「……あ……もう、あさか……」
誰もいない部屋でそう呟き、私は床に敷かれた毛布から重々しく身体を持ち上げると、フラフラと玄関の方まで
──結局、『彼』は私の期待を裏切らなかった。
モルと共謀してゼラオラ……ゼロにぃがあの『事件』の襲撃者ではないかということを確かめたのは、昨日の深夜のことだった。
モルには、『ミミロル』としての
はっきり言って、結果はある程度予想できていた。
なぜならば、記憶を失っているという彼の様子や、ミミロルの私の姿を初めて見た時の反応から、彼が嘘を
だが、それだけでは私の内にこみ上げる『復讐心』は抑えきれなかった。
だから、私は実行したのだ。彼の正義感を利用した、あの卑劣で手の込んだ『尋問』を──
だが、私は彼のことを甘く見過ぎていたようだ。
まさか、自分の命を犠牲にしてまで、私の復讐を止めようとするとは
──罪悪感のあまり思わず、彼に最後のトドメを刺すフリをして、自分の正体を明かしてしまおうとした……その時だった。
待ちに待った、私の本当の敵が現れたのは……
──それは、姿こそ見せなかったものの、
そして、そいつは風のように
──やっとだ。やっと、私の生きる『目的』に辿り着いたのだ。
気配を消す前に、奴は言っていた。
自分を探し出してみろ……ずっと私を見ている……と。
今このタイミングで、なぜ奴の方からコンタクトをとってきたのかがいまいち
──探してやるとも。やり方はいくらでもある。
このミアレシティの裏に生きるポケモンを片っ端から襲いかかって、昨日のように『尋問』する……
──あるいは、街を守る『
──考えれば考えるほど、私の胸の高まりは強くなっていくのを感じていた。
復讐のための計画の思案を巡らせることに、
そしてその後、自らを犠牲にして復讐を止めようとした勇敢で
──それが、昨晩のあの後の
──きっと、ゼロにぃは昨晩の出来事をマチエールに話しているのだろう。
だとすると、このドアを開けた後の展開は容易に予想できるため、心の準備はできているが、やはり気が重い……
ハァ……と、小さな口でため息を
「……お……おはよう……ござ……」
「あっ! ユイちゃん!!!」
私の挨拶をかき消すかのように、
やはり、そう来たか……と心の中で嘆息する束の間もなく、次の瞬間、私の元に駆け寄ってきたその声の主の両腕に私の小さな身体はがっちりと捕まり、思いっきり抱き上げられた。
「大丈夫!? 痛いところとかはない!?」
痛いところはない!? と
「……う……うん……だいじょうぶ……ぜ……ぜんぜん……いたくないよ……」
表情は取り
「……おい、マチ。ユイが苦しそうだぞ。放してやれよ」
彼女の過剰な反応に見かねた様子のゼロにぃは、まるで大蛇のように私を締め付けているマチエール……『マチ』の背中を軽く叩きながら、落ち着いた声で彼女を
少し間を空けて、マチは
「ハッ……私ったら、つい思わず……ゴメンね、ユイちゃん……」
「ケホッ……う……ううん……きにしないで……しんぱいしてくれてありがとう、マチおねえちゃん」
『つい思わず』どころじゃないでしょ! 締め付けが強すぎて死ぬかと思ったわ!
と心の中で
そんなマチの身体を押し
彼は
「……ユイ……昨晩はその……大変な目に
「……えっ!?」
予想だにしなかったそのセリフに、私は心の底から動揺を隠せなかった。
どこからともなく現れた謎のミミロップが、その日に偶然保護したミミロルに襲いかかり、その場に居合わせたゼラオラを脅迫し、唐突な尋問を行う……
──昨晩決行された作戦は、急ごしらえで考えついたものだったため、どう見ても不自然な点が目立ってしまっていた。
進化関係にある、ミミロルの『ユイ』とミミロップの『
だから、当然ゼロにぃには真っ先に『
だが、彼はそんな疑問よりも『今』の私の……『ユイ』の身を案じる発言をしたのだ。
そんな彼を、普通であれば
やはり、ゼロにぃは2年前から何も変わっていない。呆れるほど真っ直ぐで、本当に心優しい、私の憧れの存在なのだ。と真ん丸の瞳を
そんな私の複雑な心情をひた隠すように、私は精一杯の作り笑いをしてみせた。
「えへへ……ありがとう、おにいちゃん。わたし、ぜんぜんこわくなかったよ!」
「ユイ……」
そう優しく私の名前を呟き、私の頭をそっと
ずっと、こうして撫でられてもいいかも……そう思ったのも束の間だった。
「でも、そもそも何で『レプス』……? だっけ? そのポケモンは、ユイちゃんを
マチの声に反応して、
邪魔をするな! と言わんばかりに、思わず一瞬だけ、マチの方を鋭く
「……わからねぇ。だが、奴の本当の狙いはユイじゃなくて俺だったらしい。ただ、あいつの言っていたところによれば、俺が奴の大事な『家族』を殺した……そう思って、俺を問い詰めるためにユイを利用したんだろうな……」
流石に、マチには自らの命を差し出してまで、『レプス』の復讐を止めようとした、ということまでは彼の口から言わなかったことに、私はどこか一安心した。
「それにしても……」
私の方にふと目を
