オーバーロード ナンム・ドゥルアンキ   作:SIN罰

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05 陽光聖典

「とどめだ。ただし一体でやらせるな。数体で確実にとどめを刺せ」

 

 血で赤く染まった草原の中、ガゼフは死を感じていた。

 

 数体の天使が血塗れで倒れ伏しているガゼフを取り囲んでいる。

 

「があああああ!! なぁめるなぁああ!!」

 

 雄たけびを上げてガゼフはゆっくりと立ち上がる。

 

「はぁああ! はぁああ! 俺は王国戦士長! この国を愛し、守護する者! この国を汚す貴様らに負けるわけにいくかああぁ!」

 

 吠えるガゼフに対して敵の指揮官は冷ややかな声をかけてくる。

 

「そんな夢物語を語るからこそ、お前はここで死ぬのだ。ガゼフ・ストロノーフ。こんな辺境の村人など斬り捨てればこのような結果にはならなかっただろう。村人数千人よりお前の命の方が価値がある。それがわからんはずがなかろう? 本当に国を愛しているならば、村人の命など斬り捨てるべきだった」

 

「お前とは……平行線だな」

 

「そんな体で何ができる? 無駄な足搔きを止め、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」

 

 震える手で剣を握り締め、ガゼフは憎き敵をぼやける視界で睨みつける。

 

「何もできないと思うなら、お前がここまで来て俺の……首を取ったらどうだ? こんな、体だ。容易かろう?」

 

「ふん。口だけはよく回る。戦う気はあるようだが、勝算でもあるのか? 無駄な努力を。あまりにも愚かだ。お前を殺した後で生き残っている村人も殺す。お前のしたことは少しの時間を稼ぎ、恐怖を感じる時間を長引かせただけに過ぎない」

 

 天使に囲まれて絶体絶命。部下も全員倒れて次は自分の番。

 

 だというのにガゼフは笑いがこみ上げてくる。

 

「くっ、くく……くく」

 

「……何がおかしい」

 

「愚かなことだ。あの村には、俺より強い御仁がいる」

 

「……王国最強の戦士であるお前よりも? そんなハッタリが通用すると思うのか? 天使たちよ、ガゼフ・ストロノーフを殺せ」

 

 冷徹な言葉に重なるように無数の翼がはためく。

 

 死を覚悟してガゼフが前のめりに走りだそうとした時、アインズの声が聞こえた気がした。

 

「そろそろ交代だな」

 

 ガゼフの視界が一瞬で切り替わる。

 

「こ、ここは……」

 

 真紅の草原から、素朴な住居の土間。

 

 周囲には戦いで倒れた部下たちが転がり、心配そうに見つめてくる村人たちの姿もある。

 

「ここは村の倉庫だよ」

 

「エルキドゥ殿」

 

 振り返ればエルキドゥがいた。アインズや連れていた騎士、魔獣の姿はない。

 

「ゴウン殿は」

 

「アインズなら草原の方に魔法で転移したよ。君と交代でね」

 

 赤い液体の入った小瓶をエルキドゥは投げ渡してくる。

 

「赤……? エルキドゥ殿、これは」

 

 倒れそうになるのを堪えてガゼフは小瓶をキャッチした。

 

 一目見ただけで分かるほど精巧な見事な造りの小瓶だ。

 

「第三位階の治癒魔法相当のポーションだ」

 

「治癒のポーションか……見慣れない色だな。感謝する」

 

 血に濡れて震える手でゆっくりと蓋を取り、瓶の中身を一気に飲み干す。

 

 すると即座に全身の痛みが引いていく。傷が即座に癒えてなくなっていき、なくなっていた活力が回復していくのをガゼフは感じた。

 

「これは……凄まじい効果だな」

 

 傷が癒えた安心感からガゼフはその場に座り込む。

 

「見慣れない色か……。そう言えばそうだったかな」

 

「貴重なポーションを譲っていただき改めて感謝する。エルキドゥ殿は何故ここに。ゴウン殿についていかなくてよかったのか」

 

「問題ないよ。あっちには母さんが来ているからね」

 

 

 

 

 

 

 スレイン法国神官長直轄特殊工作部隊群六色聖典がひとつ、陽光聖典は本来であれば亜人の村落の殲滅などを基本的任務として担当している。

 

 六色聖典の中でも最も戦闘行為が多い陽光聖典は隊員が非常に少ない。予備兵を合わせても百人に及ばない程度。その少ない人数は潜り抜ける門の狭さを意味した。

 

