偽りの兎座   作:コユルギミカン

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託されたチカラ

 ──その夜に見た夢は、あの惨劇(さんげき)の続きの記憶だった。

 

 あったかい……何か、プニプニした感触のものが、お腹を覆っているのを感じて、私は目を覚ました。

 

「ん…………」

 

 いつの間にか夜が明け、(おだ)やかな()だまりに晒されていた私は、ゆっくりと目を開け、自分の腹部がどういう状態になっているのかを目を(こす)りながら確かめようとした。

 

 段々と開けた視界で見ると、なんと何やら紫色のジェル状の物体が腹部に(おお)(かぶ)さっているではないか。

 

「き……きゃああああ!!」

 

 私はその得体(えたい)の知れない存在に驚き恐怖し、思わず甲高(かんだか)い悲鳴を上げてしまった。

 

「な……何よこれ!! 一体何だっていうの!?」

 

 すると、私の声に反応するかのように、謎の物体は私の腹の上でプルプルと震え出した。その奇妙な光景に耐えきれず、再び悲鳴を上げようとしたその時、どこからともなく声が聞こえてきた。

 

「目が覚めたんだね! よかったぁ〜。ずっとうなされていたから、心配したよ〜」

 

 私はハッと目を見開きその声の主の姿を探すが、周りを見渡してもそれらしき気配は感じられない。

 

「あれ……おかしいな……今、声が聞こえたような……」

 

「あ……もしかしてボクのこと探してる? ちょっと待って、今顔を出すから」

 

 いや、間違いなく声が聞こえる。それも、かなりの至近距離からだ……まさか……と思いながら、私はお腹に乗っかっていた物体におそるおそる目を向けた。

 

 すると、そこにはいつの間にか顔のような形が浮かび上がっているのが見えた。

 

 そこで、初めて私はこの不気味な物体と思っていたものの正体がポケモンであることを直感的に理解し、少しだけ冷静さを取り戻した。

 

「あなたは、ポケモン……なの? 見たことのない種族のようだけど……」

 

 私の質問に、彼は全身を震わせながら自己紹介を始めた。

 

「うん、ボクはメタモン。仲間からは『モル』って名前で呼ばれていたよ。よろしくね、おねーちゃん」

 

「え……ええ、よろしく。私はユイ。ねぇ、モル……くん……早速で悪いんだけど、私のお腹から降りてくれないかな……その……何というか……このままだと少し変な感じがするかな〜……って」

 

「あっ! ごめんね! おねーちゃん、この寒空(さむぞら)の下でお腹を出して眠っちゃってたものだったから、身体が冷えないように温めようとしてたんだ。すぐ降りるから、ちょっと待っててね」

 

「そうだったの……ありがとう、モルくん」

 

 そう言うと、モルと名乗るメタモンは必死に軟体(なんたい)を動かしながら、いそいそと私の体から降りていった。そして私は上体を起こし、モルの方へ向き直った。

 

「ボクのことは、呼び捨てでいいよ。それより、おねーちゃんはどうしてうなされていたの? 身体も傷ついていたみたいだし、何かあったの?」

 

 私はその質問に胸を詰まらせながらも、自分の身を案じてくれたモルに報いたい一心で、あの夜の惨劇についての一部始終を話すことを決めた。

 

「実はね──」

 

 

 

 私が全て話し終わると、モルは動揺した様子で言葉を発した。

「そ……そんな……おねーちゃんのお母さんと大切な仲間たちが……なんて酷いことを……じゃあ、すぐそこにある焼け跡がその……」

 

「……そうよ……そこにはたくさんのポケモンたちが暮らしていたわ。それが、たった一夜で……」

 

 そう言うと、あの夜の悲惨な光景がフラッシュバックしてきて思わず涙が出てきそうになってしまった。しかし、モルの次の一言がそれを押し戻した。

 

「ところでさ……ユイおねーちゃんって、意識がなくなる前はミミロル……(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)の?」

 

 モルのその言葉に、私は大いなる違和感を抱いた。ミミロル……(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)? 

