地方選抜特別レース当日。
お目当てを見つけて真っ直ぐそこへ行く。
「こんにちは、アチェレさん」
作戦スタート。
挨拶をしながら、こいつを怖がる演技を開始する。
「……何の用よ」
アッレストアチェレに話しかけると、あからさまに怪訝な顔をされる。
お前からしたら、今までいじめてた相手が自分から絡んでくるんだから気味が悪いよね。
でも、これは私の作戦に必要な儀式なんだよ。
絶対に付き合ってもらう。
「最後に挨拶しておこうと思って」
「へぇ、殊勝な心掛けね」
そう言いながら学園とは違う冷静な態度。
私を見たらプリプリ怒りながら真っ先に絡んできてたのに、今日はやけに落ち着いてる。
その姿を見て確信した。
これまでのことは、すべて計算だったんだな。
これでますますお前を許せなくなったよ。
「私はこのレースで中央へ行くから、これで最後ね。うれしいでしょ?」
アッレストアチェレはそう言うと、これで話は終わりねとでも言いたげに背を向けて控室に帰ろうとする。
おい、話は終わってないぞ。
「アチェレさんは勝てないよ」
私は、私を侮るこいつに思いっきり宣戦布告を叩きつける。
「私が勝つから」
強気な言動で挑発しながらビクビクする演技も継続中。
すると、こいつはわかりやすく不機嫌になり、顔面に青筋を立てて般若のように顔を歪める。
どうだ?
今まで格下と思っていじめてた相手にこんなこと言われてムカつくだろう?
「あんたうっとしいのよ!!消えろ!!」
アッレストアチェレは怒鳴り声をあげてイラついた様子で控室に帰っていく。
そんなお前を、周りの人間は見ている。
もちろん、中央のスカウトたちもだ。
そいつらは、今の出来事を見てどう思った?
私たちの間に、なにか因縁があると思っただろう。
人によっては、私たちの関係性を感じ取った人もいるかもしれない。
私の計画通りに。
お前は人々が真に求めるものに気が付いていない。
人は誰もが生きるうちに必ず気が付いてしまう。
この世界には自分よりすごいやつがたくさんいて、自分はそいつに勝てない敗者だってことに。
それは、社会で生きる人間の絶対の本質。
人は常に絶望して生きている。
だからこそ、人は大逆転という奇跡を求める。
この状況って、それにピッタリ当てはまると思わないか?
私みたいないじめられっ子が、今日みたいな”本番”のレースでその才能を発揮させいじめっ子を打ち倒すなんて、それって人間が本能で求めている最高の娯楽なんだよ。
このレースは多くの人にとって希望になる。
ただし、お前は例外だ。
これから、お前だけは悪役という役職の中で誰からも理解されずに絶望していくことになる。
お前の得るはずだった夢、未来、栄光。
そのすべてを奪って私のものにしてやる。
きっと、それがコガちゃんへの………────────
「────────────に出走するウマ娘はゲートに集まってください」
物思いにふけっていると私のレースのアナウンスがされる。
私は急いでゲートに向かった。
ゲート前につくと、もうレースは開始寸前だった。
私の出走するレースは1,800m,芝、右回りで今日の天気は快晴。
私は、このレースを前の私がしていたという後方からの走りではなく、好位差しと呼ばれるスタイルで走るつもりでいる。
アプリのウマ娘では先行、差しと表記される戦法を、レース展開を見極めて最適な戦法へ変化させる走り。
実戦経験の乏しい私には難しそうな走りだ。
では、なぜその走りを選択したのかと、それは勝利のためではなくアッレストアチェレへの復讐のため。
私の思い描く復讐を完遂するためには、私を見ている人々へ、この走り方で私が私であることを見せつけないといけないからだ。
実戦経験に劣るのにそんなことして大丈夫なの?って思うだろうけど、私はそのことは心配していない。
だって、私は絶対にこのレースに勝つから。
不安があるとすれば、それは私にゲートを使ったスタートの経験がないこと。
学園では特別教室での授業だけだったから授業のレースは免除されてて、そのせいでゲートを使う機会がなかった。
だから、大きな出遅れだけはしないように、そこだけは気を付けないといけない。
ゲート前では各々が自分のルーティーンをこなしている。
私も目を閉じて精神統一をしているとレース開始のアナウンスとともに遠くにいる観客の歓声が大きく膨れ上がる。
いよいよ始まる。
私たちは、順番に係員に誘導されてゲートへ入り全員がゲートへ入ると一拍の間をおいてゲートが開き、私たちの地方選抜特別レースがスタートした。
