暗部として鍛えられた子の漂流譚   作:ラン乱

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道場の静寂

午前の陽光がまだやわらかく降り注ぐ中、エボルたちは静かな草原を歩いていた。風がなびく度に、シルヴィアの葉がかすかに揺れ、レイカの焔も穏やかに揺らめいている。アークとライガも並んで歩いていた。

 

そんな時だった。

 

「……ん?」

 

エボルがふと視界の隅に違和感を覚え、足を止めた。目線の先には、一枚の立て看板が風に揺れていた。木製で、手書きの文字が描かれている。

 

【ポケモンと共に修行したい方はこちら→】

 

看板の下には、しっかりと矢印が記されていた。どうやら道沿いの森の奥へ続いているようだった。

 

「ふーん……修行ねぇ」

 

エボルはつぶやいたまま看板を一瞥し、再び歩き出そうとした――が。

 

『エボルっ!』

 

ビシッと空を裂いて伸びたつるが、エボルの腕をぴたりと引いた。

 

「うおっ! おい、何すんだシルヴィア!」

 

『ちょっとぐらい、寄っていきましょうよ! 最近あんまり活躍できてないし、私達ももっと力になれるように特訓したいの!』

 

すると、レイカやアーク、ライガまでもが頷きながら口を揃える。

 

『エボル、頼むよ』

『俺様も……まだまだ本気出してねぇしな』

『私も……もうちょっと器用に戦いたいわ』

 

「……全員が言うのか。はいはい、分かったよ」

 

エボルは肩をすくめて諦めの表情を見せた。

 

「でも、騒がしくするなよ。ああ見えて修行してる連中に迷惑になるんだからな」

 

シルヴィアが嬉しそうに笑い、つるを引っ込めた。エボルは仕方なく、道場へと足を向ける。

 

───

 

道場は、木造の古風な建物だった。大きな瓦屋根と、磨かれた床板、そして開け放たれた障子の向こうに広がる修行場。

 

中にはすでに多くの人間とポケモンたちがいた。リオル、カイリキー、ハリテヤマ、ルチャブル──実戦に優れた種族が一心不乱に鍛錬を重ねている。

 

しかし、エボルたちが足を踏み入れた瞬間、空気が止まった。

 

「え……あれ、ヒスイの……?」

 

「色違いのツタージャ!? しかもあれ、ケルディオ……?」

 

「ゼラオラ!? うそだろ……幻の……!?」

 

驚きの声が場を包む。修行者たちの視線が一斉に注がれ、空気がピリついていく。

 

だが、その中心で、シルヴィアは涼しい顔だった。

 

『さーて、特訓開始よ! 皆、準備はいい!?』

 

『『『おー!』』』

 

勢いよく声を上げ、4匹はそれぞれの修行へと走り出していく。周囲の騒然とした空気など全く気にしていない。

 

「……まあ、いつかはバレるしな」

 

エボルはため息混じりにそう言いながら、腰に手をやりモンスターボールを1つ取り出した。

 

「ナギ、出てこい」

 

ボールから現れたのは、一匹のルギア──ナギだった。美しい銀白の翼と青い眼差しが一瞬で注目をさらう。

 

「お前も特訓してこい。仲間達と同じようにな」

 

『うん! がんばる!』

 

ナギは元気よく羽をばたつかせて駆け出した。さらに騒ぎは大きくなり、驚きと困惑が道場中に広がる。

 

エボルは、修行していた者たちの前に立った。

 

「……おい。こいつらが珍しいのは分かってる。けど、邪魔する気なら容赦しない。……分かったな?」

 

静かに、だが深く重い声でそう言い放った。周囲のポケモンたちは、直感的に理解した。

 

この人間は“ただ者ではない”。

 

『……あ、あぁ……』

 

『はい……! 邪魔しません!』

 

修行者たちはエボルの気迫に圧倒され、自然と距離を取る。

 

レイカが小走りで近づいてきて、エボルの腕を軽く引いた。

 

『ちょっと、ご主人様……脅かしすぎですってば』

 

「念のためだ。何かあったら大変だろ」

 

『はいはい……』

 

