「……何だ、人だかり?」
次の地へ向かう途中、広い橋の前に集まる人々の姿が見えた。
ざわつく声に耳を傾けながら、エボルは近くの通行人に声をかける。
「何かあったのか?」
「昨日の夜に橋が崩れたらしくてね。通行は当面の間、封鎖だそうだよ。今、復旧作業中らしいけど、いつになるかは……」
「マジか……」
思わず額に手を当てて溜息をつくエボル。
橋を渡れなければ、遠回りをしなければならない。
「まいったな……。遠くなるが、岩場を回って洞窟を抜けるしかないか」
『それって……あの暗い場所を通るの?』
『うわ……また暗くてジメジメした所ね。でも仕方ないか~』
文句を漏らしつつも、シルヴィアとレイカはエボルの後について歩き出す。
───
洞窟の入口はひんやりとした空気に満ちていた。
蝙蝠のように張り巡らされた石の天井と、湿った地面。視界は薄暗く、光はほとんど届かない。
懐中ライト代わりに、レイカの炎が頼りだった。
「……おい、何か音がする」
暗がりの先から、岩が転がるような音。
地を揺らすような重低音が響いたかと思うと──
ドガンッ!
突然、通路の左右から岩タイプや地面タイプのポケモンたちが姿を現し、エボルたちに飛びかかってきた。
『ご主人様の前に立ちはだかるなら──私が相手よ!』
レイカが炎をまとい、身構える。
『アタシもいる!相性ならアタシの方が有利よ!来なさいッ!』
その威勢に一瞬気圧されるかに見えた敵たちだったが──
……ピタリ、と動きを止めた。
洞窟の奥、石壁の影から重々しい足音が響く。
「……何だ、あいつ」
現れたのは、堂々たる角と巨体を持つ伝説のポケモン──テラキオン。
『止まれ、貴様ら。』
威厳あるその声に、周囲のポケモンたちは一斉に頭を垂れるように動きを止めた。
テラキオンはエボルに目を向ける。
『人間……奴らの仲間ではないのか?』
「何の仲間だよ、いきなり襲ってきといて」
テラキオンはエボルの全身を舐め回すように見つめ、やがて言った。
『ふむ……お前の目は曇っていない。戦士の顔をしている。奴らとは違うか』
「だから、何の話だよ。こっちは橋が崩れて通れねぇんだよ。すまないが、この洞窟を通してくれ」
『……それは、無理だ』
ぴしゃりと告げられた拒絶に、エボルは眉をひそめた。
「理由を聞いても、教えてくれないってか?」
『……それは答えられん』
すると──奥からしなやかに現れたのは、細い髭を生やしたような顔を持つコバルオン。
『テラキオン、警戒を解くな。人間だぞ』
『だが、この者は少なくとも敵ではない。……俺にはそう見える』
『それでも、慎重に越したことはない』
コバルオンの鋭い目は、エボルだけを睨んでいた。
すると──
「戻ってらっしゃい、テラキオン、コバルオン!」
女性のような高く響く声が洞窟の奥から響いた。
『む……分かった』
テラキオンとコバルオンは命令に従うように、奥へと姿を消す。
「……おい、待てよ。通りたいだけなんだけどな?」
エボルが苦笑混じりに呟くと、そばにいた岩ポケモンたちの一体が言った。
『黙れ!誰のせいでケルディオ様が傷を負ったと──』
『バカ!言うなって!』
「……ケルディオ?」
エボルは表情を引き締め、静かに言う。
「じゃあ、ケルディオを治したら、通してくれるか?」
『っ……貴様……我々の言葉を……理解しているのか?』
ざわつくポケモンたち。誰もが驚愕の色を隠せない。
「奥に案内してくれ」
『たとえ理解しようが、ここを通す訳には……』
対立が激化しかけたその時──
ピコン、と小さな音を立てて、エボルの腰のモンスターボールが勝手に開いた。
「……ルギア?」
『やめて……争いはダメ……人間さんを、連れてってあげて……』
小さな体のルギアが、震えながらも前に出た。
