「──痛っ!?」
地面に思い切り足を打ちつけた私は、思わずみっともない声を上げてしまった。
無理もない。
私は確かに、倒れ込んだ『
これは……まるで……
何もなくなった足元から顔を上げようとしたその
「っ!?」
その勢いに私の身体は耐えきれず、床を2、3回ほどバウンドしながら吹っ飛ばされた。
危うくミアレ美術館の屋上の
そんな私の顔には、驚きや苦悶の表情ではなく、笑みが
「……ようやく、『できた』じゃない……♡」
身体を起こす私の視線は、
──何が起こったのか、自分でも分からなかった。マスカーニャに
だが、次に気付いた時にはいつのまにか『
つまり、私の今の行動は『無意識』のうちに引き起こされたのだ。
──一体、私は今何を……
そう考え込む間もなく、か細く、しかし
「……やってくれるじゃない……♡……そう来なくっちゃ……ね……♡」
無意識とはいえ、私の
「…………」
色々なことが立て続けに起こりすぎて、
「さぁ……本番はこれからよっ♡私を
そう言うと、マスカーニャは私が見ている目の前で、
──次の攻撃が来るっ!
(しまったっ!!)
当然、その
だが、意識では理解できていても、消耗しきった身体が、もはや言うことを聞かなかった。
何とか自分の顔を気配のある方向に振り返らせると、『
だが、それが見えたところで私にはどうすることもできない。
「フフッ……♡さっきのをもう一度見せてよ……♡『
彼女の期待を裏切ることになってしまって、少し申し訳ないな……と、苦笑を
バチィィィッッッ!!!
無の暗闇が映っていた視界に、一瞬の
『
おそるおそる、目を開いてみる。すると、私の瞳に飛び込んできたのは、予想だにしない光景だった。
──黄色い体毛に覆われた、しなやかな
──そこからバチバチと青白い
──私の急所に向けて振り下ろされた『
マスカーニャの方も何が起こったのか、理解できていなかったようで、私と同じく驚きの表情を見せていた。
だが、私には一瞬で理解できた……
──いや、むしろできないはずがない……
──至近距離の『彼』から
──そして、昔から憧れ、愛しているその
「──ゼロに……ゼロッ!?」
今から2時間ほど前。俺は、マチエール……いや……『エスプリ』と一緒に、夜のミアレシティのパトロールをしていた。
マチエールは俺と出会う前、ある『
──俺からすれば、
とにかく、その『騒動』以来マチエールは、彼女を救った
昼は『ハンサムハウス』2代目所長の『マチエール』として、ミアレシティのトラブルや困り事を解決する探偵として過ごし、夜は『イクスパンションスーツ』着用者の『エスプリ』として、ミアレシティの夜を守るためにパトロール活動をするのが、彼女の日課だった。
そんな『エスプリ』に誘われ、いつのまにか俺もそのパトロールに同行するようになっていたのだ。
俺とエスプリは、ミアレシティのサウスストリート沿いのオフィスビルの屋上で、フェンスに寄りかかり、座りながら休息を取っていた。
「ふぅ……今日は特に、異常なしっと……」
着用者の身体能力を強化するイクスパンションスーツを着ていても、さすがに小一時間も跳んだり走ったりすると疲れが隠せないのか、エスプリがヘルメット越しに少し息を荒げながら言った。
「結局、昼間にユイちゃんを襲ったっていうポケモンの手がかりは見つからなかったね……」
今度は隣に座る俺に向かって、話しかけてきた。表情はヘルメットに隠れてよくわからないが、その口調から不満が漏れ出しているのが感じ取れた。
「だな。昨日、ユイが『
ユイを立て続けに襲ったポケモンたちを絶対に許せなかった、というのが俺の本心だったが、有力な手がかりが掴めない以上、
「うん……悔しいけど、今日はもう……」
エスプリがそこまで話した次の瞬間、
──ファン! ──ファン! ──ファン! ──
と、けたたましい音量のサイレンが俺たちの耳を
「え……なに……?」
驚きのあまり、俺たちはほぼ同時に飛び上がって音の先を見ると、数台のパトカーがノースサイドストリートの方へ物凄いスピードで走り去って行くのが見えた。
「なんか……あったっぽいな……」
「……そうみたい……だね……」
あまりに唐突すぎて、俺たちはしばらく
「これはタダごとじゃないよ! 行こう、ゼロ!」
俺はエスプリに手を引かれる形で、パトカーの去った方へと急いで向かって行った。
パトカーが止まっていたのは、ミアレ美術館前の道路だった。大勢の警察官が慌ただしく話したり走り回っている。
俺とエスプリは、その合間を
「こんばんは! 警部さん!」
エスプリが話しかけると、警部と呼ばれた壮年の警察官は、一瞬
