事件から一夜が明け、再び旅の道を歩き出す一行の傍らには、すっかり元気を取り戻した幻のポケモン──ゼラオラの姿があった。
草原を抜ける風が心地よく、空には雲一つない快晴。だが、エボルの表情にはどこか引っかかるものがあった。
「なあ、ゼラオラ。お前、あの時何があった?」
エボルの問いに、ゼラオラは少し眉をひそめた。
『……気付いたら、見知らぬ建物にいたんだ。で、そこからの記憶が──ねえ』
「……真っ白ってわけか」
ゼラオラは頷いた。
記憶がない。その言葉が示す重さを、エボルはよく知っていた。
「……やっぱり“ルギアの時”と同じか。何らかの方法で記憶を封じ、操ってた……」
レイカが心配そうにゼラオラを見つめる。
『何か、思い出すような兆しは……?』
『ねぇな。あの建物の中にいたこと以外、全部ぼやけてる。ただ、あの痛み……そして、“声”だけが残ってる』
「声……?」
ゼラオラはわずかに口を引き結んだが、それ以上語ることはなかった。
「……まぁいい。今はルギアを海に帰すのが最優先だ。情報は、後で整理すればいい」
そう言って歩き出すエボルに、ゼラオラが言った。
『俺様も行くぞ』
「は?」
足を止めたエボルが振り返ると、ゼラオラは当然のような顔で立っていた。
『海神様──ルギア様を護衛するのが、俺様の使命だ』
「お前……俺に負けたばかりだろ。護衛って」
シルヴィアがクスクスと笑う。
『そうよ。負けたくせに“守る”とか、よく言えるわね』
『う、うるせぇ!俺様だって、やるときゃやるんだよ!さっさと行くぞ!』
そう言ってゼラオラは意気込んで歩き出す──が。
『あの、…そっちは反対方向です』
レイカがやんわりと指摘する。
『なっ……!こ、これは……偵察だ!そう、先に状況確認してただけだ!』
「……お前、方向音痴か?」
エボルが呆れたように言うと、ゼラオラは顔を赤らめて吠えた。
『ち、違ぇし!ぜ、全然違ぇし!!』
シルヴィアがエボルの横で小声で呟く。
『……そそっかしいわね、あの子。同じメスなのに』
「……あいつ、メスだったのか?」
シルヴィアの言葉に、エボルが素直に驚いた様子で問い返す。
レイカが一瞬言葉を失い、両手で口元を押さえてから、信じられないというように目を見開く。
『ご、ご主人様……まさかオスだと思ってたんですか!?』
「だって、“俺様”って言ってたから……てっきり……」
『ありえません!今時、性別に一人称は関係ありませんよ!』
「……だとしても、あれでメスは意外だろ……」
そのやり取りを背に、先を歩くゼラオラがふと足を止めて振り返った。
『おい、何コソコソ言ってやがる!』
「なんでもない」
『いえ、ご主人様が失礼なことを考えてただけです。』
『てめえら……!覚えてろよ……!』
シルヴィアが楽しげに笑い、レイカも苦笑いする。
その後ろでは、ルギアがのんびりと羽ばたきながら空を見上げていた。
『なんか……賑やかになってきたね……』
「……これが俺の旅だ。静かな日は来ないかもな」
そう呟いて、エボルは再び歩き出した。
旅の目的は、海の神を故郷へ帰すこと。
そしてその先で、また何が待っているのか──
その答えは、誰にも分からなかった。