暗部として鍛えられた子の漂流譚   作:ラン乱

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森の誓い

静寂な時をしばし楽しんだ俺たちは、再び歩き出した。

森の奥はさらに深く、葉の密度も濃くなる。

風の流れが変わったのを感じた瞬間──俺の背筋をぞわりと走るものがあった。

 

「上……か」

 

直感に従い、俺は上半身を一気に反らした。

その直後、鋭く回転する刃のような葉っぱが、俺の目の前をかすめる。

 

「はっぱカッター……か」

 

避けた一瞬の後、木々の上から甲高い声が響いた。

 

『よくぞアタシの攻撃を躱したな!見事だ!』

 

姿を現したのは──一匹のツタージャ。

だが、普通とは違う。

体は淡い紫がかった銀緑色で、瞳は琥珀色に輝いていた。

明らかに“色違い”だ。

 

そしてその態度──高貴さをまとったような立ち居振る舞い。

 

『フッ、見ての通り、アタシは選ばれしツタージャ。森の女王の後継、シルヴィアである!』

 

「……名乗りは結構だが、いきなり攻撃はないだろ」

 

『ふむ、これは“試し”だ。無粋な者ならそのまま葉に貫かれていただろうが、そなたは面白い。故に声をかけたまで』

 

レイカが俺の肩越しに顔を出して、シルヴィアをじっと見つめた。

 

『この子、口調の割に可愛いじゃない』

 

『む……なんだ、キミは?』

 

『レイカ。ご主人様と旅してるの。あなた、もしかしてこの森の偉いポケモン?』

 

『うむ、女王の娘にして、この森を守る者……と言えば聞こえは良いが、まだ見習いさ。だが、誇りは持っているぞ』

 

会話が続こうとした、その時だった。

 

──ドォン!!

 

森の奥から轟音と振動が伝わってくる。

土埃と共に鳥ポケモンたちが一斉に飛び立ち、静寂が一瞬にして破られる。

 

「爆発……だと?」

 

『嫌な予感がする……!』

 

レイカと俺は顔を見合わせ、一気に駆け出した。

シルヴィアも遅れを取らず、木の枝を器用に跳ねるようにしてついてくる。

 

音の方向へと辿ると、開けた場所に出た。

そこでは──信じがたい光景が広がっていた。

 

「ロケット団……!」

 

森の中に設営された簡易的な捕獲陣地。

ケージの中には無数の野生ポケモンたちが閉じ込められていた。

 

煙を上げているのは、おそらくスタン爆弾かガス弾。

混乱に乗じて、ポケモンたちを無理やり捕まえている。

 

『あの子たち……!』

 

レイカの目が怒りに燃える。

 

『あんなこと、絶対に許せない!!』

 

彼女の体から、ほんのりと炎の気配が立ち上がる。

 

「落ち着け。突っ込んでも敵は複数いる。作戦を考え──」

 

『あたしも行く!』

 

シルヴィアが割って入る。

 

『あれは……アタシの森!アタシの仲間!見て見ぬふりなど出来るわけがない!』

 

口調は相変わらずだが、その目には確かな決意が宿っていた。

 

「分かった。行くぞ、レイカ、シルヴィア」

 

『うん!』『当然だ!』

 

森の守護者と、かつて傷つけられた火の化身、そしてこの世界に抗う異端者。

 

三者が、今、動き出す。

 

ロケット団の陣地に三人──いや、一人と二匹が踏み込んだ。

 

「行くぞ、無理はするな」

 

俺が低く声をかけると、レイカとシルヴィアは同時に頷いた。

 

『了解!』『任せておけ!』

 

レイカは目の前のケージに向かって突進し、前足を叩きつけるように地を蹴る。

 

『“かえんほうしゃ”!!』

 

彼女の体から放たれた炎の帯が、ロケット団のトレーラー付近に直撃し、警報が鳴り響く。

 

「なんだ!?どこから攻撃が……ッ!」

 

騒ぎ出すロケット団の下っ端たち。その隙に、シルヴィアが華麗に木の枝を飛び移りながら敵陣に切り込んでいく。

 

『“リーフブレード”!』

 

彼女の尾が鋭く光をまとい、ロープや網を断ち切っていく。その動きはまさに、森の王女の風格を感じさせた。

 

「そこの人間ッ!誰だ、お前はッ!」

 

ロケット団の一人が俺に拳銃のようなスタンガンを向けてくる。

だが、それが俺に届くことはなかった。

 

「遅い」

 

俺は瞬時に足を踏み出し、その手首を捻り、反動で相手の顎に肘を叩き込んだ。

一撃で意識を刈り取る。

 

「一人」

 

そのまま身を翻し、二人目の背後に回り込んで脇腹を殴打。

そして、けり上げた膝で顎を跳ね上げる。

 