「その『レプス』ってポケモン、話を聞く限りだと『ミミロップ』っていうポケモンみたいなんだけど……」
それを聞いた途端、私は
「……? それがどうした?」
含みのある言い方をするマチに、ゼロにぃが
「たしか、ミミロップってミミロルの進化形だった気がするの。もしかして、そのミミロップはユイちゃんのこと、前から知っていたんじゃないかって……」
やはり、そう来たか。
『レプス』の正体を探れば当然浮かび上がる疑問である。
そして、私は彼女の次の言葉も手に取るように予想できた。
「ユイちゃん……間違ってたらゴメンだけど、あのミミロップのこと、知ってたりしないかなぁ?」
「……ッ!?」
短く声を上げたのは私ではなく、マチの発言に動揺したゼロにぃだった。
彼の視線がこちらに集中しているのを視界の
「……ううん……わたししらない、あんなかわいい……じゃなくて、こわいポケモンなんて……」
途中、調子に乗って思わず
「そっか……つまり、偶然だったってことだよね!」
マチの声を聞き
「……そういえば今更だけどよ……色々あって聞きそびれていたんだけど……」
それは、私にとっては予想外のアクションだった。一難去ってまた一難を予感しながら、ゼロにぃの方へ視線を動かす。
「ユイ……お前、どこから来たんだ? どうしてミアレの街中を1匹でウロウロ歩いてたんだ?」
そういえば、この質問が飛んでくるリスクをすっかり忘れていた。
てっきり、こんなに愛くるしいミミロルが迷子のように困った
「……えっ……えっとぉ……それは……」
予想外の問いかけに、私は動揺を隠せなかった。まずい……上手い言い訳が思いつかない。
ここで
それは、私の目的を大きく
──では、いっそのこと自分のことを
──いや、こんなに
それが、私の焦りを加速させる。
「……そういえば昨日初めて会った時、俺のことを前から知っていたようなことを言っていたな……自分でも覚えていなかった俺の『
「っ!!」
ゼロにぃのその一言に、私は凍りついた。
早く……早く……
何か言わなければ……!
このままでは……!!
と、心の中で必死にもがくが、私の口は
あぁ……もうダメだ……と、うさぎポケモンの宿命である『おくびょう』な性格に、心が押し潰されそうになった私を救ってくれたのは、先ほどまで
「ちょっと! ユイちゃん、
そう
その勢いに、思わずゼロにぃが少し後ずさる。
「お……おい、落ち着けよ……俺はただ、ユイが何で昔の俺のこと知ってて、何しにミアレに来たのか知りたいだけだって……」
ゼロにぃの苦し
「はぁ!? あなた、まだわからないの!? ユイちゃんが、この街に来た理由……それは、あなたよ、『ゼロ』!」
ビシッとマチに人差し指を突き出されたゼロにぃは、
「……何だと? どういうことだ?」
「……いい? ユイちゃんはね、昔のゼロのことを知っていたのよ。ユイちゃんのあなたに対する態度から察するに、多分相当
私とゼロにぃは、マチエールの見事な推理に口をボカンと開けて、
そしてそれは、自分にとってこの上なく都合の良いアシストであることに気づいた私は、
「う……うんっ! そうなのっ……わ……わたし、ゼロおにいちゃんのこと、ずっとさがしてて……やっと……やっとこのまちであうことができた……だから……だからっ!」
目に涙を溜めながら、私は心の中で『よしっ!』と、ガッツポーズをとった。
まぁ、実のところ彼女の話もあながち全てが
「そうか……やっぱりお前、昔の俺と一緒にいたんだな……悪かった。あんなことがあったっていうのに、疑うようなマネをして……」
マチのナイスアシストと、私の名演技によって情に流されたゼロにぃは、私に向かって頭を下げた。
私は自らの目的のためとはいえ、真っ直ぐで清らかに生きている彼を
「ううん……おにいちゃんは、わたしのことしんぱいしてくれたんだよね? わたし、うれしいの……やっぱり、おにいちゃんはやさしくて、あったかい……むかしのままでいてくれて……」
「ユイ……」
私とゼロにぃは、お互いの顔を正面から見合わせて、しばらく立ち尽くしていた。
私から見た彼の姿は、まさにユニオンにいた頃いつも見慣れていた『
「……コホン!」
私たちのそんな姿に遂に
「……いい雰囲気になっているところ、邪魔してごめんなさい。でも、せっかくならミアレの街でも案内して回ってきたらどうかなって……私と他のポケモンたちは、ちょっと仕事があるから一緒に行けないけど……」
マチの
「あ……あぁ! そうだな! ユイもまだこの街に慣れていないだろうし、少し散歩してくるとしようか!」
私にとって、それはまさに最高の提案だった。
もちろん、『仇敵』が身を
「うんっ! わたし、もっとこのまちのことしりたい! いこっ! おにいちゃん!」
そう言うと私はゼロにぃの手を引いて、ハンサムハウスを勢いよく飛び出していった。
手を振って見送るマチエールを背に、私とゼロにぃはミアレシティの街並みへと繰り出して行った。
「うわぁ〜! おおきなたてもの!」
私とゼロにぃは、ミアレシティの中央に
