしたが、嬉しいので考えるのを止めた。
「あー……何かありましたか?」
「何かって何かな?」
質問に質問で返されてしまった。
「なんでもないです……」
「なにそれふふっ、いいけどねすりすり」
笑いながら頭を擦り付けてくる先輩。
理由が何であれ、楽しそうにしているのであればそれでいい。
「そういえば今日は歪み、ありませんね」
「あっても私は多分見えないけどね」
「ずっとこのままとか、ありませんよね?」
「どうだろう……聞いたこともないし初めての体験だし」
そう言いながら頭を戻した先輩と目が合う。
「でもこれからも私の目になって、見てくれるんでしょ?」
「もちろんです」
それを聞いて満足したのか、先輩はまた俺を描くために、少しだけ距離を離してしまった。
残念ではあるが、コンクールのために俺だって真面目に描かなければならないのだ。
その日はそのまま二人で黙々と描き進めた。
だが来るのに時間がかかったのもあって、それでもいつもより描けなかった。
そして帰るのもまた同じく歩き辛かったせいで、時間がかかってしまった。
今度からは早めに帰り支度をしないといけないだろう。
今日も同じ様に歩いて来て、こうして並んで描いている。
今日こそ色々と聞いてみようと意気込んで歩いてきた。
「こう……なんと言いますか、先輩との距離が近くなった気がするんですけど……どうでしょう」
「そうだねそう思うよ」
「何か心境の変化とかあったりした感じです?」
思い切って聞いてみる。
「うーん……そうだね?理由、伝わってないかな?」
「なくなくもないと言えなくもないような気はします」
「……そうなんだ?神田君はそんな感じなんだね」
不満げに返されたが、どう答えるのが正解だったのだろうか。
「多分だけど……神田君は形があるものが大事なんだね」
「あー……確かにそうかもしれないです」
少しの間無言で描いていたが、唐突に先輩がそんなことを話し始めた。
「私は違うんだよね。駄目って言いたいんじゃなくて……だからそんな顔しないでって」
顔に出てしまったのか、俺を慰めて先輩が続ける。
「言葉にしない何かとか、見えない何かとか……でもそれは確かに存在していて……そんなフワフワした状態の何かが私は好き」
そう言った後、歪みは見えた方がいいけどねと、はにかみながら付け加える。
「俺は……分かっていることだって言葉にした方が、見えないものは見えた方がいいと思います。単純なのかもしれませんけど」
歪みが見えたからこんな話をしてるんだと思いますし。と付け加えてみる。
「どっちが正解とか、そんな答えを出したいわけじゃないから、それは別にどっちでもいいんだけど。ともかく私は少し怒ってるよ、プンプンだよ。なんなら少しじゃないかもだよ!」
頬を膨らます姿もまた可愛らしい……のだがご立腹のようだ。
「えっと……すいません……?」
「いいんだよ私もいいこと考えたから」
そうしてまた2人して描き始めたのだった。
そして何も無いまま週末になってしまった。
「みんなとりあえずお疲れ様。結果は一週間で出るらしいから楽しみにしててね。あと今日の活動は自由にしていいよ解散!」
今日は最初に皆の前で部長がそう告げて、部室を出ていった。
なので考え事をしながら座ってぼーっとしている。
そういえば一度小さな歪みが出てきたのを、先輩に伝えて描いてもらったのを思い出した。
やはり見えないままらしかったが、特に変わった様子もなく俺の言う場所を淡々と描いていた。
「見えることってそんなに大事かな?変わりに見てくれてるし困ってないよ?」
そんなことを言っていた。
そのとき覗き見た表情も、特に変わりなかったので、先輩の中では折り合いのついていることなのかもしれない。
あとは……先輩にはまだ好きだとか、そんな言葉を言ってもらっていない。
それでも今ではスキンシップを通して、分かっているつもりではある。
