偽りの兎座   作:コユルギミカン

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ミアレに導かれて

 ミアレシティ──カロス地方の中心に位置する大都市にして、カロスの文化や芸術、科学の中心地として多くの人間やポケモンたちがそこに暮らしている。

 

 そして今、とうとう私はその町に足を踏み入れたのだ。この町に潜むであろう母の……ユニオンの『家族たち』の(かたき)を探し出し……復讐(ふくしゅう)()たすために……

 

 数時間前──

 

 私とモルは、ミアレシティから数キロメートル離れた、町はずれの洞穴(ほらあな)にいた。

 

 外はしきらに小雨(こさめ)が降っていたため、私たちは岩壁(がんぺき)穿(うが)たれたその小さな洞穴で雨宿(あまやど)りをしていたのだ。

 

 他の野生ポケモンに突然襲われるリスクを考慮(こうりょ)して、私は『ミミロップ』の姿になっていた。

 

「えぇっ!? 今、なんて言ったの!? ユイおねーちゃん!?」

 

 モルの驚く声が私の鼓膜を震わせた。

 

「……いいわ……もう一度だけ言うから、よく聞いておいてね……」

 

 彼が驚くのも無理はない……か、と私は心の中で呟きながら、落ち着いた声で答えた。

 

「……私はこれから、敵に気づかれないようにミミロルの姿になって1匹でミアレシティに入って、情報を集めてくるわ。だから、モルにはここで待っていてほしいの……わかった?」

 

 すると、モルは少しの間、あんぐりと口を開け、慌てて私に詰め寄った。

 

「ど……どうしてなの!? なんで、ユイおねーちゃん1匹だけで行くのさ! だって、『(かたき)』はミアレシティに(ひそ)んでいるんでしょ!? 1匹じゃ危ないよ!! 行くなら、ボクも……!」

 

「聞いて……モル」

 

 あたふたするモルを制止(せいし)するように、私は静かに口を挟んだ。

 

「本当は、私もあなたを連れて行きたいわ……けれど、それはダメなの……」

 

「な……なんで……?」

 

 泣き出しそうなモルを説得するために、私は右手の指を2本突き立てて説明を始めた。

 

「理由は2つあるわ。1つ目の理由は、あなたと私が一緒に行動すると、『目立ってしまう』からよ……」

 

「……??」

 

 私の言っていることの真意(しんい)が全く理解できないといった様子で、モルが液体状の体を傾ける。私はそのまま説明を続けた。

 

「……聞くところによると、ミアレシティはとても大きな町で、色々な人間やポケモンが行き交っているらしいわ。そんな場所に、ミミロップ……いえ、『ミミロル』とメタモンという珍しい組み合わせのポケモンが一緒に行動なんてしていたら、悪目立(わるめだ)ちして(みな)からの注目を浴びてしまうかもしれない……最悪の場合、悪い人間やポケモンに見つかって大変な目に遭うかもしれないの。もし、そうなったらとてもじゃないけど仇討(かたきう)ちどころじゃないわ。それに──」

 

「…………?」

 

 息を()んで私の説明に聞き入るモルに、チラッと一瞥(いちべつ)してから再度(さいど)続ける。

 

「それに、私1匹だけだったら万が一トラブルに()っても何とか逃げ切れる自信があるけど、もしそうなったら、モル……あなたのことまで(かば)ってあげる余裕なんて、悪いけど『ミミロル』の私には……ないのよ……」

 

 説明が終わると、モルは少し考えるような素振りを見せ、体を縦に震わせた。

 

「うん……おねーちゃんの言いたいことはわかったよ……それで、もう1つの理由って?」

 

 モルからの問いかけを聞いた私は、それまで固くしていた表情を(くず)して微笑(ほほえ)みながら和らげた。

 

「それはね……あなたが私にとって、大切な『切り札』だからよ、モル」

 

「……えっ? ……」

 

 驚きと混乱のあまり、リアクションすら取れないようでいる軟体の上部に、私は優しく左手を添えて、それを()で始めた。

 

「……もし……ね、私とあなたが敵の手にかかって2匹とも(たお)れてしまったら、私の宿願(しゅくがん)は永遠に果たされることはない……そうなってしまったら、最悪の結末なの……でも……もし、私が(たお)れることになろうとも、あなたが生き残ってくれたなら、私の願いを叶えてくれるかもしれない。それに、あなたの力は私の目的を果たすために絶対に必要なの……だから……」

 

 その時、モルの大きな声が割って入った。

 