 

「え……えぇ。そうよ。私はミミロル……(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)ユイよ」

 

 その言葉を聞いたモルは、釈然(しゃくぜん)としない様子で体を不規則に()り動かしていたが、しばらくして何か思い付いたかのように話し始めた。

 

「あのさ……ボク、見たものに『変身』できる能力を持っているんだ。その力を使って、今のおねーちゃんの姿に変身してみるよ。説明するより、そっちの方がわかりやすいと思う」

 

 そう言うと、モルは液体状の体を徐々に変形させていき、あるポケモンの姿へとその形を変えていった。

 

 そのポケモンとは、もちろん私と同じミミロル……ではなく、驚くべきことにそれは、母にそっくりなミミロップであった。予想外の光景に、私は少しの間言葉を失ってしまった。

 

「え……? 何……しているの? 私……私はミミロル……ミミロルのユイ……よ?」

 

 そう言いながら、私は立ち上がり改めて自分の体を確かめた。

 

 丸まっていたはずの耳は()れ下がるほど大きくなっており、体も心なしか重くなったような……そして、何よりも明らかに以前よりも視点が高くなっている……まさか……まさかっ!! 

 

「あっ……おねーちゃん! どこ行くの!」

 

 私は今の自分がどうなっているのかを確かめるために、『フォート』のすぐ近くにあった小さな池の方へと一目散に駆け寄って行った。そこは、かつて生前の母とともによく散歩していた思い出の場所だった。

 

 そして、水面(みなも)に映る自らの姿を目に焼き付けた。そこには、たった今モルが実演してくれた通り、母と瓜二つの顔が歪んだ表情を見せていた。

 

「そんな……どうして……」

 

 その時、水面に映る自分の今の姿を見て、私の脳裏(のうり)には2つの大きな疑問が思い浮かび上がっていた。

 

 1つ目の疑問点は、【なぜミミロルからミミロップへ突然『進化』したのか】ということだ。

 

 いや、正確には【なぜミミロルからミミロップへ突然『進化』(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)のか】といったところだろう。

 

 私はこれまでひ弱なミミロルとして母に庇護(ひご)されながら生きてきて、ポケモンとの戦闘(バトル)は一切(おこな)ってこなかった。

 

 それなのに、本来であれば戦闘による経験を積むことでやっと()()げられるはずの進化のプロセスを無視するかのように突然ミミロルからミミロップへと姿を変えたのは、なぜなのだろうか。

 

 それに、これは今更気づいたことだが先ほど目を覚ましてからの私自身の口調も、昨晩までのそれとは全く違う、大人びた雰囲気を帯びているのも気になる。

 

 ただ進化するだけで、自身の精神や意識がここまで急激に成長し、違和感なく定着するものだろうか? これは果たして、本当に『進化』と呼んでよいものだろうか? 

 

 そして、2つ目の疑問点は【私の胸で(きら)めいている光】のことだ。

 

 これについてはついさっき自覚したことだが、あの惨劇の夜の最後、私を苦しめていた、胸にあるアザの光が実は今まさに煌々(こうこう)と輝いているのだ。

 

 しかし、ミミロルの姿の時に感じた激烈な痛みは全く感じない。むしろ、身体中から力が(みなぎ)ってくるかのような、そんな未知のパワーが(あふ)れているのが感じられた。これは、一体どういうことなのだろう。

 

 池の水面に映る自分自身の姿をボーッと見つめながら逡巡(しゅんじゅん)を巡らせていると、背後からモルの声が聞こえてきた。

 

「お……おねーちゃん? だ……大丈夫?」

 

 私は顔を上げておそるおそる近づいてくるモルの方を振り向くと、(おだ)やかに微笑みながら答えた,

 

「え……えぇ……ちょっと考え事をしてただけだから……」

 

 そこまで言い終わると、ある考えが私の頭をよぎった。

 

「ねぇ、モル……あなたが私を見つけた時には、私の姿は既にミミロップになっていたの?」

 

 モルは体を前方に傾ける仕草をして肯定の意思表示をした。

 

「うん、そうだよ。ボクが見つけた時、おねーちゃんはうなされながら、今の姿で眠っていたんだ」

 

「そう……もしかして、その時私の胸から今のように光が出ていなかったかしら?」

 

 モルは再び頷くように体を傾けさせた。

 

「うん! 近くで見るとピカピカ光っていて綺麗だなって思って見ていたよ!」

 

「……わかったわ。ありがとう、モル」

 

