偽りの兎座   作:コユルギミカン

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第三の≪紋章≫

「──痛っ!?」

 

 地面に思い切り足を打ちつけた私は、思わずみっともない声を上げてしまった。

 

 無理もない。

 

 私は確かに、倒れ込んだ『兎座(レプス)』の顔面に向けて勢いよく()(あし)を振り下ろしたはずだったのに、なぜか彼女の身体はいつの間にかそこから消えていたのだ。

 

 これは……まるで……

 

 何もなくなった足元から顔を上げようとしたその刹那(せつな)、私の背中に何かが勢いよくぶつかった。

 

「っ!?」

 

 その勢いに私の身体は耐えきれず、床を2、3回ほどバウンドしながら吹っ飛ばされた。

 

 危うくミアレ美術館の屋上の(はじ)の手すりにぶつかる寸前で、私の身体は止まった。

 

 そんな私の顔には、驚きや苦悶の表情ではなく、笑みが(あふ)れていた。

 

「……ようやく、『できた』じゃない……♡」

 

 身体を起こす私の視線は、夜闇(よやみ)の中で文字通り星のように輝く『兎座』の紋章に向けられていた……

 

 

 

 

 

 ──何が起こったのか、自分でも分からなかった。マスカーニャに足蹴(あしげ)にされ、頭を踏みつけられそうになったところまでは何となく覚えている。

 

 だが、次に気付いた時にはいつのまにか『魔術師(マスカーニャ)』の背後に立ち、そして思い切り彼女を蹴飛(けと)ばしていた。

 

 つまり、私の今の行動は『無意識』のうちに引き起こされたのだ。

 

 ──一体、私は今何を……

 

 そう考え込む間もなく、か細く、しかし(あや)しげな笑い声が蹴飛ばした方向から聞こえてきた。

 

「……やってくれるじゃない……♡……そう来なくっちゃ……ね……♡」

 

 無意識とはいえ、私の渾身(こんしん)の不意打ちを()らったはずの彼女だったが、まるで全く効いていないかのように変態じみたにやけ(づら)を顔に浮かべていた。

 

「…………」

 

 色々なことが立て続けに起こりすぎて、茫然(ぼうぜん)とする私を他所(よそ)に、マスカーニャが言葉を重ねる。

 

「さぁ……本番はこれからよっ♡私を(たの)しませて頂戴(ちょうだい)♡」

 

 そう言うと、マスカーニャは私が見ている目の前で、(もや)のように一瞬で姿を消した。

 

 ──次の攻撃が来るっ! 

 

 満身創痍(まんしんそうい)の身体で反撃しようと、懸命に視界を動かし彼女の攻撃を待ち構える私だったが、先ほど繰り出した自らの攻撃の反動で、一瞬脚がふらついてしまった。

 

(しまったっ!!)

 

 当然、その(すき)を彼女が見逃すはずもなく、背後から気配が急速に近寄ってくるのを直感した。

 

 だが、意識では理解できていても、消耗しきった身体が、もはや言うことを聞かなかった。

 

 何とか自分の顔を気配のある方向に振り返らせると、『魔術師(マスカーニャ)』の鋭い爪が私の急所を目掛けて一直線に伸びているのを捉えた。

 

 だが、それが見えたところで私にはどうすることもできない。

 

 途轍(とてつ)もない敗北感と無力感をひしひしと感じながら、私はその攻撃に無防備に身体を(さら)け出した。

 

「フフッ……♡さっきのをもう一度見せてよ……♡『兎座(レプス)』さん……♡」

 

 彼女の期待を裏切ることになってしまって、少し申し訳ないな……と、苦笑を(にじ)ませながら、私は目をぎゅっと(つぶ)って『終わり』を待った。

 

 

 バチィィィッッッ!!! 

