普通ではない鮮花の普通ではない友達   作:星乃 望夢

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第十六話

 

 八月は、亀になって過ごそうと思っていた。

 

 アスファルトが溶け出しそうな酷暑と、ねっとりと肌に張り付くような湿気。この時期の観布子市は、何もしなくても体力を削り取っていく。

 

 だから冷房の効いた自室という甲羅に閉じこもり、外界との接触を断って、ただひたすらに惰眠を貪る爬虫類のような生活を送るつもりだったのだ。

 

 けれども、現実はそう甘くはない。

 

 ずっと部屋に引き籠っているなんて、退屈すぎて死んでしまうという僕自身の性分もあるが、何より周囲がそれを許さなかった。

 

 僕は一応、貴重な「男手」としてカウントされているらしい。

 

 伽藍の堂での膨大な資料の整理だとか、幹也先輩に付き合っての荷物運びだとか。そういった雑用において、式よりも愛想がよく、普通の社交的な対応ができる僕にお鉢が回ってくるのは、ある種の必然だった。

 

 七月の終わり、僕と式は、とあるビルの落成記念パーティーに出席していた。

 

 設計に関わったのは、我らが雇い主である蒼崎橙子さんだ。

 

 その身内として連れ出された僕たちは、会場の華やかさとは裏腹に、どこか浮いた存在だった。

 

 僕は式とお揃いの、豪奢な振袖を着せられていた。

 

 艶やかな絹の感触。帯の締め付け。袖の重み。

 

 本来なら男である僕が、こんな晴れ着を纏って公の場に出ることに羞恥や抵抗を感じるべきなのだろう。けれど、鏡に映る式と瓜二つの自分を見て、「これで正解だ」と納得してしまっている自分がいる。

 

 どうやら僕は、もう引き返せないところまで「姫」としての自覚が芽生え、その在り方に順応しつつあるらしい。

 

 周囲の客たちが、僕たちを「美しい双子の姉妹」として愛でる視線すら、今では心地よいとさえ感じてしまうのだから、慣れとは恐ろしいものだ。

 

「……つまらん」

 

 グラスのシャンパンを一口だけ煽って、式が不機嫌そうに呟いた。

 

 煌びやかなシャンデリアも、上品な談笑も、彼女にとっては退屈な雑音でしかないのだろう。

 

「外の空気を吸ってくる」

 

 そう言い捨てて身を翻す彼女の背中を、僕は無言で追った。

 

 僕もまた、空調が効きすぎた室内の、人工的な快適さと閉塞感が好きになれなかったからだ。

 

 外に出ると、八月特有の重たい夜気が身体を包み込んだ。

 

 昼間の熱を孕んだ湿った風が、振袖の隙間から入り込み、肌を撫でる。

 

 都会の夜景は宝石箱のように輝いているけれど、その光の粒の一つ一つが、どこか現実味のない虚構のように見えた。

 

 手摺に寄りかかり、並んで夜風に当たる。

 

 会話はない。ただ、隣に式がいるという事実だけで、世界は安定していた。

 

 その時だった。

 

 式が、おもむろに虚空へ向かって声を投げた。

 

「おい。――そっちは危ないぜ」

 

 その声は低く、けれど鋭く、夜の静寂を切り裂いた。

 

 彼女の視線の先を追う。

 

 そこには、ビルの陰に溶け込むような、小柄な影があった。

 

 ……子供、だろうか?

 

 こんな時間に、こんな場所で、何をしているのだろう。

 

 そう疑問を抱いた、次の瞬間。

 

 世界が、轟音に塗り潰された。

 

 頭上で何かが炸裂した。

 

 衝撃波が空気を震わせ、内臓を揺さぶる。

 

 見上げれば、今まさに落成式を行っているはずのビルのワンフロアが、紅蓮の爆炎と共に吹き飛んでいた。

 

 降り注ぐガラスの破片。悲鳴。そして、遅れてやってくる熱波。

 

 僕たちの平穏な八月は、唐突な爆発音と共に、粉々に砕け散ったのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 八月二日――。

 