 モルからの2つの返答を聞いて、私の中にある仮説が組み立てられた。もしかしたら、点と点が線で繋がるように、2つの疑問は結ばれているのかもしれない……

 

 私は(おもむろ)に立ち上がると、光輝く胸のアザに手を(かざ)した。そして、目を閉じて意識をアザに集中させる。そのまま、身体中の力を胸に集めるイメージで念じ始める。

 

「お……おねーちゃん?」

 

 モルの不安げな声が聞こえてくるが、私は構わず意識を集中させ続けた。そして、私の口からどこからともなく、無意識にある言葉が漏れ出た。

 

紋章(もんしょう)よ……(しず)まれ!」

 

 その言葉と連動して、胸で輝いていた白い光が放射状に私の体を包み込むように拡がり、やがてそれはオーロラのような神秘的な色に変化していった。

 

 その中で、私は眠りにつくかのような感覚に(おちい)り、重くなった(まぶた)を閉じてしまった。

 

 

 

「お……ち……」

 

 遠くからモルの声が聞こえるような気がした。やがて、それは徐々に近づいてくるように感じられた。

 

「お……ちゃん! おねーちゃん!」

 

 モルの声がはっきりと聞こえ、私はいつの間にか閉じてしまった瞼をパッチリと開けた。そして、私を心配そうに見つめているモルに優しく声をかけた。

 

「わたしはだいじょうぶ、だよ。モル」

 

 しかし、モルの表情には驚愕の様子が見てとれた。

 

「お……おねーちゃん? その姿……本当に、おねーちゃん……なの?」

 

 モルに言われて、私は改めて今の自分の姿を確認した。耳は小さく丸まっており、体も軽くなり、視点も元通りになっている。

 

 ──私の予想した通りだった。私の姿は、(⚫︎)(⚫︎)ミミロルのものへと戻っていたのであった。まるで、さっきまでの出来事が夢か何かだったかのように……

 

「やっぱり……そういうこと……だったのね……」

 

 私が独りで得心(とくしん)する一方で、モルの方は困惑を隠せない様子でいるようだった。

 

「え……なに……どういうことなの? 何が起こったの?」

 

 私はモルに答える前に、今何が起こったのかを実演し、また今度は逆のことができるのかを自分で確かめるために、光を失った胸のアザに再び手を当てて祈り始めた。今度は、アザから全身へ力を放出するイメージを念じながら。やがて、また勝手に私の口が動き始めた。

 

「もんしょうよ……ほとばしれ!」

 

 すると、またしても私の身体をオーロラ状の光が包み込んだ。そして、今度は先ほどとは逆の要領(ようりょう)で、その光が私の胸元のアザに向かって収束していった。

 

 再び閉じた目を開くと、モルの絶句(ぜっく)した顔が視界に映った。

 

「あ……え……?」

 

 私はその反応を見て、自分の仮説が完全に的中したことを悟った。

 

「驚かせてゴメンね、モル。これから、私に起こったことをちゃんと説明するから……」

 

 と言った直後、私のお腹から「グゥ〜」という特大の音が鳴り響いた。私は恥ずかしそうに顔を赤らめながら、モルに聞こえるギリギリの声量で言った。

 

「……その前に、ちょっとお腹が空いちゃった……かも……何か食べよっか」

 

「う、うん。そうだね……」

 

 そして、私とモルは手分けして森に自生するきのみや果物などを探し集め、共に食事にありついた。

 

 その間も、モルは座り込む私の身体を不思議そうにジロジロと見続けていたので、()(たま)れなくなった私は、味わう前にそそくさと食糧を(たい)らげ、まだ食べ続けているモルに説明を始めた。

 

「さて……と。じゃあ、私の体に一体何が起こったのか、説明するわね」

 

「モグモグ……うん」

 

「まず、私の胸の光についてなんだけど、これは元々胸にあった(あざ)から発せられているようなの。きっかけや理由はよくわからないけど、昨晩意識を失う前に突然光り出したのよ」

 

 モルには口でそう説明しつつも、この現象に関しては心当たりがあるということを頭の中で考えていた。母だ。

 

 母は死の間際、「残された『力』を託す」と言って、私の体に不思議な温もりを送り込んだ。きっと、その時に私の『力』が呼び覚まされたのだろう。

 