ハンサムハウスを後にした私たちは、まずはミアレシティの外周に沿って街を
美術館やポケモン研究所、オシャレなカフェに
──さすがは大都会というべきか、今まで見たことのない建物ばかりだった。
そして、外周から中央に向かって伸びる5つの大通りにも、レストランやブティックなど、様々な店が立ち並んでいることに、私は心底舌を巻いた。
と同時に、これだけ広大な街からどうやって『仇』を見つけ出せばよいのか……と、
そうこうしているうちに、ミアレシティの主だった場所はほとんど見終わった私とゼロにぃは、最後のとっておきの観光スポット……プリズムタワーへと足を運んでいたのだった。
時間はあまりよく見ていなかったが、ちょうどお昼時なのだろうか、雲一つない晴天の
「ここはな、プリズムタワーっていうんだ。中に、この街のポケモンジムもここにあるんだぜ」
ゼロにぃはそう言って、私を両手で持ち上げて私を両肩の上に乗せて肩車をしてくれた。
小さな身体ではよく見えなかったが、周囲を見ると多くの人間やポケモンたちが、タワーを見上げたり写真を撮っていたりしているのが見えた。
「
ゼロにぃが残念そうに呟いた。
「マチがいたら、俺たちの写真を撮ってくれたんだが……」
「えへへ……わたしはこれでじゅうぶんだよ、おにいちゃん。ありがとう……」
私はゼロにぃの肩の上から顔を彼の
彼は一瞬驚いたような表情を見せるが、そんな私を優しく撫でてくれた。
あぁ……このまま時間が止まってしまえばいいのに……とウットリとしていたのも
「よしっ! そろそろ行くか! ユイ、お腹空いただろ?」
そう言うと、ゼロにぃは私の小さな身体を再び地面に降ろした。
そうか、もうそんな時間になっていたのか……と楽しく
「うんっ! かえろう! おにいちゃん!!」
そして、ゼロにぃが先導する形で歩き始め、私がその後から着いて行こうとした、その時だった。
──ゴツン
と、何かが私の背中に当たったのを感じた。
「……!?」
思わず振り向くと、そこには見たことのないポケモンが私の身体にぶつかっていた。
「……あっ! ごめんなさい! まえをよくみていなくて…… 」
そのポケモンは、
緑色の毛並みに
四足で体を支え、緋色の大きな瞳をこちらに向けている。こちらに怯えているのだろうか、身体を小刻みに震わせている。
「あの……だいじょうぶですか……?」
そのポケモンの様子をまじまじと観察していた私を気遣ったのか、彼女が問いかける。
「う……ううん、わたしはへいきだよ。あなたこそ……けがとかはしていない……?」
「はい……わたしのほうも、とくにけがはしていないです……」
よく見るとこのポケモン、かなり可愛らしいではないか……なんかムカつくな……と密かに嫉妬の炎を巻き起こしていたところ、聞き慣れた彼の声が耳に届いた。
「いきなり立ち止まってどうしたんだよ、ユイ……ん? そのポケモンは……?」
ゼロにぃは、私の背に
「……見たことないポケモンだな。どうしたんだ、一体……」
すると、私が答えるより先に謎のポケモンが言葉を発した。
「あのっ……わたし、かぞくとはぐれてしまって……まいごになって、ここをさまよっていたんです……そこで、このポケモンさんにぶつかっちゃって……」
泣くのを
「そうか……家族と……わかった! 俺がこの街で一番の探偵を連れてくる。それまで、ちょっと待っていてくれないか? ユイ、すまないけど、その娘の相手をしてくれ……頼む!」
正直、私はこれ以上こんなにキュートなポケモンとは
「うん! まかせて!」
私がそう言うと、ゼロにぃは足早にその場を去って行った。たしか、マチエールは仕事があると言っていたはずだから、ハンサムハウスにはいない可能性もある……
──そうなると、待ち時間が長くなってしまうのだが、さて、どうしたものか……と、幼なげな顔に見合わず眉間にシワを寄せて考え込んでいると、例のポケモンが声をかけてきた。
「ねぇ……せっかくだし、まっているあいだ、おしゃべりしない?」
唐突な提案に戸惑いながらも、私は答える。
「え……えぇ、わたしはべつにいいけれど……」
「じゃあ、きまりだね! しずかなところで、おはなししましょ!」
そう言うと、迷子のポケモンはプリズムタワーから離れた広場の片隅に向かって駆け出した。
「あっ……まって……!」
私も彼女の後をついて行った。
広場の片隅には、人間やポケモンはほとんどおらず、
「そういえば、じこしょうかいをまだしていなかったね」
そう言うと、迷子のポケモンは私の方に頭を下げながら、名乗り始めた。
「わたしはニャオハ……くさタイプのポケモンだよ!」
ニャオハ……それが彼女の名前か……ユニオンにいた頃も全く聞いた覚えがない。
おそらく、他の地方から来たポケモンなのであろう……と考えると同時に、私も口を開いた。
「わたしはね、ミミロルってポケモンなの……いちおう、なまえがあるんだけど……」
そして続きを言おうとしたその時だった。
「あっ……
えっ? いま、なんといったのだ? しってる? 知っていると言ったのか? 彼女は……?
