偽りの兎座   作:コユルギミカン

12 / 19




眩い宝石

 ミアレシティの大通りを()()雑踏(ざっとう)(まぎ)れて、私は小さな足を目一杯(めいっぱい)動かしながら、マチエールたちの後を()いていった。

 

 どうやら彼女たちは、他愛(たわい)もない会話を(たしな)んでいたようだったが、その時の私の意識はマチエールの隣で堂々たる歩みを進める『お兄ちゃん(ゼロにぃ)』にしか向いていなかった。

 

 なぜ、彼はすべてを忘れてしまったのか……どうすれば、彼の記憶を取り戻せるのか……そもそも彼は……漠然(ばくぜん)とした不安と、彼が生きていたというほんの(わず)かな喜びを噛み締め、私は必死に足を動かしながら、ゼロにぃの背中をただじっと見上げ続けていた。

 

「よし……着いたよ〜!」

 

 しばらく歩いた後、弾むように朗らかな声が前方から聞こえてきた。そこは、街の大通りから外れた路地に面した建物だった。

 

「着いた着いた〜」

 

「ふぅ、ようやく休めますね」

 

 と、マチエールに続きゼロにぃとニャオニクスが建物の中へと入っていった。

 

 私は、意を決して彼らの後に続いてその建物に突入した。

 

 建物の内装は、全くもってシンプルなものだった。入口近くには、来客用のものと思われるテーブルとソファ。

 

 部屋の中央付近には、整然と(そび)えるデスク。

 

 そして、部屋のそれぞれの両隅にはキッチンや冷蔵庫、本棚が並べられていた。

 

 私にとって、このような人間の居住スペースは生まれて初めて目にするものだったため、目を丸くしてその光景を見回していた。

 

「ようこそ!」

 

 私に向けてと思われる、マチエールの声が不意に聞こえてきた。彼女の方を見ると、何だか誇らしげな表情を浮かべているのが見えた。

 

「『ハンサムハウス』へ!!」

 

 ハンサムハウス……おそらく、それがこの建物の名前なのだろう。

 

 しかし、『ハンサム』とは一体、何のことなのだろう? 

 

 興味と疑念に()かれて、マチエールに向かって口を開こうとした時、聞いたことのない声色が私の行動を(さえぎ)った。

 

「マチエール様! お帰りになられたのですわね! あら、そちらは……」

 

 部屋の奥から聞こえてきた、上品で気品(きひん)(あふ)れる声の主の方を見ると、そのポケモンは優雅(ゆうが)に振る舞い、そして優美(ゆうび)微笑(ほほえ)みを私に向けていた。

 

 彼女は、ため息が出るほど見事な輝きを(たた)える宝石をまるでティアラのように頭に()せていた。

 

 その美しさたるや、間違いなく私が今まで出会ったどのポケモンも圧倒するほどまでに、私の心を打った。

 

 私は呆気(あっけ)に取られて、文字通り目を丸くするほか()(すべ)がなかった。

 

「あ、ディア! 起きてたんだね! この(ポケモン)なんだけど、実は……」

 

 そう言うと、マチエールは『ディア』と呼ぶポケモンに向かって、私の状況を伝えた。そうしている間も、私はそのポケモンの美しさにただただ見惚(みと)れていた。

 

 

 マチエールの話を聞くうちに、ディアは同情的な眼差(まなざ)しを私の方に向けていた。

 

「あら……まぁ……そんなことが……」

 

「それで、とりあえずこの娘をここに連れてきたのよ」

 

 マチエールの説明が一通り終わると、ディアは私の近くまで近寄り、私の頭を優しく()でた。

 

「それはお可哀想(かわいそう)に……この(たび)は、ゼラオラ様がご迷惑をおかけし、申し訳ございませんわ。どうか、彼を()めないであげてくださいませ。彼は常日頃(つねひごろ)から、少々気遣(きづかい)いに()ける気質(きしつ)がある(ゆえ)……」

 

 ディアがそう言うと、マチエールの(そば)で様子を見守っていたゼロにぃが、バツの悪そうな表情を浮かべて何か言い返そうとしたが、ディアの柔らかい口調がそれを遮った。

 

「……あら、いけない。そんなことよりも、自己紹介がまだでしたわね。はじめまして、わたくしの名は……」

 

 そう言いながら、ディアという名のポケモンはまるでドレスのような胴体に両手を添えながら、軽く頭を下げてみせた。

 

 その所作(しょさ)は、まるでどこかの国の王女様に謁見(えっけん)しているかの(ごと)く、上品で可憐(かれん)なものであった。

 

 そして、彼女は名乗る。

 

「ディアンシーと申します。皆様からは『ディア』と呼ばれておりますわ」

 

 彼女の言葉が私の鼓膜を震わせても、私はしばらく動けなかった。

 