 最低でも第三位階の信仰系魔法を使える必要があり、さらに肉体と精神の屈強さと信仰心の厚さが要求される。

 

 つまりは戦闘のエリートの中のエリートだ。

 

 そんな陽光聖典の隊長を務める指揮官のニグン・グリッド・ルーインは動揺を隠せなかった。

 

「いつの間に近付いていたんだ、この数が!」

 

 追い詰めていたガゼフが突然姿を消したかと思えば、見晴らしのいい草原でどこからともなく現れた謎のモンスターが陽光聖典を包囲していた。

 

 濃い紫色の不気味な外見のモンスターに気圧されかけるが、元々陽光聖典は亜人などのモンスターとの戦闘を得意としている部隊。

 

 混乱はあるもののニグンの合図に従って全ての隊員が即座に召喚している天使を呼び戻し、防御陣形を築く。

 

「突破口を開く! 天使たちを――」

 

「はじめまして、スレイン法国の皆さん」

 

 重厚な声が響き渡る。

 

 恐らく魔法か何かで拡声されたものだ。

 

 声のした方を振り返れば、モンスターの群れが道を譲るように動く。

 

 そこには異様な仮面で顔を隠した黒い豪奢なローブの魔法詠唱者(マジックキャスター)と漆黒のフルプレートアーマーの騎士がいた。

 

 転移魔法によって現れたのだろうか。よく見れば、その二人がいるのは先程までガゼフが立っていたあたりだ。

 

「何者だ!」

 

「私の名前はアインズ・ウール・ゴウン。アインズと親しみを込めて呼んでいただければ幸いです」

 

 ニグンは頭の中でアインズ・ウール・ゴウンの名を反芻する。立場柄世界各国の強者について様々な情報を知っているが記憶の中に該当する名前はない。偽名の可能性がある。

 

「そして後ろにいるのがアルベド。まずは皆さんと取引をしたいことがあるので、少しばかりお時間をもらえないでしょうか?」

 

 多数のモンスターを従えるテイマーもいる可能性が高い。

 

 情報を得るために相手の話に乗ろうとニグンは判断し、顎をしゃくって相手に会話を続けるよう促す。

 

「素晴らしい。お時間をいただけるようでありがたい。さて、最初に言っておかなくてはならないことはたった一つ。皆さんでは私に勝てません」

 

 断言した口調からは絶対の自信が感じ取れた。虚勢や根拠のない言葉ではなく、アインズは心の底からそう確信している。

 

 わずかにニグンは眉をしかめた。

 

「無知とは哀れなものだ。その愚かさのつけを支払うことになる」

 

「……さて、それはどうでしょう? 私は戦いを全て観察していました。そしてすでにこうして皆さんを包囲している。必勝と言う確信を得たからこのような真似をしている。もし皆さんに勝てないようだったら、あの男は見捨てたと思われませんか?」

 

 正論だ。

 

 魔法詠唱者(マジックキャスター)でありながら遠距離から魔法を撃ち込んでくることなく、包囲を完了すると同時に姿を現した。

 

 状況証拠は充分にある。

 

 しかしだ。それはガゼフ・ストロノーフと言う男の価値を考えた場合、変わってくる。

 

 腕に覚えのある魔法詠唱者を捨て駒にしてもガゼフには生かす価値があるのだ。

 

「それを理解してもらったところで質問があります」

 

 沈黙をどう受け止めたのかアインズは言葉を続ける。

 

「まずちょっとしたことをお尋ねしたい。皆さんが連れている天使は第三位階魔法で召喚できる炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)だと思いますが、あっていますか?」

 

 ニグンは困惑する。知っているくせに何を確認したいというのか。

 

「情報源はすでに入手しているのでこれは単純に私が口にしたい疑問なのです。ユグドラシルと同じモンスターを召喚しているようですが、呼称まで同じなのが気になったのです。ユグドラシルのモンスターは神話などから来る名前が多く……天使系や悪魔系は親和関係が多かったはず。そんな天使や悪魔で最も使われているのがキリスト教関係。この世界には宗教としてキリスト教はないにも関わらず、アークエンジェルと呼ばれる天使の存在は非常に不自然。それが意味するところは、この世界に私達と似た者の存在があるということ」

 

「独り言はそれぐらいにして、こちらの質問に答えてもらおう。ストロノーフをどこにやった」

 

 苛立ちを覚えたニグンは逆に問いかけた。

 

「村の中に転移させました」

 

