偽りの兎座   作:コユルギミカン

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Esprit

 ──ガチャン、という音が聞こえたかと思えば、続けてキィィ、という音を立てて、私の目の前のドアは開け放たれた。

 

 私とマチエールは、「ハンサムハウス」の外階段を上り、建物の2階の入り口に来ていた。私を2階に案内してくると言い、マチエールは他のポケモンたちを1階の部屋に待機させていたのだ。

 

 マチエールは、ドアノブを左手で持ちドアを支えながら、()いた右手で手招(てまね)きして部屋に入るように私を(うなが)した。

 

 おそるおそる足を踏み入れると、私は思わず「わぁぁ……」と小さな声を上げてしまった。

 

 まるで事務所のような堅苦(かたくる)しさと息苦しさが感じられた1階と比べると、2階の部屋は真逆の雰囲気が感じられた。

 

 部屋の中は、室内の中央に置かれたソファを中心として至るところにポケモンのぬいぐるみが置かれており、部屋の(すみ)にはベッドやタンス、テレビといったものが置かれていた。

 

「す……すごい……」

 

 1階とは打って変わって、まるで子供部屋のようにポップに(いろど)られた2階の部屋を見て、私は無意識に感嘆(かんたん)の声を発した。

 

「1階は、『お仕事』をするための場所なんだけど、ここはポケモンの(みんな)と私の生活する部屋ってところなの。どう? 気に入ってくれた?」

 

 部屋をぐるりと見回す私の視界に入るかのように、マチエールが両手を背中に回してやや前傾(ぜんけい)姿勢になりながら言った。

 

「うん! とってもすてきなへやだとおもう!」

 

「でしょ〜!!」

 

 私の言葉を聞いて、マチエールは両手を腰に当てて誇らしげに言ってみせた。

 

「そういえば、マチエールおねーちゃん……」

 

 聞きそびれていたことを思い出して、私はマチエールに問いかけた。

 

「このたてもののなまえ……『ハンサムハウス』ってどういういみなの? それに、さっきいっていた「おしごと」って……?」

 

 すると、マチエールは(おもむろ)に写真が飾ってある棚まで歩いていき、そして一枚の額縁(がくぶち)に入れられた写真を取り出すと、私の前に差し出してみせた。

 

 それを(のぞ)き込むと、3人の人間がこの建物の入口前に並んでいる様子が見てとれた。3人のうち、中央に写っている少女は、おそらくマチエールだろう。

 

 満面の笑みを浮かべている。数年前ほどの写真なのか、その表情には幼さが感じ取られ、身長も今よりもだいぶ低めのようだ。

 

 その右隣には、茶色のコートに身を包んだ中年の男性が写っていた。キザっぽく、右手を(あご)に当ててポーズを決めているように見えた。

 

 マチエールの左隣には、マチエールと同じぐらいの年齢の少年が写っていた。隣に写る少女と比べるとやや大人っぽく、カメラに向かって優しく微笑んでいるのが印象的だ。

 

 写真を眺めていると、マチエールが写真の右側に写っている中年の男性を指差しながら言った。

 

「この人が、『ハンサム』おじちゃん。この『ハンサムハウス』の初代所長だった人」

 

 ふと、マチエールの顔を見ると、彼女はどこか懐かしむような穏やかな表情をしていた。そのまま、彼女が続ける。

 

「ハンサムおじちゃんは、国際警察の刑事さんで、『ハンサムハウス(ここ)』はね、そんな彼がミアレシティに築いた拠点だったの」

 

「そうだったんだ……その……ハンサムさん……はミアレシティでなにをしていたの?」

 

 すると、マチエールがゆっくりとした口調で語り始めた。

 

「彼はね、ミアレシティで『ある事件』を捜査していたのよ」

 

 その後、マチエールの口から語られたのは、ハンサムという男と、彼女の邂逅の物語だった。

 

 

 

「私ね……昔はストリートチルドレンだったの……家もない孤児だった私は、このミアレの路地裏でニャスパーと一緒に、細々と暮らしていたわ」

 

