偽りの兎座   作:コユルギミカン

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迅雷≪ゼロ≫と兎座≪レプス≫

 夕暮れの小雨(こさめ)()(しき)る中、小さな私の足はミアレシティの雑踏(ざっとう)の間を駆け巡っていた。一刻も早く、『相棒』の元へ帰るために───

 

 数分前、ハンサムハウスの一階にいた私は夕食の準備をするマチエールの目を盗んで、こっそりとその場を去ろうとした。

 

 だが、その姿をゼロにぃやディアねぇ達にあっさりと見つかってしまい、彼らから「どこへ行くの?」という疑いをかけられた。

 

 そこで、私は「気分転換のために、1匹で少し散歩したい」というようなその場しのぎの回答をした。

 

 当然、彼らからはまた迷子にならないか、心配と警戒の言葉を投げつけられたが、「遊び盛りの小兎(こうさぎ)のワガママ」というスタンスで駄々(だだ)をこねることで彼らを何とか納得させ、外へ出ることができたのだ。

 

 太陽がほとんど落ちて空の大部分が紫色に変わった頃、私は『彼』に待機させていたミアレシティの町外れにある、小さな洞窟に辿り着いた。

 

 私の姿は、町を出た時に『紋章』の力でミミロップへと変えていた。

 

「ただいま〜! 帰ってきたわよ、モル〜!」

 

 洞窟に入り声をかけると、その奥から見慣れた液状の身体が姿を現した。

 

「おかえり! ユイおねーちゃん!」

 

 モルは私の無事な姿を見て安心したのか、ホッと一息を()きながら言った。

 

「それで、ミアレシティはどうだったの??」

 

「それがね……」

 

 そして、私はモルにミアレシティでその日経験したことを話した。

 

 ──マチエールとの出会い、記憶を失ったゼロにぃ……ゼラオラとの再会。

 

 ──新たなポケモンたちとの交流。

 

 ──そして、『ハンサムハウス』と『エスプリ』のこと。

 

 私の話を全て聞き終えると、モルは戸惑いを隠せない様子で口を開いた。

 

「……そんなことが……まさか、ユイおねーちゃんの大事な『おにーちゃん』が、記憶を失って生きていたなんて……」

 

 私も、ゼロにぃが記憶喪失の状態で生きていたことについて知った時は驚いたが、それはモルにとってもショックだったようだ。

 

「えぇ……そうね……だからこそ、私は急いでここに帰ってきたのよ……」

 

「?? ……どういうこと、おねーちゃん?」

 

 そう疑問を顔に出すモルに一旦背を向けながら、私は答えた。

 

「……冷静に考えてみたら、都合が良すぎると思ったの。3年前、ユニオンが襲われた時にいなかったゼロにぃが、その記憶を失くしながらミアレシティで生きていたってことがね……」

 

 その時、私がモルに顔を見せながら面と向かって話せなかった理由は、苦しそうにしている自分の表情を無意識のうちに見せたくなかったからであろう。

 

「……おねーちゃん……何が……何が、言いたいの……?」

 

 モルがおそるおそる私に問いかけた。私は彼の疑問に()()ぐ答えるために、ゆっくりと振り返りながら、その答えを語った。

 

「疑っているのよ……ゼロにぃのことを……あの日の『襲撃者』なんじゃないか……ってね」

 

「……!! ……そんな……そんなことって……!」

 

 私も、それは()(ぎぬ)に過ぎないと信じたかった。

 

 だが、そんな簡単に納得してしまうことがどうしても許せなかった。

 

 あの日、私は愛する母を……ユニオンの仲間を……すべてを奪われた。

 

 その(むく)いを受けさせるためならば、私は『襲撃者』が誰であれ……どんな手段を用いようとも、そいつを見つけ出して……『決着』をつけてやる……! 