「おぉ! マチエールちゃん……いや、今はエスプリちゃんか……!」
それまで眉間に
エスプリ……つまりマチエールはハンサムハウスの探偵として活動していく中で、依頼された仕事はしっかりとこなし、人情に
ミアレシティに駐在する警察の間でも、そんな彼女の仕事ぶりに感心する者は多く、警察からの仕事を依頼されることも多々あった。
ミアレシティの警察にとってマチエール、そしてエスプリは邪魔どころか、むしろ心強い存在なのだ。
「それで……一体何があったんですか?」
エスプリが問いかけると、警部は頭をポリポリと
「あぁ……実はな……ついさっき、ミアレ美術館の宝石が何者かに盗まれたんだ……」
「えぇ!? 宝石泥棒!?」
エスプリが驚くのも、無理はない。
──彼女もかつて、この美術館に展示されていた絵画にイタズラ書きをさせられたことがあったのだが、その後のミアレ美術館はセキュリティを大幅に強化し、ねずみポケモン1匹入れないほどの厳重な防犯対策が施されていたからだった。
「一体、誰がそんなこと……」
戸惑いを隠せないエスプリに、警部がふと口を開いた。
「目星はついている……奴だ……」
「奴……って? まさか……!?」
「そう……『
『
ここ最近、ミアレシティのニュースを賑わせている、正体不明の泥棒……それが、『
彼……もしくは、彼女が人間なのか、ポケモンなのか……はたまた違う存在なのかすら定かではない。
それほどまでに正体が
警察も徹底的に捜査を行い、マチエールにも協力を
「今、警察の方は総出で美術館内の捜査を行っているが、有力な手がかりはまだ掴めていなくてね……」
肩を落としながら俯く警部に、マチエールが元気づけるように言葉をかける。
「警部さん! 私たちにも手伝わせてください! 私たちが、この付近にいるポケモンたちに聞き込みをしてきます!」
その言葉を聞いた警部は、少し
「……いいのかい? 任せても……」
エスプリは右手で胸を叩きながら答えた。
「はい! 私も警察の皆さんの力になりたいです! 必ず、『
「……ありがとう、エスプリちゃん……! おっと、すまない。捜査官が私を呼んでいるようだ。では、すまないが頼んだよ!」
そう言うと、警部は同じ制服が行き交う
「そう……わかった! 話を聞いてくれて、ありがとうね!」
ミアレ美術館周辺の路地でポケモンたちに聞き込みを行っていたエスプリは、野生のビビヨンにそうお礼を言うと、ハァ……と短くため息を吐いた。
「どうだった? ……って、聞くまでもないか……」
エスプリの反応を見るに、聞き込みの成果は期待外れのようだった。
「ううん……誰も目撃していないって……そっちは?」
ちょうど聞き込みを終えてエスプリの元へ戻ってきた俺の方も、息を深く吐き出してエスプリに答えた。
「……こっちもだ。事件があった頃、美術館周辺に怪しい人間やポケモンを見た者はいなかったそうだ……」
「そう……」
エスプリはすっかり意気消沈したかのように見えたが、やがて彼女のスーツがプルプルと震え出し始めたのが見えた。
「あ〜もうっ!! 今日はなんて日なのっ!! ユイちゃんは昨日に続いて
俺は怒りに打ち震えるそんな彼女を
「おいおい、落ち着けって。今日がダメでも、明日頑張れば何とかなるだろ。今日はもう、警察に報告だけして引き上げないか?」
俺の言葉で冷静さを取り戻したのか、エスプリが静かに言った。
「……そうね……今日はもう遅いし、ここまでにしましょう……」
エスプリは俺に背を向けながら続ける。
「……警察の人たちも、もう美術館から帰っちゃったみたいだし、私はこれから警察署に行って調査報告と情報収集に行ってくるわ。ゼロ、あなたは先に『
そう言うと、エスプリは勢いよく俺の前から走り去って行った。
「あぁ、わかった。気をつけて帰ってこいよ〜!」
俺は視界からどんどん遠ざかっていく漆黒のスーツに向かって、声を張った。
「さて……と……ん?」
帰路に向かおうとした俺の耳に、
──何かが叩きつけられるような音……それも、すぐ近くのようだ。
しばらくすると、再び物音が聞こえた。
聴覚を頼りに視線を向けると、その音はどうやらミアレ美術館の上の方から聞こえてきたようだった。
美術館内は盗難事件があったばかりのため、厳重に立ち入り禁止の措置が施されているはず……とすると、屋上か!
そう判断した俺は、誰もいなくなったミアレ美術館の外階段を急いで駆け上がり、建物の屋上へと向かった。
──たどり着いた俺の目に入ってきたのは、衝撃の光景だった。
──屋上の中央あたりで、全身がボロ
──間違いない! 胸に輝く謎の光がそれを物語っている!