 このことをモルに言わずに隠した理由は、あの時の母の惨状をモルに伝えたくなかったこともあるが、何よりも私自身がそれを口にすることで、感情の波に押し寄せられ、この後の話がうまくできなくなってしまうかもしれないと思っていたからだ。

 

 私はそう逡巡しながらも口を止めずに、そのまま説明を続けた。

 

「そして、この胸の光が輝いている間、私は何故かミミロップの姿になってしまうみたい。自分でも全然訳がわからないけど、やり方はさっきモルに見せた通り、どうやら私の胸の痣に向かって強く念じれば勝手に私の口が動いた後、私の身体が光って『進化』か、あるいはその逆のようなことができるみたいね」

 

「そんなことができるなんて……おねーちゃんってすごいんだね!」

 

 きのみを食べ終えた様子のモルは、自身の感情を表すかのように、ゲル状の身体をプルプルと震わせながら言った。

 

 そして、私は先ほどから気になっていたあることについて、モルに話す決意を固めた。私は少し肩をすくめながら切り出した。

 

「ねぇ、モル……話は変わるんだけど……」

 

 そう言うと、モルが全身を傾けて疑問の素振りを見せる。

 

「ん? なに? おねーちゃん」

 

「その……『おねーちゃん』って呼び方、ちょっと変かなって思うの」

「えっ? どうして?」

 

「どうしてって……ほら、私って本当は弱くてちっぽけなミミロルじゃない? そんな私が、あなたに『おねーちゃん』って呼ばれることに、何だか変な感じがしちゃうのよ……ごめんね、ワガママいって」

 

 モルにはそう言ってみせたが、私が彼の呼び方に抵抗を感じたのには、他にも理由があった。

 

 怖かったのだ……これ以上、親しくなった誰かを失うことが。

 

 私は、昨晩の事件で最愛の母だけではなく、兄のように(した)っていたゼロや自分をいつも気遣ってくれていたゾロをはじめ、実の家族のように想っていた存在をたくさん失ってしまった。

 

 もちろん、目の前のモルが私の身を案じて心配し、寄り添ってくれていることには感謝してもしきれないほどだ。

 

 しかし、惨劇を通して精神的に追い詰められていた私はもうこれ以上大切な誰かを傷つけたく……失いたくなかったのだ。

 

 モルには悪いが、この食事が終わったらこの場を離れて自分の『目的』を果たそう。私はそう密かに考えていたのだ。

 

「そっかぁ……わかったよ、おね……いや、ユイ……さん?」

 

「うん。ありがと、モル。それじゃあ、私は行くところがあるから、ここでお別れね。私のこと、心配して気遣ってくれて感謝しているわ。さようなら、またどこかで会いましょう」

 

 やや早口で捲し立てるように言うと、私はスッと立ち上がり、モルに背を向け歩き出そうとした。すると、背後からモルの慌てたような声が聞こえてきた。

 

「あっ、ちょっと待って! まだ話したいことが……」

 

 その声を聞いて、やれやれといった表情で振り向こうとしたその時、別の方向からモルとは違う何者かの声が聞こえてきた。

 

 

 

「おい、てめぇら……そこで何してやがる……」

 

 そのドスの効いた(いか)つい声に反応し、私とモルはほぼ同時にそれが聞こえた方へ振り向いた。

 

 木々の間に生えている雑草を()き分けるようにして姿を現したのは、一匹のグラエナだった。

 

 鋭く突き刺さるような眼光(がんこう)を私とモルに交互に向け、「グルルル……」という唸り声を上げこちらを威嚇(いかく)しているようだ。

 

 それを見た瞬間、私は「しまった!」と心の中で叫んだ。

 

 このポケモンは、おそらくクノエシティ周辺の森に生息する、野生のポケモンだ。

 

 彼らは自分たちの縄張(なわば)りに侵入する人間やポケモンといった『侵入者』に容赦なく襲いかかることで有名だった。

 

 ユニオンに所属していたポケモンたちも、その例外ではなかった。野生のポケモンたちにとって、余所者(よそもの)のユニオンのポケモンたちなど、ただの『邪魔者』でしかなかったのだ。

 

 それに対抗するため、ユニオンのポケモンの中でも、母やゼロのように戦闘の実力がある者たちがチームを組み、野生のポケモンや外から来た人間たちなどからユニオンを守り続けてきた。

 

