01 ラフム
「なんなんだ、なんなんだよこいつら!」
それは虐殺していた者が虐殺される者に堕ちた悲鳴だった。
もはや狩りですらない。
ロンデス・ディ・グランプは己の信仰する神へ罵声を呟きたくなる衝動を抑えるのに必死だった。すでにこの数十秒で一生分以上の罵声を浴びせただろうが、まだ足りなく感じてしまう。
神が本当にいるなら、まさに今こそ現れ、邪悪な存在を打ち倒すべきだ。何故敬虔なる信徒であるロンデスを無視するというのだろう。
神はいない。そんな戯言を囀る不信心者を馬鹿にしてきたが、この冒涜的な生命を前にすれば本当に愚かだったのは自分だったのではないかという思いがこみ上げてくる。
「なにがどのようにうごいているの~? あ、なんだそういうことね。なるほどねなるほど!」
「なかみはおなじだがいろはちがう」
「たのしい! たのしい!」
「が、ああああァァァァッ!? 助け、あがあああぁッ!」
骨ごと肉を貫き、血が噴き出る音が絶叫と共に場を支配する。
ロンデスの仲間に群がっているのは、非常に形容しがたい節足動物とも軟体動物ともつかないモンスターだった。
頭部と思しきものには巨大な口が縦に存在し、獣とは違う人間のもののような白い歯がずらりと並んでいる。
震えから小刻みに鎧がカチャカチャと音を立てる。両手で構えた剣の先も大きく揺れる。
一人ではない。そのモンスターの群れに囲まれた仲間全員がだ。
もうすでに何人かやられた。
「ひぃ!」
「く、くそ!」
救いを求めてロンデスは視線をわずかに動かす。
そこは村の中央。広場として使われる場所の周りには六十人弱の村人たちが怯えた表情でこちらを窺っている。その更に後ろには木製の質素な台座の後ろには子供たちが隠れていた。
村人の幾人かは棒や農具を持っているが、構えてはいない。取り落とさないように握っているのが精いっぱいのようだ。中には抱えて座り込んでいる者もいる。
ロンデスたちはこのカルネ村を襲撃した時、四方からこの中央に集まるように村人を駆り立てた。そう、ロンデスは村人を守っているのではない。村人を殺しにきたのだ。
空になった家を家探しした後、地下の隠し部屋を警戒して錬金術脂を流し込んで村を焼き払う予定だった。
村の周囲には馬に乗ったままの騎士が四人、弓を構えて警戒に当たっている。村の外に村人が逃れても確実に殺せるように、幾度も繰り返した殺戮の手順だった。
集めた村人を適度に間引いていくらか逃がして終わり。その予定だった。そうなるはずだった。
しかし、今はロンデスたちが囲まれ、村の中央に追い込まれていた。
「たのしいたのしい。にんげんをころすのはたのしい!」
「化け物め!」
耳障りな甲高い声でしゃべるモンスターに向かって仲間の一人、エリオンが剣で斬りかかる。
モンスターは避けることもなく剣を体で受けた。
剣はその濃い紫の体にかすり傷すらつけることなく弾かれる。
「あ、ぎゃあああああぁぁぁ!?」
返す形でモンスターがその先端が赤く色づいた馬上槍のような足を振るうと、鉄の鎧を布切れのように貫通してエリオンを押し倒す。
「痛いやめ、嫌だ、助けてくれぇ!」
「なにがいやなの?」
肩を貫かれながら倒れたエリオンの体をモンスターは何度も突き刺す。
「急所を狙っていない……遊んでいるのか!」
「ひぁあああ!」
タガが外れたように円陣を形成していた仲間の一人が恐怖に耐えかね、剣を投げ捨てながら逃げ出す。
この極限状況で微妙なバランスを維持している線が一本でも切れれば、緊張感は限界を迎えて一気に崩壊する。本来であれば。
だが仲間の中に追従して逃げ出そうとする者は誰もいない。理由は単純。
「ぎゃははははは!」
「あははははは!」
「死にたくない、ぎゃああああ!!」
複数で囲まれているからだ。
逃げ出した仲間に許された距離はたったの三歩だけ。四歩目にはモンスターの玩具だ。
ビーストマンという亜人種は、人間の肉を食らう。人間を囲んで弄び、食い殺すことがあるとロンデスは知っている。
しかしそれは、食べるために襲っているのだ。食べるための殺しだ。そこに遊びを見出していても、食の楽しみでしかない。
目の前のモンスターは、楽しむために殺している。アンデッドでもないのに、殺すことを目的としている。
「神よ、お助けください……」
「神よ」
仲間から嗚咽交じりのつぶやきが聞こえてくる。
逃げ出した者、攻撃を仕掛けた者から殺されていく。それもあえて苦しめるように弄ばれながら。ロンデスも気を抜くと神への祈りとも罵声ともしれないものが口をついて出そうになろう。