そして、その周りを素早く動き回り、『
そのシルエットには見覚えがあった。よく見ると、それは今日の昼間、ユイに襲いかかったポケモン──マスカーニャだったのだ!
──まさか、自分が追っていたポケモンが2匹とも同時に見つかるなんて……
──ましてや、この状況から察するに、この2匹は
……これは絶好の
このまま、こいつらが潰し合って
──だが、俺はふと『
さっきから、『
──確かにマスカーニャの動きは素早いが、決して目で追えない早さではない。これは一体、どういうことなのだろうか……
そう考えている内にマスカーニャが、姿勢を
おそらく、背後から奇襲を狙うつもりなのだろう……
しかし、あろうことか『
マスカーニャが『
一瞬遅れて気配に気付いたのか、『
だが、あれでは受け身が間に合わない……
──攻撃をまともに
そう考えたのも
バチィィッッ!!!
何故、俺はこのような行動を取ったのか、自分でも全く分からなかった。
あのまま、『
俺が気付いた時には、マスカーニャの右腕から『
興奮のあまり、身体中から放電したプラズマが、マスカーニャの攻撃を受け止めた際に耳を
「──ゼロに……ゼロッ!?」
──背後から、『
──無理もない。自分でも一体何をしているのか理解できないのだから……
「なんで……なんで、あなたがここにっ!?」
俺は振り返らずに独り言を呟くかのように口を開いた。
「……んなこと、俺が聞きてぇよ……ったく」
すると、
「……あなた……たしか、今日のお昼頃に私を追いかけていた……」
マスカーニャは左手の人差し指を
「あぁ……よくもユイに手を出しやがったな……会いたかったぜ……!」
もはや『
「へぇ……『ユイ』ちゃんを傷つけられたのが、そんなに許せなかったんだぁ……♡カッコいいじゃない……♡」
挑発するかのように首を斜めに傾けながら、その
「……な……んだとぉ……!!」
俺はマスカーニャに飛びかかりそうになるが、その肩を強く引っ張られた。
思わずバランスを崩しそうになった俺が顔を横に向けると、そこには傷だらけの様子の『
「やめて……これは私の戦いなの……あなたは邪魔しないで
今にも倒れそうな
「そうはいかねぇ……俺だってアイツには用があるんだ……お前こそ、そんなボロボロの身体で何ができるんだよ……」
そんな俺たちの様子を
「あらあら……どっちが私の相手をしてくれるのかしら?」
俺は肩に手をかけて
「……痛っ!!」
『
「へぇ……メスのポケモンに、そんなことしちゃうんだ……♡ひどいポケモンさんね……♡」
マスカーニャは相変わらず、俺を
「……お前がユイにした仕打ちの報いを受けてもらうぞ、マスカーニャッ!!」
そう言うと、俺はマスカーニャの懐に素早く
──しかし、彼女は俺の拳が当たる寸前で避けてみせた。
「へぇ……結構早いじゃない……もうちょっと動くのが遅かったら、危なかったわ……」
「ちっ……外したか……だが、次は当てる」
「そう上手くいくかしら……♡」
すると、マスカーニャの胸のあたりが何やら強く光り輝き始め、彼女の姿が見る見るうちに、煙のように消えていく……
──ように見えたが、それは一瞬だけだった。
彼女の姿はこの眼で、しっかりと捉えられている。
「さぁ……私の姿が見えるかしら……♡イケメンのポケモンさん……♡」
まるで、自分の姿が見えていないことを前提に俺に挑発しているように聞こえるが、バッチリとマスカーニャの姿は見えていた。
どうやら彼女は油断して、俺のすぐ右隣の位置に立っているようだった。
怪しすぎて、逆に罠を仕掛けられているのではないかと疑ったぐらいだ。
──だが、この
俺は彼女に
ドゴォォッッ!!
鈍い音が、ミアレ美術館の屋上に響き渡る。
「……ッ!?」
マスカーニャは見たことのないほど驚愕に崩れた表情を浮かべ、
「……えっ?」
近くで倒れ込んでいる『兎座』は何が起こったのか、まるで理解できていないかのような表情を浮かべていた。
「……言っただろう……『次は当てる』ってな……」
俺がそう呟くのとほぼ同時に、ドサァァァァという音ともに、マスカーニャの
「……なん……でっ……! 私の……姿がっ……!」
地面に
そして、マスカーニャに何か言おうとする前に、彼女の口から小さな悲鳴が聞こえてきた。
「……っ!? ……そっ……そんなっ……そんな……まさかっ……あなたは……あなたのその胸の『紋章』はっ!?」
──俺の胸の『紋章』……?
──何だ?
──何を言っているんだ、こいつは?
そう思いながら、自らの胸を見下ろす。
すると、そこに見えたのは、自分でも見たことがないほど光り輝く、『