春。
いま私は日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園で入学式を終え私のクラスに向かっている。
この世界のトレセン学園では、地方選抜特別レースでスカウトされた選抜レース組は、翌年のクラス替えまで一年間一纏めにしておくのが慣習らしい。
つまり私のクラスメイトは、全員あのレースを勝ちあがった一勝クラスのウマ娘。
周りを見渡すと、確かにみんな自信にあふれた表情をしている。
詳しくない人はたった一勝って思うかもしれないけど、それがそうでもない。
一勝もできずに中央を去るウマ娘なんて腐るほどいる。
そんな中、この時点で一勝という強さが最低限保障されている私たちはとても貴重だ。
だから選抜レース組はとても特別扱いされる。
トレセン学園へ入学をするために必要な試験はすべて免除され、一年間の設備の優先使用権も持っている。
世間一般に、入学できただけでもエリートとされるトレセン学園の中でもさらに特別なエリート。
それが私たちだ。
体育館から長い廊下を歩いて、やっとクラスへ着いた。
そこで私たちは用意された席に座り、担任の教師に促され次々に自己紹介を始める。
私はクラスメイトの自己紹介を聞き流しながら周りを観察した。
選抜レース組といっても正直、私と同じくらいの”格”を感じるウマ娘はいない。
あのアッレストアチェレは近づくだけでビリビリ張り詰めた空気を感じたけど、なんかこのクラスはのほほんとしてる。
このウマ娘たち、本当にあの地方選抜特別レースを勝ち抜いてきたのか?
「次ー。次の方ー」
あっ、呼ばれてるの私か。
「コガラスです。コンゴトモヨロシク」
自己紹介は簡素に済ませ、与える情報は最低限にする。
私は大きいレースまで実力を隠すことにした。
なぜなら地方選抜特別レースで実感したからだ。
刃とはしっかり鞘に納めてこそ、しかるべき時に力を発揮する。
”格”を感じないからと言って油断しない。
こいつらも、あの地方選抜特別レースを勝ち抜いてきた猛者。
きっと正体は、あのアッレストアチェレみたいな猛獣なんだ。
絶対に騙されんぞ。
「あの、もうちょっと好きなものとか……」
無視。
私の番はもう終わりなんだよ。
「えーっと、じゃあ次の方ー」
それから順番に自己紹介が終わり、最後にアメリカから来たというウマ娘が紹介されて私たちのファーストコンタクトは終わった。
今日は午後の特別活動まで自由時間だ。
まず私は寮に向かった。
両手に荷物を抱え、事前に知らされた私の部屋に行く。
「おっ、来たねー」
部屋に入ると同室のウマ娘がすでにいた。
私の同室は、さっきまで同じクラスにいたトラントトランというウマ娘だった。
「へぇ、コガラスちゃんが私の同室なんだぁ……」
トラントトランはそう言いながら艶めかしく舌なめずり。
すると私の内にある何かが一瞬で火傷しそうなほどの熱を持った。
こんな現象を引き起こす存在、私は一つしか知らない。
コガちゃんが警戒してる?
「コガラスです。よろしく」
コガちゃんの警告を受けて、私も警戒して応対する。
すると、その警戒心が相手にも伝わったようだ。
「コガラスちゃん固いよー。これからずーっと一緒なんだし、もっと緩くいこ。コガちゃんって呼んでいい?私の名前はトラントトランね。気軽にトランって呼んで」
めっちゃグイグイ来るやん。
でも悪人って感じではない。
私を見る目がなんか粘っこい気がするけど、あのアッレストアチェレみたいな人の悪意を煮詰めたようなウンチに比べたらハーブのようなさわやかさだ。
人当たりがいい普通のウマ娘。
じゃあコガちゃんは、なにを警戒したんだろう?
その疑問の答えを、私はもう間もなく知ることになる。
その後、トラントトランと別れた私は自由時間でトレセン学園を散策する。
学食とか売店の位置を確認してグラウンドを見に行き、あの有名な切り株を探す。
その途中、トラントトランの話し声が聞こえて私は急いで木陰に隠れた。
「ねぇ、同室誰だった?私はオベイションレインって娘だったよ」
「私はコガちゃんだった。あっ、コガラスちゃんのことね。そう呼ぶことにしたの」
トラントトランと誰かが会話している。
その相手を見ると彼女も同じクラスのタッシュピノキオーというウマ娘。
二人は知り合いだったのか。
「あの娘か……。結構難しそうな娘だったけど。どう、うまくやっていけそう?」
私って愛想悪いからボロクソに言われそう。
聞きたくないなー。
私がそう思っていると、私のことを聞かれたトラントトランは目を輝かせて早口でまくし立てた。
「コガちゃんね、めっちゃいいよ。小さくて、つるぺたで、いい匂いで。あの娘とこれから一緒の部屋で暮らせるなんて最高だよ」
犯行予告かな?