 

 それだけが、私の生き甲斐だったのだ。

 

「そこでね……モルに協力してほしいの……」

 

 激情に駆られそうになっていた私は、感情を何とか抑えて冷静な声でモルに言った。

 

「……えっ? 協力って……何を……?」

 

「……私の『作戦』に協力してほしいのよ……ゼロにぃ……いえ……ゼラオラが、私の()つべき敵かどうかを、見極めるための……ね……」

 

 そして、私はモルにその『作戦』の内容を語り始めた。

 

 それが終わる頃には、空の色はすっかり濃紺(のうこん)へと染め上がっていた──

 

 

 

 

 

「ただいまぁ〜!」

 

 幼なげな大声が、ハンサムハウスに響き渡った。その声に反応して玄関の方を見ると、今日会ったばかりのミミロルがモジモジと恥ずかしげに(たたず)んでいた。

 

「ユイちゃん!! もう〜どこ行っていたのよ! 心配したんだから!」

 

 そう言って、真っ先にマチエールが小兎(ユイ)のもとへと駆け寄る。

 

 言葉には出さなかったが、俺の心情も彼女(マチエール)と同じだったと思う。

 

「ごめんなさい……ちょっと、みちにまよっちゃって……」

 

 ミミロルのユイは申し訳なさそうに小さな頭を(うつむ)かせながら答えた。

 

「まったく……だから、外に出る前にあれほど大丈夫かと聞いていたのに……」

 

 と近くにいたニャオニクスが厳しめの言葉をユイに向かって放ち、

 

「まぁまぁ……こうして、無事にお帰りになられたのですし……ちゃんとユイちゃんについていかなかった私の責任もあると思いますわ」

 

 とディアがユイを(かば)うようにして彼の言葉を遮った。

 

 俺はというと、ユイの帰りにただひたすら安心しきって、言葉もなく少し離れた壁に寄りかかりながら彼女の様子を見ていた。

 

「……とにかく、ユイちゃんが元気に帰ってきてくれて、本当によかったぁ〜」

 と、マチエールが声を上げた。

 

「ユイちゃん、夕食はもう用意してあるから、よかったら食べていってね! あと、ユイちゃんの寝所(ねどころ)も2階に用意したから、眠くなったら2階においで!」

 

 ユイはマチエールの言葉に「うん!」と(うなず)き返すと、俺の近くまで歩み寄ってきた。

 

「ゼロおにいちゃんにも、しんぱいさせちゃってごめんなさい……」

 

 どうやら、この小さな『うさぎポケモン』は、健気にも俺を気遣ってくれているらしい。

 

 俺はそんな彼女の頭にポンッと手を置くと、柔らかな口調で言葉をかけた。

 

「気にすんな。子供は元気が一番だ。でも、今度散歩に行く時は皆を心配させないように、俺と一緒に行こう……な!」

 

 そう言いながら、優しく頭を撫でてやると、ユイは満面の笑みを浮かべながら、大きく首を縦に振った。

 

 その後、マチエールの用意した夕食を食べたユイは、彼女の様子を見守っていた俺と一緒にハンサムハウスの2階の居住(きょじゅう)スペースへと向かった。

 

 ユイと一緒に暗闇に包まれた2階の部屋に入ると、マチエールは既にベッドの上で熟睡(じゅくすい)していた。

 

 俺は他のポケモンとは違い、モンスターボールに入るのが嫌いな性分(しょうぶん)があったので、普段寝る時は部屋の中央のソファに横になっていた。

 

 そして、マチエールの寝るベッドの向かい側に()かれた毛布が、どうやらユイの寝所のようだ。

 

 俺はいつも通り部屋の中央のソファで横になり、ユイは戸惑う様子を見せながらも、マチエールの用意した毛布で眠りについた。

 

 

 

 ……カラカラカラ……

 

 (かす)かに乾いたような音が眠りについていた俺の鼓膜を震わせ、目を覚ます。

 

 ──きっと、窓ガラスに吹き付ける風の音だろう。

 

 そう思って再び微睡(まどろ)もうとしていたその時だった。

 

「……ッ! ……ッッ!!」

 

 何かの小さな(うめ)き声……必死に声を出そうとしているが、何かに(さえぎ)られているかのような……そんな声が聞こえてきた。

 

 ──これは……只事(ただごと)ではない! 

 

 ハッと覚醒(かくせい)した俺は、飛び起きて声の主を探す。そして、俺の目に入り込んできたのは、予想だにしなかった光景だった。

 

 なんと、何者かがユイの口を右手で(ふさ)ぎ彼女の身体を左腕で持ち抱えているではないか! 

 

 暗闇に浮かぶシルエットからして、その『侵入者』は人間ではない……ポケモンだ! 