突然の言葉に驚きのあまり、口を開いたまま固まっていると、ニャオハが私の周りをゆっくりと歩き始めた。
しばらくして、彼女が私の耳元に口元を当て、妖しげにこう言い始めたのだ。
「あなたのなまえ……『
──ッ!?
小さな拳を声のした方に向けて振り回すが、あっさりと避けられてしまう。
──『
──つまり、このニャオハと名乗るポケモンは、昨晩、あの場で私とゼロにぃの会話を、少なくとも盗み聞きしていた……ということ……
──そもそも、『
──間違いない、こいつは『
「あ〜……びっくりしたぁ♡いきなりひどいじゃない……
私を挑発しているつもりなのか、もはや惜し気もなく私の『もう一つの名』を口にするニャオハを、鋭く睨みつける。
「あなた……どうしてそれを……いえ、わかったわ……あなた……きのうのよる……みていたのね……わたしとゼロにぃのことを……」
私は先走る気持ちを必死に抑えながら、淡々と事実確認を進めようとした。
「えぇ……わたし……けはいをけすのはとくいなの……♡」
──確かに、昨晩のことを思い出すと、ゼロにぃとミミロップの私が
彼女の言っているように、気配を完璧に消して、私たちのことを
「それで……なぜ、わたしにちかづいたの? なにがもくてきなの? こたえて!」
コソコソと、私とゼロにぃのやりとりを盗み見られていたという事実に耐えかねて、私は語気を強めてしまう。
だが、ニャオハは
「しってるわよ……あなた、さがしているんでしょ? だいじなかぞくと、なかまをころしたやつを……そして、あなたにふしぎなのうりょくがあることもね……」
──やはり、こいつは知っている!
──2年の間、探し求めていた『
問い詰めようとした私を、ニャオハの言葉が遮る。
「わたしはね……あなたにあいにきてあげたの……おなじ『
──こいつは、一体何を
──『
気づいた時には、ニャオハは見覚えのある光に全身を包まれていた。オーロラのような神秘的な光が、ポケモンの姿を変えさせるそれは……その現象は……!!
「まさか……『もんしょう』っ!?」
声を上げた時そこに立っていたのは、やはりニャオハではない、全く別のポケモンだった。
それは二足で立ち、
そして、そのポケモンは仰々しく貴族風のお辞儀をしながら、こちらに向かって声を出した。
「はじめまして……私はマスカーニャ……マジシャンポケモンです……な〜んちゃって♡」
その姿を見て、怒りよりも驚きよりも先に、私は予想外の感情を抱いていた。スリムで曲線美を帯びたそのフォルム……
──そして、見る者を魅惑するかのような
──完敗だ……『
──ドスッ!!
「─ッ!?」
突如、私のお腹に鈍い衝撃が響き渡った。
──下を見ると、何やら花のようなものが、私の下腹部に食い込んでいるのが見えた……
おそらく、マスカーニャの攻撃を受けたのだろう……すっかり油断してしまっていた……
「……し……まっ……た……」
……やられた……ミミロルの姿になっている時を狙われるとは……と、自身の
「ウフフッ♡……今夜0時、ミアレ美術館の屋上……」
マスカーニャの妖しげな
どうやら、耳元で囁きかけているらしい。
「そこで待っているから、私と楽しみましょう。もし私に勝てたら、教えてあげるわ……」
……もう限界だ……
崩れ落ちる意識と身体を感じながら、
「……あなたの……一番知りたい
視界の