暗部として鍛えられた子の漂流譚   作:ラン乱

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影と炎の再戦

ヴァルダスの町に到着してから数日──

にぎやかな通りの一角で、俺たちは偶然にもバトルを申し込まれることになった。

 

「そこの兄ちゃん!ポケモンバトル、やってかないかい!」

 

声をかけてきたのは、タンクトップ姿の青年トレーナーだった。

名前はカズキ。筋肉自慢で、どうやら町の広場で腕試しの相手を探していたらしい。

 

「別に構わない。ちょっとだけな」

 

『出番ね、ご主人様♪』

 

『やったー!アタシもやる!』

 

開けた小さな特設エリア。観客は数人ほど。

祭りのあとの静けさの中で、二体のポケモンが地面に降り立った。

 

俺の側からはレイカ、相手はマッスグマ。

 

開始の合図と同時に、レイカが滑るように前進。

 

『“かえんほうしゃ”!』

 

空気を裂いて炎が放たれ、マッスグマがぎりぎりで避ける。

そのまま数手の読み合いが続いたが、レイカの緩急ある動きに翻弄され、マッスグマは数分でダウン。

 

「よし、じゃあ……次はコイツだ!」

 

トレーナーが投げたボールから、赤と白の閃光が走る。

姿を現したのは──しなやかな脚を持ち、炎をたぎらせた一匹のポケモン、エースバーン。

 

細身で鋭い瞳。戦いを求めるような視線を、まっすぐ俺へと向けてきた。

 

「よっしゃー、いっけぇ、フレア!“かえんボール”!」

 

だが──

 

エースバーンはまったく動かない。

 

トレーナーの指示に、ぴくりとも反応せず、代わりにこちらへ一歩前に出た。

 

『人間。そこの、お前だ。』

 

その目はレイカでもシルヴィアでもない、“俺”を捉えていた。

 

「……?」

 

『戦いたいのはそっちだ。お前の動き、“見せてみろ”』

 

相手のトレーナーが焦ったように叫ぶ。

 

「お、おい!?フレア、俺の指示は!?何やって──って、おい!」

 

レイカが俺の横に立ち、ため息交じりに口を開いた。

 

『ご主人様、あの子……完全にご主人様狙ってる。戦いたい相手を間違えてるわ』

 

『えっ、アタシじゃないの!?せっかく張り切ってたのに~』

 

「……変な奴だな」

 

トレーナーは混乱していた。エースバーンは言うことを聞かず、ただエボルを睨み続ける。

 

(仕方ないか……)

 

俺はレイカの耳元に顔を寄せ、小さく囁いた。

 

「……あとで付き合ってやる。今は普通にバトルしろって伝えてくれ」

 

レイカの目が少し驚きに見開かれたあと、ふっと笑う。

 

『了解、ご主人様』

 

エースバーンに向かってレイカが一歩進み、語りかける。

 

『ご主人様の伝言よ、あとで“個人的に”相手してくれるって。だから、今は私と戦ってちょうだいな』

 

エースバーンの瞳がわずかに揺れ、視線が俺からレイカへと移った。

 

『……約束、だぞ?』

 

『約束するわ。ウチのご主人様、嘘は言わないから』

 

ピクリと鼻を鳴らしたエースバーンが、ようやく構えを取った。

 

「やっと動いた……なんだったんだ?」

 

トレーナーは安堵しながらも困惑気味に呟いたが、もう誰にも止められなかった。

 

──その後、激しい火花の応酬。

レイカの動きに、エースバーンの鋭さがぶつかり合う。

 

スピード、熱、戦術。どちらも譲らぬ攻防の末──最後はタイミングを読んだ“かえんぎり”が炸裂し、エースバーンは膝をついた。

 

『くっ……楽しかったぞ……』

 

トレーナーは急いで駆け寄り、エースバーンに声をかけた。

 

「フレア!もう、無茶すんなって……」

 