先輩の言うように言葉ににしなくてもいいのかなと、今はそう思いもする。
今度デートにでも誘ってみようと、プランを最近は考えている。
一緒に過ごしていれば来るであろう、言葉で言ってもらえるその時が楽しみだ。
これもまた惚れた弱みということにしておく。
「お疲れー上手く描けた?」
「初めて真面目に描いた絵が上手いわけないだろ」
「絵の形にして提出できただけいいんじゃない?偉い!」
「馬鹿にしてるのかお前は」
そうして暇そうにしていたからか、矢島が絡んてきた。
ダラダラと他にも好き勝手に話をしていたが、途中で飽きたのか他の部員とダベリに行ってしまった。
それはいいのだが、またしても暇になってしまった。
邪魔をしては悪いかなと思いはしたのだが、静物を描いている先輩に話しかけに行く事にした。
「自由にって言われてもちゃんと描くんですね」
「あんまり静物って描かないからね。たまに描くと楽しいよ?」
「俺には良くわかりませんが……そんなもんなんでしょうか」
描くのが好きならそんなこともあるか。
「そんなにじっと見られると恥ずかしんだけど」
「まぁまぁまぁ」
「……まぁいいけど」
真面目に描いている横顔に見惚れて、眺めていた。
気になったのか、先輩が手を止めて、ジト目で不満をぶつけてきた。
そのまま流れでカバンに手を入れ、何かを取り出した。
「はいどうぞ」
飴だった。
たまに舐めているのは見ていたが、貰うのは久々だ。
「しょうが昆布……?」
「えへへ買っちゃた」
美味しそうには見えないが、貰ってしまったからには食べるしかないだろう。
恐る恐る口に入れる。
「……意外と美味しいですね」
「ほんとに?なら私も食べよ」
「まさか毒見させました?」
返事は無かった。
「そういえばコンクールどうかな?自信ある?」
「俺が最近描き始めたって知ってるますよね」
「でも前も言ったけど、こういうのって気持ちが大事だから」
「それでも他の人のほうが気合入ってると思いますけどね……」
あからさまに話題を変えられた気がする。
「ちなみに先輩はどうですか?」
「自信はないけど……気持ちは込めたつもりだよ」
「歪みが出るたびに描き加えてるわけだしそうかもですね」
「そうだね?伝わるといいなって思うよ」
そう言って楽しそうに笑う。
結局また真面目に描き始めた横顔を眺めていたのだった。
初めて描いた作品はコンクールに出してしまった。
先輩に付いて風景画をまた描くのは当然として、今週からは別の場所で描くのか聞いてみた。
少し考えてはいたが、同じ場所で描くのだという。
なので俺もまた同じ場所で2枚目を描き始めている。
「同じ場所から描いてると飽きたりしないんですか?」
「季節とか時間とかで色々違うから面白いよ?それにほらお店とかも変わってるよ」
「うーん……俺はまだまだ修行が足りないようです」
「なにそれふふっ」
描いていて少しは俺も上手くはなった気がする。
上達を感じられると楽しくもあり、一週間があっという間に過ぎていった。
「神田おはよう報われてよかったね」
「いきなりなんの事だよ?」
「あー……そういう感じ……そのうち分かるんじゃない?」
「なんかムカつくな。いいから教えろって」
いつもより少し遅れて登校したら、ニヤけながら矢島が話しかけてきた。
「そんな態度の人には教えてあげませーん」
「……教えて下さい」
「まぁ言わないんだけどね」
「お前ホントいい性格してんな」
結局何のことか分からなかった。
違うことがあるとすれば、いつもより視線を感じる気がする。
心当たりがないのだが奴を信じるならいいことで、そうであれば内容自体は気にすることもないか。
「というわけでコンクールの結果が出たよ。佳作の入賞があるので発表するね。まぁ実は既に校長室の前に飾られてるから知ってた人もいると思うけど」
部活で、全員の前に立った部長がそう告げる。