「ちょ……ちょっと待ってよっ!! ボクだけ生き残っても、おねーちゃんがいないと……ボクは……っ!!」

 

「大丈夫……」

 

「!? っ……お、おねーちゃん?」

 

 不安の叫びをこだまさせるモルの身体を、私は包み込むようにして抱きしめていたのだ。そして、彼の心を落ち着かせるために私は言葉を(つむ)ぎ出した。

 

「この2年間、私たちは何のために多くのポケモンと戦い続けてきたと思う? 『敵』を確実に仕留(しと)めるために強くなるため? いいえ、それだけじゃないわ……それだけなら、私1匹だけ強くなればよかったの……モル、あなたにも戦って強くなってもらったのは、もし私が道半(みちなか)ばで(たお)れたとしても、あなたが私の想いを引き継いで、私の『願い』を叶えられるようにしてほしかったからなのよ。だから、モル……もしも……もしも私がミアレシティから帰ってこなかったときは……その時は……」

 

「……わかったよ、おねーちゃん。ボク、ここでおねーちゃんが帰るのを待ってるよ。でも、その前に1つだけ言わせて……」

 

 決意に満ちた声と表情で、モルが答えた。私は微笑みながら首を少し傾げた。

 

「……? なぁに?」

 

「……おねーちゃんは、必ず帰ってこれるさ。だって、おねーちゃんは『最強の』ミミロップだもん……!」

 

 その言葉に込められたモルの想いを()()めながら、私は降りしきる(しずく)()むまでモルに寄り添い続けた。

 

 雨が上がると、私は『紋章』の力を解除し、ミミロルの姿へと戻った。

 

 そして、モルに一時(いっとき)の別れを告げ、ミアレシティへと1匹で向かっていった。

 

 町に近づくほど、かの地から強烈なプレッシャーと禍々(まがまが)しいオーラをひしひしと感じられるようになっていった。

 

 あの街のどこかに……いるんだ。

 

 私の目的……(すなわ)ち『復讐(ふくしゅう)』を果たすための運命の存在……つまり『みんな』の仇敵(かたき)が……!! 

 

 そんなことを考えながら一心不乱(いっしんふらん)に歩を進めていると、いつのまにか私はとうとう()の地……ミアレシティに足を踏み入れていたのであった。

 

「こ……ここが……ミアレシティ……すごい……」

 

 それはまさに、私にとって圧巻(あっかん)の光景だった。

 

 円状(えんじょう)の町並みには(きら)びやかなオフィスビルや博物館、マンションなどが立ち並び、町の東西南北を縦断(じゅうだん)する大通りには数えきれないほどの人間やポケモンたちが往来(おうらい)していた。

 

 そして、その中でも特に目を引いたのは町の中央に(そび)え立つ、何とも豪華絢爛(ごうかけんらん)な超巨大な高層タワーであった。

 

 私はこれまで、ミアレシティを除く町々を訪れることはあったが、ここまで賑わい、輝いているように感じる場所を見たことはなかった。

 

 私は本来の目的から頭が離れて、まるで人間でいうところの観光客か何かのようにキョロキョロとその巨大な町を見渡しながらフラフラと歩いてしまっていた。

 

 ……ゴツン! 

 

 突然、私の頭部に物理的な衝撃が走った。

 

「……キャッ!!」

 

 余所見(よそみ)をして歩いていた私は、とうとう前方の何かに頭をぶつけてしまったようだった。

 

 私は思わず目を(つぶ)って小さな悲鳴を上げ、反射的に尻餅(しりもち)をついてしまった。

 

 ……サバイバルに慣れている普段の自分なら、絶対にこんなことにならないのに……おそるべしミアレシティ……と心の中で呟きながら、私はゆっくりと地面に向かって目を開け、自らを嘲笑(ちょうしょう)するかのような笑みを浮かべた。

 

「……おい、大丈夫か? ダメだろ、ちゃんと前を見て歩かなきゃ……」

 

 前方から、ポケモンの声が聞こえてきた。

 

 どうやら、私はこの声の主のポケモンとぶつかってしまったらしい。

 

 私は尻餅をついた体勢で地面に座りつつ、顔を上げてその声の主に向けた謝罪の言葉を口にし始めた。

 

 

「……うん、ごめんなさい……つい、うっか……り……え……?」

 

 

 そして、私は思わずそこで言葉を止めてしまった。

 

 

 すかさず、両手で目をゴシゴシと(こす)り、そのポケモンの姿を再確認する。

 

 

 まさか、そんなはずは……そんなはずはっ!! 

