エボルは簡素な焚き火セットの上で鍋を煮込みながら、人数分の器にそれをよそっていく。
「ほら、できたぞ」
彼は一つ一つ、木製の皿を仲間の元に配っていった。湯気を上げる香ばしい香りが、小屋の中を満たす。
『わぁー、これ、すっごくいい匂い!』
シルヴィアが嬉しそうに声を上げ、器を抱えて喜びの表情を見せた。
『さすがご主人様です、料理の腕も一流なんですね』
レイカも目を細め、尻尾をふわりと揺らす。
『いただきまーす!』
ケルディオは大口を開けて早速かき込み始める。
静かに食べながら、ゼラオラはエボルをちらちらと見つめていた。
『なあ……』
「ん?」
『お前、なんでそんな強いんだ?あの“はかいこうせん”を足で蹴ったって、ケルディオが言ってたが……お前、本当に人間か?』
「……まあ、半分は違うかもな」
エボルは器を置き、ゆっくりと話し出した。
「俺の細胞には、ポケモンの――ゾロアークの細胞が混ざってるらしい」
『……なんだと?』
皆が一斉にエボルを見つめる。
「誰がやったかは分からない。物心つく前か、あるいは……前の“持ち主”がいて、そいつが死んで、俺がその身体に宿った。……つまり、俺は別の世界で死んで、この世界に転生した存在なんだ。体は少年、精神は大人。そんな存在さ」
場に沈黙が走る。
レイカが心配そうにエボルを見つめる。
『ご主人様……』
シルヴィアが唇を噛む。
『ちょっと……どういうことよ、それ……』
「全部話す気はねぇ。でも、今は俺がここにいて、こうしてみんなと旅してる。それが全部だ」
しばらく沈黙が流れた後、ゼラオラが口を開いた。
『……一つ聞く』
「なんだ」
『お前、本当に“悪い人間”じゃないんだな』
エボルは顔を上げ、まっすぐにゼラオラを見据えた。
「俺を、あんな連中と一緒にすんな。レイカを首輪で縛り、シルヴィアの故郷を荒らし、ルギアを機械で操り、ケルディオを瀕死に追いやった。……そんな奴らを、俺は絶対に許さない」
しばらく、ゼラオラは視線を伏せた。
『……そうか』
ぽつりと、それだけを呟いた。
だが、次の瞬間、その鋭い瞳が再びエボルを捉える。
『なあ、人間……いや、エボル』
「……?」
『俺様に、名前を付けてくれねぇか?“ゼラオラ”ってのは種族名だろ。だからよ、俺様だけの名前が欲しい。お前が付けてくれよ、その名前を』
その言葉に、ルギアとケルディオもすぐに続いた。
『僕も……!エボルに付けてもらいたい!』
『僕も……いいかな?』
レイカとシルヴィアも、微笑ましそうにそれを見つめていた。
エボルは少し驚いた様子を見せたが、すぐに静かに頷く。
「分かったよ。だったら──」
エボルは火の揺らめく明かりの中、彼ら一匹一匹を見つめながら、真剣に名前を考え始めた。
それは彼にとっても、仲間にとっても、ただの“呼び名”ではなく――絆を示す、大切な“名”だった。
暖炉の炎が、パチパチと小さな音を立てて燃えていた。木の軋む音が耳に心地よく響き、静かで穏やかな空間が、小屋の中に広がっていた。
「名前、か……」
エボルは、湯気の立つ器を前に、腕を組んで考え込んでいた。皆の視線が彼に集中しているのが分かる。期待と少しの緊張が、じっと見守る瞳の奥に宿っていた。
「……まずはお前からだな」
エボルは、ゼラオラの金色の瞳を見つめた。警戒心に満ちたその目は、今ではどこか穏やかさと、ほんのわずかな信頼の色を滲ませていた。
「お前は、突っ走るようでいて、周りをよく見てる。反発もするけど、根はまっすぐだ。……なら、“ライガ”ってのはどうだ」
『……ライガ?』
「雷の“ライ”に、牙の“ガ”。お前の雷の力と、戦士としての鋭さ……両方を表してる」
一瞬の沈黙。だが、すぐにゼラオラ──いや、ライガは顔を背けながらも、満更でもない様子で頷いた。
『……ライガ、か。悪くねえ。ありがとよ、人間──じゃなかった、エボル』
次に、エボルの視線はルギアへと移った。
「お前は……言うまでもなく、海に選ばれたポケモンだ」
『うん……』
「だけど、お前はそれだけじゃない。誰よりも優しくて、仲間のことを思って、俺を庇って……その心は強い。だから、“ナギ”にしようと思う」
『ナギ……?』
「“凪(なぎ)”。海が静かに穏やかになることを指す言葉。だけど、嵐の前には一度、凪が来る。静けさの中に、力を秘めた名前だ」
ルギア──ナギは、嬉しそうに目を細めた。
『……ナギ、好き。ありがとう、エボルさん!』
「最後は、お前だな。ケルディオ」
『うん!僕にも、かっこいい名前つけて!』
「お前はまだ見習いだけど、誰よりも意志が強い。戦う時は真っすぐで、一歩も引かない。……“アーク”ってのはどうだ」
『アーク?』
「“光”や“架け橋”って意味もあるけど、お前自身が、誰かを繋ぐ存在になる気がする。勇気の“弓”ともかけてな」
ケルディオ──アークは、感激したように目を潤ませていた。
『アーク……いいね、それ!僕、頑張ってその名前に恥じないようになるよ!』
三匹のポケモンに名を与えたその瞬間、空気がふわりと柔らかくなった。焚き火の火がぱちりと跳ね、暖かい光が小屋の壁を照らす。
レイカとシルヴィアも、微笑ましくその様子を見ていた。
『ふふ、ご主人様って、名前を考えるの、上手なんですね』
『ほんと。アタシにももう一個くれない?“スーパーシルヴィア”とか、どう?』
「いらないだろ、それ」
エボルが即答すると、皆が笑いに包まれた。
ライガ、ナギ、アーク──それぞれの名が、今夜から正式に仲間として刻まれた。
この世界で生きていく、という意味。
そして――
共に戦い、共に進むという、確かな絆の証として。
小さな小屋の中に、温かく灯る火のように。
それは、一人と五匹の旅が、さらに深まっていく一夜だった。