 そのチームこそが他でもない『ガーディアン』だった。しかし、今はそのユニオンもなく当然ガーディアンにいた屈強(くっきょう)なポケモンたちもいない。

 

 そんな中で、私たちは野生のポケモンに出くわしてしまったのだ。

 

 モルにも鋭い眼光を向けるグラエナと、それにブルブルと身体を震わせて怯えているモルの様子を見るに、私だけではなく、モルもこの周辺で元々暮らしているポケモンではないようだった。

 

 グラエナは私の姿を見て何かに気づいたかのようなリアクションで言葉を続けた。

 

「あぁ……? そこのミミロップ……てめぇ、どこかで見たことがあると思えば、あの『ユニオン』とかいうふざけた連中のポケモンじゃねぇか……」

 

 どうやら、このグラエナは私のことを亡き母、リンと勘違いしているようだった。

 

 そして、このグラエナはまだ昨晩の惨劇について知らないようでもあった。それに気づいた私は、場を穏便(おんびん)に済ませるように母のフリをしてやり過ごそうとした。

 

「え……えぇ……そうよ。今日はこの辺りを見回りしていたの。あなたに迷惑をかけたり危害を加えるつもりはないわ。だから、そんなにこちらを(にら)みつけないでくれない?」

 

「へぇ……『見回り』か……ところで、そこの弱そうなメタモンはその『見回り』の相棒ってところか? 見たところ、俺の攻撃を一発当てれば(たお)れそうな雑魚(ザコ)だがなぁ……」

 

 クククッと下品な笑いを溢しながら、かみつきポケモン(グラエナ)はこちらを挑発してきた。

 

 私は懸命に平静を取り(つくろ)いながらも、モルだけではなく『本当(ミミロル)』の自分のことまで馬鹿にされているような気がして、内心で(いきどお)りを感じざるを得なかった。

 

「あら……見当違いもいいところね。この子はただ迷子になってしまったポケモンなの。こんな森の中で、あなたのような『凶暴で野蛮な』野生ポケモンに襲われないように、付き添ってあげていたのよ」

 

 そう応えると、今度はグラエナの方の怒りに触れたのか、尻尾を振りながら唸り声を明らかに大きくして威嚇のボルテージを上げてきた。

 

「グルルル……言ってくれるじゃねぇか…… 余所者(よそもの)集団のユニオンのゴミ風情(ふぜい)が……(いき)がるんじゃねぇぞ……」

 

 そう(いき)り立つグラエナは、今にも飛びかかってきそうな姿勢で前脚を(かが)め、戦闘に備え始めた。

 

 そこで少しだけ冷静さを取り戻した私は「やってしまった!」と心の中で再び叫んだ。

 

 穏便に済ませてその場を鎮めるつもりが、ついグラエナの挑発に乗ってしまい、売り言葉に買い言葉のような返しをして最悪の方向に事を運んでしまったからだ。

 

 今にして思えばこの時、まるで生前の母にそっくりなムーブをかましてしまっていたのだ。

 

(どうしよう……ミミロップになったとはいえ、バトルなんか生まれてから一度もしたこともないし、この身体でどんな技が出せるのか、どんな動き方をすればいいのか、自分でも全くわからないのに……)

 

 もはやこの状況に陥ってしまった過程よりも、この状況をどう切り抜ければいいかを考えることで私の頭の中はいっぱいになってしまっていた。

 

 ここから逃げる? ──いや、モルを置いてはいけないし、そもそもグラエナから逃げきれる保証もない。

 

 素直に謝る? ──いや、今更彼に謝ったところで、穏便に済むはずがないだろう。

 

 やはり戦う? ──生まれて初めての戦闘がまさかこんな形になるとは思わなかったが、この選択しかないと私は考えた。

 

 とうとう決心を固めた私は、おぼつかない動きでそれとなく身構えた。グラエナが飛び出してくるのを緊張して待っていたその時、不意にグラエナの側の草むらがガサゴソと音を立てた。

 

「ア……アニキ〜」

 

 草むらから出てきたのは、一匹のコマタナだった。

 

(まさか、仲間がいたのか!)と私は三度、心の叫びを轟かせた。

 

 その登場は、グラエナと一対一(タイマン)で戦う覚悟を決めていた私の精神を揺さぶるには十分過ぎるほど効果的だった。

 

