荘厳さと絢爛さを兼ね備えた世界。
高い天井からはシャンデリアが一定間隔で吊り下げられ、広い通路の磨き上げられた白亜の床は舞い降りる光を反射して星を見に宿しているかのように輝いている。
ナザリック地下大墳墓第九階層。
まさしく至高の御方が暮らすに相応しい居城であると、デミウルゴスは気を引き締めながらも喜びをかみしめて廊下を歩いていた。
第七階層の階層守護者を任せられているデミウルゴスはこのナザリックにおいても指折りの地位にいる。
だがそれは、あくまでも至高の四十二人から与えられたもの。
自らの能力も、知性も、地位も創造主により与えられたものだ。創造主であり、このナザリックの支配者である至高の御方々に仕えるシモベとしての地位に過ぎない。
自らはシモベであり、ここは仕えるべき御方々は暮らすための場所。
そんな場所に立ち入ることのできた栄誉を噛みしめ、失礼な行いのないように努めなければならない。
目的の部屋の前まで来て、素早く自らの身だしなみを確認する。
第九階層に来る前にも確認したが、至高の御方の前に馳せ参じるのだ。粗相をするなどあり得ないが万が一の可能性もある。それでいてお待たせするわけにもいかない。
二つ数える程度の時間で確認した後、丁寧にノックをする。
小さく扉が開けられる。扉の隙間からは戦闘メイドプレアデスの一員であるナーベラル・ガンマの姿が見えた。
「ファム・ファタール様にご報告に参りました」
「お伝えします」
一度扉が閉じられる。
然程間を置かずに再度扉が開かれた。
「失礼いたします」
胸に手を当てて一礼した後、入室する。
「第七階層守護者デミウルゴス。御身の前に」
「デミウルゴス。いらっしゃい、よく来た、ね」
甘く、穏かな声で名前を呼ばれ、デミウルゴスは喜びを表に出し過ぎないよう自制する。もっとも尻尾が左右に揺れていたが。
礼をして下げた視線を上げれば、そこにいるのは一人の女性。
薄い水色の長い髪を複雑に編み込んだ女性の頭部からは、独特な形に曲がっている角が生えている。
薄い赤の瞳はまるで星を宿しているかのように輝いていた。
角は大地を、瞳は星の内海を示しているとデミウルゴスは聞いた覚えがある。何度見てもその美しさには心が洗われるようだ。
しかし、彼女の手にマグカップがあるのを見て表情を引き締める。
「お邪魔して申し訳ございません」
「……? ああ、気にしないで。私が報告するように、言ってあったんだから」
ゆっくりと間延びするような口調で女性は首を傾げる。
優しく穏やかな、柔らかい声だ。
「ですが至高の御方がおくつろぎのところを」
「いいから」
「はっ。かしこまりました、ファム・ファタール様」
彼女が至高の四十二人が一人、ナザリック地下大墳墓の女神。
ファム・ファタール。
心の中で称えながら、デミウルゴスは切り替える。
「ラフムたちが連れてきた人間を尋問したところ気になる情報があり、急ぎ伝えるべきと判断しご報告に参りました」
「もしかして、村を襲撃した、理由?」
「はい。詳細な周辺状況については後程書き起こしたものを用意させていただきます。現在ナザリックが転移した平原はリ・エスティーゼ王国と言う国の領土内とのことです。周辺にはバハルス帝国とスレイン法国という国があるのですが、彼らはバハルス帝国の騎士に扮したスレイン法国の工作部隊でした」
聞き出した内容の内、必要な部分を抜き出して話す。
要点さえ押さえておけば至高の御方なら一話せば百以上のことを理解できるのだから、あまり時間を取らせてはならないとデミウルゴスは配慮を重ねる。
「まあ、謀略の臭いね」
「スレイン法国は秘密裏に特殊部隊を派遣し、村々を襲うバハルス帝国の騎士を討伐に来た王国戦士長ガゼフ・ストロノーフなる人物を抹殺する手筈となっているとのことです。彼らは特殊部隊の構成員の情報までは持っていませんでしたが、ガゼフなる者が周辺国家で最強の戦士として知られている人間であると言っていました」