だが、エースバーンは最後まで俺をじっと見ていた。

 

『次は、お前の番だ。約束、忘れるな』

 

俺は静かにうなずいた。

 

トレーナーは訳が分からないといった顔だったが、何も言わずにボールへ戻していた。

 

『ご主人様、人気者ね』

 

『なんか……ちょっと羨ましい』

 

「……騒がしくなりそうだな」

 

宿屋の裏手、月が静かに見下ろす石畳の空間。

風は涼しく、虫の音だけが響く夜だった。

 

「……来たか」

 

気配に気づいて振り向くと、赤と白の毛並みを持つシルエットが、静かに現れる。

 

『約束は、果たしに来た』

 

姿を現したのはエースバーン──フレアだった。

トレーナーの目を盗み、またもモンスターボールから抜け出してきたらしい。

 

「こんな夜に……ずいぶん熱心だな」

 

『闘志ってのは、時間を選ばない。燃えてるうちにぶつけなきゃ意味がないんだ』

 

月明かりの下、ふたりの距離が静かに縮まる。

レイカとシルヴィアは物陰から見守っていた。

 

「……わかった。逃げる気はない」

 

エボルは上着を脱ぎ、足元の石畳に身を沈めるように低く構えた。

 

「始めるぞ」

 

『望むところだ!』

 

──その瞬間、エースバーンが宙を蹴った。

 

『“とびひざげり”!』

 

足に炎をまとい、垂直に襲いかかる一撃。

だが──その火が届く前に、エボルの姿は消えていた。

 

『なっ──!?』

 

エースバーンが着地するより先に、背後に声が落ちる。

 

「遅い」

 

フレアが振り返るよりも速く、エボルの拳が空気を切った。

しかし、ギリギリのところでフレアも後退し、両者は再び距離を取る。

 

『……今の、見えなかった……!?』

 

「まだ行くぞ」

 

エボルは地を蹴り、連撃のような踏み込みから、一気にフレアの間合いに入る。

上段からの打ち込み、低い回し蹴り、身体を回転させた裏拳。

 

『チッ……!』

 

エースバーンは全てに対応できず、わずかに肩をかすられる。

 

その瞬間、動きが止まる。

 

エースバーンは地面を蹴って距離を取り、大きく息を吐いた。

 

『……冗談だろ。まさか、俺の方が後手に回るなんて……』

 

「悪いな。これでも、育ちが“普通”じゃないんでな」

 

月明かりに照らされたエボルの瞳には、一切の迷いがなかった。

その動きは、まるで風のように軽やかで、鋭い。

 

『……だけど!』

 

炎が再び燃え上がる。フレアの体からは蒸気のような熱気が立ち昇る。

 

『まだ、終わってねえ!!』

 

猛然と突進。“フレアドライブ”にも似た炎の体当たり。

だが、エボルはわずかな体重移動と足のスライドで、軌道から外れる。

 

「いい動きだ。だが、まだ“見えている”」

 

フレアの側面に入り、膝を軽く突き上げる。

 

その衝撃でフレアが一歩よろけた。

 

『くっ……! なんだよお前……本当に人間か?』

 

「さぁな」

 

俺は軽く拳を振って余熱を飛ばす。

 

「お前みたいな熱い奴と戦えるのは、悪くない」

 

『……ハッ、そっちこそ本物だ。人間だって、こんな戦いができるのかよ……!』

 

俺たちは、また静かに距離をとる。

互いに傷は浅く、意識は鋭い。

だが、“速さ”の差は確かにあった。

 

その差が、フレアに“戦う意味”を深く刻んでいた。

 

レイカが物陰でポツリと呟く。

 

『……ご主人様、やっぱり、普通じゃないわ』

 

シルヴィアも目を丸くしていた。

 

『アタシもポケモンだけど……今の戦い、人間がポケモンを超えてるように見えた……』

 

その時、フレアが不意に動きを止め、手を挙げた。

 

