偽りの兎座   作:コユルギミカン

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兎座の輝き

 ──結局、彼は私の詰問(きつもん)に答えることはなかった。

 

 右脚の後は、左脚、そして右腕、左腕の順で力強く踏み潰した。

 

 左脚を潰した時、彼は僅かに声を上げたが、その後は両腕を潰しても咆哮(ひめい)はあげなかった。意識は(かろ)うじてあるようだったので、もう叫ぶほどの体力も残っていなかったのだろう。

 

 私は、ごろつきポケモンの最後の肢体(したい)から右脚を上げると、彼の胸部(きょうぶ)にそれを優しく乗せた。

 

 弱々しい心臓の脈動が、(あし)を通して伝わってくる。

 

「へぇぇ、4本とも折られても答えないなんて……すごいじゃない」

 

 時間と労力をかけたのに、(かたき)の情報を引き出せなかった(くや)しさと焦燥(しょうそう)(さと)られないよう、平静(へいせい)を装い私は精一杯の皮肉を言った。

 

 その私の内心を知ってか知らずか、ゴロンダはこの()に及んで不気味な笑みを浮かべ、消え入りそうな声で空気を震わせた。

 

「俺に期待してたみてぇだが……無駄足だったようだなぁ……ざまぁ……ねぇぜ……」

 

 彼の巨体に不相応(ふそうおう)なほど弱々しく、か細い声だったが、耳の良さが自慢の私の聴覚ではっきりと捉えることができた。

 

 その言葉で図星を突かれたように感じた私は思わず、右脚に力を込めて思い切り踏み込みたい衝動に駆られるが、少しだけ瞳を閉じて必死に(こら)えた。

 

 刹那の後、私はゆっくりと目を開き、やっとのことで無機質な声を出した。

 

「そうかもね……でも、仕方ないわ。まさか、自分の四肢(しし)を犠牲にしてでも仲間を売り渡さないほどの気概(きがい)があなたにあったなんて思わなかったもの」

 

 そう、それに気付けず私はこの日の『活動時間(チャンス)』を無駄にしてしまった。

 

 本当に愚かだったのは、ゴロンダが情報源になり()ないとすぐに判断し、早々(そうそう)に始末して別の情報源を探しに行くべきだったのに、それができなかった私の方なのだ。

 

 なぜ、私はこれほどまでにこのポケモンに執着(しゅうちゃく)してしまったのだろう……

 

 そんな後悔と反省の念に(おぼ)れそうになった私は、歯を少し食いしばってからゴロンダに最後の言葉を手向けた。

 

「……じゃ、あなたにはもう聞けることもないみたいだし、そろそろ終わりにさせてもらうわ。あなたがもし、生きて見つかって他の仲間から今日のことを聞かれたら、こう答えればいいわ」

 

 そう言うと、ゴロンダの胸に当てていた右脚を(そら)に軽く持ち上げた。そして私は、自分の胸から漏れる光を手で指し示しながら、一言だけ添えた。

 

「『兎座(レプス)』にやられたってね」

 

 言い終わると同時に、振り上げた右脚から最後の一発を彼の胸に叩き込んだ。

 

 事が終わった後、私は少し離れた壁に寄りかかっていたエレザードに歩み寄った。

 

 エレザードはゴロンダから受けた暴行によって身体中に痛々しい傷跡を付けられていたが、意識はまだあるようだ。

 

 私の接近に気付いたエレザードがゆっくりと口を開く。

 

「……ゴロンダを……奴を殺したのか……?」

 

 私はエレザードの隣の壁に寄りかかる形で座り込み、こちらに向けられた彼の顔を横目で捉えながら優しい口調で答えた。

 

「いえ……彼にはまだ利用価値があるから、(トドメ)は刺していないわ……」

 

「利用価値……?」

 

 エレザードは(いぶか)しむような表情を(あら)わにしながら聞き返してきた。

 

 私はそんなエレザードの視線から逃れるように、少し(うつむ)きながら答えた。

 

