──コマタナは最初、自分の身体に何が起きたのか全く分からなかった。
気がつくと、彼はなぜか
「……い……一体何が……オェェッ!!」
その時、激しい吐き気を感じたコマタナはそれに耐えきれずその場で
彼はどうやら頭に強い衝撃を受けたせいで、
「……く……そ……あのミミロップ……俺に何を……グァッ! ……」
頭を強く打っていたコマタナは、とうとう意識が遠ざかり、彼の身体は地面に力無く倒れ込んだ。
「コ……コマタナッ!!」
そして、怒りと警戒を兼ね備えた唸り声を、コマタナを倒したうさぎポケモンへと向ける。
「て……てめぇ……やってくれたじゃねぇか……!」
しかし、ユイはコマタナを吹き飛ばした技の体勢のまま、ピクリとも動こうとしていなかった。
どうやら、緊張と興奮のあまり彼女は頭が真っ白になってしまっていたようだった。
「い……今の技は一体……? 私がやったの……? 私が、あのポケモンを倒したの……?」
彼女が無意識に放った
彼女はコマタナを一撃で倒した自らの力に畏れを感じるとともに、どういうわけか高揚感のようなものも生まれていたことに気づいた。
「この力が……ママが
そう呟くと間もなく、ユイの近くにいたグラエナが、鈍く光る鋭い爪を彼女に向けていきなり振り下ろした。
ユイはそれに
「チィッ! ちょこまかと動き回りやがって……このアマァッ!」
一連の
「フッ……フフッ……ウフフフフッ!」
唐突に、ユイが愉快そうな笑い声を上げ始めた。戦闘の真っ最中に、だ。
「なに……笑ってやがるッ!」
当然というべきか、グラエナが逆上して声を荒げる。
「いえ……なんだか
ユイはクスクスと小さな笑いを
「実はね……私、これが生まれて初めての
「こ……このアマァ……テキトーなことばかり言いたい放題
そう叫ぶと、グラエナは素早い動きでユイの眼前まで間合いを詰めた。
また、さっきと同じように
そう考えたユイは、先程と同じように彼を
しかし、グラエナの行動はユイの予想を完全に裏切っていた。彼は、ユイの懐近くまで飛び込んでくると、地面を前脚で蹴り上げて、大量の砂埃を巻き上げたのだ。
そして、その砂埃はちょうど後ろに跳び
「キャッ!」
顔に
彼は
「……ッ!」
ユイはここにきて初めてまともな攻撃を
しかし、野生のグラエナはしぶとく、また
ユイに頭を払い落とされながらも、
彼が
「キャアァァァッ!」
ここにきて遂に、ユイの口から盛大な悲鳴が
彼女が叫び声を上げた理由は、もちろん全身に
彼女ははっきり言って、グラエナのことを甘く見過ぎていたのである。
頭に血の昇ったグラエナは、きっと全力で単調なワンパターンの攻撃を
そう思い込んでいた戦闘経験の浅いユイが、弱肉強食の自然の中で生き抜いてきたグラエナの本能的かつ野性的な
グラエナの攻撃によって吹き飛ばされながら、彼女は自分の『力』を
グラエナに吹き飛ばされ倒れ込んだユイには、もはや立ち上がる気力など残されていなかった。
彼女が負った傷は致命的なものではなく、その気になればまだまだ余裕で戦える程度のものだった。
だが、ミミロップとなり強化された彼女の肉体に問題はなくとも、彼女の精神は、まだそれに追い付いていなかったのだ。
「……痛い……痛いよぉ……誰か……誰か助けて……ママ……ゼロ兄ちゃん……」
その表情には、まるで獲物を完全に
そして、彼は
「……フン……クソが……
そう言うと、グラエナは右前脚の爪を鋭く立て、ユイの首筋をめがけて勢いよくそれを振り下ろした。
(あぁ……そっか……私、ここで死ぬんだ……こんなところで……何もできずに……ごめんなさい、ママ……お兄ちゃん……みんな……私も、今からそこに行くね……)
ユイは目を閉じ、その時をただひたすら待つことしかできなかった。
彼女にはもう、グラエナの拘束に抗い、生き抜くために戦う
このときの彼女の精神はまだ、戦闘の激しさに耐えられるほどではなかったのであろう。
──
そしてその直後に何かがぶつかったかのような音が彼女の鼓膜を震わせた。
一体何が起こったというのか。
グラエナに予想外の事態が起こったことを
やはりと言うべきか、
その代わり、視界の
ユイはグラエナの
一瞬、彼女は自分の目を疑った。そこに立っていたのは、
「……まさか……モル……なの……?」
