──数日後。とある研究施設の一室。
部屋は薄暗く、床から天井にかけて無数のコードと端末が張り巡らされている。その中央、ひときわ大きなスクリーンに赤い警告表示が浮かび上がっていた。
「……信号が、途絶えた?」
モニターを覗き込んでいた白衣の男が、眉をひそめる。目の下には隈が濃く、何日も寝ていないのが見て取れた。彼は端末に指を滑らせ、解析データを呼び出す。
「ルギアの首輪からの通信が……3日前を最後に完全に沈黙……応答なし……再接続も不可能……」
彼はモニターに映る【No Signal】の表示を凝視しながら、深く息を吐いた。
「まさか、誰かが外したのか……?」
その瞬間、後ろから別の足音が近づいた。部屋に入ってきたのは、黒いコートを羽織った長身の人物。無言で画面に視線を向けると、すぐに状況を理解した様子だった。
「ルギアの装置が……破壊されたか」
「このタイミング……偶然とは考えにくい。おそらく、誰かが介入したんだ。目撃情報は?」
「ない。だが、装置の破壊ということは、近距離で接触したという証拠だ」
黒衣の男は目を細める。
「……想定より早かったな。まだ制御段階にも至っていないのに」
「どうする?別の個体を確保するか?」
「否。今はルギアだ。特別な個体……"あの場所"から運んできた意味を忘れるな」
白衣の男が苦々しげに唇を噛んだ。
「せめて、信号が切れる直前の座標でも追えていれば……」
黒衣の男が手元の携帯端末を開き、何かを入力する。
「探し出す。──ルギアを奪った存在が誰であれ、計画の障害になるのならば、排除するまで」
「……了解した。バックアップ装置は?」
「第二段階の起動にはまだ早い。だが……今後のためにも、"観測者"を動かす」
「観測者を……?この段階で?」
「ふさわしいタイミングだ。必要な情報を集める──そして、次は失敗しない」
二人の男の視線が、再びスクリーンの「信号途絶」の文字に集中する。
すると、薄暗い空間に、キィ……という嫌な音を立てて鉄の扉が開いた。
「お呼びですかぁ~~? 博士さん?」
無造作に乱れた髪。片方だけ光るレンズの眼鏡。手には小型のナイフを弄ぶようにクルクルと回している青年が、部屋にゆらりと足を踏み入れた。
「……来たか、“観測者”」
白衣の男──研究責任者は、端末の操作を止め、青年に向き直る。隣には再び黒衣の男の姿。
「任務だ。……海の神ルギア、制御装置が破壊された。現在消息不明。……そして、破壊の形跡から、外部の人間が関与している」
「ほほぉぉ~~! あのちっちゃいルギアくんが逃げちゃったんだ?しかも“お外の誰か”と一緒に? へぇ~……おもしろっ」
観測者の青年は口元を歪め、歯を見せて笑う。
「だから、取り戻せって? んでついでに──」
黒衣の男が低く命じる。
「“ルギアを奪った者”──その関係者ごと始末しろ。証拠も痕跡も、残すな」
「んん~~最高の命令ぃ! うっひゃあ、やっと退屈が晴れる~~!」
青年は両手を広げ、首を傾けながらニヤリと笑った。
「じゃあさ、博士さん? “殺っていい”のは何人まで? 一人? 五人? それとも全員?」
「……任務に関係のない無差別殺害は認めない。必要最小限にとどめろ」
「……ちぇっ、ケチ。ま、やれって言うなら、ちゃちゃっと殺ってくるからさ!」
キン、と手に持ったナイフが照明を反射して煌めいた。
「ルギアくんには可愛い声で泣いてもらって、助けた奴らは──切り裂いて、それから、ふふっ……ふふふふふっ……!」
研究員がわずかに身じろぎし、警戒するように身を引いた。
黒衣の男だけが一切表情を変えず、ただ冷たく言った。
「……出発しろ。“観測者”。必要なら追加人員を出すが、今回は単独行動を前提とする」
「けっこーけっこー。1人のほうが好きだし? “見たい”からねぇ……そいつらの、目の色が変わる瞬間を!」
観測者はくるりと背を向け、踵を鳴らしながら部屋を出ていく。
扉が閉まる間際、彼の背中から響く声が残る。
「さぁて、“ルギアをさらったお友達”──どんな顔して死んでくれるかなァ?」
バタン。
部屋が再び静寂に包まれた。
研究員は額の汗を拭きながら、黒衣の男に問う。
「……本当に、あいつを使うんですか?」
「あれは殺戮者だ。同時に──一級の追跡者でもある。今は“観測”が必要だ。」
「あの状態のルギアを退く実力者。だが、観測者によって手を下され、何者であろうと関わった者は始末する。」
「ああ。たとえトレーナーではなくともな。」
男はスクリーンに表示された地図をじっと見つめながら、呟く。