 

 ベッドで眠るマチエールは、熟睡しているのか全く気づいていないようだ。

 

『侵入者』に締め上げられるようにして捕らわれたユイは、涙を流しながらこちらに必死に声を出して助けを求めかけているようだが、悪しき手によってその口を完全に塞がれていた。

 

「お……お前っ!! 何者だっ!! 一体何をっ……!?」

 

 眠りについているマチエールを起こそうと大声を上げようとするが、『侵入者』の声がそれを遮った。

 

「シィーッ……静かにした方がいいわよ。それ以上騒いだら、この子がどうなっても知らないから……」

 

 (かす)れた声で、『侵入者』は(なめ)らかに脅迫の言葉を躊躇(ちゅうちょ)なく発した。

 

 その次の瞬間、『侵入者』は、持ち抱えていたユイの身体を圧迫させようと、ユイを抱える腕に力を込める素振(そぶ)りを見せた。

 

 すると、それに反応して、ユイの口から(かす)かな悲鳴が上がった。

 

「なっ……!?」

 

 ──まずい! 奴は本気だ! このままだと、本気でユイをっ……! 

 

「ま……待てっ! やめろっ!」

 

 俺は消え入りそうな小声で『侵入者』に言った。すると、『侵入者』はフフッと鼻で笑いながら、

 

「そうそう……わかればいいのよ……」

 と冷酷に言い放った。

 

「お前の目的は何だ……ユイを……彼女をどうするつもりだ……!」

 

『侵入者』を暴発(ぼうはつ)させないよう、可能な限り声を絞りながら俺は必死に問い詰めた。

 

「私ね……あなたと2匹だけで『お話』がしたいの……大人しく、私についていらっしゃい……」

 

 そう言葉を返すと、『侵入者』は再びユイを抱える腕に力を込め始めた。ユイの口元から再び痛々しい悲鳴が(わず)かに漏れる。

 

「……!! わかった……! お前の言う通りにするから、ユイに手を出すな……!」

 

『侵入者』の目的や正体を気にするよりも、その時の俺にとってはユイにこれ以上危害を及ばされないように、奴の要求に従う他なかった。

 

『侵入者』は俺の言葉に対して満足そうに再びフフッと鼻で笑うと、開け放たれた窓から外の方へ飛び出して行った。俺は奴の言う通り、その後をついて行った。

 

『侵入者』は、ユイを持ち抱えているとは思えないほど身軽に建物の屋上を跳び渡っていた。

 

 俺は奴を見失わないように、必死について行った。そして、とうとう奴は、ミアレシティの一角に位置する、とあるビジネスビルの屋上で静止した。

 

 ビジネスビルの屋上で俺と向き合う『侵入者』は持ち抱えていたユイの身体を、こちらに向かって投げ捨てた。

 

 身を放り出されたユイは、涙を流し大声で泣きながら俺の元へと駆け寄ってきた。

 

「うぇぇん!! こわかったよぉ!! おにぃちゃん!!」

 

 俺は小さな身体をヒクヒクと震わせるユイを優しく抱きしめながら、

「よしよし、もう大丈夫だ。危ないから、ちょっと離れていろ……」

 と(なぐさ)めてやった。

 

 少し落ち着きを取り戻した様子のユイは、(あふ)れ出る涙を手で(ぬぐ)いながら俺の後ろへと退()がっていった。

 

 その背中を優しく見守ると、俺は勢いよく振り返り、『侵入者』を鋭く(にら)みつけた。

 

 気のせいか、奴は何故か一瞬安堵(あんど)したような表情を見せていたかのようだった。だが、怒りに打ち震える俺にとっては、そんなことは最早どうでもよかった。

 

「お前……一体何のつもりだっ! なぜ、ユイを巻き込んだんだっ!」

 

 すると、雲の切れ目から覗かせた月光が、『侵入者』の具体的な姿を露わにした。

 

 そいつは、グラマラスな細い身体と、折れ曲がった大きな耳が特徴的なポケモンだった。

 

 カロス地方では珍しいポケモンのようで、少なくとも俺の記憶では会ったことのないポケモンだった。

 

「……言ったでしょう? 私は、あなたと2匹でお話がしたかっただけなの。あなたを誘き出すために、その娘を利用したまでよ」

 

