朝日が、森の葉の隙間から差し込む。
静寂だったリセルの泉も、朝の気配に包まれ始めていた。
「起きろ、出発するぞ」
エボルの声で目を覚ましたレイカとシルヴィアは、寝ぼけた顔をこすりながら起き上がった。
『……もう朝?』
『ん~、もう少し寝てたい……』
「ロコンたちが来る頃だ。ぐずぐずしてる暇はない」
その言葉通り、間もなくして木の陰から二匹のポケモンが現れた。
『おはよう……!準備はできてる?』
『この先は本当に危ないかもしれないから、気をつけて』
「案内、頼む」
ロコンとオオタチはうなずき、森の奥へ向かって先導を始めた。
──
森を進むにつれ、空気の質が変わっていった。
風は止み、音もなくなる。ただ、どこからともなく重い気配だけが纏わりついてくる。
『……なんか、空気が濃い。肌がひりひりするわ』
『アタシも……奥に行けば行くほど、体が重くなっていく感じがする……』
レイカとシルヴィアが不安げな表情を浮かべる中、エボルは無言で前を見据えたまま歩を進めていた。
やがて、ロコンとオオタチがぴたりと立ち止まる。
『ここから先が……問題の場所。私たちはここで帰るね』
『どうか無事で……!』
「わかった」
ロコンたちが振り返り森の奥から去っていくのを見送ると、エボルたちは更に奥へと足を踏み入れた。
──
そして──そこに“それ”はいた。
暗く淀んだ空間の中心に、**黒い煙を纏った何か**が静かに佇んでいた。
それだけではない。その周囲には、無表情で立ち尽くす複数の人間の姿があった。
「……あれは……」
エボルが目を細め、顔をしかめる。
「……戻ってこなかったっていう、あの噂の“行方不明者”たちか」
彼らはまるで夢遊病者のように、立ったまま虚空を見つめていた。
そのとき──
ゴォォォオオオッ!!
黒い煙が突然、暴風のような勢いで迫ってきた。
『ご、ご主人様!!』
『来るっ!』
「レイカ、鬼火だ!周囲を照らせ!」
『了解!』
レイカが焔を練り、宙へと解き放つ。無数の小さな鬼火が舞い、黒煙の中にわずかな視界を作る。
だが、黒煙の中から唸るような音とともに、巨大な影が突進してくる。
「百鬼夜行──撃て!!」
『百鬼夜行ッ!!』
レイカが練り上げた妖炎が狐の群れとなって飛翔し、影に衝突する。
だが──
ズズン!!
影は怯むこともなく、そのまま突っ込んできた。
「──ちっ!!」
エボルは咄嗟に小刀を抜き、地面を蹴って回避。
すぐさま身を翻し、追撃の体勢に入る。
シルヴィアも素早く動き、光の葉を放って援護。
『リーフストームッ!!』
無数の葉が刃となって影に向かうが、黒煙の壁がそれらを飲み込んで消し去った。
『あの煙、普通じゃない……』
レイカが鬼火を再び撒くと、影の輪郭が一瞬見えた。
翼をたたみ、四肢を地に付けた鳥のようなシルエット──
そして、エボルは気づいた。
「……見えた。姿……!」
次の瞬間、レイカとエボルが同時に煙を切り裂くように突進する。
「──そこだッ!!」
エボルがすれ違い様に掌を強く開き、煙の渦の中心に空気の圧をぶつけた。
風が煙を裂き、ようやく姿が露わになる。
それは──銀白に輝く身体を持ったポケモンだった。
翼はまだ小さく、体長もエボルよりやや大きい程度。レイカよりも小柄。
それは、ルギアの子供だった。
『……うそ、ルギア……!?』
『まさか……!』
しかしその背後──首の後ろに、不自然な金属の装置が埋め込まれている。
「……これが、“黒煙”の正体か」
シルヴィアが駆け寄りながら叫ぶ。
『ねぇ、何とかして外せないの!?あれのせいで、苦しんでるんじゃ……!』
エボルはルギアの前に立ち、ゆっくりと手を伸ばした。
ルギアは低く唸り、警戒して身構える。
「……大丈夫だ、暴れるな」
手をそっと装置に添える。
「力で押し切るしかないか……っ」
エボルの掌に力が込められ、筋が浮かび上がる。
「──っりゃあああ!!」
バギャッ!!
金属がひしゃげ、装置がバチッと音を立てて外れた。
ルギアが「クルァッ」と低く鳴いた直後、力が抜けたようにその場に倒れ込んだ。
『え……い、今の……!?』
シルヴィアが目を見開いて、ぽかんと口を開ける。
『手だけで壊した……?う、嘘でしょ……!?』
レイカが少し苦笑を浮かべて肩をすくめた。
『まぁ……ご主人様ならやりかねないけど……でももうちょっと方法ってものがあるんじゃ……』
エボルは息を吐きながら、倒れたルギアの額に手を置いた。
「……あとは、眠らせてやるだけだ」
その声に、黒煙は完全に霧散し、空気が澄んでいく。
支配されたように立っていた人間たちも、その場で意識を取り戻し倒れ込んだ。
シルヴィアとレイカも、ゆっくりとルギアに近づく。
『無事で……よかった』
『今はただ、眠って癒してほしい……』
風が吹いた。
それは、森の奥にあった怪しい気配が消えた証。