「……何?」

 

 素直に答えると思っていなかったニグンは困惑の声を漏らす。

 

「愚かな。偽りを言ったところで村を捜索すればわか――」

 

「偽りなど滅相もない。お聞きになったから答えたまででしたが……実は素直に答えたのにはもう一つだけ理由があります」

 

「命乞いでもする気か?」

 

「いえいえ、違いますとも」

 

 嘲りを口にしたニグンに対してアインズは雰囲気を変えた。

 

「実は……お前と戦士長の会話を聞いていたのだが……本当にいい度胸をしている。お前たちはこの私が手間をかけてまで救った村人たちを殺すと公言していたな。これほど不快なことがあるものか」

 

 態度を一変させるアインズに、ニグンは一瞬気圧される。

 

「……不快とは大きく出たな、魔法詠唱者(マジックキャスター)! で、だからどうした?」

 

 ニグンは嘲笑を含んだ態度を変えたりはしない。

 

 スレイン法国の切り札の一つ、陽光聖典の隊長であるニグンは動揺などしない。 してはならない。そう示すための態度だ。

 

「アハ!」

 

「アハハハハハ!」

 

「アハハハハハハハハハハ!」

 

 突然草原に笑い声が響く。

 

 子供の笑い声にも似て、不快な高音の声にニグンは素早く周囲を見渡す。

 

 モンスターたちが笑っている。

 

「きいた? きいた?」

 

「ばらばらにしちゃおう!」

 

「止めよ、ラフムたち。まだ話の途中だ」

 

 アインズが諫めると、笑っていた全てのモンスターが口を閉じる。

 

 モンスターの名はラフムと言うようだ。額に汗を浮かべながらもニグンは記憶する。

 

 人語を話し、残虐さを秘めている危険なモンスターだとすぐにわかった。

 

「先程取引と言ったが、内容は抵抗することなく命を差し出せ、そうすれば痛みはない、だ。そしてそれを拒絶するなら愚劣さの代価として絶望と苦痛を与えよう」

 

 一歩、アインズが前に進み出る。

 

 たった一歩しか踏み出していないのに、あまりにもアインズが巨大に見えた。押されたように陽光聖典の隊員が全員一歩下がる。

 

 幾多の死線を潜り抜け、無数の命を奪ってきた歴戦の強者であるニグンでさえこれほど威圧されたのは初めての経験だった。

 

「これが偽りではなく真実を答えた理由。ここで消える者たちならば語ってもかまうまい」

 

「天使たちを突撃させよ! 近寄らせるな!」

 

 かすれた悲鳴のような声でニグンは命令を下した。

 

 士気回復を図ったものではない。単に怖かったのだ。アインズ・ウール・ゴウンが。

 

 指令を受けて襲い掛かったのは二体の炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)。風を切って宙を舞い、アインズに向かって斬りかかる。

 

 ニグンは、陽光聖典の隊員は天使の燃え盛る剣がアインズを貫く姿を幻視した。

 

「……は?」

 

 風が吹いたかと思えば、攻撃しにかかった炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)は姿を消していた。

 

「きえちゃった」

 

「つまらないな、こいつ」

 

 何が起きたのか理解できず思考が止まりかけた中でラフムと呼ばれたモンスターが何か言っている。

 

 口を開いたラフムの足元で光の粒子が舞い上がっているのを認識できた隊員は、果たしてどれだけいることだろうか。

 

 それを認識できてしまったニグンは、自らの目にも止まらぬ速さでラフムが天使を捕らえ、押し倒し、死亡によって消滅させたのだと数秒かけて理解してしまった。

 

「別に必要なかったんだがな……まあいい」

 

「全天使で攻撃を仕掛けろ! 急げ!」

 

「し、しかし隊長、包囲網が」

 

「急ぐんだ!」

 

 反論しようとした隊員は正しい。

 

 囲まれている状況で自らを守る召喚した天使を全て攻撃に回すのは間違った判断だ。

 

 陽光聖典は信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)のみで構成されているのだから、これは盾を投げ捨てて背中を見せているのに等しい行いである。

 

 しかし、それでも、アインズを倒せば状況が好転すると信じてニグンは指示を出す。出さなければ正気を保てないような気がした。

 

「やれやれ。私にも見せ場は残しておいてくれよ」

 

 だが結果は散々なものだった。

 

 ラフムたちが思い思いに天使に飛び掛かり、天使を消し去っていく。

 