 初めて声を聞いた時から薄々気付いてはいたが、どうやらこのポケモンはメスのようだった。

 

 しかしながら、俺と話をするためだけに、ユイを誘拐して脅迫までした彼女を見過ごすわけには行かなかった。

 

「……そんなことのために……お前は……無関係なユイを巻き込んだのか……! 許せない……!」

 

 怒りのあまり、そのまま先制攻撃を仕掛けようとするが、それを無視するかのように『侵入者』が言葉を発した。

 

「あぁ……そういえば、自己紹介がまだだったわね……」

 

 すると、『侵入者』は数歩こちらに歩み寄りながら言った。

 

「私は『ミミロップ』の……名前は『兎座(レプス)』とでも呼べばいいわ……」

 

「『ミミロップ』の『兎座(レプス)』……」

 

 おそらく、『ミミロップ』というのが、このポケモンの種類の名前なのだろうが、やはりその時の俺の記憶にはない存在だった。

 

 そして、その『(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)』が続けて口を開く。

 

「あなたのことは知っているわ……『ゼラオラ』の……『(⚫︎)(⚫︎)』さん……?」

 

「……何っ!?」

 

 レプスの言葉に俺は思わず、強張った声を上げてしまった。

 

 

 

 俺には、2年前から先の記憶がない。気付いた時には、このミアレシティに流れ着いていた。

 

 そんな俺を拾ってくれたのが、他でもないマチエールという少女だった。

 

 自分が『(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)』という珍しい種類のポケモンであるということ以外一切の記憶を全く覚えていなかった俺は、2年前からずっと、『(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)』という名前で生きてきた。

 

 だが……この日、俺は2匹のポケモンに、俺すらも覚えていない俺の『名前』を呼ばれたのである。

 

 ──1匹目は、ミミロルのユイ……彼女は、昔の俺と交流があったようで、俺のことを『(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)』と呼んでいた。

 

 ──そして、2匹目が今目の前に立っているミミロップのレプス

 

 ──彼女もまた、2年前よりも過去の俺のことを知っているのだろうか……? 

 

 ──ならば、なぜこんなことを……? 

 

「なぜ、お前が俺自身も覚えていない俺の名前を知っている!? お前の目的は何だっ!?」

 

 レプスに向かって、単刀直入に俺の疑問をぶつけた途端、それまで余裕を見せていた彼女の様子が一変したのが見てとれた。

 

「それはね……あなたが、私の『家族』を殺したポケモンだから……私の目的は……あなたが私の大事な『仲間』を殺したことを思い出させることよ!!」

 

 レプスはそう叫ぶと、俺に向かって猛然(もうぜん)と飛びかかり、俺の顔をめがけて右拳(みぎこぶし)を突き出した。咄嗟(とっさ)に、それを右手で受け止めながら俺は声を漏らす。

 

「な……何……何を言って……俺が……俺がお前の仲間を……殺した……だと……!?」

 

 俺の声は、動揺と混乱でぐちゃぐちゃに乱れていた。

 

 自分で言うのも本当におかしいとは思うが、今の俺は善悪の区別のついたポケモンだと自覚している。

 

 悪事には一切手を出さないし、むしろそういったことに手を染めるような(やから)を見かけたら、それを積極的に成敗(せいばい)する気概(きがい)さえ持っていると自負している。

 

 だが、果たして記憶を失う前の俺もそうだったのだろうか……

 

 俺は記憶を失ってマチエールと行動を共にするようになってから、野生のポケモンやポケモントレーナー達と幾度(いくど)もポケモンバトルを経験してきた。

 

 時にはポケモンリーグを制覇したトレーナーとバトルしたり、時には伝説のポケモンと呼ばれる存在ともバトルをしたことさえある。

 

 だが、結果はいつも同じ……俺の圧勝に終わるのだ。

 

 これも、自ら語るのは変な話かもしれないが、俺の戦闘能力は並大抵のポケモンのそれを圧倒しているのだ。

 

 俺は自らの力を誇りに思う一方で、恐ろしくもある。

 

 ──もしも、記憶を失う前の俺が悪事を(いと)わない下衆(ゲス)なポケモンだったとしたら……

 

 ──平気で他の人間やポケモンに襲いかかるような凶悪なポケモンだとしたら……

 

 ……と、薄々感じていたのだ。

 