 ……完全に負けた

 

 ……美しすぎる

 

 ……彼女は格が違いすぎる

 

 ……たとえ、ここでいきなり私が『進化』してどっちの方が格上か挑んでも、全く(かな)う気がしない

 

 ……私はその時、今までに感じたことのない謎の敗北感を味わっていたのだ。

 

 刹那(せつな)の後、私は自身の動揺を(おお)い隠すように慌てて言葉を振り絞った。

 

「あっ……! えっ……と! は……はじめまして! ディア……さん! わ……わたしは、ユイっていいます! よ……よろしく……です!」

 

 ディアに負けないようにキュートに自己紹介をして、彼女に立ち向かってみせようとした私だったが、結果は燦々(さんさん)たるものだった。

 

 私は恥ずかしさのあまり、顔を火照(ほて)らせ耳を限界まで丸めていた。

 

 そんな私の内心を知ってか知らずか、ディアはさらに攻勢(こうせい)を強めてきた。

 

「まぁ……♡何てキュートなお嬢様なのでしょう。ウフッ……♡まるでお人形さんみたいですわ」

 

 その甘く透き通ったようなセリフは、私を卒倒(そっとう)寸前(すんぜん)まで追い込んだ。

 

 ……ダメだ、これ以上彼女と話していては、悔しさと(まぶ)しさでどうにかなってしまう! ……

 

 そんな絶体絶命の私を救い出してくれたのは、お兄ちゃんだった。

 

「おい、ディア。悪かったな、気遣いのできないポケモンでよ」

 

 ゼロにぃはディアのすぐ隣に来ると、不機嫌そうな声で話しかけた。

 

 少し離れた場所で、ニャオニクスが必死に笑いを(こら)えているのが目に入った。

 

 すると、ディアはゼロにぃに微笑(ほほえ)みながら答えてみせた。

 

「あら……お気にされていたのですね。それは失礼いたしましたわ。でも、そんなところもゼラオラ様らしくて素敵だと、わたくしは思いますわよ?」

 

「ハァ……そういうお前は、本当に口が達者(たっしゃ)だな」

 

 ため息混じりに言葉を返すゼロにぃを見て、私はふと疑問に思っていたことを2匹に聞いてみた。

 

「あの……ディアさんとゼロにぃ……ゼラオラにいちゃんは、どういうであいを……?」

 

 すると、ゼロにぃが(ほほ)をポリポリと爪で()きながら思い出すように答えた。

 

「あぁ……こいつとは、今から1年前に……な。色々あったんだよ」

 

 続けて、ディアが目を閉じて(なつ)かしむような表情で言葉を(つむ)いだ。

 

「えぇ……とある事情で、わたくしが悪漢(あっかん)に襲われていたところを、マチエール様とゼラオラ様に助けていただいたのです。それから、私は彼らと共に暮らしているのですわ」

 

「へぇ……そうだったんだ……」

 

 今の会話から、私はいくつかの情報を得ることができた。

 

 ──まず、ゼロにぃとマチエールは、少なくとも1年前には出会っていたということ。

 

 ──ゼロにぃは昔のユニオン……ガーディアンにいた頃のように、ディアを助けるために勇敢に戦っていたこと。

 

 ──そして……そのディアンシーという非の打ち所がない完璧なポケモンと『私の』ゼロにぃが、1年の間親交を深めていたということ……

 

 最初は、ディアがユニオンの一件に関係しているのではないかと思ってカマをかけてみたが、それは違ったようだ。

 

 だが、それとは別に、私の中に何か別の感情が湧き出していることを感じ取った……私の知らないところで……私が大好きなゼロにぃと……

 

「ディアさん! ねぇ……『ディアねぇ』って呼んでいい?」

 

 不意(ふい)に湧き出してきたドス(ぐろ)い感情をひた隠すように、私は目一杯の作り笑いをしながら話しかけた。

 

「あらあら……もちろん、いいですわよ。では、わたくしも『ユイちゃん』と呼ばせてもらいますわね」

 

 一方のディアは、私とは裏腹(うらはら)に作り物ではない本物の輝きを(たた)える笑みで返してみせた。

 

 それが、私の(みじ)めさと嫉妬心(しっとしん)を余計に加速させていく。

 

「うん! いいよ! これから、よろしくね!」

 

(もしも、ゼロにぃに変なことをするようであれば、容赦なくこいつの顔面を蹴り飛ばしてやる!)

 

 ミミロルの姿から発するキュートな言葉とは裏腹に、ミミロップとして今すぐ『進化』して、とびひざげりをくらわせてやりたい衝動を何とか抑えながら、私はその場をやり過ごした。

 

 

 ウフフッ……と善と悪の微笑み合戦を繰り広げるディアと私を横目に、ゼロにぃが盛大なあくびを(さら)していたのを、私の目は見逃さなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。