 その言葉を聞き、私はふと『ユニオン』にいたポケモンたちのことを思い出していた。

 

 そうか……ポケモンだけでなく、人間の中にもそういった境遇に置かれた存在がいるのか……と、改めて気付かされたのだ。

 

「……そんな時、彼……ハンサムおじちゃんに出会った。彼は、あるポケモントレーナーを連れて私の前に現れて、『ハンサムハウスに来て、私の助手(バディ)として働かないか?』って誘ってきたの。あの時はビックリしちゃったなぁ……」

 

 マチエールは懐かしそうにフフッと微笑みながら、手に取った写真を見ていた。

 

「そうして、私はこの『ハンサムハウス』の『助手(バディ)』として、ここで居候(いそうろう)することになったの。最初は、家族のように接してくれたおじちゃんと一緒に過ごすことができて、とても嬉しかったわ……でも、私はハンサムおじちゃんに頼ってばかりの自分が段々と嫌になってきて、おじちゃんの役に立ちたいって思いが大きくなっていった……そんなとき、私はとある『(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)』を見つけたの」

 

 そう言うと、彼女は手に取った写真を元の場所に戻して、部屋の隅に置かれたベッドの近くへと歩みながら続きを語った。

 

「その『(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)』は、特殊なスーツを着てただ『(⚫︎)(⚫︎)』だけっていう、簡単なお仕事だったわ。でも……実はそれは、ある『(⚫︎)(⚫︎)』による実験だったの」

 

「ある……そしき……? ……じっけん?」

 

 ベッドの近くに佇みこちらに背を向けたまま語るマチエールに、私はおそるおそる問いかけた。彼女は、ゆっくりと重々しく答えた。

 

「『(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)』……それが、その組織の名前よ……」

 

『フレア団』……その名は、聞き覚えがあった。かつて、ユニオンに身を寄せていた頃、その組織についての話を耳にしたことがあったからだ。

 

 私が聞いたところでは、その組織はポケモンを無差別に捕獲して悪事を働く、悪い人間の集団ということだった。

 

 そして、ユニオンにもその組織の迫害から逃れてきたポケモンが何匹もいたという。

 

 今から3年前……ユニオンが襲われる1年前には、フレア団はとある事件により壊滅したという話も、ユニオンにいた頃に聞いたことがあった。

 

「私が関わっていた『アルバイト』の正体は、そのフレア団の残党の人が開発していた特殊スーツ……この『イクスパンションスーツ』の実験だったのよ……」

 

 そう言うと、マチエールは突然、身につけていた上下の衣服をその場に脱ぎ始めた。

 

 すると、彼女の身体に黒光りする怪しげなスーツが(まと)わりついているのが目に入った。

 

 それまでに感じていた、生き生きとしたマチエールの印象からは程遠い、無機質なスーツに身を包んだ彼女に、私は呆気に取られざるを得なかった。

 

「……じゃあ……それが……」

 

「そう……これが、そのイクスパンションスーツよ……」

 

 私の(うつ)ろな問いかけに、マチエールは静かに答えた。

 

「このスーツはね……フレア団によって開発された、色々な機能が付いている便利で危険な代物なの……例えば、このスーツを着た人間の筋力を増強したり……光学迷彩によって、姿形を完全に隠したり……他人のモンスターボールをジャックして、ボールに入ったポケモンを強化して操れたり……」

 

 そこまで話すと、マチエールは何かをベッドの隣のスペースから取り出すと、こちらに向き直って一息ついた。そして、ゆっくりと口を開く。

 

「……(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)……ね……」

 

「……っ!!」

 

 よく見ると、マチエールが手にしているのはフルフェイスヘルメットのようだった。

 

 そして、それを頭に被り、彼女は顔を隠した。

 

 彼女が身につけたヘルメットのバイザーには、アルファベットの『E』の文字のようなものが浮かび上がっていた。

 

「……それじゃあ……おねーちゃんは……」

 

 私が口を開くと、ヘルメットを着けたマチエールは静かに首を縦に振った。

 

