あの騒動から、わずか数分。
日が傾き始めた道のりを、俺たちは静かに歩いていた。
「……生まれたばかりのポケモンに、やらせる内容じゃねえだろ、あれは」
エボル──俺がぽつりと呟くと、隣で歩いていたレイカがちらりと顔を向けた。
『でも、ご主人様だって……似たような経験、あるじゃないですか?』
その一言に、俺はピタリと足を止める。
「……全部、知ってるわけじゃないだろ?」
返す言葉に、少し鋭さが混じったかもしれない。だが、レイカは慣れたように笑った。
『まあ……けど、多少は想像がつきますよ』
そのやり取りを聞いていたシルヴィアが、ピクっと反応した。
『え、なになに?エボルってそんなすごい修行とかしてたの?』
シルヴィアが目を輝かせながら、こちらに身を乗り出してくる。
『ねぇ教えて!ねぇねぇ!』
「うるさい。全部は話さねぇよ。……過激すぎる内容は除外な」
『え〜、けちぃ』
『私も気になります、ご主人様の強さの秘訣……!』
レイカも隣で興味津々といった様子で、じっと俺の顔を見てくる。
俺は小さくため息をつき、立ち止まった。
「……じゃあ、ちょっとだけだ。近くに寄れ。ボソボソ声じゃないと話せねぇ内容だ」
『はーい!』
『はいっ!』
二匹はピタッと俺の両脇に張り付き、耳を近づけてくる。
辺りは少し静まり返り、風の音と鳥の声だけが微かに聞こえる中、俺は小さく語り始めた。
「……俺が“それ”を始めたのは、3歳のときだった」
『……』
『……』
「毎朝、日の出前には起きて、冷水浴。終わったら、100回のスクワットと腕立て。朝食はプロテインと干し肉だけ。午前中は木刀での素振り千本。午後は実戦形式での模擬戦訓練──相手は本物のポケモン。それも、攻撃を加減しないやつだ」
『…………』
「夜は地図暗記と薬草の見分け訓練。ミスったら食事抜き。寝る前に5キロの装備背負ってのランニング。……その後ようやく寝かされる。2歳からな。誕生日のプレゼントが“手作りの木刀”だったんだぜ」
『……3歳から!?』
『……』
レイカが目を丸くして叫び、シルヴィアは完全に引いていた。
『それ、マジで言ってるの……?』
「嘘じゃない。むしろ話せる範囲でこれはマイルドな方だ」
『うわぁ……引くわ……いや、尊敬もしてるけど、でもやっぱ引くわ……』
『3歳って、人間だと、まだ言葉もおぼつかないのに……いや、もう、どういう家庭環境だったのよ……』
「話せない内容も山ほどある。そりゃあ強くなるわけだろ?」
『いや、そういうレベルじゃないでしょ!?』
『これはもう、修行っていうより……教育という名の……』
「……洗脳?」
『あぁ〜それ、それっぽい!』
「やかましい。……とにかく、ミジュマルの件はよくある話じゃねぇ。でも、“個体差”ってのは間違いなくあるんだよ」
俺は再び前を向き、ゆっくりと歩き出す。
「強くなることが正義じゃねぇ。何のために強くなるか、どういう形で強さを得たいか……そこが重要なんだよ」
『……ご主人様……』
『エボル……』
二匹の目が、一瞬だけ潤んでいるように見えた。
「……ま、今更語るようなことでもないけどな。俺が強いのは、そうしないと“死んでた”からだ。選択肢なんて、なかっただけだよ」
レイカは、少しだけ前を歩く俺の背中に視線を落とし、そっと呟いた。
『……それでも、生きてくれてよかった』
『うん……あんたが居てくれて、アタシたちも助けられてるんだし』
俺は何も返さなかった。
でも、きっと二匹には分かっていた。
その言葉に、心が少し救われたことを。