「仲良くなったらおっぱい触らせてくれないかな」
「うわぁ……」
うわぁ……。
「あんたその年でロリコンって、こじらせすぎでしょ。何があったのよ。前まではそんなんじゃなかったでしょ」
「……大人は汚い、子供は綺麗。私は世界の心理に気が付いただけなんだよ」
その気持ちはちょっとわかる。
小さいっていいよね。
「まぁ、あんたの性癖はどうでもいいとしてさ」
いや、よくないぞ。
「トランの目から見て、コガラスさんてどんなもんだった?」
「そりゃ、絶対強いでしょ」
なぜバレた。
うまく隠してたつもりなのに。
二人はじっくり語り合うためか、制服が汚れるのも構わずに地面に寝転んだ。
「アメリカから来たあの娘と、どっちが強いかな?」
「雰囲気的に同じくらいだろうけど、距離が長ければコガちゃんっしょ。ステイヤーっぽい体つきだし」
なんか気になること言い始めたぞ。
この娘たちが私の強さを正確に感じ取ったとして、私とあのアメリカから来たウマ娘の強さが同じくらいだとしたら、その娘はとんでもない強さってことになるけどマジ?
今の私の状態って要はこのウマ娘たちが将来たどり着くウマ娘パワーの前借だよ?
その娘はまだトレーナーと出会っていないのに人馬一体の私と同格?
さっき彼女を見た時、そんな”格”は感じなかった。
彼女たちがなにか勘違いしてるのかな?
でも、この確信具合は気になる。
それが当たり前のような、確認するまでもなくわかるでしょ?って感じの態度でお互い語り合っている。
二人とも私の強さを正確に感じ取ってるみたいだし、多分正しいのは彼女たちのほうだよね。
もしかして私ってウマ娘としてかなり鈍い?
中身が人なのが関係してるのかも。
このことは頭に入れておこう。
それからも二人の話は続いた。
お気に入りのコーデがどうとか、学食のおいしそうなメニューとかとりとめもない話が続き、私はもう足がしびれてきた。
いい加減、盗み聞きがばれてもいいから出ていこうかなーなんて思ってると、ちょうど午後の特別活動開始を告げるチャイムが鳴り二人は教室に帰っていく。
私も教室に向かいながら、先ほどの二人のやり取りを思い返す。
どうやら私はヤバいロリコンと同室になってしまったようだ。
とりあえず部屋に帰ったら仕切りでも作ろう。
あと防犯ブザーも買っておくか。
学園の売店で売ってれば早いんだけどあるかな…?
放課後、売店を覗くと防犯ブザーは売ってなかった。
私はその日、眠れぬ夜を過ごした。
次の日。
その日の私たちのトレセン学園での授業一発目は模擬レース。
トラントトランへの恐怖のせいで眠れなかった私は体調最悪。
私がアプリのウマ娘だったら絶不調と表記されているだろう。
もうバレてるみたいだけど、それでも実力を隠すことを決めた私は模擬レースで本気を出したりしない。
いや出せない。
そんくらい具合が悪い。
でもゲートの練習はしたいから模擬レースはしっかり出たい。
だから模擬レースが終わったら速攻、保健室行きだ。
そして模擬レースが始まりゲロを吐きそうになりながら手を抜いて走っていると、ちょうど私の横にあのアメリカから来たって紹介されてたウマ娘が近づいてきた。
確かこの娘の名前は………。忘れちゃった。
まぁ、それはいいとして、なんでこいつ選抜レース組のほうにいるんだろうな。
選抜レース組は、その特性上この国のウマ娘ばかりが集まる。
アメリカから来たっていうなら、通常入学組のほうに混ぜて同じアメリカ出身のウマ娘と同じクラスにすればいいのに。
トレセン学園が意味もなくこんなことをするはずがない。
その意図はいったいなんだろう。
私は怪訝に思いアメリカウマ娘をじろじろ観察する。
そして、とても重要な事実に気付いた。
こいつ、すっげー可愛い。
いや、ウマ娘ちゃんはみんな可愛いんだけど、こいつは質が違う。
なんだろう、デザインが明らかにモブじゃないっていうか、ウマ娘だとわかりにくいけど他のソシャゲだと星1のキャラと星3の課金キャラだと一目で差がわかるよね?
こいつも、そういう明らかに違うレアキャラオーラみたいなものを感じる。
でも私はこんなウマ娘を知らない。
お母さんと一緒だ。
まぁ、こいつはアメリカから来たっていうし、もしかしたら私の知らないアメリカの馬がモチーフのウマ娘なのかも。
私もアメリカの競馬にまで精通していたわけじゃない。
でも有名な馬の名前ならわかるから、レースが終わったら名前を聞いてみようかな。
本人に聞きに行くと自己紹介聞いてなかったのって怒られるかもだし、こっそり教官にね。
模擬レースが終わり教官にあの娘のことを尋ねると、あのウマ娘の名前はキャンバスというらしい。
やっぱり聞いたことのない名前だ。