次の日、三人──いや、一人と二匹は、森を出る道を歩きながら次の目的地に向かっていた。
『ねぇエボル!さっきの戦い、どうしてあんな風に動けるの?訓練とか?それとも才能?』
シルヴィアが元気よく隣を歩きながら質問を投げかけてくる。
「……」
無言で前を見ながら俺は小さくため息をついた。
「はぁ……」
その反応を見たレイカが気を利かせて口を開く。
『あーもう、分かった分かった。ご主人様、喋るの面倒なんでしょ?代わりに私が答えるから、ね?』
『ほんと?ありがとうレイカ!じゃあ最初の質問!エボルの両親ってどんな人?』
その言葉に、レイカは一瞬言葉を詰まらせた。
『え、えっと、それは……』
「俺が言う」
俺は足を止めて、シルヴィアの方を見た。
「俺の両親は──ロケット団の一員だった。しかも表向きじゃない。裏で世界征服を目論む、暗部の中心人物だった」
『え……!?』
シルヴィアの顔から笑みが消える。
『そんな……自分の両親が……』
「信じられないだろうが、本当の話だ。俺は幼い頃から、あいつらに戦闘技術を叩き込まれてきた」
レイカが少し寂しげに俺の背中を見つめる。
『だから、強いけど……心に傷もあるのよ。そういうこと』
『……うん。ごめんね、聞いちゃいけないことだったかも』
「別に。今さら気にしても仕方がない」
俺は一瞬だけ足を止め、視線を前から外さずに続けた。
「……それに、もうあいつらはこの世界にいない」
『……え?』
「俺と、レイカで……殺した」
静寂が落ちる。
シルヴィアは息を飲み、レイカは瞳を伏せる。
『……ご主人様は、あの時……』
「正当防衛でも、復讐でもなかった。ただ……あいつらが存在し続けることが許せなかった」
『そっか……』
「だから聞かれても隠すつもりはない。これが俺の過去だ」
俺は再び歩き出す。
「話すのは疲れるが、聞かれたことには応える。それが旅の連れってもんだろ」
シルヴィアは嬉しそうに目を細め、俺の隣に並んだ。
『ありがとう、エボル。これから、もっといろいろ教えて』
レイカが笑顔で肩をすくめる。
『はぁ……この先うるさくなりそうね』
森を抜けると、視界の先に広がるのは一つの町だった。
遠くからでも人の気配と賑わいが伝わってくる。
「……町か。久しぶりだな」
『すごい人の数……何かお祭りでもしてるのかしら?』
『アタシ、こんな賑やかな場所初めて!』
町の入口に差し掛かると、広場の中心で何やらイベントが開かれていた。
司会者の声がスピーカーから響き渡る。
「ただいま、男たちの誇りをかけた──腕相撲大会開催中~!!」
『腕相撲?』
「力比べの競技だ。……まあ、俺には関係ない」
エボルはそう言って素通りしようとした。
だが、その直後──
「優勝者には賞金三万ポケドルを進呈!!」
という声が広場に響き渡った。
「……賞金?」
エボルはふと立ち止まり、ポケットをまさぐった。
小銭入れの中を覗き込む。
「……一銭も入ってねぇ……」
肩を落としたあと、小さくため息をついて視線を司会者に向けた。
「俺も出る」
『え!?ご主人様、やるの?』
「金がないからな。ちょっと稼いでくる」
エボルは受付へと歩いていき、途中参加として登録された。
周囲の参加者たちは彼を見て笑っていた。
「ガキが参加するのか?」「力もなさそうなのに無理だろ」
だが、試合が始まると、空気が一変した。
次々と対戦者を倒していくエボル。
重厚な大男も、筋骨隆々の格闘家風も、一瞬でテーブルに沈めていく。
『すご……』『あんなの、初めて見た……』
会場が静まり返る中、決勝戦もわずか十秒で終了した。
司会者が震えた声で叫ぶ。
「……優勝者はッ!!エボル選手~~ッ!!!」
観客からは盛大な拍手と歓声が上がった。
『エボル、かっこよすぎ!』『まさかあの細身で……!?』
レイカとシルヴィアも、驚きと興奮で目を丸くしていた。
『さすがご主人様!』『うわ……アタシの自慢の仲間だわ!!』
エボルは淡々と賞金を受け取り、無言で広場を後にする。
その背中を、たくさんの目が見送っていた。
エボルは賞金袋を握りしめたまま、町のメイン通りへと歩き出した。
「……腹減った」
レイカとシルヴィアも後ろから付いてくる。
『ご主人様、今日はごちそうしてくれるのよね?』
『アタシ、ポケモンフーズってやつ食べてみたい!』
「はいはい、分かったよ。今日は好きなだけ食え」
そう言って入ったのは、町の人気食堂。
人間とポケモンが一緒に過ごせる特別席に案内され、テーブルに着く。
エボルはライスセットに大盛りの唐揚げ、味噌汁と小鉢付きの定食を注文。
レイカとシルヴィアはそれぞれポケモン専用のフード──エナジーベリー入り栄養ブロックと、きのみのミックススープを選んだ。
料理が運ばれてくると、香ばしい匂いがテーブルいっぱいに広がる。
「……いただきます」
『いただきまーす!』
『もぐもぐ……これ、思ったより美味しい!』
黙々と箸を動かすエボル。
向かいでは、きらきらした目で頬張るレイカとシルヴィアが笑っていた。
こうして久々に、平穏な食事の時間が流れていった。
食堂を出た三人は、腹を満たした満足感に包まれながら、町の石畳の通りを歩いていた。
「この町、意外と雰囲気悪くないな」
『うんっ!人間もポケモンも仲良くしてる感じ、すっごくいい!』
『ふふ、どのお店もカラフルで見てるだけで楽しいわ』
祭りの余韻が残る通りでは、屋台が立ち並び、飴細工や風船、アクセサリーなどが所狭しと売られていた。
子供たちがスピンロトムの風車を手に駆け回り、通りにはポケモン用の簡易ステージまで設けられている。
「……あれは何だ?」
エボルが指さした先では、二匹のポケモンが音楽に合わせて踊っていた。
ブイズ系のシャワーズとエーフィが、軽やかにステップを踏んでいる。
『おおっ、あれって“パフォーマンスショー”ってやつよ!』
『華麗さと個性で勝負する芸術的な技競演らしいわね』
観客からは拍手と歓声。
「へえ……こういう文化もあるんだな」
歩いているうちに、香ばしい香りが漂ってきた。
振り返ると、屋台で焼きたてのカタヌキポケモンクッキーが売られている。
『ねぇ、ご主人様、あれ食べてみたい!』
「昼食ったばっかだろ……ま、少しだけな」
エボルは数枚のコインを出して三枚分購入。
クッキーの形は、ピカチュウ、ヒノアラシ、そしてフシギダネ。
『やったー!……あ、フシギダネがちょっと崩れてる~』
『それは運命よ、シルヴィア。食べる前に割れちゃうなんて、儚くて詩的』
「……ただの不良品だろ」
三人は笑いながらクッキーをつまみ、ベンチに腰掛ける。
少し風が出てきたが、陽光は穏やかで暖かい。
『こういうの……なんかいいね。旅って大変なことばっかじゃないんだって思えた』
「そうだな。たまには悪くない」
エボルが腕を組んで目を閉じる。
レイカとシルヴィアも、少しの間だけその静かな時間を噛み締めていた。