「そう……私があなたたちの言葉が理解できるのは、このスーツ……『イクスパンションスーツ』を着た(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)なの……このスーツ……正確にはヘルメットを被った時から、私はポケモンたちの言葉が理解できるようになったわ……」

 

「そう……だったんだ……」

 

 私はマチエールがポケモンの言葉を理解できるのは、彼女に生まれつき特殊な能力があるからだと思っていた。だが、それは違った。彼女の『(⚫︎)(⚫︎)』は、フレア団の実験により後天的に植え付けられたものだったのだ。

 

「フレア団の残党の人はね……」

 

 ヘルメットを着けたまま、マチエールが続ける。

 

「スーツを身につけたこの私のことを『(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)』と呼んでいたわ……」

 

「エスプリ……」

 

「そして、私がしていたアルバイトの本当の目的は……この『エスプリ』を使って、ミアレシティで事件を引き起こしてイクスパンションスーツの有用性を確かめることだったのよ……」

 

「……」

 

 エスプリは首をすくめながら語った。その様子に、私も思わず(うつむ)いて反応する他なかった。

 

「でも、そんな私を……ハンサムおじちゃんと……あるポケモントレーナーの『おにーちゃん』が助け出してくれたの……」

 

 エスプリの言う、『あるポケモントレーナー』とは、先ほどの写真でマチエールとハンサムと共に写っていた少年であろうことは、容易に理解することができた。

 

「ハンサムおじちゃんは事件を解決すると、私をハンサムハウスの二代目所長に任命して、どこかに行ってしまったわ……」

 

 そう言いながら、エスプリはヘルメットを脱いでマチエールとしての素顔を(あら)わにした。

 

「それで、今は私がこのハンサムハウスでミアレシティで起こる事件の捜査やパトロールをしているってところなの」

 

「そうだったんだ……」

 

 エスプリはそこまで話し終えると、脱ぎ捨てた衣服を着直そうと、再びベッドの近くまで歩いて行った。

 

 

 

「えっと……ところで、マチエールおねーちゃんはふだん、どんなことしているの?」

 

 マチエールの着替えが終わるタイミングを見計らって、私は彼女に質問した。

 

「えっ……そうね、私は基本的に昼間はハンサムハウスの所長の『マチエール』として、困っている人やポケモンの相談を受けたり、ミアレシティの事件を捜査したりしているわ……それで、夜はイクスパンションスーツを着て『エスプリ』として、夜のミアレシティをパトロールしているの」

 

「へぇ〜! すごいね! おねーちゃん!」

 

 なるほど、昼と夜で『自分』の姿を使い分けているのか……それは参考になる……と(ひそ)かに得心(とくしん)しながら、私はにこやかに相槌を打った。

 

「でも、エスプリになってパトロールするのは、大体2〜3日に1回ぐらいかな……さすがに毎日パトロールするのは疲れるし、ちょっと……ね」

 

「あ……あはは……」

 

 苦笑いを浮かべるマチエールに合わせるようにして、私も愛想笑いをしてみせた。

 

 だが、それは私にとっては都合のいい情報だった。

 

 この町の治安を守っているであろう彼女の行動パターンが絞れれば、この町での私の『目的』も果たしやすくなると思われるからだ……私の『復讐』は、絶対に誰にも邪魔させる訳にはいかない……

 

 ふと、マチエールが壁にかけられた時計を見上げると、小さく声を上げた。

 

「あっ……いけない! もうこんな時間! そろそろ、夕飯の支度をしなきゃ! 1階に戻ろう、ユイちゃん」

 

 その声に反応して、ふと部屋の窓の方に目をやると、空の色が黄昏(たそがれ)に変わっているのが見えた。

 

「うん! わかった!」

 

 そう元気よく返事をすると、私は目の前に差し伸べられたマチエールの手を握り返し、彼女と手を繋ぎながら2階の玄関へと向かって行った。

 

 マチエールの手はとても温かく、私の心に訴えかけてきたが、私の頭の中には冷たく研ぎ澄まされたある『考え(けいかく)』が芽生えていた──

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