 窓の外では朝から気温がうなぎ登りに上昇し、アスファルトの路面が視界を歪めるほどの陽炎を立ち上らせていた。

 

 ここ、『伽藍の堂』の事務所も例外ではない。

 

 唸りを上げて稼働しているクーラーの冷気は部屋の隅々までは届かず、淀んだ空気の底には、じわりと肌に纏わりつくような湿気が沈殿していた。

 

 そんな気怠い熱気の中、いつもの定位置である鉄の手摺に腰を預けていた式が、苛立ちを押し殺した低い声で言った。

 

「……爆弾魔に付き纏われてる。ここ二日で三回だ」

 

 その口調はあくまで冷静だった。氷のような美貌も普段と変わらない。

 

 けれど、その黒曜石のような瞳の奥には、研ぎ澄まされた刃物のような警戒心と、隠しきれない焦燥が見え隠れしていた。

 

 式が口を開いたのは、単なる被害報告のためではない。

 

 彼女はため息交じりに、自身に降りかかった火の粉について、順を追って語り始めた。

 

 最初は一昨日の昼。場所は駅前の横断歩道。

 

 信号待ちの群衆の中に、式が何気なく立っていた時のことだ。

 

 通りの向こうに停めてあった無人のトラックの荷台が、何の前触れもなく突如として爆発した。

 

 炸薬による破壊ではなく、強烈な閃光と音響を撒き散らす閃光弾の類だったという。

 

 視界を白く焼き尽くす閃光と、鼓膜を劈く衝撃音。周囲の通行人が一斉に悲鳴を上げて地面に伏せるパニックの中、式だけは違った。

 

 まるでその瞬間を知っていたかのように、爆発のコンマ一秒前に目を閉じ、顔を背け、無傷のままその場に立っていたのだ。

 

 二度目は翌日、つまり昨日の午後。

 

 彼女が気まぐれな散歩中に訪れた、河川敷の芝生での出来事だ。

 

 遠目に不自然に盛り上がった地面を見つけた式は、無意識のうちにそこへ近づこうとした。

 

 だが、足を踏み出そうとしたその瞬間、土中で何かがカチリと点火した微かな音を捉え、即座に身を引いた。

 

 直後、指向性の地雷が爆発。

 

 彼女が足を引き戻すという僅かな時間差、その紙一重の判断だけで、五体満足を守り抜いた。

 

 そして三度目は、昨日の夕刻。

 

 これに関しては、僕も当事者として同じ現場に居合わせたから、鮮明に記憶している。

 

 何しろ、僕と式は帰る家が隣同士なのだ。当然の帰結として、仕事帰りの道すがら、この爆弾騒ぎには二人揃って巻き込まれていた。

 

 夕暮れの裏路地を通り掛かった際、式がふと建物の気配に違和感を覚え、非常階段を数段登った時だった。

 

 背後で、チリリリリ、と無機質なベルの音が鳴った。

 

 振り返った目の前、目覚まし時計――それに接続された爆弾が、時を告げると同時に炸裂したのだ。

 

 精密に仕掛けられた時限爆弾。爆風が髪を揺らしたが、直撃は免れた。

 

 三つの事件、そのいずれにおいても、式は傷一つ負っていない。

 

 だが。

 

「三回とも、オレは怪我一つしてない。……だからって、無傷でいるのが快適ってわけじゃない」

 

 式は静かに言い捨てると、自嘲するように唇の端を歪めた。

 

 その笑みは冷たく、そしてどこか哀しげでもあった。

 

 傍から見れば、両儀式は鋼鉄の精神を持つ超人のように見えるだろう。

 

 どんな凶刃にも怯まず、どんな惨事にも眉一つ動かさない冷徹な殺人鬼の器。

 

 だが、僕は知っている。彼女が、実際にはそうではないことを。

 

 いつ爆発するか分からない殺意を常に背中に感じながら、張り詰めた糸の上を歩くような日々。

 

 それは確実に、彼女の神経をやすりで削るように摩耗させていた。

 

 僕は、一連の話を初めて聞くような顔で静かに相槌を打ちながら、内心では必死に記憶の書架を掘り返していた。

 