 

 

 無の暗闇が映っていた視界に、一瞬の(まばゆ)い光と共に、鋭い音が私の鼓膜を震わせた。

 

魔術師(マスカーニャ)』の攻撃がまだ私の急所に当たっていないことに気付いたのはその少し後だった。

 

 おそるおそる、目を開いてみる。すると、私の瞳に飛び込んできたのは、予想だにしない光景だった。

 

 ──黄色い体毛に覆われた、しなやかな身体(ボディ)……

 

 ──そこからバチバチと青白い火花(スパーク)(ほとばし)らせている、そのシルエットは……

 

 ──私の急所に向けて振り下ろされた『魔術師(マスカーニャ)』の右腕を、振り返った私のすぐ目の前で両腕で受け止めていた。

 

 マスカーニャの方も何が起こったのか、理解できていなかったようで、私と同じく驚きの表情を見せていた。

 

 だが、私には一瞬で理解できた……

 

 ──いや、むしろできないはずがない……

 

 ──至近距離の『彼』から(ただよ)う匂い……

 

 ──そして、昔から憧れ、愛しているその凛々(りり)しい後ろ姿を見間違えることがあろうか……

 

「──ゼロに……ゼロッ!?」

 

 

 

 

 

 今から2時間ほど前。俺は、マチエール……いや……『エスプリ』と一緒に、夜のミアレシティのパトロールをしていた。

 

 マチエールは俺と出会う前、ある『騒動(そうどう)』に巻き込まれたらしく、その『騒動(そうどう)』の中で、彼女は『イクスパンションスーツ』という第三者による遠隔操作が可能な特殊なスーツをある人間に着せられて、『エスプリ』という名でポケモン泥棒や美術館へのイタズラなどの悪事を働かせられていたという。

 

 ──俺からすれば、年端(としは)も行かない少女を使ってそんなことをさせるような人間は外道(げどう)の中の外道だと思うのだが、それでも彼女は『クセロシキおじさん』と呼ぶその人間のことを未だに恨んだり(うと)んだりすることはないのだという。

 

 とにかく、その『騒動』以来マチエールは、彼女を救った国際警察の男(ハンサムおじさん)が使っていた『ハンサムハウス』という探偵事務所の2代目所長として、ミアレシティの平和を守るために日々を過ごしているのだという。

 

 昼は『ハンサムハウス』2代目所長の『マチエール』として、ミアレシティのトラブルや困り事を解決する探偵として過ごし、夜は『イクスパンションスーツ』着用者の『エスプリ』として、ミアレシティの夜を守るためにパトロール活動をするのが、彼女の日課だった。

 

 そんな『エスプリ』に誘われ、いつのまにか俺もそのパトロールに同行するようになっていたのだ。

 

 俺とエスプリは、ミアレシティのサウスストリート沿いのオフィスビルの屋上で、フェンスに寄りかかり、座りながら休息を取っていた。

 

「ふぅ……今日は特に、異常なしっと……」

 

 着用者の身体能力を強化するイクスパンションスーツを着ていても、さすがに小一時間も跳んだり走ったりすると疲れが隠せないのか、エスプリがヘルメット越しに少し息を荒げながら言った。

 

「結局、昼間にユイちゃんを襲ったっていうポケモンの手がかりは見つからなかったね……」

 

 今度は隣に座る俺に向かって、話しかけてきた。表情はヘルメットに隠れてよくわからないが、その口調から不満が漏れ出しているのが感じ取れた。

 

「だな。昨日、ユイが『兎座(レプス)』に襲われた場所も念入りに調べたけど、特に怪しいヤツは見つからなかったし……今日はもう引き上げるか?」

 

 ユイを立て続けに襲ったポケモンたちを絶対に許せなかった、というのが俺の本心だったが、有力な手がかりが掴めない以上、エスプリ(マチエール)に負担を()いる訳にはいかないと思い、俺は感情を抑えながら撤退を提案した。

 

「うん……悔しいけど、今日はもう……」

 

 エスプリがそこまで話した次の瞬間、

 

 ──ファン! ──ファン! ──ファン! ──

 

 と、けたたましい音量のサイレンが俺たちの耳を(つんざ)いた。

 

「え……なに……?」

 

 驚きのあまり、俺たちはほぼ同時に飛び上がって音の先を見ると、数台のパトカーがノースサイドストリートの方へ物凄いスピードで走り去って行くのが見えた。

 