 それが、レプスと名乗るポケモンの発した絶叫に、俺が激しく動揺した理由なのだった。

 

「……覚えていない……何も覚えていないけど……本当に……俺が……そんな非道(ひど)いことを……?」

 

 狼狽(うろた)えながらも、力のこもったレプスの拳を必死に受け止めながら問いかけると、彼女は突き出した拳とともに力強く答えた。

 

「そうよ……あなたは2年前……クノエシティの外れに住む身寄りのないポケモンの集団……『ユニオン』のポケモンたちを襲撃して……皆殺しにしたのよ!」

 

 2年前……クノエシティ……ユニオン……ダメだ。やはり、何も覚えていない……しかし……なぜ……

 

「な……なぜ……俺が……俺がそんなことをしたと、疑われているんだ!」

 

 それは、記憶を失った自分が疑われている理由を問い質すとともに、記憶を失う前の俺自身の手がかりを知りたい一心で放った言葉だった。

 

「あなたはね……その『ユニオン』の一員のポケモンだったのよ。でも、あなたは生き残ってこのミアレシティに逃げ延びてきた。しかも、都合よく記憶を失ったといって……ね……私はね…….確信しているの……あなたこそが、あの事件を引き起こしたポケモンってね!」

 

「……」

 

 レプスの敵意に満ちた応えに、俺は反論することができなかった。

 

 記憶を失った後、最初に気付いたのがボロボロに傷ついた自分の身体だった。

 

 何かのポケモンと激しく戦ったかのような全身の傷痕(きずあと)と、何かに燃やされたような身体中の火傷(やけど)の痛み……それこそが、『あの日』目覚めた俺のはじまりだったのだ。

 

 そして、それを引き起こしたのが俺自身だとする彼女の発言を、紛れもない俺自身の記憶こそが証明していたのだ。

 

 もはや、俺に抵抗する意志はほとんど残っていなかった。

 

「私はね……『あの日』の襲撃者を探し出して……『仲間』の……みんなの仇を討つことが生きがいなの……そして、その『仇』を今日! このミアレシティで!! ようやく見つけたのよ!!!」

 

 ますます力強く押し出そうとするレプスの右拳。

 

 だが、俺はそれを抑えつけていた右手を静かに引っ込めた。

 

 ──ボゴォォン!! 

 

 当然のように、勢い余った彼女の右ストレートが鈍い音とともに、俺の右頬を直撃する。

 

 鈍く頭中(あたまじゅう)に響き渡る衝撃を感じたその次の瞬間には、俺の身体は空中に投げ出され、2〜3メートルほどその場から後ろへ吹き飛ばされた。

 

 俺は仰向けで倒れたまま、小さく呟いた。

 

「わかった……やってくれ」

 

 (かす)かに(しぼ)り出したはずの俺の呟きを、レプスは聞き漏らさなかったようだ。

 

「っ!? ……今……あなた……何て言ったの……?」

 

 それまでの憎悪(ぞうお)憤怒(ふんぬ)()き出しにしていた声とは打って変わって、レプスは戸惑いと疑念に満ちた声を上げた。

 

「……俺には2年前の記憶がない……だから、お前の疑いを晴らすこともできない……俺はもう十分幸せに生きた……俺の生命(いのち)で、お前の復讐(かなしみ)が終わるのなら、喜んで差し出そう……」

 

 ──俺は、罪を認めた。それは決して、レプスを(だま)して彼女から逃げ(おお)せようとか、()えて彼女の油断を誘って反撃のチャンスを待とうとか、そんな(こす)い考えがあっての行動ではなかった。

 

 俺は心の底から認めたのだ。記憶を失う前の俺が、レプスを……彼女の大切な存在を奪い、苦しめたという『(とが)』を。

 

 

 

「……あなた……本気で言っているの!? 本当は無実かもしれないのに……あなたは……あなたは自分を信じていないの!?」

 

 レプスの焦る声が聞こえてきた。それが、あまりにも焦燥(しょうそう)に満ちた声色だったので、彼女がまるで俺が本当は『仇』ではないことを信じていたかのように聞こえた。

 

 だが、その時の俺にとっては彼女の疑いの『真偽(しんぎ)』など、もはやどうでもよかったのだ。

 