私のスタートは成功した。
だが、さらにその先を行くのはあのアッレストアチェレ。
あいつは、いつも通り最高のスタートで端を切った。
アッレストアチェレは今日のレースで圧倒的一番人気。
枠順も逃げウマ娘に有利な内枠で世間からだけじゃなく、この世界の神様からも期待が大きいようだ。
確かにあいつは顔がよくて走りに華がある。
外目に見る分には受けはいいだろう。
でも、教えてやるよ。
そういうやつが勝てないのがレースの恐ろしさだ。
アッレストアチェレはスタートの勢いのまま、大逃げの体勢へ移ろうとしている。
ここで、すでに私たちは一つの選択を迫られている。
このままあいつの逃げを許すかどうかだ。
逃げウマ娘に逃げを許すとどうなるかなんて、このレースに出走しているようなウマ娘は私に説明されなくてもわかっているだろう。
だけど、このウマ娘たちは何もしないことを選択した。
あいつの逃げに対処するには、まずここで全力を出して追いつく必要がある。
もう、あいつとの距離は結構開いている。
今からそれを行うことは、とても大きなリスクだ。
まだレースは始まったばかりなのに、そんな危険を冒すウマ娘はいない。
自然と私たちはアッレストアチェレの背を追いかける形で団子になって固まった。
ここが私にとってもう一つの不安要素。
もし、この過程で内で包まれてしまったら、ウマ娘初心者の私はそこから抜け出す技術を持っていない。
だから、私は多少強引に外側へ進路をとろうとする。
周りの様子をうかがうと、他のウマ娘は経済コースである内を希望するようだ。
つまり周囲に私の狙いと被るウマ娘はいない。
だから狙い通り、中団前目の外側につけることができた。
これで私の唯一の負け筋は消えた。
小さな鍔迫り合いが落ち着いて前方に注意を向けると、アッレストアチェレは端をとってそのままペースメーカーになり、それでこのレースの形が決まった。
あいつのいつもの王道勝ちパターンが始まる。
こうなったら、誰かがあいつをつつかないといけない。
だけど誰も動かない。
当たり前だ。
あんなに前にいるあいつを今からつつけに行けば、それだけ大きく消耗してしまう。
そうすれば、あいつはこのレースに勝てないかもしれないが、その時は自分も道連れ。
誰もそんな生贄になりたくない。
そうして、本来警戒しなければいけない相手を無視して、後ろで誰かあいつをつついてくれないか期待しながらお互いを牽制し合ってしまう。
このままだと、取り返しのつかない事態になる。
それがわかりきってるのに、誰も何もできない。
アッレストアチェレの恐ろしいところはこれだ。
この空気は、偶然生まれたわけじゃなくあいつの計算で生まれている。
繊細なペース調整で絶妙な距離を保って、手が出せそうで出せない限界ギリギリの位置でこちらを誘惑して、もしかしたら私が前に行かなくてもなんとかできるかもしれない。
そう思わせて、こちら側が結束することを防ぎ集団全体をコントロールしてくる。
そうこうしてるうちに、こちら側のウマ娘はやがて気付く。
アッレストアチェレがこれを計算で行っていることに。
その並外れた才能に。
公の場では誰も言わないが、世間一般にウマ娘には”格”と呼ばれるものが存在する。
表情から感じる自分に対する自信、筋肉のつき方、歩き方の重心の安定感。
言葉では表せない様々な強さの要因をひとまとめにしたもの。
人はそれを”格”と呼ぶ。
ウマ娘の優れた五感は人よりもはるかに正確に”格”を感じ取る。
アッレストアチェレの”格”を感じてしまったら、もう絶望しかない。
このレースに出走しているウマ娘は自分に勝ち目なんてないって思っただろう。
私以外は。
ここで突然だがクエスチョン。
ウマ娘が馬だとするならトレーナーって何者?
たぶん、多くの人は騎手って答えると思う。
馬という生き物は騎手がいて初めて100%の力を発揮することができる。
それは、きっとウマ娘も同じ。
ウマ娘もトレーナーがいて初めて全力で走ることができる。
そのはずなのに、この世界ではトレーナーは所詮ウマ娘のサポート要員。
そう思っている人が多い。
でも、君は知っているはずだ。
トレーナーという存在の重要さを。
出会ってきたウマ娘たちの物語を。
競馬には馬七人三という言葉があり、その言葉はレースに勝つために及ぼす力の割合を表している。
馬が七分で人が三分。
この考え方はウマ娘にも当てはめることができる。
このレースに出走しているウマ娘の発揮できる力はどのくらい?