周囲のポケモンたちがざわめき出す。
『まさか……あれは……』
『あの御方は、海神様……!?』
『し、しかし……』
ルギアは震える声で言った。
『僕、この人に助けてもらったの。きっと……この人なら、ケルディオのことも、助けてくれると思うの……』
しばしの沈黙の後、ポケモンたちが一歩、後ろへ下がった。
やがて、洞窟の奥へ案内が始まる。
テラキオンとコバルオン、そしてもう一体──ビリジオンが姿を現し、険しい顔をしていた。
そして、重症を負って横たわるケルディオの姿が現れた。
「……これは……」
エボルはすぐに腰のポーチから回復スプレーを取り出し、患部に慎重に吹きかけていく。
徐々に色を取り戻し、ケルディオの目がゆっくりと開いた。
『……う……』
「よかった、間に合ったな」
ケルディオは目を見開き、起き上がると周囲を見渡した。
『ルギア様……?それに……君は、人間……?』
『この人が、君を助けてくれたの。安心して』
ルギアの声に、ケルディオは頭を下げるように頷いた。
『ありがとう、僕……命を助けられたんだね』
テラキオンとコバルオン、ビリジオンもそれを見て静かに目を伏せた。
その際、エボルは静かに問いかけた。
「一体、何があったんだ?」
テラキオンが前に出ると、重々しく語り始めた。
『数日前のことだ。……我々がこの地の守護として過ごしていた時、突如“白と黒の模様を持つ者たち”が襲撃してきた』
『彼らはこう叫んでいた。“ポケモンを解放せよ”とな』
その言葉に、エボルの目が細くなった。
「……プラズマ団か」
『ああ。お前も知っているのか。彼らの意志は偽りに満ちていた。解放などではない……。支配だ。』
ビリジオンがその続きを語る。
『私たちはポケモンたちを守るべく、四剣士として立ち上がった……だが、彼らの放った奇妙な武器が周囲を吹き飛ばした』
コバルオンが重く口を開く。
『その衝撃は、我らでも耐えがたいものだった……そして、ケルディオが我らを庇って飛び出したのだ。』
『……身を挺して、あの一撃を受け止めた』
その場に沈黙が落ちた。
ケルディオは俯きながらも、声を絞り出す。
『……僕、怖かった。でも、皆を守りたかったんだ……あの時、僕は初めて、“戦う”って決めたんだ』
静かに語るその言葉を聞いて、エボルの表情は変わる。
「……ふざけやがって」
静かに吐き出された言葉とは裏腹に、全身から刺すような気配が放たれた。
笑っているような口元だったが、目には明らかな怒気が宿っていた。
「ポケモンを解放するとか言ってた連中が、何をしてやがる……まるで、反対のことじゃねぇか」
その気配に、テラキオンも、ビリジオンも、一瞬、呼吸を止めた。
レイカもシルヴィアも、声をかけられずにいた。
「……通る前に、一発ぶっ潰してやらねぇと気が済まねぇな」
その声に、ケルディオが瞳を見開く。
『僕も行く!もう……じっとしてるのは嫌だ!お返ししないと、気が済まないんだ!』
その瞬間、ケルディオの体が淡く輝き出す。
『これが……』
眩い光に包まれ、ケルディオのたてがみが伸び、姿が凛々しく変化していく。
──そう、それは“かくごのすがた”だった。
テラキオン、ビリジオン、コバルオンがその変化を見て、わずかに微笑んだ。
『ようやく、真の覚悟に至ったか』
『立派になったわね、ケルディオ』
『お前の想い……我らが支えよう』
四剣士、再び並び立つその姿はまるで、英雄たちの帰還だった。
エボルは静かに口元を吊り上げた。
「だったら、こっちも行く準備をしねぇとな。」
『ええ、いつでもいけるわ、ご主人様』
『アタシも!派手にやってやるんだから!』
『ぼくも、がんばるよっ』
新たな決意が交錯する中、エボルたちと四剣士の戦いが、今まさに始まろうとしていた──。