静まり返る空気の中──ミジュマルがぽつりと口を開いた。
『……ボクは……あんな激しい修行、無理だよ……』
小さな声だった。だが、確かに届いた。
『いきなり強くなれないし……ボク、まだ……生まれて三日目なんだよ』
「……!」
『えっ……!?』
エボル、レイカ、そしてシルヴィアが一斉に目を見開いた。
『み、三日!?アンタさっき“生まれて三日”って言った!?』
シルヴィアが食い気味に問いかけると、ミジュマルはうなずいた。
『うん……三日前にこの世界に出てきたばっかり……それなのに、いきなり修行、走り込み、腹筋、ホタチで滝のしぶきを斬るって言われて……無理だったんだ……』
シルヴィアは目を見開いたまま動かない。レイカも絶句していた。
『そりゃ、無理もないわよ……』
エボルは顔をしかめ、すぐさま青年へと向き直った。
「……アンタ、ミジュマルにどんな修行やらせてたんだ?」
青年は一瞬戸惑ったが、すぐに懐から一枚の紙を取り出し、エボルに差し出した。
「これが……自分の家で代々受け継がれている、修行項目です。フタチマルとダイケンキもこれをやり遂げて……」
エボルはその紙に視線を落とす。
──そこには、息を呑むような過酷な内容が並んでいた。
・崖登り五往復
・ホタチでの空中斬り二百回
・集中瞑想三時間──
「……こりゃ……」
隣から、レイカがそっと口元に手を当てて小声で話しかける。
『ご主人様……これって、明らかに生まれたばかりのポケモンには厳しすぎるわよね……?』
「ああ、そうだな。……個体差だ」
エボルは、紙から視線を離さず、静かに答えた。
「ミジュマルの兄や父がこの内容を乗り越えたってのは、本当にすごいことだ。だが、それを見て“この子も同じようにできる”って思ったんだな」
小さく、悔しげに息を吐いた。
「怒ってた自分が……ちょっと情けないわ」
再び青年に向き直る。
「……もう一度、修行内容を見直したらどうだ?これは厳しすぎる」
だが青年は首を横に振る。
「でも……フタチマルとダイケンキもこれをやり切ったんですよ。ミジュマルだって、きっと……!」
その言葉を、エボルは強めの声で遮った。
「ミジュマルが、フタチマルやダイケンキと同じように“優秀”だと思うなよ」
青年の目がわずかに揺れる。
「ポケモンにも個性がある。力の伸び方も、心の育ち方も違う。ましてや……生まれて三日だ。トレーニングをするにしても、もっと軽くて、楽しくやれる方法があるはずだろう」
青年は言葉を失い、手に持った修行メニューの紙を見つめた。
「それに……」
「……え、なんで生まれて三日って分かるんですか?」
不意に、青年が問いかけてきた。
一瞬、空気が凍る。
レイカとシルヴィアが、エボルの顔をちらりと見る。
エボルは肩を竦めて、目を伏せたまま答える。
「……ああ、いや、なんとなく小さかったからな」
青年は「なるほど」と納得したように小さくうなずいた。
『……ボク……』
ミジュマルがエボルの後ろからそっと顔を出した。
『ボク、本当は戦うのも怖い。でも……強くなりたい気持ちがないわけじゃないんだ。だけど、それはボクのペースで……』
エボルはしゃがんで、ミジュマルと目線を合わせ小声で話す。
「無理に背伸びするな。お前の“なりたい姿”は、自分で決めろ」
ミジュマルの目に、涙が滲む。
青年はその姿をじっと見ていた。
そして、静かに頭を下げた。
「……自分の思いばかりを押しつけていたかもしれない。ミジュマル、ごめんな」
『ううん……でも、お父さんとお兄ちゃんがすごいのは知ってるから、ボクも頑張ってみる。でも、自分のやり方で……!』
その言葉に、ダイケンキが口を開く。
『お前のやり方……か。ふむ、成長の仕方には“型”だけでは測れぬものもあるかもしれん。見誤っていたか』
フタチマルもそっぽを向きながら口を開く。
『……どうせすぐ戻ってくると思ったが、少し見直した。……ま、無理すんなよ、弟』
ミジュマルの顔がぱっと明るくなった。
そして、ゆっくりと青年の元へと歩み寄る。
「……ありがとう」
ミジュマルと青年が再び手を取り合ったその時、エボルは立ち上がってその背中を見送った。
「……ま、よかったんじゃないか」
『うん、今回はすごく……なんていうか、“エボルっぽかった”わ』
『ご主人様、ちょっとかっこよかったわよ』
「……うるせぇ」
エボルは照れ隠しのように顔を背けると、静かに道を再び歩き出した。