道場の片隅――
フレアとの再戦からしばらくして、エボルは特訓を終えた皆を残し、外の空気を吸いに出ていた。
残されたポケモンたちは、緩やかに輪になっていた。
レイカがそっと口を開く。
『……最近、ご主人様ばかりが戦ってる気がするわ。私たち、ほとんど出番がないもの』
シルヴィアも腕を組み、少し悔しそうに頷く。
『あいつ、強すぎるのよ。アタシたち、見てるだけなんて嫌』
ナギは小さな声で呟いた。
『エボルさんのことは大好きだけど……一緒に旅してるのに、僕ら、何もできてないような気がする』
アークが真剣な表情で皆を見渡す。
『僕もそう思う。ご主人様の隣を歩くには、もっと強くならなきゃって……皆で、もっと頑張らない?』
『へっ、ようやく火がついたか』
と、ライガが薄く笑う。
『俺様は最初からそのつもりだったぜ。エボルに頼ってばっかじゃ、らしくねぇよな』
皆が頷き合ったその時――
『おーい、なになに、何の話してるの?』
と、陽気な声が割り込んだ。
跳ねるように現れたのは、先ほど再戦を終えたばかりのエースバーン、フレアだった。
『集まって何の相談?それとも作戦会議?ねぇねぇ、教えてよ!』
ライガが面倒くさそうに目をそらす。
『別に大した話じゃねぇよ』
『えー、でもエボルの話だよね?なぁ、皆さ、何でエボルってあんな強いの?人間なのに、あんな動き……俺、びっくりしたんだよ!』
フレアの声には、心からの好奇心と戸惑いが混じっていた。
しかし、誰もその問いに答えようとはしなかった。
気まずい空気が流れる。
そんな中、レイカが一歩前に出て、少し俯きながら口を開いた。
『……あなたが思ってるような、特別な特訓をしてたわけじゃないの。ご主人様は、強くなりたくて強くなったんじゃない』
フレアは首を傾げた。
『え?どういうこと?じゃあ、なんであんなに……?』
レイカは唇を噛み、ほんの少し言葉を迷った後、静かに言った。
『……ごめんね。私からは何も言えない。これは、ご主人様自身の……大事なことだから』
フレアはその答えに納得がいかない様子だった。
『な、なんだよそれ。別に変なこと聞いてるわけじゃないだろ?ちょっとくらい教えてくれても──』
その時だった。
「おい、何話してんだ、そんなに集まって」
道場の扉が開き、風に揺れる銀黒の長髪が現れた。エボルが戻ってきたのだ。
フレアの顔がぱっと明るくなった。
『エボル!丁度いいや!なぁ、どうやって強くなったの?あんな動き、人間のレベルじゃないって!』
エボルは一瞬、皆の顔を見渡し、そして肩をすくめた。
「さあ、どうやってだろうね」
その曖昧な返事に、フレアは眉をひそめる。
『え~?なにそれ!一つくらい教えてくれたっていいじゃん!』
ぐだぐだと粘るフレアに、空気が少しずつ重くなっていく。
シルヴィアとナギが少し顔を伏せ、ライガは様子を見る。アークはただ静かに、口を閉ざしていた。
その時だった。
『フレア!!』
レイカが、普段からは想像もつかないほどの怒声を放った。
道場の空気が一変した。
皆が息を呑み、静まり返る。
『……これ以上、ご主人様のことを聞かないで』
フレアは驚き、レイカを見つめる。
『な、なんだよ……怒らなくても……びっくりするよな……』
フレアがそう呟きながら、困惑したようにエボルへ顔を向けた時。
エボルは、どこか寂しげな目をしていた。
「……ごめんな、フレア。悪気がないのは分かってる。でもな、俺の過去は……気軽に話せるもんじゃないんだ」
『…………』
フレアは何も言えなかった。
ただ、心の中にモヤモヤとした思いを抱えたまま、その場に立ち尽くしていた。
レイカがエボルの隣に歩み寄り、そっとその手を握った。
『私が怒鳴ったせいで、変な空気にしてしまって、ごめんなさい』
「いや、助かったよ。……ありがとな、レイカ」
シルヴィアが前に出て、フレアに話しかける。
『ま、あんたの気持ちも分かるわ。でもエボルのことは、本人が話すまで待ってあげて』
ナギも優しく微笑んで、フレアに言った。
『僕も最初は聞きたかった。でも……今は、知らない方がいいのかもって、思ってる』
アークが小さく頷いた。
『それでも、エボルは僕たちの仲間だ。それだけで、十分』
フレアはゆっくりと頷き、ため息をついた。
『……そっか。分かったよ。いつか、エボルが話してくれるまで、待つことにする』
エボルはその言葉に微かに微笑み、空を見上げた。
静かに、柔らかな風が吹いていた。
──そしてその夜。
道場の外に出て、一人空を見上げるエボルの後ろ姿を、レイカがそっと見守っていた。