「ええ……彼のような悪逆非道なポケモンは、確かに生かしておく価値はないわ。でも、彼には()えて生きてもらって、私の存在を裏社会の連中に知らしめてほしいの。そして、このミアレの裏社会に潜む私の真の仇を誘き出す。それが、彼を殺さずに生かした理由よ」

 

「……そうか……」

 

 エレザードは私から地面へと視線を逸らし、一拍(いっぱく)置いてから再び口を開いた。

 

「なぁ……なぜあんたは俺を助けてくれたんだ……? それに、あんたの『仇』って一体……?」

 

 彼の純粋な問いかけに、私は冷淡な口調で答えた。

 

「……私は別に、あなたを善意で助けたつもりはないわ。本当にあなたを助けるつもりだったら、真っ先に彼を始末していたと思うし。あと、私のことにはもう関わらない方がいいわ。あなたと……あなたの家族のためにも……ね」

 

 エレザードの事情については、ゴロンダと彼の会話をこっそり聞いていたので大体察していた。

 

 大事な家族が待っている彼を、私の個人的な復讐にこれ以上巻き込む訳にはいかない。

 

 改めて決意を固め、私は空を見上げながら力強く立ち上がった。エレザードが何か言おうと声をあげ始めたが、私の声がそれを制した。

 

「今日、ここで私を見たことは忘れて。あなたは、反社会的なポケモンの争いに巻き込まれて重傷を負ってしまった。それが、今日ここで起こった事。いい? わかった?」

 

 エレザードは開けた口を一度ゆっくりと閉じ、静かに頷いた。そして、再び小さく口を開くと私に語りかけるように言った。

 

「……わかった。あんたが望むのなら、これ以上あんたのことは詮索(せんさく)しないし、今日ここであったことは忘れる。ただ、これだけは言わせてくれ……」

 

 そこでエレザードの言葉が詰まったのを察した私は、彼の方を振り返った。

 

 すると、私は思わず呆気(あっけ)にとられてしまった。

 

 彼は、私に向かって頭を深々と下げていたのだ。そして、感極(かんきわ)まった様子で彼は言った。

 

「ありがとう……本当に……本当にありがとう」

 

「だから、そういうのいいって……もう……」

 

 私は困惑しながらも、口角(こうかく)を少し上げて小さなため息を吐き、そう呟いた。

 

 その後、私は傷だらけのエレザードを背負い、誰にも見つからないように細心(さいしん)の注意を払いながら、ミアレシティのノースサイドストリートに面するポケモンセンターの裏手まで夜闇(よやみ)を進んだ。

 

 このポケモンセンターに彼を運ぶことを選んだ理由は、ここは美術館やオフィスビルなど、ミアレシティの中でも深夜は人気の少ない閑静(かんせい)な建物に面していて、私の姿を見られるリスクが少ないと判断したからだ。

 

 運んでいる最中、彼は何度も私にお礼を小さく呟いていたが、私は気にしないでと言わんばかりに、彼を持ち上げた手で彼をさすってあげていた。

 

 そして、目的地のポケモンセンターの裏手にたどり着いた。時刻は既に午前0時を回ろうとしていた。(さいわ)い、誰にも見つからずに来られたことにホッとした私は、エレザードをゆっくりと地面に()ろすと、いよいよ最後の別れの言葉を彼にかける。

 

「……後は表通りまで出て行けば、ポケモンセンターの人間とポケモンが何とかしてくれるはずよ。じゃあ、達者(たっしゃ)でね。なるべく早くご家族の元に帰って安心させてあげて……」

 

 エレザードはまたもや私に向かって深々と頭を下げ、お礼を言う素振(そぶ)りを見せたので、私は思わず頭を(かか)えしまいそうになってしまった。だが、心の底から感謝の気持ちを伝えようとしている彼の意思を無視できなかった。

 

「あぁ……あんたには本当に感謝している。どうか、あんたも気をつけてな……そういえば」

 

 彼は頭を上げて私の顔を見ると、思い出したかのように質問を投げてきた。

 

「あんたの名前、聞かせてくれないか。大丈夫。当然誰にも言わないけど、この恩を忘れないためにも最後にどうか教えてくれ……」

 