「二人」

 

三人目がナイフを抜こうとしたのを見て、足払いで転倒させ、意識が飛ぶまで背中を踏み抜いた。

 

「三人──っと」

 

その様子を高所から見下ろしていたシルヴィアの目が見開かれる。

 

『な、なんという身のこなし……!?あれが人間なのか!?』

 

レイカが敵の手持ちポケモンを火で威嚇していたが、チラとこちらを見る。

 

『ふふん、ね?ご主人様ってば、すっごいんだから!』

 

「自慢するな、手を動かせ」

 

『分かってるってば!“おにび”!』

 

ロケット団の足元に炎の残滓が立ち昇り、さらに混乱が広がる。

 

『これが……連携というものか……!』

 

シルヴィアが感心したように呟くと、さらに気合いを入れてケージの鍵へと跳びついた。

 

『そなたらに遅れは取らぬぞ!“はっぱカッター”!』

 

鋭い葉の連打が錠前を破壊し、ケージの中からポケモンたちが次々に解放されていく。

 

『助かった……』『ありがとう……!』

 

ポケモンたちが解放されていく中、突然、辺りの空気が変わった。

 

「……首謀者はあいつか」

 

俺が振り返ると、森の奥から重い足音と共に現れた黒ずくめの人物が一人。

装備は明らかに下っ端のそれとは違う──リーダー格だ。

 

その男の後ろには、檻に入れられた一匹のポケモンが運ばれていた。 その姿は──美しい緑のに覆われたジャローダ。

 

『……っ!お母様!?』

 

シルヴィアが息を呑み、前に出ようとする。

 

だが、その男がにやりと笑いながら、檻の端に手をかける。

 

「動くなよ。こいつがどうなってもいいのか?」

 

檻の中のジャローダには、電撃装置が取り付けられていた。

今にも作動しそうな赤い光が点滅している。

 

『……くっ……!』

 

シルヴィアはその場に踏みとどまった。悔しさに身を震わせながらも、一歩も動けない。

 

「そうだ……お利口さんだな。お前たちも下がってろ」

 

男は檻を荷車に乗せ、ロープを引いて奥へと逃走し始めた。

 

「……逃がすかよ」

 

俺は即座に行動に移る。

腰の道具袋から細いワイヤーロープを取り出し、左右の木に括りつけて一気に引っ張る。

樹の弾力とロープの張力を利用し、体をバネのように飛ばす。

 

視界が一気に加速し、男の乗った荷車に接近──

 

「そこまでだッ!」

 

男が慌てて装置を操作しようとするが、間に合わない。

俺は空中で体を回転させながら男の腕を掴み、勢いのまま地面に叩きつけた。

 

「がっ……!!」

 

次の瞬間には、男の意識は途切れていた。

 

「……っと、こっちは無事か」

 

檻を確認し、装置のコードを丁寧に切断。

ロックを解除すると、ジャローダがゆっくりと体を持ち上げた。

 

『……助けて、くれたのね』

 

「あなたが森の女王ですね。……さあ、帰りましょう」

 

──

 

元の場所へ戻ると、シルヴィアが駆け寄ってきた。

 

『お母様ッ!!』

 

ジャローダに飛びつくように抱きつくシルヴィア。

その目には涙が浮かんでいた。

 

『よかった、本当によかった……!』

 

ジャローダはそっと娘を優しく抱きしめた。

 

『あなた……人間なのに、ありがとう。本当に』

 

「礼は要りません。あんな連中を放っておけなかっただけです」

 

レイカも近くに寄り、ジャローダをじっと見つめた。

 

『あなたがシルヴィアの母親なのね。凛としてて、綺麗なポケモン……』

 

『ふふ、ありがとう。あなたも、とても優しい瞳をしているわ』

 

──

 

その後、森のポケモンたちが次々に集まり、女王の無事に歓声を上げた。

和やかな空気が流れる中、俺たちはその場を離れようと背を向ける。

 

だが──

 

『ま、待って!』

 

後ろから声がかかる。

振り返ると、シルヴィアがこちらへ走ってくる。

 

『アタシも連れて行ってほしい!』

 

「……お前が?」

 

『うん!アタシ……あんなふうに何もできなかった……。でも、もっと強くなって、もっと色んな世界を見て、ちゃんと守れる女王になりたいの!』

 

俺は視線をジャローダに向ける。

 

『……この子には経験が必要です。この森だけでなく、世界を知ることが、この子の未来になります』

 

『そなたのような人間なら、アタシの娘を安心して預けられるわ』

 

しばし沈黙。

 

「……勝手について来い。ただし、足は引っ張るな」

 

『はいっ!!』

 

こうして、森の王女シルヴィアが仲間に加わった。

 

俺たちの旅は、また一歩、賑やかになったのだった。

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