「なんか……あったっぽいな……」

 

「……そうみたい……だね……」

 

 あまりに唐突すぎて、俺たちはしばらく呆然(ぼうぜん)としていたが、突然エスプリが気を取り戻して、勢いよく言った。

 

「これはタダごとじゃないよ! 行こう、ゼロ!」

 

 俺はエスプリに手を引かれる形で、パトカーの去った方へと急いで向かって行った。

 

 

 パトカーが止まっていたのは、ミアレ美術館前の道路だった。大勢の警察官が慌ただしく話したり走り回っている。

 

 俺とエスプリは、その合間を()(くぐ)りながら、一際(ひときわ)恰幅(かっぷく)の良い壮年(そうねん)の警察官の元へと向かって行った。

 

「こんばんは! 警部さん!」

 

 エスプリが話しかけると、警部と呼ばれた壮年の警察官は、一瞬怪訝(けげん)な表情をこちらに向けるが、エスプリの姿を見るや、その態度を急変させた。

 

「おぉ! マチエールちゃん……いや、今はエスプリちゃんか……!」

 

 それまで眉間に(しわ)を寄せていた警部は、白い歯を見せて笑いかけてきたのだった。

 

 エスプリ……つまりマチエールはハンサムハウスの探偵として活動していく中で、依頼された仕事はしっかりとこなし、人情に(あふ)れ、どんなトラブルでも解決することから、ミアレシティの住民にとっては頼れる存在となっていた。

 

 ミアレシティに駐在する警察の間でも、そんな彼女の仕事ぶりに感心する者は多く、警察からの仕事を依頼されることも多々あった。

 

 ミアレシティの警察にとってマチエール、そしてエスプリは邪魔どころか、むしろ心強い存在なのだ。

 

「それで……一体何があったんですか?」

 

 エスプリが問いかけると、警部は頭をポリポリと()きながら神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで答えた。

 

「あぁ……実はな……ついさっき、ミアレ美術館の宝石が何者かに盗まれたんだ……」

 

「えぇ!? 宝石泥棒!?」

 

 エスプリが驚くのも、無理はない。

 

 ──彼女もかつて、この美術館に展示されていた絵画にイタズラ書きをさせられたことがあったのだが、その後のミアレ美術館はセキュリティを大幅に強化し、ねずみポケモン1匹入れないほどの厳重な防犯対策が施されていたからだった。

 

「一体、誰がそんなこと……」

 

 戸惑いを隠せないエスプリに、警部がふと口を開いた。

 

「目星はついている……奴だ……」

 

「奴……って? まさか……!?」

 

「そう……『魔術師(マジシャン)』だよ……」

 

 

魔術師(マジシャン)』……その名は俺もよく知っていた。

 

 ここ最近、ミアレシティのニュースを賑わせている、正体不明の泥棒……それが、『魔術師(マジシャン)』だった。

 

 彼……もしくは、彼女が人間なのか、ポケモンなのか……はたまた違う存在なのかすら定かではない。

 

 それほどまでに正体が(つか)めない、まさに『魔術(マジック)』を使っているとしか思えないほど、鮮やかに、そして巧妙に、『魔術師(マジシャン)』は、ミアレシティの金品や貴重品類を次々と盗み出していたのだった。

 

 警察も徹底的に捜査を行い、マチエールにも協力を(あお)いで何とか尻尾を掴もうとしているのだが、防犯カメラや目撃者など、一切の痕跡を残さないその見事な手口に、手も足も出ない状況となっていた。

 

「今、警察の方は総出で美術館内の捜査を行っているが、有力な手がかりはまだ掴めていなくてね……」

 

 肩を落としながら俯く警部に、マチエールが元気づけるように言葉をかける。

 

「警部さん! 私たちにも手伝わせてください! 私たちが、この付近にいるポケモンたちに聞き込みをしてきます!」

 

 その言葉を聞いた警部は、少し呆気(あっけ)に取られた表情で顔を上げた。

 

