「先生、コガちゃんは大丈夫なんですか?」
「検査の結果、体に大きな怪我はありませんでした。ですが、異常がないということは治療もできないということです。記憶障害は私たちのほうでは…」
「そんな……」
病院の診察室で、医者の先生と見知らぬウマ娘が話してる。
あの後、私はすぐに病院送りになった。
そりゃそうだろう。
私みたいなちびっ子が、真夜中に裸同然のズタボロの格好でいたんだから。
それを見つけた見知らぬウマ娘。
推定、私のお母さんはもうびっくり仰天。
すぐに私に駆け寄り、体を触って何か調べてた。
心配が限界を超えた親の顔ってすごいことになるんだね。
可愛い顔がキュビズムの絵画のようになってしまってた。
私は、そんな推定、私のお母さんに追撃した。
あなた、誰?ってね。
そしたら今度は表情すら消えた。
いきなり担がれて、推定、私のお母さんは明らかに人が出せる領域ではない速度で近くにあった病院に駆け込んだ。
その時の速さは、たぶん時速70kmくらいかな。
まるで安全バーのないジェットコースターに乗ってるみたいですごく怖かった。
こんなこと出来るのウマ娘だけだよね。
やっぱりウマ娘ってすごい。
そして、そんなウマ娘に私もなったのだ。
わくわくが止まらねぇぜ。
病院についた私は、あれやこれやとゴツイ機械で検査され、検査を終えると病室に寝かしつけられたのだが、この一夜で一生分のアンベリーバボーな出来事を経験した興奮で寝ることができず、病院内を探検することにした。
真夜中の病院を誰もが一度は考えたことはあるであろう、もし美少女に生まれ変わったらどうするかリストに載ってる、わざとらしい美少女動作を振りまきながら歩き回る。
もう快感だよね。
顔が自然とアヘ顔になっちゃう。
そんな感じで、薄い本の導入みたいになりながらはしゃいでいると偶然、真夜中に明かりがともる一室を見つけ私は今、その診察室の扉の隙間から病院の先生と推定、私のお母さんとの会話を盗み見てる。
推定、私のお母さんは、もう打ちひしがれて絶望してる。
すごい。
人がこれほど絶望してるシーンはアニメとか漫画でしか見たことない。
「じゃあ、コガちゃんは一生このままなんですか!?」
ガコッ。
しまった。
急な叫び声にびっくりして扉を蹴ってしまった。
診察室にいた二人も驚いた顔で私を見て固まってる。
私は病室で寝ていると思っていたんだろう。
「どうしたの、コガちゃん?」
推定、私のお母さんはびっくりしつつも一瞬で親の顔に変わり私に優しく話しかけてくる。
私は、そのほんの少しの動作で伝わった目の前のウマ娘の高貴さに気圧された。
このウマ娘、全体的に気品というか王様というか、見ていて私モブじゃありませんっていうのが脳髄に叩きつけられる。
雰囲気もそうだけどデザインがもう普通とは違う。
こんなウマ娘、どの作品にもいなかった。
ディープなウマ娘オタクである私が見たことのない全く未知のウマ娘。
未実装の、あの馬モチーフのウマ娘だろうなとか辺りをつけることさえもできない。
このウマ娘の正体はいったい?
とりあえず、疑いのまなざしのジト目ビームを発射しつつ取り調べを行う。
「あなたが私のお母さんなの?」
「えぇ。私がコガちゃんのお母さんよ」
即答。
自分もパニックになりそうなくらい不安だろうに、私を不安にさせないように母性を100%注入とびきりスマイルを添えて。
なんか、すごいな。
この肉体、お顔は抜群に良かったけど、こんな気品みたいなものは感じなかった。
なんか今更不安になってきた。
このウマ娘は本当に私のお母さんなのかな?
私は頭の中に生まれた疑問を解消するために尋ねた。
「お父さんは?」
そう質問したら、超美麗ウマ娘はすごく悲しそうな表情をした。
「お父さんは、コガちゃんが小さいころに事故で亡くなっちゃったの」
ふーん。
「お父さんがいないと寂しい?」
目の前のウマ娘は、そう聞きながら絶対に親じゃないと出来ないような優しい微笑みを浮かべながら私の頭をなでる。
「……わかんない」
本当は顔も知らないやつがいつどこで死んでようがどうでもいいんだけど、そのまま伝えると刺激が強すぎるから適当に返事をしておく。
わかんないのも本当のことだし嘘じゃない。
「そう……」
さっきとはすこし違う、別の種類の悲しそうな顔。
このウマ娘目線だと、若くして夫を失って今度は娘が記憶喪失。
そりゃつらいよね。
あまりに不幸すぎる。
「お二方。もう夜も遅いですし、続きは明日に……」
「えぇ、わかりました」
私たちの間に流れた気まずい沈黙を察してか、医者の先生がそう促す。
「コガちゃん、行きましょう」
私はお母さんに手を引かれて、病室に戻る。
部屋に入るとき病室の名札を見たら、そこに記載されていた私の名前はコガラス。
なるほど。
だからコガちゃんか。
ウマ娘でそんな名前のキャラクターは存在しない。
じゃあ私はモブキャラなのかも。
モブキャラでもいい、可愛いから。
でも、可能なら中央に行っていろんなウマ娘たちと交流してみたいなぁ。
私は、そんなアグネスデジタルみたいなことを考えながら床に就いた。
次の日、病院の看護師にお母さんのことを聞いて回った。