 仰向(あおむ)けのまま、頭を持ち上げてレプスの顔を見た。そこには、困惑を隠せない1匹のポケモンの表情が浮かび上がっていた。それに向かって、ただ静かに語りかける。

 

「俺だけが幸せに生きるよりも……お前のような悲しい生き方を強いられているポケモンを救いたい……ただそれだけのことだ……ただし、これだけは約束しろ……ユイやマチエールたちには、絶対に手を出すな……俺が……お前の憎しみを全部……一つ残らず受け止めてやる……」

 

 全部、本心から口に出た言葉だった。

 

 レプスの語った通り、俺が彼女の大切な存在……『家族』や『仲間』の生命を奪い取ったのであれば、彼女の復讐の炎に焼かれるのは至極当然(しごくとうぜん)のことであり、そこに俺の意志が介在(かいざい)する理由など微塵(みじん)もない。

 

 それに、仮に俺が潔白だったとしても、彼女は一生誰かを恨み続けることになるだろう。

 

 その場合、彼女の本当の『仇』は野放しになってしまう訳だが、復讐に身を焦がし自らを破滅に追い込もうとしている目の前のポケモンを救いたいという俺の気持ちに比べれば、それは些細(ささい)な問題に過ぎないとさえ感じてしまっていたのだ。

 

 結局のところ、その時の俺は自らの生命を安易(あんい)に犠牲にしてでも、目の前の(あわ)れなポケモンを果てしなく続く怨讐(おんしゅう)(くさび)から解き放とうとしたのだ。

 

 そこに抵抗などはなかった。俺はただ、彼女に幸せに生きて欲しかったのだ。

 

「……そう……本気……なのね……わかったわ。あなたがそれでいいなら……私は……」

 

 そう言うと、レプスは仰向けで倒れる俺の(かたわ)らまで歩み寄ってきた。そして、俺の胸の直上に右脚を静かに振り上げた。

 

 おそらく、彼女は俺の心臓を勢いよく脚力で圧迫して踏み潰し、悲願の『復讐』を果たすつもりなのだろう。

 

 俺は持ち上げた頭を下げて、その瞬間を待った。

 

 ユイの訴えかけるような叫び声が聞こえるが、俺の最期の意志には最早(もはや)届くはずもなかった。

 

 そして、レプスはそのまま限界まで右脚を引き絞り──

 

 

 

「……ダメッ! やっぱり、できない!! ゼロ……あなたは……あなたは……私のっ……!!」

 

 ──突然、慟哭(どうこく)した。

 

「……!?」

 

 予想外の展開に、覚悟を決めていた俺は思わず目を勢いよく見開いてしまった。レプスの目には、いつの間にか透き通る涙が溢れ出していた。

 

 一体、何を考えているのか──

 

 勢いよくレプスに向かって声を振り絞ろうとした俺を、『(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)』が遮った。

 

「……ほう……踏み止まったか……やはり、まだ『(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)』ではない……か……」

 

 その声は、レプスのものでも、俺のものでもない、全く聞き覚えのない声だった。

 

「「!!??」」

 

 驚きのあまり、俺とレプスは声にならない叫び声を上げた。

 

 レプスは右脚を引っ込めて、俺は勢いよく跳ね起きて声の主を探すが、周囲には俺とレプス、ユイ以外の存在は見てとれなかった。

 

 だが、確かに誰かの気配は感じていた。姿こそ見えないが、何者かが近くにいる──! 

 

「誰っ!?」

 

 真っ先に疑問を言葉に出したのは、レプスだった。彼女の顔には、極限まで高まった緊張感が漂っていた。

 

「……私は……私こそが……そこの『ミミロップ』の探し求めし存在……『ユニオン』の『(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)』だ……!」

 

「「!!!!」」

 

 またもや、謎の声がどこからともなく聞こえてきた。まるで、頭の中に直接語りかけてきたかのように──

 

 そして、再び俺とレプスに衝撃が走った。その言葉の意味を、俺もレプスもすぐには理解できなかったかのように感じた。そして、少しの間を置いて──

 

「……お前……が……お前がぁぁぁ!!!」

 

 レプスの声は、それまで聞いた中でも明らかに殺意が満ち溢れていた。

 

「どこだっ! どこにいるっ!! 姿を現せぇぇぇ!!!」

 