 私は率直に考えて断ろうとした。

 

 彼に私の本当の名前を伝えたとして、万が一にも彼が何かの拍子にその名前を誰かに言ってしまうだけで、私の『復讐(もくてき)』とこれからの『生活(じんせい)』を大きく狂わせてしまうリスクがあったからだ。

 

 しかし、傷つきボロボロになっていた彼が私に感じている恩義を、無下(むげ)に扱ってしまって本当によいのかという疑念が頭をよぎった。

 

 少し悩んだ末、私はゴロンダに名乗った『通り名(ぎめい)』の別称(べっしょう)を彼に教えることにした。

 

 これであれば、色々と都合がいいと思ったからだ。

 

「『兎座(レプス)』……それが私の名前よ。物好きで、勇敢で、素敵なパパさん……」

 

 そう言い終わると、目を丸くするエレザードを尻目に、私は天高く跳び上がり彼の視界から消え去った。

 

 

 エレザードと別れた後、私は再びゴロンダの元へ戻った。虫の息の状態の彼を、このまま人目のつかない路地裏に放置していては誰にも見つからずに(みじ)めに、無意味に命を落としてしまうかもしれない。

 

 そう考えた私は、彼の『仲間たち』が倒れているであろう、表通りの『施設』の中へと彼を運んでやった。

 

 エレザードの時とは違い、巨体を両腕で乱暴に引き()り、建物の玄関口から彼の身体を振り回すようにして室内に投げ入れた。

 

 私の期待通り、彼の意識は完全に飛んでいるようで、そのような扱いをしても彼の体は微動だにしなかった。

 

 後は、運良く誰かに見つけてもらって私の存在を広めてもらえれば、それでいい。

 

 私は再び夜闇に染まった裏路地に歩いていくと、ホッと一息を吐きながら、建物の間を天高く昇る満月を見上げた。

 

「さてと……次はどうしようか……なっ!?」

 

 突然、胸に鋭い痛みが(はし)り私の思考を途切らせた。おそるおそる胸を見下ろすと、胸に(たた)えていた淡い光の輝きが弱々しいものになっていることに気がついた。

 

「うっ……そぉ……今日はもう……時間切れってことぉ……?」

 

 私は鈍い痛みが響き続ける胸を片手で抑えながら思わず弱々しく呟いてしまった。

 

 普段であれば、この時間でも何の問題もなくまだまだ動けるはずなのに……いや、でも冷静になってみれば今日のところはこれが限界かもしれない。

 

 ゴロンダとその仲間、裏社会の連中との戦闘。

 

 何十匹と相手していたのだから、相当消耗してしまったはずだ。

 

『この力』は、非常に強力な分、本来ならば慎重に扱わなければならないはずなのに……

 

 ──全く……

 

 つくづく考えると今日の私は迂闊(うかつ)な行動ばかりとっていていて(あき)れ返るしかない。

 

 皮肉めいた苦笑(にがわらい)を浮かべながら、徐々に痛みを増していく胸の痛覚に負けないよう、私は力強く地面を蹴って星々の(またた)(そら)に向かって()んだ。

 

 

 

 ミアレシティにはプリズムタワーを中心として、5つの広場が正五角形を描くように配置されている。

 

 その中でも、真北に位置する広場、ルージュ広場の方角に向かって私は建物の屋上を跳び渡っていた。

 

 胸の光が弱まるとともに、そこから(はし)鈍痛(どんつう)がその勢いを増していくのを感じながら、私はがむしゃらに跳び続けた。

 

「……ハァ……ハァ……やっと……ついた……」

 

 私が目的の建物の前に着いた時、既に胸の痛みは張り裂けそうな勢いまで達していた。

 

 痛覚の源にある光も、私の(かす)れた呟きのように消え入りそうになっていた。

 

「……ぐっ……本当に……もう限界……はやく……戻らないと……」

 

 残された最後の気力を振り絞って、その建物の2階にあるベランダに跳び乗った。

 

 そしてそのまま体勢を低くしながら、()き出し窓のガラス越しに、室内の様子をそっと見回した。

 