看護師たちによると、お母さんの名前はカネヒラというらしい。
やっぱり、知らないウマ娘だ。
でも、みんなはお母さんを知らない人はいないって、誰にもできないような偉業を成し遂げたすごいウマ娘だって、そう言ってた。
おかしい。
そんなウマ娘なら、私が知らないはずがない。
ここはウマ娘世界であることは間違いない。
でも、私の知るウマ娘世界とは何かが致命的にズレてる。
そんな気がする。
私は、また検査をするために病院内の施設を巡ってるけど、その途中、私に付き添ってるお母さんに気付いてサインを欲しがる患者がたくさんいた(流石に病院側が止めてたけど)。
誰もがお母さんを敬い、お母さんの行くところに道ができ、お母さんはまるでそれが当たり前みたいな態度で対応する。
本当に王様みたいなウマ娘だ。
私が感じていた気品はやはり勘違いじゃないんだろう。
この世界の人々を見ていると、彼らも私と同じものを感じているようだ。
私は、その人々とお母さんの交流を見て確信した。
お母さんは、間違いなくその偉業をなしたウマ娘であり、ここは私の知るウマ娘とは違う世界なのだと。
その後、一日がかりでいろいろ検査をして、結果的に体に異常はないのがわかったけど念のためしばらく検査入院することになった。
そんで、それからしばらく時間が経過して、もうすぐ退院できるよってなった私は今、お母さんの手を引いてある場所に向かっている。
そこは、この病院にあるウマ娘用リハビリ施設のすっげーデカいグラウンドだ。
私は体を怪我をしているわけじゃないからリハビリ用施設を使う理由はないんだけど、そこで走ってみたくて駄々をこねたら病院側はお母さんが付き添うなら施設を使用してもいいとのこと。
私はそれを聞いて、すぐにお母さんにお願いして今日予定を空けてもらった。
別に退院してからも機会はあるだろうけど、ウマ娘パワーを早く体験してみたかったんだ。
そして私は、この世界に来てから待ち望んでいたその場所へ、とうとうたどり着いた。
「でっかーい」
このグラウンドは一周1600mあるらしく、それは人間用のグラウンドの4倍だ。
こんなとこ一周でも走ったらもう立ち上がれないと思うけど、それは人間だったころの感覚なんだろうな。
この病院は超お金持ちだから芝もちゃんと張ってあってふかふかだ。
足を踏み入れてみるとこれはいい。
ちょうどよくクッションが効きそうな、良いふかふか具合。
うおー早く走らせてくれー。
さっきからずっとお母さんのゴーサインを待ってるんだけどお母さんは手を握ったまま離さない。
どうしたんだろう、いつも気品にあふれるお母さんにしては珍しく、わかりやすい浮かない顔をしている。
「お母さん、どうしたの?」
その顔が気になって様子をうかがうとお母さんは暗い顔のまま語りだす。
「コガちゃんは、学校の授業でレースのある日は帰ってくるといつも吐いてたの。走るのが嫌いな気の弱いウマ娘はよくそうなるらしくて。私、またコガちゃんがそうならないか心配で…」
そうなんだ。
まぁ、中身は私なんだし、たぶん大丈夫でしょ。
「大丈夫だよ、お母さん。そこで見ててね」
私は心配そうなお母さんを尻目に走り出した。
そして、すぐにそのパワーに気が付く。
すごい、これがウマ娘ボディ!!
5倍以上のエネルギーゲインがある!!
人間だったころとは違って、少し力を籠めるだけでどこまでも加速していく。
そのあまりのパワーに童心に帰って全力疾走をするが、しかし限界はすぐに訪れる。
速度を出そうとすればするほど、風が壁のように体を押し付けてきて体がぐらついてしまうからだ。
なるほど。
こりゃ早く走ろうとすると技術がいる。
私は、速く走るためにはどうすればいいか考えながら一呼吸入れて、とりあえず何も考えずにもう一度、全力疾走をすると今度はぐらつかずにまっすぐ走れた。
あれ、おかしいな。
さっきまで真っ直ぐ走るのも難しかったのに、あんなにあった走りづらさがもう消えた。
壁のような風圧は相変わらず感じるのに、なんでだろう?
それに肉体の感覚も明らかに変わった。
まるで、生まれつきこの体で生まれていた様な、そんな違和感を感じない違和感。
もしかして、これが本当の私?
私って元々こんな美少女だったのかも。
なんか、そんな気がしてきたぞ。
美少女の私は冷静である。
ちょっとクールダウンをしてから次は実戦を想定した走りをしてみる。
スタート直後の位置取り争い、道中の駆け引きを意識したライン変更、最終コーナーからの仕掛けを想定した加速。
とにかく走って、考える。
私ってすごくないか?
普通のウマ娘を知らないから何とも言えないけど、私すごい。
ウマ娘ボディであることを抜きにしても、普通ではできないはずのことをしてる感をすごく感じる。
でも私はお母さん以外のウマ娘なんて知らないし、ウマ娘のレースの実戦なんて経験したことがない。
だから、今やっていることが通用するかなんてわからない。
となれば当然、実戦を一番知っているであろう存在に聞くしかないわけだ。
「お母さん、どう!?」
お母さんは目を真ん丸。
お口に手を当てて驚いていた。
「コガちゃん、すごい……」
あれ、私なんかやっちゃいました?