退院した私は今日から学園デビュー。
私の通う学園は、ここらのウマ娘が一挙に集うこの地方のトレセン学園的なところだ。
だからすっげーデカい。
最初、校舎を見た時はこの世にこんなデカい学園があるのかってビビったよ。
だけど中央のトレセン学園はこれよりさらにデカいってんだから、世界は広い。
この学園は、この世界のURAが新設したレースの影響で潤った財政で作られた比較的新しい学園で、最新の設備を多く取り揃えていて種類も豊富。
この地方所属でレースに勝ちたいなら、この学園に通うしかないって感じらしい。
お母さんから聞いたけど、レースガチ勢のウマ娘はこの学園の設備を求めてほかの県からも通学してくるって話だ。
ガチ勢ってすごい。
学園に着いた私は、まず職員室に行って私の事情を知ってる私のクラスの担任に挨拶してから、教室の場所を教えてもらい真っ直ぐそこへ行く。
6年2組。
ここが私のクラスか。
教室の中からはガヤガヤとした小学校特有の喧騒が聞こえる。
私は、いざ教室に入ろうとしたが、体がドアに手をかけた姿勢のまま固まってしまった。
今更だけど、私大丈夫かな?
小学生のノリって大人になってからだとつらいんだよね。
正直うまく中に溶け込めるか、かなり不安。
しかも小学生ってそういうの敏感に察知するやん。
それに私、子供って苦手だったわ。
二次元の子供は好きだけど、三次元はちょっとないかなー。
いや、この学園に通うのはウマ娘だから2,5次元?
じゃあ、大丈夫かな?
私は頭の中であーでもないこーでもないと理屈をこねくり回して結論の先送りをする。
だけど、こうしていつまでもドアの前でグダグダ悩んでるわけにもいかない。
どうせ行くしかないんだから腹を決めていくか。
たのもー。
いざドアを開けて教室に入ると一瞬、クラスの喧騒がピタッと止み、一拍おいてからまたスタートした。
おいおい、雰囲気悪いなー。
入院してたクラスメイトが復帰したんだから普通「コガちゃん退院おめでとー」みたいなこと言ってくるもんじゃないのか?
コガちゃんってボッチだったのか。
こんなに可愛いのに、こいつら見る目ないな。
もう私の中でクラスメイトたちは敵になった。
頭の中でぶつくさ文句を言いながら担任の教師に聞いた私の机に鞄をおいて座ると、私のもとに足早に駆け寄るウマ娘が。
もしや、この娘がコガちゃんのともだ──────
────ガンッ!
机の脚を蹴られた。
「ちょっと、なに勝手に休んでんのよ」
私がいつ休もうが君に関係なくない?
もしかしてこの娘は私の親友で、今までずっと心配してたんだろうか。
素敵だね。
でも、どうやら違うらしい。
いかにもって感じのいやらしい笑みを浮かべてて、うん、いかにもだ。
クラスもこいつが私に近づいたら空気が変わった。
さっきまでの喧騒は嘘のように消え去り、気まずい静寂が訪れる。
これもう、そういうことだよね。
「何、黙ってんのよ」
いじめっ子はもう一度、私の机の脚を蹴る。
いじめをする人ってこういう時どんな反応を望んでるんだろうね。
思考回路が謎すぎて私には理解不能だ。
私が黙っているとクラスメイトたちは見かねたのか、その内の一人が私たちの間に割って入って口を出してきた。
「あの……、アチェレさん。コガラスさん退院したばっかだし……」
「知らないわよ、そんなの」
アチェレさんと呼ばれたそのウマ娘は、無慈悲にも私の助け船を破壊した。
まぁ、あの崖できれいに並べられた靴を見た時からそうだろうなとは思っていたよ。
それでも、いざ現実を目の当たりにすると憂鬱だ。
これから、こんな奴と同じクラスで過ごさないといけないのかよ。
そんな私の苦悩がため息になって口から漏れると、それを見たいじめっ子が拳を振り上げる。
ポカッ。
いたっ。
こいつマジか。
殴ってきやがった。
流石にウマ娘パワーで殴ったらグロだから手を抜いているようだけど、これはただ事じゃないぞ。
ウマ娘の世界なのに、こんな直接的ないじめもあるんだな。
この事態に私がどう対処しようかなーってボケーっと考えていると、いじめっ子はまた拳を振り上げる。
それを食らってやる義理はないので私は拳を受け止めた。
「痛いんだけど」