馬に対しての騎手にあたる存在、トレーナーとまだ出会ってないこの娘たちでは70%が限界だろう。
じゃあ私はどうかな。
ウマ娘の肉体に人の魂。
パーツはそろってるよね。
私は騎手でもトレーナーでもなかった。
だけど、騎手のすべきこととかこの世界では知りえないウマ娘のこととか知っていることもある。
騎手やトレーナーの半分程度なら仕事ができると思う。
なら、私の出力は最大で85%。
この差はレース結果の決め手になる、とても大きな差だ。
もちろん私がこの肉体の力をうまく引き出せるかわからない。
この理論が間違っているかもしれない。
でも私は、私がこのレースで負けようがないってことをすでに確信している。
なぜなら、彼女は最初からそこにいて答えを持っていたのだから。
私は、答え合わせをするために私の内へ問いかけた。
ねぇ、そうだよね。
コガちゃん。
私がそう問いかけると、確かに意思を感じる温かい何かが胸の中に発生した。
やっぱり………。
ずっと、そこにいたんだよねコガちゃん。
おかしいと思ってたんだ。
だって、あいつと相対した時、溶けそうなくらい体が熱く滾るんだから。
一度はっきりと認識したコガちゃんは、私の中で確かな輪郭を持ち熱を帯びる。
そして形を得た彼女は、私の中にある大事な何かに触れ、私たちは溶け合い一つになり始めた。
人馬一体。
私の状態は、ウマ娘とトレーナーが手を合わせた先にあるものにすごく近い。
だから私たちに出来ないことはない。
コガちゃん。
あいつが憎いよね。
メチャクチャにしてやりたいよね。
そう問いかけるたびにコガちゃんはドクン、ドクンとマグマのような熱を持ち存在感を増していく。
私は、そんなコガちゃんに、私たちの運命を決める最後の問いかけをした。
ならさ、もう行っちゃおうか。
まだ半分も過ぎていないこんな場所からの仕掛けは、レースを見ている中央のスカウトたちが仕掛けを間違ったと捉えかねない。
だけど、あいつを潰すならこの位置がベストだ。
答えを待っていると、問いかけに応えるかのようにコガちゃんの小柄な肉体から暴力的な力が湧き上がり、秘められていたエンジンが爆発的に回転数を上げる。
それはコガちゃんの心を、何よりも表しているように思えた。
私たちの心があいつを憎んでいる。
あいつを倒そうとしてる。
今、私たちは魂までも重なり合っている。
そうだ。
私はこの瞬間、本物のコガラスになったんだ。
私は溢れる力を解放した。
風景は流星のごとく流れ、地を蹴るとターフが爆ぜる。
バ群からは一瞬で抜け出し、瞬きするだけの時間で先頭を行くアッレストアチェレの背中が近づくが、そこで急ブレーキ。
このまま、こいつを抜き去って大差勝ちするのは容易いが、私たちの目的はそうじゃない。
私たちは、お前を心底絶望させたいんだよ。
そんな私たちの悪意が伝わったからかはわからないが、私が後ろにつけるとアッレストアチェレは目に見えて動揺しはじめた。
当然、その隙は逃さない。
私は後ろからアッレストアチェレをつついてやる。
差を縮めては下がる、縮めては下がる。
するとアッレストアチェレは、私の動きに釣られてペースの上げ下げをするようになった。
この様子だと、こいつは気が付いているようだ。
その首に、私の切っ先がかかっているということに。
アッレストアチェレは私の支配から逃れようと大きく距離をとったり、ペースを激しく変えてみたり色々しているようだが、それが私の狙い。
私の作戦は、お前のペースを乱してスタミナを削ること。
アッレストアチェレ。
お前の長所は0,1%のために、どこまでも残酷になれるおぞけがする計算高さだ。
コガちゃんをいじめていたのは、才能のありそうなウマ娘を潰して一つでも中央の椅子を空けるため。
全て計算で行ってたんだろう?