「そろそろガゼフ・ストロノーフが現れると、デミウルゴスは考えているのね」
「はい。村を襲撃した回数を聞く限り、いつ現れてもおかしくありません。同時に法国の特殊部隊も姿を現すかと」
「そうね。周辺最強の戦士と特殊部隊……この辺りの勢力の強さを調べるには丁度いい、か」
ゆっくりとファム・ファタールはマグカップに口をつける。
甘い匂い。ミルクココアだ。
ほっと息を吐いてからファム・ファタールはテーブルの上に手を伸ばし、クッキーを一つ手に取ってかじる。
嬉しそうに頬をほころばせているファム・ファタールを見ているとデミウルゴスも嬉しくなる。そばに控えているナーベラルも表情には出さないが雰囲気から喜びが漏れていた。
「アウラを中心に隠密に特化した部隊を、編成して村の周辺に待機させなさい。それと他の守護者には臨戦態勢で、突入も防衛もできるように、備えさせておいて。モモンガ、いえ、アインズさんにはエルキドゥから、伝えておくわ」
「かしこまりました」
「一つ食べる?」
「至高の御方がお召し上がりになっているものをいただくなど滅相もございません」
「そう?」
小さく小首を傾げると、ファム・ファタールは二つ目のクッキーを口に入れた。
「私も、外出の準備、しておかないと。下がっていいわ」
「はっ。失礼いたします」
一礼してデミウルゴスは退室し、扉に向かって再度礼をする。
無礼にならないように踵を返すと下された命令を伝えるべく歩き出した。
第九階層を歩きながらデミウルゴスは独り言ちる。
「モモンガ様の名前を言い直した。それもあの名は……」
周知させておくべきか思案する。意味することは、至高の御方の深淵なるお考えを、デミウルゴスは考える。
「美味しかった。満足」
マグカップを置いて一息つく。
「お下げします」
「ええ」
クッキーを乗せていた皿とマグカップをナーベラルが下げた。
それを見送りながらファム・ファタールは考える。この先はどんな感じだったかな、と。
ギルド、アインズ・ウール・ゴウンに参加したのは欲求に従ったためだ。チャンスだったからと言ってもいい。
知識に従い、知識を隠し、楽しんできた。
少しの後ろめたさはあるが後悔はしていない。
原作知識のある転生者なんてこんなものだろうとも思う。こうして時折頭の隅をちらつくが結論は同じだ。
(どうなるか不安だったけど、やっぱり予想以上の出来栄え)
カルネ村に送った自身の分身と眷属のことを考えながら自分の体に意識を向け、ファム・ファタールは笑みを浮かべた。
体に意識を向ければ初日に検証した通り自身の能力を感覚的に理解することができる。
期待した通り、期待以上のスペック。
「ふふ」
長い角をぶつけないよう注意しながら椅子から立ち上がり、自室のドレスルームに向かう。
「完全武装に、着替えるわ」
「かしこまりました」
ナーベラルと他の何人かの一般メイドが衣装を取り替えてくれる。口で指示するだけで身の回りの世話をメイドがしてくれる貴族的な生活は役得だ。
気分で着ていたおしゃれ用のドレスから愛用の装備に着替え、最後に外装統一の機能を使うことで指輪など細々とした装飾を落として巨大な角翼を展開すれば完璧だ。狭い室内だから角翼の展開は自重するが。
ドレスルームの姿見を見れば、そこにはファム・ファタールが愛着を込めて作ったアバターが映っている。
Fate/Grand Orderのキャラクター、ラーヴァティアマト第三再臨に寄せたアバター。
正真正銘の今の自分。
「よし」
ここ数日何度も見ているが、ゲームのアバターではなく完全な肉体となったのを見ると満足感が強い。
自然な微笑みと表情筋。ゲームの頃は差分でしかなかったものがナチュラルに動いているのはわかっていても感動する。
何より他の感覚も、ファム・ファタールは確認済みだった。
それを思い出してつい表情が緩みそうになる。
「っと、ちゃんと準備しないとね」