「は?なに逆らってるわけ?」
どうやらこいつは、私の言葉を理解できない超ド級のおバカみたいだ。
私はつかんでいる拳を強く握りしめる。
「痛いって言ったよね」
すると、いじめっ子の顔が苦痛にゆがむ。
ウマ娘パワーで握りしめてるから、かなり痛そう。
「なにすんのよ!?離しなさい!!」
まさか反撃されるとは思わなかったんだろう。
慌てたいじめっ子は拳を引き戻そうと暴れだす。
それを許す私ではない。
私たちは、まるでカンフー映画のように手の取り合いが始まりその結果、相撲のようにがっつり組み合って動けなくなってしまった。
そして周りでは、この騒ぎを聞きつけた他のクラスの子が集まってきて私たちを遠巻きに見てる。
いや、見てないで誰か大人の人呼んできてくれ。
「何してるの!?」
おぉ、さっそくお出ましか。
その声からすると、さっき職員室で会った私の担任のようだ。
「アチェレさん!!こっちに来なさい!!」
「え?なんで私が……」
「いいから来なさい!!」
いじめっ子は担任の教師に手を取られて何処かへと連れていかれた。
ふむ、なるほど。
私たち二人じゃなくあっちだけか。
ろくに事態を見たわけじゃないのに、何が起こったかわかってるんだね。
それに、教師に連れていかれた時のあのいじめっ子の反応。
今まではお目こぼししてもらってたのかな?
にもかかわらず、今になっていじめを止めたのは、あの担任の教師が私が入院した理由を知っているからだろう。
担任の教師がこのクラスの空気を知らないはずがない。
私が崖から落ちたと聞いて、真っ先に自殺を思い浮かべたはず。
さぞ肝が冷えたでしょうね。
担当してたクラスの娘に自殺なんてされたら、外部にこのクラスのいじめがばれてこれまで積み上げてきたキャリアがパー。
だから、いままではお目こぼししてたあいつのいじめを強引にやめさせた。
この出来事はそういうことだろう。
これが君の見ていた世界か。
そりゃ飛び降りくらいしたくなるわな。
あのね、ウマ娘ってのはもっとキラキラしてないといけないんだよ。
違うんだよね、世界観がさ。
なんで、こんなに心がもやもやするんだよ。
せっかく美少女になれたのに、中身の私がこんなんじゃ可愛くなくなるだろうが。
もし、この心のもやもやが晴れるなら、どんな苦しいことでもしてやりたい。
なぜなら、今の私は────────
「────────美少女ウマ娘ちゃんなんだからねぇ」
私は、教室の窓に映る自分の顔を見つめてそう思った。
────────────────────────────────
私をいじめていたあいつ。
あいつの名前はアッレストアチェレというらしい。
あれから学園に私たちの保護者が呼び出され話し合いの結果、私は特別教室という場所で授業を受けることになった。
お母さんは抗議してたけど、これは私には都合がよかった。
小学生の集団に入って生活するなんて拷問すぎるって考えてたからね。
だから、私はお母さんをうまく説得して学校の決定を受け入れさせた。
ただ、あいつの処遇には不満だけどね。
あいつは、あれからも元の教室でそのまま暮らしてる。
私をいじめてたあいつがそのままで私が隔離されるってそれ普通、逆だよな。
でも、元のクラスを見てると、その決定が間違いだったとも言えないことになっている。
私がいたクラスを眺めると、元クラスメイト達はアッレストアチェレを遠巻きに見てるだけで誰も近づかない。
そりゃそうだ。
誰だって次の獲物になりたくない。
触っちゃいけない腫物扱いだ。
もう、あいつが次の獲物になってもおかしくないぐらい空気が痛々しい。
だけど、あいつはその扱いに不満たらたらのようだ。
なんで私がこんな扱い受けないといけないのよって感じで、イラつきを隠そうともしない。
まるで反省してない。
今回なぜ学園がこんな決定をしたのか。
今まで、なぜ私へのいじめを見過ごしていたのかはちゃんとした理由がある。
それは、どうしようもない不可抗力でって意味ではなく、この学園にいやらしい思惑があるからだ。
この世界では、もうすぐURA主催の地方選抜特別レースなるものが開催される。