「……フン、やっと来やがったな。随分遅かったじゃねぇか……どこで油売ってたんだ?」

 

 グラエナはこちらへの身構えを軽く解くと、鼻を鳴らしながら、横に立って肩で息をしているコマタナに声をかけた。

 

 コマタナは荒い呼吸を懸命に整えてから、グラエナの問いかけに答えた。

 

「……そ……それがですね……この近くに、あのユニオンとかいう連中の拠点があるじゃないですか……」

 

「あぁ……」

 

 グラエナがこちらを一瞥(いちべつ)して相槌(あいづち)を打つ。

 

 私は、コマタナがこれから何を話そうとしているのかを察し、(うつむ)くことしかできなかった。

 

「そ……その拠点が……燃やされていたんですよ! 多分、誰かに襲われたんでしょう。中には誰もいないようでした。おそらく、ユニオンの奴等はもう全員……」

 

 そこまでグラエナに報告すると、コマタナはこちらの存在に気づいて声色を変えた。

 

「ところで、そいつらは何者なんですか?」

 

 コマタナの話を聞いて、グラエナは一瞬目を丸くして驚いたような素振りを見せたが、しばらくすると顔に下卑(げび)た笑みを浮かべながら、口を開いた。

 

「あぁ……こいつらはなぁ……迷子になった雑魚メタモンと、ユニオンの生き残りの哀れなミミロップだそうだ」

 

 その言葉に、私の耳がピクッと反応した。コマタナがそれに続ける。

 

「こ……このミミロップ、もしかして『ユイ』って名前の奴じゃないですか!? ほら、ユニオンの奴らの中でも特に、この辺の野生ポケモンたちに散々刃向かって来てた厄介者ですよ!」

 

 どうやら、母はここ一帯の野生ポケモンたちの間では悪い意味で有名なポケモンだったらしい。母の性格のことを考えれば、至極(しごく)当然のことだったのかもしれないが。

 

 そして、グラエナは「ほぉ」という声を出し、不快な声色(こわいろ)で私に言葉を投げかけて来た。

 

「てめぇ……もしかして……ユニオンから逃げ出して来たのか……? ハッ! こいつは笑えるじゃねぇか!」

 

 私の中で、何かがパチパチと音を立てて弾け始めたような感じがした。私は身体を小刻みに震わせながら声を振り絞る。

 

「やめ……て……」

 

 グラエナの放言(ほうげん)に突き動かされたのか、コマタナも勢いよく啖呵(たんか)を切り始めた。

 

「えっ! こいつ、まさか仲間たちを見殺しにして、自分だけ逃げて来たって言うんですか!? 最低じゃねぇですか!」

 

「やめてって……」

 

 それ以上言ったら……私は……

 抑えていた感情が今にも()ぜてしまいそうになっていた。

 

「まぁ……所詮、ユニオンってのは仲間を守り抜く覚悟も持てねぇような、寄せ集めのくだらねぇ集団だったってことだろ……」

 

「どうせだったら、あのはぐれ者のクズたちと一緒に、こいつも逝けばよかったのに。本当に哀れで惨めなポケモンですね〜!」

 

 コマタナのそのセリフが、とうとう私の心のタガを外した。

 

 正直な話、私のことはどのように悪く言われてもどうでもよかった。

 

 何よりも許せなかったのは、何の咎もなく唐突にその尊い命を奪われてしまった、母と家族のように大切に想っていたユニオンのポケモンたちのことを侮辱(ぶじょく)されたことだった。

 

「ぅ……あ……うぁぁぁあああぁぁぁ!!!」

 

 私は我を忘れて、右脚を地面がめり込むほど強く踏み込み、そのまま蹴り出した。

 

 そして、忌々(いまいま)しくほくそ笑みを浮かべる、はものポケモン(コマタナ)(ふところ)へと瞬時に飛び込んだ。

 

 すると、私はそのまま無意識に左脚をばねのように弾ませ跳躍(ちょうやく)し、蹴り出した勢いがまだ残っている右脚を突き出して、その右膝を醜く(わら)っている顔に思い切り叩き込んだ。

 

 これが、後に『兎座(レプス)』と名乗ることになる『ミミロップ(わたし)』の、人生で初めての戦闘(バトル)の幕開けとなった──





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