 

 

 彼は、稲光(いなびかり)の如き黄色い体毛に身を包み、その四肢(しし)には黒い稲妻(いなずま)(ごと)紋様(もんよう)が刻まれていた。

 

 

 そして、その顔には(とどろ)迅雷(じんらい)を表すかのようなヒゲとトサカが生えていた。

 

 

 私は、そのポケモンをよく知っていた。

 

 

 ──じんらいポケモン──ゼラオラ──

 

 

 かつて(あこが)れ、愛慕(あいぼ)していた存在だからだ。

 

 

「ゼ……ロ……おに……い……ちゃん……っ!」

 

 

 その瞬間、私の目から涙が(あふ)れ出しそうになってしまうが、ふと(われ)に返って思考を(めぐ)らせた。

 

 ──果たして彼は、本当に私が知っている『ゼロお兄ちゃん』なのか? 

 

 ──もしかしたら、『彼』とは全く違う別個体の『ゼラオラ』ではないのか? 

 

 ──そもそも、目の前のゼラオラが本当に『お兄ちゃん』であるならば、あの惨劇を生き抜いた『今』の私の姿を見て、反応が薄いままなのはおかしいのではないか? 

 

 しかし、私のその疑念は、彼の次の行動によって吹き飛ばされることとなる。

 

「ほら、立てるか? ケガとかしてないか?」

 

 そう言って、座り込む私に差し出された右手。

 

 その(てのひら)の肉球には、小さな傷痕(きずあと)が無数に刻み込まれているのが見えた。

 

 それこそが、彼が他でもない『ゼロお兄ちゃん』である決定的な証拠だった──

 

 

 

「うぇぇぇぇん!!」

 

 ユニオンにいた最初の頃は、私はよく泣いていたものだ。

 

 母は……なんというか……まあ……『元気』すぎるポケモンだったが故、私を置いてどこかに出かけていくことが多かった。

 

 産まれたばかりの頃からユニオンに身を寄せていた私にとっては、母がそばにいないときの寂しさと孤独感は(はか)り知れないものであったと思う。

 

 そんな私を優しく支えてくれたのが、ゼロお兄ちゃん……『ゼロにぃ』だったのだ。

 

「……ったく……リンの奴、またユイを置いて勝手にどこかに行きやがって……あれでも母親かよ、本当に……」

 

 言葉の厳しさとは反して、私のそばに寄ってきたゼロにぃは、しゃがみこんで泣きじゃくる私の頭を優しく撫でてくれた。

 

「ひっく……ひっく……おにいちゃん、ママはどこ? こわいよぉ……さびしいよぉ……」

 

「ユイ……大丈夫だ。怖がったり寂しがったりすることはないさ。俺がそばにいてやるから……ほら、これでも触って落ち着いてくれよ……な?」

 

 そう言うと、ゼロにぃは右手の(てのひら)を私の前に差し出した。そこには、水色に(いろど)られた丸い円形の肉球が付いていた。

 

「わぁ……! うん……おにいちゃんのぷにぷに、だいすき!」

 

 そうして、私はゼロにぃの肉球を思う存分に(いじ)り遊んだものだった。

 

 触ったり、(つま)んだり、()いたり、噛んだり……今思えば、私は彼の肉球を使ってやりたい放題に遊んでいたものだ。

 

 きっと、ゼロにぃは自分の肉球がそのように(いじ)られることで、くすぐったさや痛みも感じていたことであろうに。

 

 しかし、彼はそういった感情や素振(そぶ)りは一切見せることなく、ただ優しく微笑みながら私を見守っていたのだ。

 

 私は、そんなお兄ちゃんの優しさと思いやり、そして母にも負けない彼の強さに()れ、そしていつか自分も彼のような立派なポケモンになりたいと(ひそ)かな憧憬(しょうけい)を抱いていたのだ。

 

 

 

 目の前に差し出された『ゼラオラ』の肉球を見て、ふとそんな回想を挟んだ刹那(せつな)の後、私は再び声を上げた。

 

 

「そのキズ……まちがいない……ゼロおにいちゃんっ……!! いきていたのねっ!! わたし……わたしっ……!!」 

 

 

 (あふ)れ出す感情とともに目に涙を()めて跳び出そうとした私に向かって、彼が放った言葉は、しかし、無情(むじょう)なものであった。

 

 

「……えっ? ……ゼロ? それは……俺の名前のことか?」

 

 

 その返答は私に衝撃を走らせた。

 

 

 もしかしたら、ゼロにぃは久しぶりに会えた私のことを揶揄(からか)っているんだ。

 