 跳躍の瞬間を目で捉えることができないが、それでも数が動けば隊員の誰もが理解した。

 

「なんだそりゃ! <正義の鉄槌(アイアンハンマー・オブ・ライチャネス)>!」

 

「化け物が! <聖なる光線(ホーリーレイ)>!」

 

「く、来るなぁ! <緑玉の石棺(エメラルド・サルコファガス)>!」

 

「<石筍の突撃(チャージ・オブ・スタラグマイト)>!」

 

「<呪詛(ワード・オブ・カース)>!」

 

「<傷開き(オープン・ウーンズ)>!」

 

 天使が意味をなさないと知り、悲鳴のような声を上げながら隊員たちが自らの信じる魔法を立て続けに詠唱し始めた。

 

 雨あられに降り注ぐ魔法は、どれもラフムに防がれた。

 

「やはり知っている魔法ばかりだ。……誰だ、誰がその魔法を教えた? スレイン法国の人間か? それとももっと別の者なのか? 聞きたいことがどんどん増えていくな」

 

 多種多様な魔法を向けられていてもアインズは気楽な態度を崩さない。

 

 天使を容易く殺し、魔法も効かないまるで悪夢から抜け出てきたような外見のモンスターに部隊は恐慌状態に陥りかけている。

 

「ひやぁぁああああ!」

 

 魔法がまるで意味をなさないことに狂乱した隊員が悲鳴を上げながらスリングを取り出し、礫を放つ。

 

 何の効果があるのだろうと思うがニグンは止めない。

 

 人間の頭部は容易く砕くことのできる鉄のスリング弾はアインズの頭目掛けて跳ぶが、突如爆発音にも似た音がした?

 

「……はっ?」

 

 転移でもしたかのように後ろに控えていたはずの騎士、アルベドが動いて手にしていたバルディッシュを振り抜いたかと思えばスリングを放った隊員が崩れ落ちた。

 

「すまないな、私の部下がミサイルパリーとカウンターアロー、二つの特殊技術(スキル)を使用して迎撃し、撃ち返したようだ。飛び道具対策に防御魔法をかけているようだが、それを超える反撃を受けてしまえば破られるものだろう? 驚くにはさして値しないと思うが……アルベド。あの程度の飛び道具、ラフムたちが勝手に防ぐだろう。お前が力を使う――」

 

「お待ちください、アインズ様。至高の御身を攻撃するのであれば最低限度の攻撃というものがございます。あのような飛礫など……失礼にもほどと言うものがございます!」

 

 ニグンの部下を殺したかと思えば、アルベドは理解できない理論を展開し始めた。

 

 いや言葉は理解できる。しかし内容がニグンは頭に入ってこなかった。

 

「はっはっはっ。それを言ったらあいつら自体が失格ではないか。なあ?」

 

「プ! 監視の権天使(プリンシバリティ・オブザベイション)! かかれ!」

 

 今までニグンの横で微動だにしていなかった天使が翼を広げ、ニグンのかすれた叫びに従って前に出る。

 

 監視の権天使(プリンシバリティ・オブザベイション)は第四位階の召喚魔法で召喚できる上位天使(アークエンジェル)よりも大柄な全身鎧の天使だ。片手には柄頭が大きいメイスを持ち、もう片方の手には円形の盾を装備している。

 

 今までニグンが自分が召喚した天使を動かさなかったのはその特殊能力に起因する。

 

 監視と言う名に相応しく、監視の権天使(プリンシバリティ・オブザベイション)は視認する自軍の構成員の防御能力を若干引き上げるという能力を持つのだ。この能力は自分が動いた場合効果を失う。そのため待機させていたのだ。

 

 にもかかわらず命令を下したのはニグンの動揺の現れだった、

 

「そろそろ私も見せ場がほしいと思っていたところだ。丁度いい。下がれ、アルベド、ラフムたち」

 

 そこで突然、アインズは奇怪な行動をし始めた。

 

 なんと魔法詠唱者(マジックキャスター)であるはずのアインズが一人で前に出てきたのだ。

 

 疑問はあったが、ニグンは好機だと思った。それが藁に縋る思いではあったものの。

 

 命令を受けた権天使はアインズに勢いよく近付くと、そのまま光の輝きを宿すメイスを振り下ろした。

 

 権天使がアインズを叩き潰す姿をニグンは幻視し、その期待に満ちた幻は煩わしそうにガントレットに覆われた左腕を持ち上げたアインズの手で打ち砕かれる。

 

「……へあ?」

 