「き、きさまら! あの化け物を抑えよ!」
つま先立ちでプルプルと震えながら音程の狂った耳障りな声を響かせる者がいる。
「ベリュース隊長……!」
ロンデスは顔をしかめた。
下種な欲望で村娘に襲い掛かり、父親と揉み合って助けを求める。引き離してみれば八つ当たりで父親に何度も剣を突き立てる。そんな男だ。
だが国ではある程度の資産家で、この部隊にも箔付のために参加した。
この男が隊長に選ばれたところからケチがついたと言ってもいい。
「俺は、こんなところで死んでいい人間じゃない! お前ら、時間を稼げ! 俺の盾になるんだぁあ!」
当然、誰も動くわけがない。
恐怖と絶望の中でこの人望というものと縁がない男のために命をかける者は誰一人としていない。
「なになに?」
「しんでいいにんげん?」
「ひぃぃぃ!」
叫び声が興味を引いたのか、数体のモンスターがベリュースに向かっていく。回りの仲間はそっと離れた。
「かね、金をやる! 言葉がわかるんだろう!? 二百金貨! いや、五百金貨だ!」
左右からモンスターに挟まれてベリュースは命乞いをする。
「きんか、きんか」
「ちょうだいちょうだい」
「そ、そうか! そうか! はははは!」
金貨に興味を示したモンスターの言葉を聞いてベリュースは引き攣った笑みを浮かべた。
助かる、そう思ったのだろう。
思わず悪態をつきたくなったロンデスだが、すぐに無駄なことだと理解した。
「ちょうだいちょうだい!」
「こいつをちょうだい!」
「待て! なんで、ひぎぃ!? おかねあげるって、おぎゃあああ!!」
汚い悲鳴を上げながらベリュースは左右からモンスターに腕を貫かれる。まるでおもちゃを取り合うようにモンスターはベリュースを引っ張っていた。
「たじゅ、たじゅけて! おかね、おあああ! おかねあげまじゅ、たじゅけて! おねがい、なんでもしまじゅ!」
そして、モンスターの怪力に耐えられなかったベリュースの両腕は肩から千切れた。
糸が切れたように仰向けに崩れ落ちるベリュースに、モンスターは千切れた腕を振り落として近付き、笑い声を上げながら何度も鋭い足を突き刺す。
「あははははは!」
「うははははは!」
肉の残骸となったベリュースの体が痙攣すらしなくなった。
今になってあの憎たらしい自慢話が懐かしく感じてくる気さえする。
「……やだ、やだ、やだ!」
「かみさま!」
錯乱しかけた仲間たち。逃げたその瞬間殺される。
しかしここにいたら死よりむごい目に遭う。そう知りながらも体は動かない。
「落ち着け!!」
ロンデスは咆哮するように声を張り上げた。
自分でも冷静さを保った言葉を出せたことが意外に感じられてしまう。
それでもここで声を張り上げなければ自分も仲間もただ死ぬだけだと、次の瞬間にはモンスターの興味を引いて殺されてしまうかもしれない恐怖と戦いながらロンデスは命令を口に出した。
「撤退だ! 合図を出して馬と弓騎兵を呼べ! 残りの人間は笛を吹くまでの時間を稼ぐ! 行動開始!」
弾かれたように全員が一斉に動き出した。先程までの硬直が嘘のように、息の合った動きだ。
命令に機械的に従うことで思考を停止した奇跡が生んだ一糸乱れぬ統制だった。
騎士たちは互いにしなくてはならないことを確認し合い、連絡を取り合うための笛を持った騎士を守るように囲む。
しかし、そんなささやかな奇跡も空しく、どちゅんという音と共に笛を持った騎士が消える。
「……は?」
「ざんねんしょう! ぎゃははははは!」
目にも止まらぬ矢の如き勢いで跳躍したモンスターの一体が、笛を持った仲間に飛びつき、通り過ぎたのだ。それにロンデスが理解できたのは、振り返った先にモンスターと仲間の死体があったからだ。
「そこまでにしておけ」
若々しく、落ち着いた声が響く。
まるで場にそぐわないような声に、誰もが上を見上げた。
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飾り気の少ない白いゆったりとした服を身に纏い、長く美しい緑の髪をたなびかせているその男に、ロンデスは英雄的救いを感じた。
だがその救いは、ロンデスとその仲間たちには与えられなかった。
「まったく、遊び過ぎだ。村人を助けろと言ったじゃないか。……まあそう作ったのは母さんだけどね」
その言葉は、この十体以上の異形のモンスターを差し向けたのがこの男であることを意味する言葉だった。
「下がれ」
空から大地に降りてくる緑の男の言葉に従うように、モンスターは数歩下がった。
「僕の名はエルキドゥ。この村を助けに来た者さ」
続け。