そんなやりとりをよそに、シルヴィアは一人黙々と“つるのムチ”の精度を上げ、ライガはスパークとプラズマフィストを混ぜた新たな連撃を練っていた。アークは刃の速度と精度を極め、レイカは火の精密操作に取り組む。

 

道場の空気は張り詰めていた。エボルの仲間たち――レイカ、シルヴィア、アーク、ライガ、ナギ――はそれぞれに技の修練を重ね、汗を流しながら真剣な眼差しで動きを繰り返している。

 

その一角、木陰に寄りかかるように座り、目を閉じていたエボルの前に、影が差し込んだ。

 

「ねえ、あのポケモンたち……あんたの?」

 

声の主は、一人の若い女性だった。腰まで伸びる黒髪を一つにまとめ、鋭い目つきに、動きやすそうなトレーナー装備を身にまとっていた。

 

エボルは、片目を開き、彼女の姿をちらりと見る。すぐに再び目を閉じ、ぶっきらぼうに返した。

 

「……それがどうした」

 

「へえ、そっけないわね。ま、いいわ。アタシとアンタのポケモン、どっちが強いか、勝負してみない?」

 

彼女の声には、勝気さと自信がにじんでいた。

 

だがエボルは壁にもたれたまま動かず、低く息を吐いた。

 

「……俺は暇じゃない。他の奴に言え」

 

その返事に、女性の表情がピクリと歪んだ。

 

「アタシはアンタに用があるの! 逃げてんの? あのポケモン達……あれだけ揃ってて勝負しないなんて、ちょっと期待外れね!」

 

その挑発めいた言葉に、周囲の視線がエボルへと集まる。

 

女性の隣に立っていた一匹のレントラーが、落ち着かない様子で女性の手を鼻でつついた。

 

『マスター……やめようよ。相手、普通じゃない……』

 

その声が聞こえたのは、当然ながらエボルだけだった。

 

エボルはゆっくりと目を開け、立ち上がる。

 

「お前……ポケモンに心配されてるぞ」

 

「……は?」

 

「そのレントラー、戦いたくないって言ってる。俺とやるのは、やめた方がいいってさ」

 

「何言ってんの……!? あんた、ポケモンの言葉がわかるっての?」

 

エボルは答えず、肩をすくめただけだった。

 

だが、女性の目は明らかに揺れていた。そんな非常識なことが本当にあるのかという、疑念と驚きがないまぜになったような複雑な表情を浮かべていた。

 

「信じないなら、それでいい。だが……そのレントラーの気持ちは、ちゃんと聞いてやれよ」

 

女性は口をつぐみ、レントラーの顔を一瞥する。その瞬間、レントラーが目をそらした。

 

エボルは彼女に背を向けて再び壁に寄りかかる。

 

「勝負はしない。お前が何を望んでようが、ポケモンがそれを嫌がってるなら、俺は乗らない。……それだけだ」

 

道場に再び沈黙が流れる。

 

だが次の瞬間――。

 

「……名前、教えてよ」

 

エボルは再び目を開けた。女性は、少しだけ声の調子を落としていた。

 

「さっきのは……ちょっと熱くなってたのかも。あんた、ただの強さだけじゃなくて、ちゃんとポケモンの気持ちも見てるのね」

 

「……エボル」

 

「エボル……そっか。アタシはレン。あんたみたいなトレーナー、初めて見たよ」

 

その時、背後からレイカがそっと近づいてきた。

 

『ご主人様、怒らないで、でも、やっぱり……ちょっと格好良かったです』

 

「……はぁ。お前な」

 

そう呟いて苦笑するエボルに、レイカはくすっと笑う。

 

「エボルさん」

 

レンがもう一度、名を呼んだ。

 

「また会ったら、その時は……ちゃんと、ポケモンの気持ちを聞いてから、勝負を申し込むわ」

 

「そうしてくれ」

 

そう答え、エボルは再び壁にもたれかかった。

 

レンとレントラーは静かにその場を後にした。その背中を、エボルはしばらくの間見送っていた。

 

やがて再び特訓の音が聞こえ始める。

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