 僕の知る『知識』、前世の物語の記録。

 

 ――そんな出来事、本来のシナリオには存在していなかったはずだ。

 

「ここ数年、似たような爆発事故が頻発している。……先日、私が手掛けた“ホテルの件”のようにな」

 

 デスクで紫煙を燻らせていた橙子さんが、足を組み替えながら話に割って入った。

 

 つい先日、僕たちが振袖姿で参加したホテル落成式での爆破事件。あれもまた、今回の一連の事件と共通する匂いがあった。

 

「犯人は、建物の構造的な死角や、人の心理的な盲点を突くようにして装置を仕掛けている。誰かに恨みがあっての激情的な犯行というよりは、完全にターゲットの“動線”を読んだ上での設置だ」

 

 橙子さんは指先で灰を落とし、鋭い視線を僕たちに向けた。

 

「人の流れ、滞在時間、無意識の動作パターン。……まるで、“未来を視ていた”かのような犯行だ」

 

 その言葉に、室内の温度が数度下がった気がした。

 

「犯人は犯行声明を出しているのに、警察は尻尾すら掴めていない。現場には指紋はおろか、足跡という痕跡すら残っていない。それはつまり、“先回りされている”ということだ。こちらがどう動いても、捜査の手がどこへ伸びても、すべて読まれている」

 

 橙子さんは短くなった煙草を灰皿に押し付け、結論を口にした。

 

「……未来視。あるいは予知能力を持っているのかもしれないな」

 

 未来視。

 

 その単語に、僕は思わず息を呑んだ。

 

 隣で、式が不快そうに眉を寄せるのが分かった。

 

 彼女にとって、そして僕にとっても、未来視という能力は単なる超能力の類ではない。

 

 それは確定した未来という“檻”であり、死という結果への強制的な誘導、すなわち“因果への干渉”だ。

 

 万物の死を視て、その因果を断ち切る『直死の魔眼』を持つ僕たちにとって、時間を武器にする敵は、決して他人事として無視できない。

 

 蒸し暑い空気の中で、見えない導火線に火がついたような、焦げ付くような予感が僕の肌を刺していた。

 

「織姫。お前、『観布子の母』って名前、知ってるか?」

 

 淀んだ空気を切り裂くように、蒼崎橙子が唐突に口にした名詞。

 

 それは、けだるい紫煙と共に吐き出された、奇妙な響きを持っていた。

 

「観布子の……母? いいえ、初めて聞きます」

 

 僕は首を横に振る。僕の脳内にある『知識』の書架を検索しても、即座にはヒットしない名前。あるいは、物語の枝葉末節として記憶の底に沈んでいるだけの存在かもしれないが、少なくとも今の僕にとっては未知の単語だった。

 

 橙子さんは短くなった煙草を灰皿に押し付け、新しい一本に手を伸ばしながら、まるで講義でも始めるかのような口調で続けた。

 

「観布子の母はな、この界隈じゃ少しは名の知れた辻占の能力者だ。恋愛と将来の夢を専門としている」

 

「……占い師、ですか」

 

「ああ。それも、よく当たるとなれば信奉者も多い。彼女の言葉は、迷える人間に『確信』を与える。それが結果として、未来を良き方向へと確定させる手助けになる。とはいえ、彼女ほどの能力者ならば恋と夢だけ見る器ではないだろうが」

 

 僕は眉をひそめた。

 

 今の僕たちが直面しているのは、不可視の悪意と、理不尽な爆発だ。

 

 路上の占い師の話が、どう繋がるというのか。

 

「それって……今の爆弾魔の件と、何か関係が?」

 

「いや、直接は関係ない。彼女が犯人だとか、犯人を知っているとか、そういう安直な話じゃないさ」

 

 橙子さんはカチリとライターを鳴らし、揺らめく炎を見つめながら目を細めた。

 

「だが、未来を視る者がどういう感性で動き、どうやって他者の運命に干渉するのか。その『構造』をお前自身が体験して知っておくべきだと思う。未来を操る、あるいは未来を語るという行為が、どれほどの重さと呪いを孕んでいるのかをな」