「ブッキーおめでとう。賞を取るのが大事なわけじゃないけど、目標としていいと思うからみんなもまた機会があれば頑張ってね」
なんと佳作を取ったのは先輩らしい。
よく絵のことがわからない俺でも、確かにあの風景画は綺麗だと思う。
そういえば不思議なことがある。
朝の教室のように視線を今も感じるのだ。
話の内容に俺は関係ないと思うのだがなぜだろうか。
「じゃあ行こうか」
「そうですね」
「ちょっと待った後輩君、君はブッキーの作品を見てないだろう。出る前に見るように。部長命令だよ」
日課を終えて外に出ようと思った矢先、荷物を持ったところで部長に呼び止められた。
「別にいいですけど……何でそんな楽しそうなんです?」
「いやいや私からしたらブッキーは弟子?なわけだ。師匠として喜ぶのは当然じゃないか」
「胡散臭いですけど分かりました」
「じゃあ行こうか神田君、私も見られるのは恥ずかしいけど」
腑に落ちないまま、先輩と一緒に向かうことにした。
「……先輩」
「何かな?」
「出したのは風景画のはずでは?」
「そんなこと一言も言ってないよ?」
佳作のプレートと、タイトルだろうか『目』と書かれたプレート。
そして飾ってあった絵は、見覚えのある男の描かれた人物画だった。
ぶっちゃけ俺である。何してるんだこの人……。
「……何でこっちを出したんです?」
「分からないかな?」
「分かってるつもりではあります」
「そっか、それならいいや」
「……やっぱり分からないので教えてください」
「ふふっ嘘が下手だね神田君」
出会った時よりも前髪が伸びているせいで表情が見えづらい。
それでもどんな顔をしているかは分かっている。
「じゃあヒントだけ……思ってる読み方と違うんだよ?」
「読み方……ぱっと浮かぶのは目『もく』とかですか?意味は分かりませんけど」
「ふふっ不正解。アイデアが浮かんだ時はいいと思ったけど、今思えばそうでもないね」
ずっと先輩が楽しそうで、見ている俺も楽しい。
「歩きながら考えてもいいですか?」
「もちろんだよ。行こうか」
いつも通り二人で手を繋ぎ歩いていく。
「ちなみにあの絵は神田君にあげる予定だからね」
「自分がデカデカと描いてある絵を飾りたくないんですけど……」
「うーん……私はもう沢山持ってるし」
確かに今まで描いてきた絵が山積みになっていそうだ。
「ねぇ神田くん、ここまで歩いてる間に答えは分かった?」
急に手を離して、少し早足で前を歩きながら聞いてくる。
背中しか見えないので表情は伺えないが、無邪気に笑っているのだろう。
最初は控えめなとか、暗いとか、人付き合いが苦手そうとか……
そんなイメージがあった。
でも今は違う。
先輩はわりとお茶目だし、実は表情豊かだし、結構スキンシップが好きだ。
きっかけは一目惚れではあったが、今は見た目よりそんな内面が好きだ。
「降参です。全く分かりません」
「やっぱキミは少し鈍いと思うの」
「だから前に言ったじゃないですか。形にしないと分からないって」
「私は、神田くんのことが、好きだよ」
区切った言葉に合わせて大股で歩いて振り返る。
「愛してるってことだよ?届いた?」
「実は馬鹿にしてませんか?それくらいは……分かりますよ」
驚いて足を止めた。何か言おうと色々と考えたが、何を言いたいのか分からなくなってしまった。
結局何も言わず、はにかんだ先輩に早足で追いついて、また手を握り直す。
「さっきの答えも、分かったかもしれません」
「じゃあ描きながら聞こうかな」
そしてゆっくりとまた歩き始めた。
Q:お前これ前もやったよな?
A:気づいたらなってた
eyeは偉大だよねってことでお願いします。
力を使いすぎたパイセンが世界から消えて、主人公が描いて取り戻す展開案もあった。
長くなりそうなのと二人を不幸にしたくない気持ちが生まれたので没
ここまで読んでくれた方がいましたらそれだけで嬉しいです。
本当にありがとうございます。