日が暮れ、風が冷たさを帯び始めた頃、エボルたちは森の中を抜け、ぽつんと佇む古びた小屋を見つけた。
屋根はやや傾いていたが、雨風を凌ぐには充分だった。扉を押し開けた瞬間、内部に人の気配がないことを確信した。
「誰もいねぇな……しばらく使われてないか」
『でも、ちゃんと屋根があるだけマシだね』
ルギアが小さな声で呟いた。
『ここなら、今日は泊まれそうだわ』
シルヴィアも辺りを見渡しながら頷いた。
「レイカ、火、頼めるか?」
『はい、ご主人様』
レイカは暖炉の前に歩み寄り、息を小さく吸い込む。そして、口元から柔らかい紫色の炎を吹き出した。ぱちぱちと木が燃え始め、暖炉の中に明るく橙の光が広がる。
部屋全体がじわりと温まり、寒さが少しずつ引いていく。
ケルディオは壁にもたれかかりながら、静かに瞼を閉じた。ルギアはレイカの火をぼんやり眺めている。シルヴィアは丸まって、体を休める位置を見つけた。ゼラオラは壁際で腕を組みながら目を閉じ、警戒は解いていないものの、眠る気配はあった。
エボルは、暖炉の炎を一瞥し、壁に背を預けようと足を止めた。
『あの……ご主人様』
レイカの柔らかな声が呼び止めた。
「ん?」
エボルが振り向くと、レイカが毛並みの整った体を床に伏せ、両前脚を広げ、彼に向かって微笑んでいた。
『よろしかったら……私の体で温まりませんか?』
「……寒くないが」
そう返すエボルの声は、少し戸惑いを含んでいた。
レイカは、ゆるく首を傾げながら微笑む。
『寒くなくても、私がそうしたいの』
暖炉の灯に照らされるレイカの瞳は、いつもよりずっと優しく、そしてまっすぐだった。
エボルは小さくため息をつく。
「……分かったよ」
立ち上がると、ゆっくりとレイカのもとへ近寄り、彼女の胸元へ背中を預けるように寄りかかった。
レイカの体からは、心地よい熱と仄かな煙草のような香りがした。長い体毛がふわりと彼を包み込むように広がり、まるで毛布のようだった。
『……どうですか?あったかいでしょう?』
「……ああ、確かにな」
エボルの声が小さくなる。どこか緊張が溶けたような声色だった。
レイカはゆっくりとその体でエボルを抱きしめる。
『いつだって、私はご主人様のそばにいますから』
揺らぐ炎の音だけが、しばらくの間部屋に響いていた。
──その夜、外では冷たい風が木々を揺らしていたが、小屋の中には、静かで暖かな時間が流れていた。
月が高く昇る頃、木の軋む音が時折響く小屋の中。暖炉の火はまだ優しく揺れ、空気をふんわりと温めていた。
エボルは奥の調理スペースに腰を落ち着け、夜食の準備をしていた。簡単な干し肉やきのみのスープ、そしてポケモンたち用のポケモンフーズも分けて用意していた。
その間、暖炉の前では四匹のポケモンたちが、丸くなって談笑していた。内容は──もちろん。
『エボルって、ああ見えて寝顔が可愛いのよね~』
シルヴィアがケタケタと笑いながら言った。
『えぇ、こないだスープ飲んだ直後に「ズズー……」って変な音で寝ちゃってたし』
レイカが微笑ましく付け加える。
『ご主人様って、戦う時はあんなに凄いのに、たまに抜けてるのがいいよね』
ケルディオもまんざらではない顔で頷いていた。
『うん……エボルさん、僕が初めて会った人間だけど、凄く……優しいと思う』
ルギアも、ぽつりと目を細めながら言葉を続ける。
そんな彼らの中心で、ゼラオラは腕を組んでふんぞり返っていたが──限界だった。
『あの人間の話ばっかりじゃねぇか!お前ら、他に話題ねぇのかよ!?』
ゼラオラがいきなり声を上げると、場がピタリと静まり返る。
『そ、そんな怒鳴らなくても……』
ルギアが少ししょんぼりする。
だが、すぐにシルヴィアが「はっ」と思い出したように前足を上げた。
『じゃあ、自己紹介しよっか!せっかくだし!』
『あっ、それいい!』
レイカも賛成する。
『うんうん!改めて知るのって大事だよね!』
ケルディオも続く。
『それじゃ、トップバッターはアタシからね!』
シルヴィアが胸を張って自己紹介を始めた。
『アタシはツタージャのシルヴィア、とある森の王女よ!いずれは立派な女王になる予定だから、よろしくね!』
『わぁ~、王女様なんだ……』
ルギアが目を丸くする。
次に、ルギアが前に出る。
『僕はルギア。海で暮らしてたんだけど……いつの間にか知らない場所に来ちゃってて。今はエボルさんと一緒に海に帰る旅をしてるの。よろしくね』
『ふふ、可愛い自己紹介』
レイカがにこにこと微笑む。
続いて、ケルディオがピシッと背筋を伸ばして言う。
『僕はケルディオ!聖剣士の見習いだけど、いつかはコバルオンさんたちみたいな立派な剣士になるんだ!今はエボルさんの旅に同行中です、よろしくお願いします!』
そして、レイカが優雅に前脚を揃えてお辞儀する。
『私はレイカ、バクフーンです。かつては炎の姿を怖がられたこともあったけど、今はこうして皆と旅ができて嬉しいわ。これからもよろしくお願いしますね』
それぞれが思い思いの自己紹介を終えると、自然と全員の視線がゼラオラに向けられた。
『……な、なんだよ』
ゼラオラは身を引きながら言った。
『アンタも自己紹介してみたらどうよ?』
シルヴィアがニヤリと笑う。
『……チッ、面倒くせぇ……俺様はゼラオラだ』
一言。まさに一言。
『……え、それだけ?』
ケルディオがぽかんと口を開ける。
『えぇっと……どこで生まれたとか、目標とかは……?』
ルギアが恐る恐る尋ねる。
『……いらねぇだろ、そんなもん。俺様は俺様だ。それだけで充分だ』
『照れてる?』
シルヴィアが言うと、ゼラオラは耳をぴくりと動かしながら『う、うるせぇ!』と返す。
暖炉の火がぱちぱちと弾ける音が、また部屋を優しく包んだ。
その頃、エボルは出来上がった夜食を皿に盛り付けながら、後ろで続いていた騒ぎに微笑む。
「……なんだかんだで、仲良くなってるじゃねぇか」
そう小さく呟いた彼の声は、火の音にかき消されて誰にも聞かれなかった。