崩落していた橋は完全に修復され、町から延びる主要な道も元通りになっていた。工事の音も、足場の鉄のきしみも、今はただ静けさに変わっている。
エボルたちは町を離れ、新たな地へと足を進めていた。ルギアもすっかり元気になり、今はモンスターボールの中で静かに休んでいる。目指すは海──彼の本来の住み家。エボルはその背中に背負った小さな責任を果たそうと、心の中で誓っていた。
長く伸びた黒赤の髪が風になびく。ゾロアークの力を得た証でもあるその髪は、以前のように切ろうかとも考えたが、どうせまた伸びると思い、今はそのままにしていた。
草原を歩きはじめて30分ほど経った頃だった。
「おーい!待ってーっ!」
突然、背後から声が響いた。
エボルは足を止め、振り返る。
「あの声は……」
風に乗ってやってきたのは、一匹のポケモン──ケルディオだった。少し息を切らしながらも、どこか嬉しそうに走ってくる。
『エボルさーん!』
その姿に、道行く人々が驚きの声を上げた。
「えっ、ケルディオ!?」
「まさか本物!?」
「幻のポケモンが……!」
周囲が騒がしくなるなか、レイカが小声で問う。
『どうしたんですか?何かあったんですか?』
ケルディオは息を整え、はっきりと告げた。
『僕……僕も、エボルさんの旅に同行させてください!』
その言葉に、エボルの眉がぴくりと動く。
「待て待て。なんでそうなる。あいつらはどうするんだ?」
『その事なら心配いらないよ。コバルオンたちは人目を避けた場所にいるし、僕の旅立ちも理解してくれたから』
エボルは、すぐには答えず、考えるそぶりを見せたあと──静かに首を横に振った。
「駄目だ」
ケルディオの目に困惑の色が浮かぶ。
『え……?』
「ただし、一つ条件を出す」
エボルはゆっくりと振り返り、ケルディオに向き直る。
「この俺の体に攻撃が一発でも当たるか、掠れば同行を許す」
『えっ……!で、でもそれは……』
『大丈夫ですよ、ご主人様なら、他の人間とは違いますから』
レイカが即答する。
『そうそう、エボルは普通じゃないもん!』
とシルヴィアも口を揃える。
「……それ、本人の前で言うの失礼だろ」
『でも本当のことだしー』
『うんうん、否定できないわ』
エボルは溜息をつき、頭を掻いた。
「……いいから、来いよ」
ケルディオは真剣な顔で頷いた。
『分かりました、全力でいきます!』
次の瞬間、彼は技を放ちながら疾走した。
だが──
「遅い」
エボルは簡単にかわす。
斬撃の水しぶき、突きの波紋──いずれも掠ることさえできない。
『す、すごい……全然当たらない……!』
数分の攻防が続いた後、エボルは言った。
「ケルディオ、お前……本気で来てねえな?」
『えっ!?』
「もっと本気で来い。『傷つけたらどうしよう』とかいらない。全力で来い」
ケルディオは一瞬迷ったが、覚悟を決めた表情に変わった。
『分かりました。僕、本気でいきます……!』
その言葉とともに、ケルディオの姿が──「かくごのすがた」へと変化した。
そして、風が唸りを上げる。
スピードと力が増したケルディオの突進が、エボルに襲いかかる。
それでも──
エボルは躱し続けた。
「それでいい……そのまま来い!」
10分が経過した頃。
ついに──ケルディオの突進の刃が、エボルの頬を掠めた。
『……当たった!?』
エボルの頬に、うっすらと赤い線が浮かんでいた。
「……合格だ」
『はぁっ、はぁっ……つ、疲れたぁ……動きが速すぎて、掠っただけでも奇跡だよ……』
エボルはふっと笑う。
「ま、条件は満たした。勝手に付いてこい」
『あ、でも……ごめん、ちょっと疲れちゃったから……ボールに入れてもらえるかな……』
「おう、入っとけ」
こうして──ケルディオもまた、新たな仲間として旅に加わった。