毎年恒例になっているこのレースは地方の才能あるウマ娘の救済を掲げ、最低限の審査はあるが出走登録自体は誰でもでき、それゆえレースの雰囲気は権威あるというよりはお祭りに近い性質を持つ。
一般的に、このレースの勝者は中央への切符を手にするといわれていて、地方所属のウマ娘は誰もがこのレースに勝って中央へ行くことを夢見る。
あのアッレストアチェレも、このレースに勝って中央へ行くことを公言している。
もし、その通りにあいつが勝って中央のスカウトの目に留まれば、それはこの学園から勝ち上がりが出るってことになる。
そうなれば、この学園の名声は高まり、厄介ないじめっ子は中央へ行って居なくなって、中央は才能のあるウマ娘を引き取れる。
私以外の全員が得をする。
正気を疑うほどの捕らぬ狸の皮算用だが、あいつは学園にそう思わせるだけの物を持っている。
私は退屈な授業を横目に、グラウンドで行われているレースを見やった。
その先頭を行くのはアッレストアチェレ。
憎たらしいことだけど、あいつが才能のある特別なウマ娘なのは一見して分かった。
まずは抜群のスタートで一気に後続を突き放し、そのまま大逃げの体勢。
端をとってペースメーカーになったら、自分が有利になるように繊細にペース調整。
最終直線ではそれまでのリードを生かして、大きく崩れないように走り切る。
アッレストアチェレの走りは、年齢からは考えられないほど安定感があり、華のある完成された大逃げだった。
学園側も、その並外れた才能を把握しているんだろう。
だから私へのいじめも見なかったことにして、あいつを優遇してた。
そしてコガちゃんは、自分がいじめられているのをお母さんに知られたくなかった。
もしお母さんに助けを求めたら、自分は群れから排除される側の弱者であることを認めてしまうことになる。
それを認めるのって大人でも難しい。
だからコガちゃんはお母さんに助けを求めなかった。
大人は頼れない、友達もいない。
誰も助けてくれない。
その結果が、これだ。
私はコガちゃんを助けたい。
でも、コガちゃんはもういない。
全ては起こってしまった。
取り返しのつかない出来事だ。
コガちゃんを思うと、私の内側から自分でも恐ろしいほどの熱が発生する。
何かをしたい。
コガちゃんのために何かを。
放課後、家に帰ってくると珍しくお母さんが先に帰ってきていた。
私に大事な話があるらしい。
ご飯を食べながらお母さんの話を聞くと、どうやら私に授業でレースのない共学校へ転校してほしいとのことだ。
流石にお母さんも、あの学園で起こったことを察しているんだろう。
私はそんなお母さんへ、私は次の地方選抜特別レースに勝って中央に行くと言うと、お母さんは優しく微笑んだ。
レースに出るため、すぐにお母さんに出走登録してもらった。
それからは学校に行き、特別教室で授業を受けて放課後にグラウンドで走って帰る。
そんな退屈な日々を過ごしていると、URAからやたら豪華な装飾が施された通知書が届いた。
通知書によると私は無事にレースの出走が決まり、同封されていた出走表を見ると私とアッレストアチェレが同じレースに抽選されていた。
やはり、これが私のウマ娘としての運命なのか。
地方選抜特別レースは、このレースに勝つウマ娘の数に対して用意されている中央の席はすごく少ない。
勝てば必ず中央へ行けるわけじゃなく、こちらに出向いてきた中央のスカウトがその才能を見極め判断を下すからだ。
だから、中央への栄転を夢見るウマ娘は自分以外はすべて敵。
そう考えて、誰もが抜き身の刃のように振る舞う。
その振る舞いにはいじめと呼ばれるものも含まれるだろう。
私は別に、それを否定しない。
その結果が、人の死じゃなかったらだけど。
あいつのいじめのせいで崖から身を投げるほど苦しんだウマ娘がいる。
このまま、あいつが中央に行ってのうのうと夢を見続けることが許されるのだろうか。
そんなこと許されるはずがない。
誰かがあいつを罰しなければならない。
でも、誰もそのことに気が付いていない、だから…。
このまま、あいつが誰からも罰を受けないのなら。
法も神もあいつを見逃すというのなら。
私がするしかない。
コガちゃんの苦しみを晴らすような一世一代の復讐を。