朝、起きて街中にあるベンチで休んでいると、ふいに賑やかだったポケモン用の簡易ステージからざわめきが起きた。
「え!?イーブイがいない!?」
観客の一人がそう叫ぶと、先ほどまで踊っていたエーフィとシャワーズが舞台袖から飛び出してきた。
『妹が……いなくなったの!』『さっきまで一緒にいたのに……!』
町のスタッフに詰め寄る二匹。演奏を担当していた係の男性も慌てて状況を説明する。
「本当にすみません、さっきまでちゃんと控室にいたんです。目を離したのはほんの数分なんですが……気付いたら、姿が見えなくて……」
『これは……ただの迷子じゃない可能性もあるわね』
レイカが険しい表情で俺を見る。
『ご主人様、探してあげましょう』
「……はぁ。面倒だな」
エボルは少し眉をひそめたが、そこへシルヴィアが口を挟んだ。
『でも、この間みたいにポケモンを攫う人間だったらどうするの?今度は、もっと酷いことされるかもしれない』
エボルは少し黙り込み、それから重々しく息を吐いた。
「……分かった。探すか」
ベンチから立ち上がったエボルは、周囲を見渡しながら人々に声をかける。
「すみません、この町で空を飛べるポケモンを連れてる方、いませんか」
しばらくして、一人の青年が手を挙げて歩み寄ってきた。
「よかったら、俺のリザードンを使ってください」
青年が笑顔でポケモンボールを掲げると、そこから翼を広げたリザードンが姿を現す。
「助かる」
エボルはリザードンの背に乗り、空へと舞い上がった。
『おおっ……空から探すなんて、効率いいじゃない!』
上空から町を見下ろすと、人混みの中で不自然な動きをしている影が一つ、町の隅で蠢いているのが見えた。
「……あれか」
エボルは迷わずリザードンの背から飛び降りた。
『えっ⋯⋯』
リザードンはポカンと口を開けてその様子を見送る。
そのまま屋根を蹴って落下の衝撃を殺し、エボルは素早くその影へと接近した。
「おい、何をそんなに急いでんだ」
驚いたように振り向いたその男は、大きな袋を背負っていた。
「……な、なんだお前は……!」
その袋の中から、小さな鳴き声が漏れた。
『……ヴイ……!』
「その袋の中のポケモン、どうする気だ」
男は一瞬黙ったが、すぐにニヤリと口元を歪めた。
「進化ポケモンは金になるんだよ。特にブイズ系はな。大事に育てられてたなら、なおさら高く売れる」
その瞬間、エボルの瞳から冷気が走った。
「……言ってくれたな」
男が逃げ出す前に、エボルは一気に間合いを詰め、鳩尾に鋭く蹴りを叩き込む。
「ぐっ……あぁぁ!!」
男は袋ごと地面に倒れ込み、動かなくなった。
エボルは慎重に袋を開け、中から震えていたイーブイを抱き上げる。
『ヴイ……!』
「怖かったな、もう大丈夫だ。」
イーブイは涙を滲ませながら、エボルの腕の中で小さく体を寄せた。
エボルがイーブイを抱えて戻ると、ステージの裏では心配そうに待っていたエーフィとシャワーズがその姿を見つけ、駆け寄ってきた。
『イーブイ!』『無事だったの!?』
イーブイはエボルの腕の中から飛び降り、姉たちの元へ駆け寄って抱きつく。
『お姉ちゃんたち~!』
感動の再会に、観客やスタッフたちも自然と拍手を送った。
「よかった、本当によかった……」
「ありがとう、少年!本当に助かったよ!」
町の人々からも感謝の言葉が次々と寄せられる。
だがその中、イーブイがくるりと振り返り、エボルのもとに小走りで近づいてきた。
「……ん?」
不思議そうに眉を上げたその瞬間──イーブイはちょこんと飛び上がり、エボルの頬に優しくキスをした。
『ありがとう、お兄ちゃん!』
観衆からどっと歓声が上がる中、エーフィとシャワーズがさっと前に立ち塞がる。
『だめよ!』『妹は渡さないからね!』
「……何をそんな必死になってんだ、お前ら」
エボルが呆れたように言うと、二匹はピクリと肩を震わせた。
『な、なんでもないわよ!』『そうよ、ちょっと目を離すとすぐ懐かれるんだから……』
レイカとシルヴィアは笑いをこらえながらその様子を見ていた。
『あはは……ご主人様、モテモテね』
『やっぱり強くて優しいのは魅力的なのね~』
エボルは小さくため息をついた。
「……次行くぞ」
だが、感動の余韻はそれだけでは終わらなかった。
イーブイが再びくるりと振り返り、エボルの方へ駆け寄る。
『あのね、お兄ちゃん……』
小さな体でエボルの足元にちょこんと立ち、次の瞬間、飛び上がって再び頬にキスを落とした。
『ありがとう、大好きっ!』
観客の中から再び歓声があがり、笑いと拍手が広がった。
だが、その直後──エーフィとシャワーズが鋭い反応を見せて、再度、エボルの前に立ちふさがった。
『だめよイーブイ!!』『妹はやらないからね!』
エボルは片眉を上げ、呆れたようにため息をついた。
「……だから何で必死になってんだか」
二匹は顔を赤くして、ぴくりと体を揺らす。
『な、なにが!?別に必死なんかじゃ……!』
『そ、そうよっ!ちょっと目を離したらすぐ…!まったくもう……!』
『でもでも、お姉ちゃんたち、お兄ちゃん、すっごく強くて優しいから、安心できたんだよ?』
イーブイが無邪気に言うと、姉たちは言葉に詰まった。
『そ、それは……う、うぅ……』
レイカが苦笑しながらエボルの横に並ぶ。
『ふふ、ご主人様、まさかのブイズ姉妹にモテ期到来かしらね』
『ほんと、ちょっと羨ましいくらい……』
シルヴィアも肩をすくめながら笑いを堪えている。
エボルは肩をすくめながら、視線を遠くへ向けた。
「……騒がしくなってきたな。そろそろ静かな場所へ移動するか」
イーブイがぴょんぴょんと跳ねてついてくる。
『じゃあ、またどこかで会える?』
エーフィが微笑んでうなずく。
『ええ、イーブイ、今度はもっとしっかり練習して一緒に踊りましょう』
シャワーズも寄り添いながら優しく撫でた。
『今度は私たちが守るからね』
そして──エボルたちは再び、旅路へと向かって歩き始めた。
その姿に町の人々も拍手を送りながら、温かい目で彼らの背中を見送っていた。
エボルは、まだほんの少し頬に残る感触を気にしながら歩き出す。
「……なんでキスされてんだ、俺」
『嬉しそうだったわよ、ご主人様』
レイカがからかうように言うと、シルヴィアも笑いながら寄ってくる。
『顔赤くなってたし~』
「うるさい」
だが、内心少しだけ悪くなかった。
それはきっと、誰かに必要とされる感覚が久しぶりだったから。
道の先に、穏やかで新しい出会いが待っているかもしれない。