「……いいのかい? 任せても……」

 

 エスプリは右手で胸を叩きながら答えた。

 

「はい! 私も警察の皆さんの力になりたいです! 必ず、『魔術師(マジシャン)』を捕まえましょう!」

 

「……ありがとう、エスプリちゃん……! おっと、すまない。捜査官が私を呼んでいるようだ。では、すまないが頼んだよ!」

 

 そう言うと、警部は同じ制服が行き交う雑踏(ざっとう)の中へと姿を消して行った。

 

 

「そう……わかった! 話を聞いてくれて、ありがとうね!」

 

 ミアレ美術館周辺の路地でポケモンたちに聞き込みを行っていたエスプリは、野生のビビヨンにそうお礼を言うと、ハァ……と短くため息を吐いた。

 

「どうだった? ……って、聞くまでもないか……」

 

 エスプリの反応を見るに、聞き込みの成果は期待外れのようだった。

 

「ううん……誰も目撃していないって……そっちは?」

 

 ちょうど聞き込みを終えてエスプリの元へ戻ってきた俺の方も、息を深く吐き出してエスプリに答えた。

 

「……こっちもだ。事件があった頃、美術館周辺に怪しい人間やポケモンを見た者はいなかったそうだ……」

 

「そう……」

 

 エスプリはすっかり意気消沈したかのように見えたが、やがて彼女のスーツがプルプルと震え出し始めたのが見えた。

 

「あ〜もうっ!! 今日はなんて日なのっ!! ユイちゃんは昨日に続いて非道(ひど)い目に()うし、『魔術師(マジシャン)』にはまんまと宝石を盗まれるし……!!」

 

 俺は怒りに打ち震えるそんな彼女を(なだ)めるように言葉をかけた。

 

「おいおい、落ち着けって。今日がダメでも、明日頑張れば何とかなるだろ。今日はもう、警察に報告だけして引き上げないか?」

 

 俺の言葉で冷静さを取り戻したのか、エスプリが静かに言った。

 

「……そうね……今日はもう遅いし、ここまでにしましょう……」

 

 エスプリは俺に背を向けながら続ける。

 

「……警察の人たちも、もう美術館から帰っちゃったみたいだし、私はこれから警察署に行って調査報告と情報収集に行ってくるわ。ゼロ、あなたは先に『事務所(ハンサムハウス)』に戻って休んでていいわよ。付き合ってくれて、ありがとね」

 

 そう言うと、エスプリは勢いよく俺の前から走り去って行った。

 

「あぁ、わかった。気をつけて帰ってこいよ〜!」

 

 俺は視界からどんどん遠ざかっていく漆黒のスーツに向かって、声を張った。

 

「さて……と……ん?」

 

 帰路に向かおうとした俺の耳に、(かす)かな音が聞こえてきた。

 

 ──何かが叩きつけられるような音……それも、すぐ近くのようだ。

 

 しばらくすると、再び物音が聞こえた。

 

 聴覚を頼りに視線を向けると、その音はどうやらミアレ美術館の上の方から聞こえてきたようだった。

 

 美術館内は盗難事件があったばかりのため、厳重に立ち入り禁止の措置が施されているはず……とすると、屋上か! 

 

 そう判断した俺は、誰もいなくなったミアレ美術館の外階段を急いで駆け上がり、建物の屋上へと向かった。

 

 

 ──たどり着いた俺の目に入ってきたのは、衝撃の光景だった。

 

 ──屋上の中央あたりで、全身がボロ雑巾(ぞうきん)のように傷ついて立っていたのは、なんと昨日ユイを襲ってきた、あの『兎座(ミミロップ)』ではないか! 

 

 ──間違いない! 胸に輝く謎の光がそれを物語っている! 

 

 そして、その周りを素早く動き回り、『兎座(レプス)』の(すき)(うかが)っているもう1匹のポケモンも目に入った。

 

 そのシルエットには見覚えがあった。よく見ると、それは今日の昼間、ユイに襲いかかったポケモン──マスカーニャだったのだ! 

