プラズマ団の演説から離れ、風の吹き抜ける街道を歩く。
草原を抜けると、一本道が続いていた。
青空の下で揺れる草の香りと、静かな足音だけが辺りに響いていた。
「……レイカ、シルヴィア」
『うん?』
『どうかしたの?』
「ちょっと、決めておくことがある」
俺は立ち止まり、振り返る。
「これから先、色んな人間に会う。ポケモン好きもいれば、さっきの連中みたいな思想持ちもいるかもしれない。けど──俺が“お前らと会話できる”ってことは、他人には秘密にしてくれ」
『えっ……』
『どうして? そんなの、凄いことじゃないの?』
「……凄いとかじゃねぇよ」
俺は溜め息混じりに、草を踏みながら呟いた。
「普通、人間はポケモンの言ってること分かるか? ……分からないだろ。だから、わざわざ言う必要もないし、話せるってだけで注目されたり怪しまれたりする。余計なトラブルはごめんだ」
レイカは納得したように小さくうなずく。
『……分かったわ。じゃあ、外では“普通のポケモン”ってことね』
『アタシも……うん、分かった! 気をつけるよ』
「それでいい」
俺たちは再び歩き出した。
──だが、その数分後。背後から軽やかな足音が近づいてきた。
「君、さっきの演説……聞いてたよね?」
背中越しにかけられた声に、俺は振り向く。
そこに立っていたのは、一人の若者。長めの緑髪を風になびかせ、白と黒の上着を羽織った、不思議な雰囲気を持った男だった。
「……何だ、お前」
「君たちが、すぐにあの場を離れるのを見たからさ。……興味がなかったの?」
「まあな。別に共感も否定もしてねぇよ。ああいう騒がしいのが苦手なんだ」
その答えに彼は微笑んだ。
「ふふ……そう。僕はN。名前は?」
「……エボル」
「エボル。良い名だ」
Nはそう言って、今度は俺の隣にいるふたりへ目をやった。
「この子たち……大切な存在だね。よければ、君たちの“思い”を聞かせてほしい」
レイカとシルヴィアが顔を見合わせた。
『……どうする?』
『まぁ、少しだけならいいんじゃない? ご主人様の名前出さなきゃ』
レイカが口を開いた。
『私は、エボルと旅をしてる。命を救われて、それ以来ずっと一緒にいる。強制なんかじゃない、ちゃんと自分で選んだの』
シルヴィアも続ける。
『アタシもそう。家族を守ってくれたから……一緒にいたいって思ったの』
Nはじっと聞き入り、やがてそっと目を閉じた。
「……ありがとう。ちゃんと聞こえたよ」
『……えっ?』
『今……理解したの?』
「うん。僕は昔から、ポケモンの声が聞こえるんだ。人には変だって言われるけどね」
その言葉に、レイカは驚いた表情で口元を押さえる。
しかし──
『えっ、エボルと同じなんだ!』
──シルヴィアが思わず言ってしまった。
「……おい」
俺はシルヴィアをじろりと睨む。しまった、という顔で彼女は口を押さえた。
『あっ……ご、ごめんなさい……!』
Nは目を見開き、俺に視線を向けてきた。
「君も……?」
「……さあな。そっちはどう思っても勝手だ」
俺は肩をすくめて、踵を返す。
「それじゃ、俺たちは行く。またどこかで会ったら……まあ、そのときはそのときだ」
Nはその背中を見つめながら、小さく笑んだ。
「きっとまた、会う気がするよ。エボル──君とは、どこかで繋がってるような気がする」
Nはそう言うと、静かな街道を進んでいった。