 

 彼女の視線が、鋭く僕を射抜く。

 

「お前も、もう巻き込まれてる側なんだからな。相手の手の内を知りたければ、まずは同質の『異能』に触れてみるのが一番の近道だ」

 

 ドクン、と。

 

 心臓が、小さく、けれど確かに跳ねた。

 

 未来という、不確かで流動的な概念。

 

 本来ならば、訪れるその瞬間まで誰にも観測できないはずのシュレディンガーの猫。

 

 けれど、この世界には箱の中身を透かし見るどころか、中身を自分の都合の良いように書き換えてしまう化け物が存在する。

 

 そこに触れることでしか、姿なき爆弾魔の正体には迫れない。

 

 橙子さんはそう言外に告げているのだ。

 

 僕と式──狙われている理由は違うかもしれない。

 

 式はその稀有な器ゆえに、あるいは殺人鬼としての資質ゆえに狙われている。

 

 対して僕は、彼女の隣にある異物として、あるいは単なる巻き添えとして。

 

 けれど、理由はどうあれ、この“殺意の未来”という名の照準に晒されている限り、もはや他人事ではいられない。

 

 観布子の母に会う。

 

 未来を語る言葉を聞く。

 

 それが、単なる占いへの興味本位などではなく、ここから始まる奇妙な因果の、すべての始まりになると――。

 

 僕は、背筋を這い上がる予感と共に確信していた。

 

 

◇◇◇

 

 

 8月3日。

 

 茹だるような暑さと、粘りつく湿気が肌を覆う中、僕と式は「観布子の母」を探すため、観布子の街を練り歩くことになった。

 

 あてどない探索になるかと覚悟していたが、式には何か確信めいた勘があるらしい。

 

「どこへ行くんだ。……こっちだ」

 

 大通りを行こうとした僕の背中に、彼女の短くも鋭い声が飛ぶ。

 

 振り返ると、彼女は迷う素振りもなく、ビルとビルの間に口を開けた薄暗い隙間、人目につかない路地裏へと足を踏み入れていくところだった。

 

 僕は慌ててその後を追う。日陰に入ると、じめりとした空気が一層濃くなり、どこからかお香のような匂いが漂ってくる。

 

 路地の奥。

 

 まるでそこだけ時が止まったような空間に、彼女はいた。

 

 およそ万人が「占い師」と聞いて想像するであろうステレオタイプを、これでもかと具現化したような女性。

 

 黒いヴェールで顔を半分ほど覆い、テーブルの上には鈍く光る水晶玉が鎮座している。

 

 豪奢なローブに身を包んだ恰幅の良い身体つき。ヴェールの隙間から覗く肌の質感や、落ち着いた声音から察するに、年の頃は五十代そこそこだろうか。

 

 彼女の周りだけ、世界の彩度が一段階落ちているような、奇妙な重力があった。

 

 式は彼女の前に立つと、挨拶もそこそこに二言三言、言葉を交わした。

 

 それは占いの依頼というよりは、同業者同士の確認作業のようだった。

 

 未来をどう捉え、どう扱うのか。その根幹にある哲学の確認。

 

 わずか2分ほどで、式は納得したように頷くと、躊躇なく占い師に背を向けた。

 

「……行くぞ」

 

 それだけで十分だと言う。未来視を持つ人間がどういう思考回路で動くのか、その参考になったと、彼女の背中が語っていた。

 

 僕も慌てて彼女を追おうとした時だった。

 

「そこに居るお兄さん、チョイと占って行かないかい?」

 

 背後から、ねっとりとした、しかしどこか親しみのある声が僕を引き留めた。

 

 立ち止まり、振り返る。

 

 ヴェールの奥の瞳が、じっと僕を見据えている。

 

 値踏みするような、それでいて哀れむような、不思議な視線。

 

 僕は少し迷ったが、せっかくここまで来たのだ。これも何かの縁かもしれないと思い直し、彼女の前の丸椅子に腰を下ろした。

 