 

 ──まさか、自分が追っていたポケモンが2匹とも同時に見つかるなんて……

 

 ──ましてや、この状況から察するに、この2匹は戦闘(バトル)の最中のようだった。

 

 ……これは絶好の好機(チャンス)だ。俺はそう思った。

 

 このまま、こいつらが潰し合って消耗(しょうもう)したところを襲い掛かれば、一網打尽(いちもうだじん)にできる、そう考えていたからだ。

 

 ──だが、俺はふと『兎座(レプス)』の様子がおかしいことに気がついた。

 

 さっきから、『兎座(レプス)』の周囲をマスカーニャがぐるぐると素早い動きで回っているが、『兎座(レプス)』はまるでマスカーニャの姿が全く見えていないかのように、キョロキョロとしきりに辺りを見回していたのだ。

 

 ──確かにマスカーニャの動きは素早いが、決して目で追えない早さではない。これは一体、どういうことなのだろうか……

 

 そう考えている内にマスカーニャが、姿勢を(くず)した『兎座(レプス)』の背後でピタッと動きを止める様子が見えた。

 

 おそらく、背後から奇襲を狙うつもりなのだろう……

 

 しかし、あろうことか『兎座(レプス)』の方は、その動きに全く気付いていないようだった。

 

 マスカーニャが『兎座(レプス)』に向かって鋭い爪を立てて急突進し始める。

 

 一瞬遅れて気配に気付いたのか、『兎座(レプス)』が顔を振り向かせる。

 

 だが、あれでは受け身が間に合わない……

 

 ──攻撃をまともに()らうだろう……

 

 そう考えたのも(つか)の間、俺の身体は無意識のうちに動いていた──

 

 

 バチィィッッ!!! 

 

 

 何故、俺はこのような行動を取ったのか、自分でも全く分からなかった。

 

 あのまま、『兎座(レプス)』が攻撃を受ける様を黙って見ていれば、絶好のチャンスが訪れていた(はず)なのに……

 

 俺が気付いた時には、マスカーニャの右腕から『兎座(レプス)』の急所を目がけて繰り出された攻撃を、両腕で受け止めていた。

 

 興奮のあまり、身体中から放電したプラズマが、マスカーニャの攻撃を受け止めた際に耳を(つんざ)くようなスパークの轟音を生み出していた。

 

「──ゼロに……ゼロッ!?」

 

 ──背後から、『兎座(レプス)』の()頓狂(とんきょう)な声が聞こえて来る。

 

 ──無理もない。自分でも一体何をしているのか理解できないのだから……

 

「なんで……なんで、あなたがここにっ!?」

 

 俺は振り返らずに独り言を呟くかのように口を開いた。

 

「……んなこと、俺が聞きてぇよ……ったく」

 

 すると、呆気(あっけ)に取られていたマスカーニャの方も正気を取り戻したのか、素早く()退()いて俺との距離を取る。

 

「……あなた……たしか、今日のお昼頃に私を追いかけていた……」

 

 マスカーニャは左手の人差し指を(あご)に当て、何かを思い出すような仕草をした。

 

「あぁ……よくもユイに手を出しやがったな……会いたかったぜ……!」

 

 もはや『兎座(レプス)』を(かば)ったことなどどうでもいいかのように、俺は怒りを(あら)わにしていた。

 

「へぇ……『ユイ』ちゃんを傷つけられたのが、そんなに許せなかったんだぁ……♡カッコいいじゃない……♡」

 

 挑発するかのように首を斜めに傾けながら、その雌猫ポケモン(マスカーニャ)は俺に言葉を発した。

 

「……な……んだとぉ……!!」

 

 俺はマスカーニャに飛びかかりそうになるが、その肩を強く引っ張られた。

 

 思わずバランスを崩しそうになった俺が顔を横に向けると、そこには傷だらけの様子の『兎座(レプス)』がこちらに向かって首を振っていた。

 

「やめて……これは私の戦いなの……あなたは邪魔しないで頂戴(ちょうだい)……!」

 