 部屋の明かりは()いておらず、僅かに差し込む街灯の光だけが頼りだった。

 

 私の期待通り、部屋の隅にあるベッドや部屋の床には誰もおらず、部屋の中心に置かれたソファに小さな影が横たわっているだけだった。

 

「……あぁ……よかった……『まだ』帰ってきていない……っつぅ!!」

 

 安堵(あんど)してホッとした表情を浮かべかけたのも束の間、すぐに胸を(えぐ)り取るような痛みが私を苦悶(くもん)に満ちた表情へと押し返した。

 

 私は急いで、(あらかじ)め開けておいた部屋の窓を開けるとソファの上の影に近づきながら、声をかけた。

 

「ただいま……私よ……今、戻ったわ……今晩もありがとう……『モル』」

 

 すると、ソファに横になっていた影は勢いよく体を持ち上げ、ソファの腕かけ越しにこちらへちょこんと姿を晒した。

 

 ちょうど真っ暗闇だった部屋に満月の月明かりが差し込み、はっきりとその姿を視認することができた。

 

 それは、体の割に長い片耳を可愛らしく丸め、つぶらな瞳でこちらを見ている。耳の先と腰部(ようぶ)に生えたもこもこの毛がひときわ目立つ。

 

 種族名は……そう、ミミロルだ。私に『モル』と呼ばれたミミロルは、笑みを浮かべながら元気な声で答えた。

 

「おかえり! おねーちゃん! 今日は早かったね……って、大丈夫!? ……うわ、顔色がすごく悪そうだよ!?」

 

 痛みに耐え切れず、思わず片膝(かたひざ)をついてしまった私に、モルは不安げに両耳を丸めて近づいてきた。

 

 朦朧(もうろう)としてきた意識に(あらが)いながら、私は苦笑いしてモルのふわふわの頭を()でた。

 

「……おねーちゃんって呼ばないでっていつも言ってるのに……ごめん、しくじっちゃった……今夜はここまでで大丈夫だから、もういいわよ……」

 

 モルは小さな鼻をヒクヒクとさせ、少しホッとした様子で言った。

 

「……うん、わかった……今日は大変だったんだね……おつかれさま……いっぱいお喋りしたかったけど、また今度一緒に話そう、おね……いや、(⚫︎)(⚫︎)さん!」

 

「……ええ……必ず……また会いに行くわ……さぁ……行って……」

 

 私は弱々しくそう答えながら、徐にソファへ倒れ込み、体を投げ出した。

 

 ほぼ同時に、掃き出し窓が閉まる音が背後から聞こえた。

 

 モルが帰ってくれたのだろう。

 

 ソファの上に横たわった体勢で、意識を刈り取ろうかというほど肥大した痛みの(うず)く胸のアザに左手をあてた。

 

 そして、私は祈りと共に小さく呟いた。

 

 ───紋章(もんしょう)よ……(しず)まれ! ───

 

 すると、私の全身が神秘的な光が包み込み始める。

 

 その光の奔流(ほんりゅう)の中で、私は今晩の一件を走馬灯(そうまとう)のように回想していた。

 

 復讐をほとんど進展させられなかった自身の不甲斐(ふがい)なさ。仇が姿を隠し、ゴロンダのような悪党が跋扈(ばっこ)するミアレシティ……いや、カロス地方に潜む闇への敵愾心(てきがいしん)

 

 家族のために、自らを犠牲にして立ち向かったエレザードへの感銘(かんめい)

 

 そんな勇敢で優しい父親を持つ、彼の家族への羨望(せんぼう)

 

 一歩間違えれば自らを滅ぼすこの能力を使い続けることでしか先に進むことができない自らの非力さへの悔恨(かいこん)と、その先に待つ未来への漠然(ばくぜん)とした不安。

 

 そして、愛する亡き母への安らかな祈り。

 

 それらの感情が私の中でドロドロに混ざり合い、私の瞳に水晶のような(しずく)となって姿を現した。

 

 それが小さな(まぶた)から流星の如く(こぼ)れ落ちるのと同時に、私の意識は深淵(しんえん)の眠りへと(いざな)われるのだった。





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