 

 きっとそうに違いない。

 

 

 そう一縷(いちる)の希望を胸に、諦めずに口を開いた。

 

 

「や……やめてよ、おにいちゃん……わたしだよ、ユイだよ! ほら、ユニオンの! おぼえているでしょ……ゼロおにいちゃん!!」

 

 

 しかし、彼の口から出てきたのは……

 

 

「あぁ……昔の俺のことを知っているのか、(きみ)は。すまない……俺は覚えていないんだ……2年以上前の記憶を……」

 

 

 再びの衝撃、そして絶望。

 

 

 私は自らの運命を2年ぶりに深く呪った。

 

 

 かつて、私が愛慕(あいぼ)し尊敬していた『(ゼロにぃ)』は生きていた……

 

 ユニオン以前の『記憶』を全て失って……なんという……なんということだ……

 

「……う……ウソ……そんな……そんなことって!! なにも……なにもおぼえていないの!? ママのことや……『みんな』のこと……()()()のことも……!?」

 

 私は希望から絶望へとその色味(いろみ)を変えた涙を(あふ)れさせながら、必死に目の前の『ゼラオラ(ゼロにぃ)』へ(わめ)き立てた。

 

 しかし、彼の口から返ってきたのはただ一言だけ……

 

「……本当に……すまない……」

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになった気分だった。

 

 それはもはや、その時の私にとって復讐のことなどどうでもよいとすら思えてしまうほどだった。

 

 どれほど、神は ……運命は私を追い詰めれば気が済むのだろう。

 

 徹底的に精神を追い詰められた私は、ただただ言葉を失うしかなかった。

 

「もう、ゼラオラってば! 急に立ち止まってどうしたの……」

 

 不意に、ゼロにぃの背後から甲高(かんだか)い声が、絶望に沈む私の鼓膜を震わせた。

 

 この声は……人間の若い女性の声だ……

 

「……って、ちょっと! 何してるのよ! こんなに可愛いポケモンを泣かせちゃって! もう、最低!!」

 

 若々(わかわか)しいその声は何を勘違いしたのか、ゼロにぃへ不条理(ふじょうり)な非難の声を浴びせた。

 

 それを聞いたゼロにぃが、慌てた様子で声の元へと振り返る。

 

「い……いやいや、待てって! 違うんだ! 歩いていたら、偶然この()がぶつかっちゃって、それで……!」

 

「この()に及んで、言い訳とは……やれやれ、全く(みじ)めでどうしようもありませんね」

 

 今度は、別のポケモンの声がゼロにぃが向いた先から聞こえてきた。

 

「なんだとぉ……おい! ニャオニクス! お前、俺に喧嘩(けんか)売ってるのか!?」

 

 私はゼロにぃの背後からおそるおそる様子を伺った。

 

 そこには、1人の人間の女性と、1匹のポケモンの姿が見えた。

 

 女性の方は、ゼロにぃの影に隠れてよく見えなかったが、ポケモンの方ははっきりと見ることができた。

 

 おそらく、背丈(せたけ)は私よりも20〜30cmほど高いだろう、その身体は紺色と白色に彩られていて、そこから生えた尻尾は二又(ふたまた)に分かれているようだった。

 

『ニャオニクス』と呼ばれたそのポケモンは、フン、と鼻を鳴らしながら胸を張って立っていた。

 

「おや? 明確に否定しないということは暗に言い訳だと認めるんですか? 本当に、あなたというポケモンは……」

 

「お……お前なぁ……!」

 

「はいはい! そこまで! ストップ! スト〜ップ!!」

 

 危うく一触即発(いっしょくそくはつ)になりかけたポケモンたちを、人間の女性が(あいだ)に割って入って場を収めた。

 

「もう、いい加減仲良くしてよね! ゼラオラ! ニャオニクス!」

 

 女性に(とが)められた2匹のポケモンはばつが悪そうな表情を浮かべながら、プイッとお互いの顔を(そむ)けた。

 

 そして、その女性はゼロにぃの後ろに隠れるようにして(たたず)む私の方へと近づいてきた。

 

 彼女は私の目前に立つと、しゃがみ込んで柔らかな口調で私へと話しかけ始めた。

 

 その時、初めて私はその女性の容姿をはっきりと確認することができた。

 

 彼女の体は褐色(かっしょく)の肌をしており、ボサボサに乱した黒髪が特徴的だった。

 

 カーディガンとチノパンを身につけたその見た目からすると、人間でいうと成人手前ぐらいの年齢だろうか。

 

