なので、ラフム達がラフム語をしゃべっていても普通に意味が通じて聞こえます。ラフムのセリフがひらがななのはその表現です(ルビで書くのが大変だったから)。
「エルキドゥ様」
「やあ、アルベド」
襲撃を受けて瓦礫の山をいくつも作ったカルネ村の中を歩くエルキドゥに肌の露出が一切ない黒い全身鎧で身を固めた女が話しかけてくる。
黒いカイトシールドと病んだような緑の微光を宿すバルディッシュを手にした鎧の女は完全武装のアルベド。
普段の守護者統括として玉座の間で侍っている時の白いドレス姿とは打って変わって、暗黒騎士とはこのようなものであると誇示するかのような姿である。
「モ、アインズの傍を離れてもよかったのかい」
「アインズ様からエルキドゥ様を呼んでくるようにと」
「そうかい。村人たちがそろそろ葬式を始めるみたいだし、そのことかな」
エルキドゥの視線の先には村人と共に瓦礫の山をかき分ける者たちがいた。
やり過ぎたせいでかなり怯えられているが、エルキドゥが傍で見張っていることで一応の均衡を保っている。
「ラフムの機能テストはこれで十分。予想通りユグドラシルの時よりも完成度があがっている。以前はもっと機械的に、単純な命令しか理解できなかったのにね。まるでこの世界に来てから存在としての枷が外れたかのようじゃないか。アルベドはどう思う」
「至高の御方であられるエルキドゥ様のご命令により一層励むことができるようになり、ラフム達は幸福かと」
「幸福か。母さんもそんなものを想定して生み出したわけじゃないんだけどね。とはいえ、それは僥倖だ。忠誠心なんて機能に過ぎなかったものが、知性体のものとしてより強く昇華されている。そう、これはとてもいいことだ」
楽しそうにエルキドゥは笑っている。
一抹の皮肉さを交ぜた微笑みだ。
「そう言う意味ではエルキドゥとしての僕やアルベドも同じさ。ユグドラシルにいた頃はもっと縛られていた。意志も、形もね。人形に、傀儡に過ぎなかったんだよ。だから手放す必要に迫られた時も、感慨はその程度だったんだろうね」
笑みを浮かべる自らの口をエルキドゥは撫でるように触る。
表情が自然に変化することが、ユグドラシルではありえなかったことであるとエルキドゥは知っている。
コンソールから操作したエモーションアイコンに合わせていくつか用意した表情差分へと切り替わる程度だった。それが今ではリアルと同じように表情が動く。
アルベドたちは理解していないようだったが、ゲームだったころとはわけが違う。
「ユグドラシルから切り離された日、セバスはこう言っていたね。見放さずに残っていただけた、だったかな。君もそう思っているのかな、アルベド」
「はい。だからこそ、お隠れになってしまわれた至高の御方々ばかりの中、最後までこの地に残ってくださった慈悲深き御方々により一層忠義を尽くすことが
エルキドゥの紫の瞳がアルベドを見る。
少し困ったようにエルキドゥは笑みの形を変えた。
「ああ、そう言うことを聞きたいんじゃないんだ。寂しいかい?」
「それは……はい。エルキドゥ様のご賢察の通り、自らの造物主のことを思わない者はナザリックにはおりません」
クローズドヘルムの下でアルベドは沈痛な表情を浮かべた。
「なら、怒りはないのかい」
その言葉にアルベドは息を詰まらせる。
「君を責めているわけじゃないよ、アルベド。愛しているからこそ、捨てられた怒りは強くなる。それは正しい感情だ」
「……さすがはエルキドゥ様。全てお見通しなのですね」
「偶然さ。NPCが制作者に似て、彼らの感情を部分的に引き継ぐなら、ある意味必然だったのかもしれないね」
思い返すのはユグドラシルのサービス終了間際のこと。
ここにいるエルキドゥにとっては直接居合わせたわけではないが、記憶に新しい出来事だ。
「ヘロヘロがね。最後に少しだけ顔を見せに来てたんだ。あと1時間も残ってくれれば一緒にこちらに来ていたのにね……。その時、ヘロヘロがリアルに帰還した直後になんだけど、モモンガがこぼしていたんだ。寂しさ。虚しさ。悲しさ。そして、憤り。何故、簡単に捨てられるんだって」
「モモンガ様がそのようなことを……!?」
「でも、同時にわかってもいたんだ、彼は。誰も裏切ってなんかいないって。リアルとユグドラシル、どちらを取るかと選択肢を突き付けられたら、誰だってリアルを選ぶ。リアルって言うのはそういうものなのさ。どれだけ苦しくても、残念ながらね。彼は利口だから」
アルベドに言い聞かせるようにエルキドゥは語る。
