朝焼けが町を包む頃、一人と二匹の影が静かに動き出していた。
昨日までのにぎやかな祭りの残り香を背に、俺たちは町を出る準備を整えた。
「準備、できてるか?」
『うん、ご主人様が寝てる間に荷物は整理しておいたわ』
『アタシも地図見たよ!次は……ヴァルダスって場所が近いみたい』
シルヴィアの声にうなずきながら、俺は荷物の最終確認を終える。
ポーチの中には賞金、予備のポケモン用フード、応急薬数本──問題ない。
「……出るぞ」
町を見送る人々もいない。別れを惜しむ者もいない。
だけど、それが俺たちにとってはちょうど良い距離感だった。
レイカとシルヴィアも、何も言わずに俺の後をついてくる。
朝の冷たい空気を吸い込み、俺たちは再び旅路へと足を進めた。
───
道は緩やかな草原へと変わり、太陽が昇るに連れて辺りの緑が鮮やかさを増していく。
静かで、穏やかで──まるでこの瞬間だけ世界が何も脅かすものを忘れたかのようだった。
『ねえ、ご主人様』
「ん」
『今日みたいな朝、すごくいいわよね。風も気持ちいいし……』
『アタシも好き!なんか、旅してるって感じがする!』
レイカが言うように、草の匂いと清涼な風は確かに心を軽くさせる。
道端には小さな黄色い花が咲き、チルットの群れが空を渡っていった。
何も起きない時間というのも、時には悪くない。
───
昼近くになり、俺たちは小さな小川を見つけた。
透明な水が岩の間を流れ、陽光に照らされて揺れている。
「少し休むか」
『賛成っ!もう喉カラカラだったの!』
『アタシ、あそこでちょっと水浴びしてもいい?』
「勝手にしろ」
レイカは草の上に寝転び、シルヴィアは裸足で水辺にじゃれながら笑っていた。
俺は木の根元に腰を下ろし、地図を広げてルートを確認する。
──ヴァルダス。各地から道が交差する交通の要。
旅人、トレーナー、商人──あらゆる人が集まり、情報も流れる。
「……面倒そうだな」
だが、先へ進むには避けられない。
「……」
レイカが水辺から戻ってきた。
『ご主人様、何か考え事?』
「別に」
『ふふ、もうちょっと気を抜いたっていいのに』
俺は黙って立ち上がった。
「そろそろ行くぞ」
───
午後、丘を越える頃、空が少しだけ赤く染まり始めていた。
『あっ……!あれって!』
シルヴィアが声を上げた先には、石造りの塔と広場、そして四方に延びる道が見えた。
交通の街──「ヴァルダス」だ。
「ようやくか……」
『すごーい……!あっちからもこっちからも人とポケモンが集まってる!』
『これは……静かに過ごせるって感じじゃないかもね』
町の入り口にたどり着く頃には、すでに日が傾いていた。
入り組んだ通りには露店や呼び込みの声が飛び交い、広場では楽器を奏でるポケモンもいた。
「……混んでんな」
宿を探してみたが、祭りの名残かどこも空きは少ないようだった。
『今日は野宿……?』
「いや、空いてる宿を見つけた。少し町外れだが、静かで悪くない」
レイカが笑みを浮かべた。
『さすが、ご主人様。ちゃんと調べてたのね』
『アタシ、ふかふかの布団なら文句言わないよ!』
───
町外れの小さな宿に入ると、あたたかな明かりと木の香りが迎えてくれた。
部屋は狭いが清潔で、何より静かだった。
風呂を済ませ、遅めの夕食を取ったあと、三人──いや、一人と二匹は窓辺に腰掛けて、星空を見上げていた。
『今日は、静かな一日だったね』
『うん……何もなかったけど、私は楽しかったよ』
「何も起こらない日ってのは、貴重だ。……だからこそ、気が抜けない」
星を見上げながら、ふと思う。
今の俺たちには、明確な目的地があるわけじゃない。
けれど──このままじゃいけない気もしている。
「……この町で、何かつかめるといいな」
そう呟いたとき、レイカが隣で小さく笑った。
『ご主人様がそう言う時は、きっと何か起こるのよ』
「縁起でもないことを言うな」
『ふふ、冗談よ』
『でも、何か始まりそうな空気はあるよね』
明日のことは分からない。
けれど、このヴァルダスという街で何かが変わる。
そんな予感を胸に、俺たちは静かに眠りについた。