お前みたいなやつを、本当の悪っていうんだよ。
その派手な大逃げも、少しでも目立ってスカウトの目に留まるためなんだろうが、そんなの結局は力の差があるから成立すること。
私には通用しない。
大逃げは一つのミスも許されない繊細で危険な戦法。
動揺してペースを大きく乱したお前はもう死んだ。
あとは私が派手に勝つだけ。
ミッションコンプリートだ。
私は、本来の仕掛けどころになる最終コーナーの終わり際で、アッレストアチェレを一瞬で抜き去る。
そのコガラスの切れ味を見た観客は大きな歓声を上げ────────
「カネヒラの────────」
「カネヒラが────────」
「カネヒラに────────」
────────私の、ウマ娘の鋭敏な聴覚が観客のざわめきを正確にとらえた。
私の母カネヒラの走りは、もっとも勝ちやすいといわれている好位差しと呼ばれるスタイルだ。
力のある常勝ウマ娘がこの走りをしていると、つまらない走りとあらぬ誹りを受けることがある。
だけど、カネヒラは違った。
絶好の仕掛けどころから抜群の手ごたえで抜け出し、そのまま全く差を縮めさせずに勝ち切る。
それは、好位差しをつまらない走りと口が裂けても言えなくなるような、人を魅了するド派手な勝ち方だった。
好位差しは、ウマ娘のレースを象徴する代表的な走りとされているが、言うは易く行うは難し。
いろんな技術や戦法が発達した現代でも、カネヒラのような完璧な好位差しは難しい。
だが、今の私の走りはそのカネヒラの走りを想起させるものなのだろう。
興奮、驚愕、期待、憧憬。
この場に存在する、ありとあらゆる感情が私に向けられる。
空気が破裂しそうなほどの熱狂を背に受けながら、ちらりと視界の端で後ろを眺めると、アッレストアチェレは後方集団にのまれてもがいていた。
いい気味だ。
もちろん、お前がどれほど無様な姿をさらそうが、このまま脚色は緩めてやらない。
私は、レース場いっぱいに響くたくさんの歓声を受けながら、最後まで堂々とレースを走り切った。
今のレースは観客からはこう見えたはずだ。
アッレストアチェレは、圧倒的一番人気にもかかわらず少しマークされただけでみっともなく調子を狂わせてしまい、代わりに、あのカネヒラの娘の私がカネヒラのような走りで劇的な圧勝をした。
この世界でカネヒラに脳を焼かれてない人間はいない。
中央のスカウトたちは、もう誰もアッレストアチェレなんて覚えていないだろう。
そのために私は、カネヒラの娘という最高のネームバリューを使った走りをしてやったんだ。
レースが終わり控室に戻ろうとすると、中央のスカウトたちが虫のように群がってきて矢継ぎ早に言葉を浴びせかける。
全員で一斉にしゃべるから何を言ってるか聞き取れないけど、要は私に中央に来いって言いたいんだろう。
きっと彼らの目に私は、彼らだけが見つけた世界で一つだけの宝石に見えている。
そんなものを見つけてしまったら、思わず手に取らずにはいられない。
それが人の心理というものだ。
「私は疲れてる。話なら後で聞く」
私は、いったん中央のスカウトたちが差し伸べる、地方のウマ娘なら喉から手が出るほど欲しい中央への切符をピシャリと一刀両断する。
もちろん、この行為も計画の一端。
こいつは普通のウマ娘じゃない。
あの”国宝”カネヒラの娘なんだ、とそう思わせるための演出。
こういう振る舞いのほうが高級感が出て、それっぽい。
「あなたッ、なんで、そんな走りッ!?」
群がるスカウトたちを無視して控室に帰ろうとしたら、アッレストアチェレが群衆を掻き分けて絡んできた。
最早こいつに構う必要はないのだが、面白いことが起きそうなので相手をしてやることにする。
じっと何を言うか待っていると、アッレストアチェレは息も絶え絶えな苦しそう表情で叫んだ。
「今まで、手を抜いてたのッ!?」
おっと、いいシチュエーションだ。
私の母カネヒラは、URA悲願の凱旋門賞を歴史上最大着差で勝利した後、前走のフォワ賞の勝者オールアロングからの「前は手を抜いていたのか?」という問いに、こう答えたらしい。
「──────────抜き身の刃は、斬ると決めた時にしか見せないものだ」
「ッ!!?」
この言葉は、こいつにはクリティカルヒットだった。
そう言って睨みつけると、アッレストアチェレはビクンと体を揺らし俯いた後、涙を浮かべながら走り去っていく。
中央のスカウトたちは誰も彼女を追わなかった。