 今にも倒れそうな(くせ)に、強気な言葉を投げつける『兎座(レプス)』に、俺は静かに、しかし力強く吐き捨てた。

 

「そうはいかねぇ……俺だってアイツには用があるんだ……お前こそ、そんなボロボロの身体で何ができるんだよ……」

 

 そんな俺たちの様子を嘲笑(あざわら)うかのように、マスカーニャが声をかける。

 

「あらあら……どっちが私の相手をしてくれるのかしら?」

 

 俺は肩に手をかけて(さまた)げる『兎座(レプス)』の身体を突き飛ばして、地面に倒れ込ませると、マスカーニャの方へ向き直った。

 

「……痛っ!!」

 

兎座(レプス)』の小さな悲鳴にも耳を向けず、俺はマスカーニャを思い切り睨みつけた。

 

「へぇ……メスのポケモンに、そんなことしちゃうんだ……♡ひどいポケモンさんね……♡」

 

 マスカーニャは相変わらず、俺を()き付けるようなセリフを口にしていた。

 

「……お前がユイにした仕打ちの報いを受けてもらうぞ、マスカーニャッ!!」

 

 そう言うと、俺はマスカーニャの懐に素早く(もぐ)り込み、彼女の顔面に向けて渾身(こんしん)の『かみなりパンチ』を繰り出した。

 

 ──しかし、彼女は俺の拳が当たる寸前で避けてみせた。

 

「へぇ……結構早いじゃない……もうちょっと動くのが遅かったら、危なかったわ……」

 

「ちっ……外したか……だが、次は当てる」

 

「そう上手くいくかしら……♡」

 

 すると、マスカーニャの胸のあたりが何やら強く光り輝き始め、彼女の姿が見る見るうちに、煙のように消えていく……

 

 ──ように見えたが、それは一瞬だけだった。

 

 彼女の姿はこの眼で、しっかりと捉えられている。

 

「さぁ……私の姿が見えるかしら……♡イケメンのポケモンさん……♡」

 

 まるで、自分の姿が見えていないことを前提に俺に挑発しているように聞こえるが、バッチリとマスカーニャの姿は見えていた。

 

 どうやら彼女は油断して、俺のすぐ右隣の位置に立っているようだった。

 

 怪しすぎて、逆に罠を仕掛けられているのではないかと疑ったぐらいだ。

 

 ──だが、この好機(チャンス)を逃すわけがない! 

 

 俺は彼女に気取(けど)られないように、ギリギリまで彼女に視線を向けることなく、右横に立つそのスリムなボディを目がけて、身体を半回転させながら左拳を思い切り叩き込んだ。

 

 

 ドゴォォッッ!! 

 

 

 鈍い音が、ミアレ美術館の屋上に響き渡る。

 

「……ッ!?」

 

 マスカーニャは見たことのないほど驚愕に崩れた表情を浮かべ、

 

「……えっ?」

 

 近くで倒れ込んでいる『兎座』は何が起こったのか、まるで理解できていないかのような表情を浮かべていた。

 

「……言っただろう……『次は当てる』ってな……」

 

 俺がそう呟くのとほぼ同時に、ドサァァァァという音ともに、マスカーニャの華奢(きゃしゃ)な身体がコンクリートの地面に叩きつられた。

 

「……なん……でっ……! 私の……姿がっ……!」

 

 地面に仰向(あおむ)けに倒れ、泡を食ったかのような表情を見せるマスカーニャの前に立ち、彼女を見下ろす。

 

 そして、マスカーニャに何か言おうとする前に、彼女の口から小さな悲鳴が聞こえてきた。

 

「……っ!? ……そっ……そんなっ……そんな……まさかっ……あなたは……あなたのその胸の『紋章』はっ!?」

 

 ──俺の胸の『紋章』……? 

 

 ──何だ? 

 

 ──何を言っているんだ、こいつは? 

 

 そう思いながら、自らの胸を見下ろす。

 

 すると、そこに見えたのは、自分でも見たことがないほど光り輝く、『兎座(レプス)』やマスカーニャのものと同じ、『紋章』が浮かび上がっていたのだった──





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