「やれやれ」

 

 腕の骨が砕けてもおかしくない、いや、砕けていなければおかしい一撃を片手で受け止めている。

 

 脳が理解を止めていた。

 

 仮に完全装備のガゼフが受け止めたとしても、衝撃を受け止めるような素振りはするはずだ。なのにアインズは、肉体能力に劣るはずの魔法詠唱者(マジックキャスター)であると誇示するような動きにくいローブを身に纏っているというのに、軽々と受け止めた。衝撃を感じているようにさえ見えない。

 

「反撃と行こうか。<獄炎(ヘルフレイム)>」

 

 アインズが伸ばした右手の指先から放たれたぽつんと揺らめく小さな黒い炎が監視の権天使(プリンシバリティ・オブザベイション)の体に触れる。

 

 吹けば消えるような小さな炎は、一瞬で権天使を覆い尽くす。

 

 生じた熱量が離れたニグンたちの顔を撫で、その熱さに目も開けられない。

 

 黒炎が消え、ニグンたちが目を開くと権天使は跡形もなく消えていた。

 

「ば、ばかな」

 

「一撃だと……」

 

「ひぃっ」

 

 隊員たちが混乱に声を漏らす。

 

「あ、あ、ありえるかぁあああ!」

 

 心に生じた思いのままにニグンは絶叫した。自分が怒鳴り声を発したことをニグンは遅れて認識した。

 

「そんなはずはない! ありえない! 高位天使がたった一つの魔法で滅ぼされるはずがない! 貴様は一体何者だ! アインズ・ウール・ゴウン! そんなやつが今まで無名なはずがない! 貴様の本当の名前は何だ!!」

 

 冷徹な表情をどこかに落としながら、ニグンは認めることができないと叫んだ。

 

「何故そんなはずがないと思った? それはお前が無知なだけかな? それともそう言う世界なのかな? 一つだけ答えさせていただこう。――私の名前はアインズ・ウール・ゴウン。この名前は決して偽名などではない」

 

 自慢と喜悦がその言葉から感じられた。

 

 ニグンが欲しかった答えではない。得体のしれない存在からの得体のしれない答え。

 

 呼吸がうるさく感じられる。まるで全力疾走を長い時間繰り返したかのように神像が異常に大きくなっていく。

 

「た、隊長、わ、私たちはどうすれば……!」

 

「その程度、自分で考えろ! 俺はお前の母親でも何でもないのだぞ!!」

 

 大声で怒鳴りつけ、部下の怯えた顔を見てニグンは我を取り戻す。

 

 冷静さを取り戻し、切り札の存在を思い出す。

 

「最高位天使を召喚する!」

 

 震える手でニグンは懐から魔法が封じられたクリスタルを取り出す。

 

 このクリスタルに封印されているのは二百年前、魔神と言われる存在が大陸中を荒らしまわった際、魔神の一体を単騎で滅ぼした最強の天使を召喚する魔法だ。都市規模の破壊すら容易とされる

 

 これを再び召喚するための魔法をかけるのに必要な費用と労力は検討もつかない。しかしこれがガゼフ抹殺のためニグンが神官長から託された秘蔵の切り札だ。

 

 絶望に落ちかけていた隊員たちに再び希望と言う火が灯った。

 

「あれはまさか、魔法封じの水晶……それも輝きからすると超位魔法以外を封じられるものだな。ユグドラシルのアイテムもあるわけか……とすると召喚される最高位天使は……ん?」

 

 棒立ちのアインズが空を見上げる。

 

 対処しようとしている素振りは見せない。何か得体のしれないことをブツブツと呟くだけだ。

 

 規定の使用方法でクリスタルを破壊し魔法を発動しようとして、釣られてニグンは空を見上げる。

 

 ラフムが襲ってくる前に魔法を起動しなければならないのに、つい見てしまう。何か予感があったのかもしれない。

 

「Aaaaaaaa――」

 

 日が落ち、太陽が隠れようとする空にそれは悠然と浮かんで歌声のような声を響かせていた。

 

 それが巨大な角を持つ、美しい女の姿をした異形種。そう認識した瞬間には、ニグンたちはもう手遅れだった。

 

 草地が広がっていた足元が悍ましいほどに黒い泥へと変わっていく。

 

「しまっ、威光の(ドミニオ)――」

 

 粘着質な水音を響かせ、泥は波となってニグンたち陽光聖典を押し潰したのだった。

 

「Aaaaaaaa」

 

 

 

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