町の広場から少し離れた道を歩いていた俺たちは、午前の特訓の疲れも癒えた頃、ふと耳に心地良い旋律が届いてきた。
「……音楽か?」
『ねぇ、ご主人様、これって……』
レイカが振り返り、少し首を傾げた。
「……あの時のステージかもな」
歩みを向けてみると、案の定。
あの簡易ステージが再び賑わっていた。
ブースには色とりどりの装飾。
その中央──小さなポケモン、イーブイがくるくると舞っていた。
エーフィとシャワーズもステージの端で伴奏のような役目を果たしている。
『あっ!あれ、イーブイたちじゃない!?』
『ほんとだ!元気そうでよかった〜!』
俺が立ち止まると、ちょうど視線が合った。
イーブイが瞬時に俺たちの存在に気づき、目を輝かせてステージを飛び降りてきた。
『お兄ちゃんっ!また会えたぁ!!』
跳ねるように俺の足元へ駆け寄り、前足で俺の裾をちょいちょいと叩く。
『アタシ、本当に会いたかったんだよっ!』
「……おう、元気そうだな」
その瞬間──
『えっ?』
エーフィとシャワーズがぴたりと動きを止め、イーブイも固まった。
『え……お兄ちゃん、今……私の言葉、分かるの?』
俺は眉一つ動かさずに、人差し指を口元へ。
「シー……内緒だ」
その仕草を見たイーブイは、目を丸くしてから、くすっと笑った。
『……ふふ、なんだか秘密の共有って感じ!』
『ご主人様、言葉が通じることは話してなかったのね』
『そりゃそうよ、でもそれってすっごいことよ?』
俺は肩をすくめた。
「騒がれても面倒だからな。わざわざ言うことでもない」
そこへ、ステージ横から前に会ったスタッフの男性が近づいてきた。
「やっぱり君たちだ!来てくれて嬉しいよ!」
「たまたまだ」
「それでも構わないよ。今日はね、イーブイたちの“感謝の演目”なんだ。あのときのことを伝えたくて」
『アタシたち、あのとき助けてもらったお礼に、みんなの前で踊るって決めてたの!』
俺はレイカとシルヴィアを見た。
二匹とも目を輝かせてうなずいた。
『うん!見ていきましょう!』
『せっかくだし、応援しなきゃ!』
──
再びステージの中央へ戻ったイーブイたちは、音楽に合わせて軽やかに舞い始めた。
三匹のコンビネーションは以前よりも息が合っており、観客たちからも拍手が上がる。
俺たちは少し離れた位置からその光景を見つめていた。
静かな風に、音楽と笑顔が混じり合う。
この町で起きた小さな事件が、今こうして幸せな記憶へと変わっていく──
そんな瞬間だった。
──
演目が終わると、イーブイたちはステージから降りてきて、俺たちのもとへまっすぐ駆け寄ってきた。
『見てくれた?どうだった?』
『キレがあって素晴らしかったわ!』
『アタシ、何度も回って疲れちゃったけど……楽しかった!』
「……上出来だった」
俺が簡潔にそう言うと、イーブイは嬉しそうに目を細めた。
そのあと、スタッフに勧められ、通りの端の屋台で軽く休憩することにした。
甘いフルーツスカッシュと串団子が出され、俺たちは日陰のベンチに腰をかけた。
『ふう〜、頑張ったあとの団子は格別!』
『このスカッシュ、きのみの果汁がすごく爽やかで……!』
俺は黙って団子を口に運びながら、時折周囲を確認していた。
旅立つ前の町の静けさ。にぎわいはまだ残っているが、心の中は不思議と落ち着いていた。
『ねぇ……もうすぐ行っちゃうの?』
イーブイが寂しそうに問いかけてきた。
「ああ。俺たちにはまだ、やることがある」
エーフィとシャワーズが、イーブイの横に並び、背中にそっと前足を添える。
『またきっと会えるよ』
『だから、泣かないで』
イーブイは、少し潤んだ瞳を上げて、ふっと微笑んだ。
『うん!アタシ、もう泣かない。だって……お兄ちゃんとの秘密があるもん!』
そう言って、イーブイは手にしていた小さな赤いリボンを外し、俺の手に握らせた。
『お守りね!旅の無事を願ってるの!』
「……受け取っておくよ」
俺たちはベンチを離れ、通りを歩き出す。
レイカとシルヴィアが、それぞれイーブイたちに笑顔で手を振っていた。
『またね〜!』
『今度はアタシたちが踊る番かしら?』
イーブイたちはしばらく手を振り続け、やがて姿が小さくなっていった。
「……行くか」
俺はポケットに、あのリボンのお守りをそっとしまい、顔を上げる。
旅はまだ続く。
けれど確かに、今日という日は──心に残る一日だった。