『……今日はここまでだ。今はもう、俺の“負け”でいい』

 

「いいのか?」

 

『ああ。だけど……次は本気で勝ちにいく』

 

俺は頷いた。

 

「楽しみにしてる」

 

──夜の宿屋裏。

エースバーンとの短い激戦のあと、静寂だけが残る。

 

俺とフレアは、並んで腰を下ろしていた。

遠くの宿屋の明かりが揺れている。

 

「……なあ、ひとつ聞かせろ」

 

『ん?』

 

「お前が、なんで“俺”と戦いたがったのか」

 

フレアは一瞬だけ目を伏せ、火照った身体を風に晒すように軽く肩を回した。

 

『……理由、か』

 

言葉を探すようにして、少しだけ間を置いてから話し始める。

 

『俺は……いろんな人間を見てきた。優しい奴もいれば、雑に扱う奴もいた。強いトレーナーも、怖い奴も。だけど、皆“ポケモンを道具”みたいに扱う場面が、どこかにあったんだ』

 

「……」

 

『でもな、前にお前を見た時、どこか違った。』

 

フレアは前を見つめる。その目は真剣だった。

 

『ポケモンに指示を出すでもなく、前に出て相手を封じた。トレーナーというより、“戦士”だった。お前自身が戦ってた』

 

「……俺は、そういう育ち方をしただけだ」

 

『そうかもな。でも、俺には衝撃だったんだ。──ポケモンと、同じ目線で戦う人間がいるってことがさ』

 

「同じ目線……」

 

『だから知りたくなった。──お前の中の“炎”が、どんなものかを。』

 

フレアは拳を握りしめた。

 

『ポケモンである俺が、本気で打ち込んでも揺るがない──そんな存在に、どうしても挑んでみたかった』

 

俺は少しだけ黙り、そしてゆっくり口を開いた。

 

「……ただの自己満足だぞ?痛いだけで、疲れるだけだ」

 

『それでも、意味がある。』

 

フレアはにっと笑う。

 

『“痛みを分かち合える”相手ってのは、そう多くない。……戦って、お前の拳が温かいって思った。』

 

「……それ、二回目だぞ」

 

『あはは、言い過ぎたか?』

 

「いや、……ありがとな」

 

その言葉に、フレアはわずかに目を見開き、やがて肩をすくめた。

 

『……ほんと、不思議な奴だな。お前は』

 

「よく言われる」

 

風がまた吹いた。

 

レイカとシルヴィアが少し離れた場所から見守っている。

レイカは優しく微笑み、シルヴィアはどこか尊敬の眼差しでエボルとフレアを見つめていた。

 

『……じゃ、そろそろ戻るよ』

 

フレアはゆっくりと立ち上がる。

 

『カズキ(トレーナー)に心配かけちまうしな。次に抜け出したら本当に怒られそうだ』

 

「今度はちゃんと許可取ってから来いよ」

 

『わかってる。……またな、エボル』

 

「ああ。今度は“お前の進化のその先”、見せてみろ」

 

フレアは少しだけ頷き、元の場所へと戻って行った。

 

──

 

あとに残ったのは、夜風と、少しの余熱だけ。

 

「……自分が戦いたいって思ってくれた相手がポケモンだなんてな」

 

『それだけご主人様が“異端”ってことよ』

 

レイカが肩を寄せてきて、にこりと笑う。

 

『でも、アタシはそれが誇らしい』

 

「……お前ら、呆れてないか?」

 

『なにを今さら。好きでついてきてるんだから』

 

『アタシもだよ! それに──ああいう戦い、すっごく胸が熱くなった!』

 

少しだけ笑いが漏れる。

 

「……そうか。なら、しばらくはこのまま続けてみるか」

 

そして俺たちは、またゆっくりと宿屋の中へ戻っていった。

 

新たな旅路と、まだ見ぬ再戦の日を──心の奥に燃やしながら。

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