 それはまるで、悪魔の叫び声のようにミアレの夜空に響き渡った。

 

「……フン……焦らずとも、私はこの町にいる……私を探し出してみせろ。私はいつでも……お前を見ているぞ……『ミミロップ』……いや……『兎座(レプス)』よ……」

 

 その謎の声は、レプスに向かってメッセージを残すと、気配と共に夜闇の彼方へ消えてしまった。

 

 しばらく、レプスは息を荒げながら周囲の気配を探っていたようだが、謎の声の主の気配がどこにもないことを確かめると──

 

「ウフッ……ウフフフフッ♡……やっと……やっと辿り着いたわ……待っていなさい……必ず見つけ出して……そして……」

 

「『レプス』……」

 

 そのタイミングで、俺の意識が遠のく。

 

 どうやら、先ほどのパンチによるダメージが今更になって効いてきたらしい。

 

 そして意識を失う前に耳に入ってきたレプスの最後の言葉は──

 

「……殺す!」

 

 

 

 

 

 ──同日、数時間後。まだミアレシティの夜が深淵(しんえん)の闇に包まれていた頃、町の中央に(そび)え立つプリズムタワーの最上部に座り込む何者かの影があった。

 

「…………」

 

 その影は静かに、プリズムタワーの(はじ)から足を垂らしながら、夜を照らすミアレの街並みを見下ろしていた。

 

「久しぶりね……」

 

 そこへ、もう一つの影がどこからともなく現れる。その影は、座り込んでいる影と比べるとスリムで細長いシルエットを浮かべていた。

 

「フン……貴様か……」

 

 座り込む影が、近くに立つもう一つの影を一瞥(いちべつ)すると鼻を鳴らした。

 

「あら……久々の再会なのにご挨拶ね……」

 

 座り込む影に向かって、もう一つの影が近づきながらため息混じりに不満を漏らした。

 

「……私の『(⚫︎)(⚫︎)』の邪魔だけはするなよ……『(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)風情(ふぜい)が……」

 

 座り込む影は、相手を見向きもせずに悪態(あくたい)()く。

 

「まぁっ……! 失礼しちゃうわね……あなたの計画の邪魔なんてしないわよ……でも、私も『(⚫︎)(⚫︎)』には興味があるのだけれど……」

 

 その一言にピクッと反応した座り込む影は、真後ろまで接近してきたもう一つの影の方をチラッと向く。

 

「ほう……やはり気になるか……『(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)』を持つ者としては……」

 

 座り込む影に、不気味な笑みが浮かぶ。

 

「えぇ……そんなところね……ねぇ、『彼女』と(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)?」

 

 もう一つの影は、座り込む影の耳元で(ささや)くように言った。

 

「……『計画』に支障を来さない程度であれば、『彼女』と接触しても構わん。それで納得か?」

 

 座り込む影は耳元に口を近づける影から顔を(そむ)けながら、不機嫌そうに言った。

 

「……フフッ……わかったわ。ありがとう。でも意外ね。てっきり怒られるかと思ったのに」

 

 もう一つの影が、座り込む影から背を向けながら静かに笑う。

 

「……貴様を駒とすることで、『計画』がより順調に進むと……そう判断したまでだ……」

 

 座り込む影は(うつむ)きながら、眼下(がんか)に広がるミアレの夜景に向かって吐き捨てた。

 

「……そう……まぁ何でもいいわ……それじゃ、そろそろ次の『(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)』の時間だから、行くわね……会えて良かったわ……じゃあね……」

 

 そう言うと、もう一つの影は目にも止まらぬ速さで跡形(あとかた)もなくその場から消えてしまった。

 

「……フン……相変わらず食えんポケモンだ……」

 

 座り込む影は、その様子に動揺する様子も見せずに、(ひと)(ごと)を呟く。

 

「さぁ……このミアレシティで私を求め、憎悪のワルツを舞い踊るがよい……そして……我が計画を成就させるのだ……愛しき『兎座(レプス)』よ……フフフッ……!!」

 

 そして、影は(わら)う。その(わら)い声に呼応するかのように、ミアレの夜空を厚い雲が覆い始めた。

 

 その夜空に浮かんでいたのは、(まぎ)れもない『兎座(うさぎざ)』だったことには、その影自身も気付いてはいなかった──





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