「あ……ごめんね〜、あたしの連れのポケモンが迷惑かけちゃって……転んじゃったのかな? 怪我(けが)とかない?」

 

 思わず呆気(あっけ)に取られていた私は、急いで返事をする。

 

「う……ううん……へいき……わたしはだいじょうぶ……って……」

 

 そこで私は、この人間の女性に何を話しても、どうせポケモンの言葉が通じることはないのだから、それは意味のない行為だということに気づいた。

 

 しかし、次に彼女の口から出たのは、全くの予想外の言葉だった。

 

「そっか……よかったぁ〜! 無事で何よりだね!」

 

 ……もしかして今、彼女は私の言葉を聞き取ったのか!? 

 

 ……いや、そんなことがあるわけがない。人間が私の言葉を聞き取れるはずが……

 

 そう思った私は、その女性に向かって試しに今度はこちらから声をかける。

 

「ね……ねぇ、『おねーちゃん』……いま、もしかしてわたしのことばが……」

 

 すると、彼女は少し(うなず)きながら返事をした。

 

「うん……わかるよ。あなたたちポケモンが何を話しているのか、全部、ね!」

 

 今度は驚嘆(きょうたん)の感情が私の心を覆い込んだ。まさか、本当にポケモンの言葉を理解できる人間がいようとは……! 

 

 

 

 この世界では、人間たちにはポケモンの言葉は通じず(ただし、一部の特別なポケモンを除いては……だが)その逆、つまりポケモンたちは人間の言葉を理解することができる、というのが一般的な常識──原理原則である。

 

 なぜ、そのような原理原則が成り立っているか、それは定かにはなっていない。

 

 一説によれば、創世の時代には人間とポケモンは言葉が通じ合っていたが、争いの歴史が刻まれ、人間とポケモンの間に主従関係のようなものができる頃には、戦乱のために主人たる人間はポケモンの言葉を理解する必要がなく、従者たるポケモンは人間の言葉を理解する必要があったため、そのような(へだ)たりというものが築かれたと考えられている。

 

 私がこれまでに出会い、対峙(たいじ)してきた人間たちも、事実、(みな)ポケモンの言葉を完全には理解せず、代わりにその『鳴き声』の声色や仕草などでポケモンの感情や思考を理解していたようだった。

 

 つまり、目の前でミミロルの私に微笑みかけているこの女性は、『ただの』人間ではないということになるのだ。 

 

 そして、先ほどの様子から察するに、記憶を失った今のゼロにぃの『主人(マスター)』は……おそらく……彼女なのであろう……

 

 

 

「お……おねーちゃんは……いったい……? あっ……」

 

 グゥ〜……

 

 私がその女性に問い(ただ)そうとしたその時、不意に私の腹の虫が盛大に鳴った。

 

 考えてみれば、今朝から何も食べていなかったので、限界だったのだろう、空腹が……

 

「……フフッ。お腹が空いちゃったのね、あなた。見たところ、この辺のポケモンじゃないみたいだけど……もしかしてトレーナーや仲間と、はぐれちゃったのかな?」

 

 彼女はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。

 

「あ……いや……わたしは……」

 

 慌てて否定しようとするが、彼女の台詞の方が一足早かった。

 

「よかったら、ウチによっていかない? 何か食べさせてあげるよ! ね、ゼラオラ、ニャオニクス?」

 

 そう言って、彼女は(かたわ)らに立つ2匹のポケモン を交互に見渡した。

 

「……あぁ、そうだな。俺も、この()に聞きたいことがあるからな……」

 

 ゼロにぃはこちらをチラリと一瞥しながら答えた。

 

「……やれやれ……仕方ないですね……」

 

 一方、ニャオニクスと呼ばれたポケモンは、フゥッ……と溜息(ためいき)()きながら渋々(しぶしぶ)とした表情で答えた。

 

「よしっ! 決まりね! じゃあ、早速『ハウス』にレッツゴ〜!!」

 

 そう言いながら、(きびす)を返そうとする女性に、私は声を振り絞って問いかけた。

 

「ね……ねぇ! あなたは……あなたはだれなの!?」

 

 私の声を聞いた彼女はゆっくりと振り向き……

 

「あ……そっかそっか、まだ自己紹介をしてなかったよね!」

 

 そして元気な声で……

 

 

「あたしは……あたしの名前は『()()()()()』……よろしくね!!」

 

 

 マチエール……ミアレシティでのこの女性との出逢いが、私の運命の歯車を大きく動かすことになろうとは、この時の私には知る由もなかった……





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