「……そうですね。占ってもらうとしたら、やっぱり定番の恋愛運とか、将来の夢ですかね。じゃあ、恋愛運をお願いします」

 

「恋愛運、かい。……ふうん」

 

 観布子の母は、水晶玉に手をかざすこともなく、ただ僕の顔をじっと見つめた。

 

 そして、ふっと溜め息交じりに言葉を紡ぐ。

 

「成る程。……お兄さん。その恋愛は叶わないと、自分でも知ってるね?」

 

 心臓を冷たい手で掴まれたような感覚。

 

 図星だった。

 

 鮮花への想いも、式との関係も。すべては歪で、決して世間一般の「成就」には至らない袋小路の愛だ。

 

「叶わない恋ってのはね、スッパリ諦めておかないと、大抵ロクでもない事を招くものだよ。……まあ、それを解決する選択肢も、見えないわけじゃないがね」

 

 彼女はそこで言葉を切り、少しだけ声を潜めた。

 

「でもねぇ、チョイと気をつけないとだね。……アンタ、死相が見えてるよ」

 

「……死相、ですか?」

 

 恋愛相談をしていたはずなのに、唐突に突きつけられた「死」の宣告。

 

 僕は思わず首を傾げ、乾いた笑いを漏らすしかなかった。

 

「悪いことは言わないから、さっきの嬢ちゃん――あの着物の娘と関わるのはやめておいた方がいいね。アンタのその死相は、あの嬢ちゃんとの縁から来てるもんだ」

 

 ドクン、と鼓動が早まる。

 

 式との縁。それが僕に死をもたらすという予言。

 

 それは爆弾魔の一件を指しているのか、それとももっと根本的な、魂の侵食の話なのか。

 

 僕は観布子の母の言葉を脳内で反芻する。

 

 式と関わり続ければ、僕は死ぬ。

 

 それは警告であり、あるいは確定した未来の断片なのかもしれない。

 

 けれど。

 

 僕は静かに、しかしはっきりと問い返した。

 

「もし……それが断ち切ることの出来ない縁だとするのなら。その場合、僕はどうなりますか?」

 

 僕の中から織がいなくならない限り、そして僕がこの身体で生きている限り、式との縁は切れない。

 

 それは僕の存在証明そのものだからだ。

 

 観布子の母は、ヴェールの下で微かに口元を緩めたようだった。

 

「そうさねぇ……。アタしゃこの道でそれなりに食って来たから、アタシの忠告を無視してロクな目に遭わなかった客も大勢観てきたよ。……それでも、所詮は占いだって笑い飛ばして、自分の運を試す命知らずな客も居たけどね」

 

 彼女は水晶玉を指先で弾いた。

 

「それでどうにかなるんじゃ、アタしゃおまんま食いっぱぐれちまうよ。占いが外れるってことだからね。……けども」

 

 彼女は真っ直ぐに僕の目を見た。

 

「自分の未来を、自分で貫き通せる覚悟があれば。どうにかなるかもね」

 

 自分の未来を、貫き通す覚悟。

 

 それは言葉にするには簡単で、陳腐な響きすらある。

 

 けれども、実際にそれを成し遂げるには、運命という巨大な奔流に逆らって泳ぎ続けるような、並大抵ではない精神力と幸運が必要になる。一筋縄ではいかない茨の道だ。

 

 この僕の運命(Fate)には、一体どんな結末が待っているというのだろうか。

 

 悲劇的な死か、それとも奇跡的な生還か。

 

 あるいは、そのどちらでもない「無」への回帰か。

 

 僕が席を立とうとすると、彼女は思い出したように付け加えた。

 

「死相じゃないんだが、今日は橋と駐車場に気をつけな。鬼門だからね」

 

「……橋と、駐車場。わかりました、肝に銘じておきます」

 

 僕は礼を言い、代金を置いて席を立った。

 

 路地の出口で待っているはずの式の背中を追う。

 

 そして、その数十分後。

 

 僕は観布子の母の言葉が、単なる脅しでも迷信でもなかったことを、身をもって知ることになる。

 

 「橋が鬼門だ」と言った、その言葉の本当の意味を。

 

 

 

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