「だからそうした感情はある意味、設定を一部書き換えた時にモモンガから伝染したものであるとも言える。玉座の間での母さんの言葉を覚えているかい。君の設定の話だ」
「はい。恐れ多くも、モモンガ様を愛せと直々にご命令をいただくことができたことは身に余る幸福です!」
緊張に引き絞られていたアルベドの声に甘い興奮が混ざった。
玉座の間でも見た変わり身にエルキドゥは笑みを苦笑に変える。
「シャルティアも面白いし、いい子だが……母さんが推薦したのはアルベド、君だ。この意味はわかっているね」
「はっ! 勿体なきお言葉、まさしく至福の御命令でした」
「あくまでも推薦でしかないけどね。けど、だからこそ、その感情は邪魔なんだ。寂しさはいい。それは安らかな炎だ。だが怒りはダメだ。激しいほどに、気付かせれば彼に余計な心労を与えてしまう」
笑みを浮かべることを止め、エルキドゥは鋭い視線をアルベドに向けた。
それに対してアルベドは即答する。
「ならば、捨てます。愛する御方の御心を乱すようなことは、私にとっても本意ではありません」
望む回答を得られたとエルキドゥは頷く。
愛と怒り。突きつけられた時、アルベドがどちらを取るか。わかり切っていたことでもあったがやはり不安ではあった。
内心は窺い知れないが、これだけ言えば問題ないだろうと結論付ける。
「ああ、僕らがこの話をしたことは秘密だよ。モモ、いやアインズか。彼にもね。恋愛関係で奥手な彼にお節介を焼いたと知られれば、文句を山のように聞かされかねない。それも焚きつけたなんて知られたらどうなるか」
「ふふふ、かしこまりました」
表情を和らげて肩を竦めるエルキドゥに、アルベドも雰囲気を和らげる。
兜で顔を隠しているため表情までは見えないが、そもそも引退したギルドメンバーと違ってエルキドゥとエルキドゥが語る
これ以上の追及は蛇足だろう。
「さてと、そろそろ行こうか。これ以上待たせるわけにもいかない」
「はっ。こちらです」
促されたアルベドはアインズことモモンガの待つ場所へと案内するように歩き出す。
すでにあやふやになりつつある古い記憶の中にある知識に従った行動だったが、これで不安を一つ解消できたとエルキドゥは笑みを浮かべる。
「おっと、ラフムたちに集合して待機するように命令しておかないとね。面白い催しだったけど、怯えさせ過ぎた」
残虐なモンスターであると印象付けてしまったのは失態だな、とエルキドゥは手を振ってラフムたちを集めるのだった。
村はずれの共同墓地で行われている葬儀を少し離れた場所で見学している。
「知らない神だね」
「そうですね」
村長が鎮魂の言葉を述べていた。ユグドラシルでは聞いたことのない神の名を告げ、その魂に安息が訪れるように、と。
集まった村人の中にはアインズが最初に助けた姉妹もいた。
エンリ・エモットとネム・エモット。助けた時に興味深いことを彼女たちが漏らしていたことをエルキドゥは覚えている。あとで話を聞きに行こうとエルキドゥは今後の予定を空想する。
それはそれとして、村長が口にするこの世界の神のことも関心があった。
「これはこれで興味深い。この世界にも神はいるのかな」
「……いるとすれば、仮想敵として最も脅威になりますね」
「それに宗教というものは強い力を持っているからね。魔法がある世界なら猶更脅威度は高いよ。信仰系魔法がこの世界にもあるなら権威もある。……で、それは使わないのかい」
ローブの下でアインズが揺らしているのは、三十センチほどの一本のワンドだ。象牙で出来ており、先端には黄金がかぶせられている。握り手にルーンを彫った神聖な雰囲気のものだ。
それは死者を復活させる魔法を込めた<
「村長の話ではこの世界に存在する魔法に死者の復活はないとのことだった。知られれば厄介事を招きかねません」
「そうだね。妥当な判断だよ。僕も別に、そこまでしてやるほどでもないと感じているしね。彼らの死体をケイオスタイドに放り込んだらどうなるか、試してみたくはあるけど」
「それは蘇生とは全く別の何かでしょうに……」
「基本的なシステムはコストを支払って召喚を行うスキルと変わらないものだった。でも母さんが定義した本質は別のところにある。フレーバーテキストがどこまで再現されているのか……楽しみだ」
クツクツと笑うエルキドゥを見て、アインズは仮面で覆った顔を押さえると小さく溜息を吐く。
呆れたように。しかし、以前と変わらない友人の姿に安心したように。
「母さんって……そのロールプレイ続けるんですね、
「今はエルキドゥだよ。当然じゃないか」
続け。