ミミロップの姿をした『彼』は、ユイの声に反応して彼女の方へ振り向いた。
その
「あ……ユイおねーちゃん! そうだよ! ボク……モルだよ!」
彼の顔や表情、声はユイそのものであったのにも関わらず、その言葉遣いは完全にモルのものであった。
「……本当にごめんね、おねーちゃんががんはって戦っている間、ボクは怖くて見ていることしかできなくて……でも、おねーちゃんがあいつにやられそうになって、ボクも戦わなくちゃって思ったんだ! あいつを一緒に倒そう、おねーちゃん!」
おねーちゃんって呼ばないで……と言いそうになる気持ちを今はグッと抑えながら、ユイは微笑みつつモルに近づきながら言葉を返した。
「モル……あなたまで巻き込んでしまって、こちらこそごめんなさい……でも、嬉しい。あなたが助けてくれなかったら、私は確実にやられていたわ。ありがとう……そして、よろしくね……モル!」
そう言ってユイは、モルへ右手を差し出す。
モルはユイと同じように微笑みながら、右手でそれを握り返した。
何だか、自分自身と握手するような奇妙な感覚を感じながら、ユイの心には再び希望の光が灯ったのであった。
「グルァァァァ!!」
2羽の
彼らの瞳に映ったのは、身体を血で
彼が受けたダメージや状況を見る限りでは、どうやらモルの「とびひざげり」が、ユイを押さえつけていたグラエナにクリティカルヒットして、周辺に生えている木の幹に叩きつけられたようだった。
それでも、身体を起こしながらこちらへ近づいて来るその姿に、ユイとモルは
もはや意識が飛んでいてもおかしくはないであろうほどの損傷を受けた肉体を怒りで震わせながら、ユイとモルの近くまで寄ったグラエナが、感情に満ち
その
「……畜生が……この畜生がァァ!! ツレが戦っている間、何もできねぇ腰抜けのメタモンだと思って放っとけば……いい気になりやがってェェ!! ブッ殺すッ! てめぇら2匹とも、血祭りに上げてやるゥゥ!!」
そしてグラエナは顔を上げ
グォォォン!!
という地響きのような
彼の最初の標的は、先ほどダメージを与えておいた方の本物のミミロップだった。
手負いの獲物から確実に仕留める──野性の狩人としての彼の本能がそうさせたのであった。
いつのまにか、もう1匹の偽物のミミロップの姿が周囲に見えなくなっているのが気に入らないが、先ほどのように油断さえしていなければ、
まずは確実に本物を
そう勝利を確信したかみつきポケモンは
「まずは……てめぇからだァァァ!!!」
「……へっへーん♪ 引っかかった♪ 引っかかった♪」
地に倒れ込んだそのミミロップから聞こえてきたのは、グラエナが待ち望んでいた
そして、首元を噛み砕こうとしたグラエナの首根っこを、そのミミロップはなんと両手で素早く抑え込んだではないか。
「バッ……バカなッ!! てめぇはさっきのダメージが残っているはず……そんなに速く動けるはずがねぇッ!」
すると、今度はミミロップの方が無邪気な笑みを浮かべながら答えた。
「あれぇ? まだ気づいてないのぉ? キミはまんまとボクの罠に引っかかったんだよ、おマヌケさん♪」
その言葉を聞き、グラエナは衝撃を伴いながらそれが指し示す意味を
「ま……まさか……てめぇはッ!!」
メタモンというポケモンが、別種のポケモンの姿に『へんしん』する能力を持っていることは、かつてカロス地方の各地を渡り歩いたことのあるグラエナも知っていた。
しかし、まさかこのように変身元のポケモンのダメージや
「クッ……クソがッ……放せッ! 放しやがれェェ!!」
モルの拘束から逃れようと、グラエナは彼の身体に何度も何度も
まるで、グラエナを絶対に放さないというモルの固い意志が、その手に宿っていたかの光景だった。
「……グァッ……! 絶対に……放すもんか……! おねーちゃんっ! 今だよっ!!」
「なにッ!?」
首を掴まれ、頭をまともに動かすことのできないグラエナが
彼は瞬時に、それが本物のミミロップであるということを感じ取った。
「……私ったら、あなたに助けられてばっかりね、モル……臆病な私は、あなたを巻き込むことから逃げることしか考えていなかった。でも、あなたはこうして自らを犠牲にして、そんな私のために戦ってくれている……本当に感謝してもしきれないわ……」
ユイは
そして、その言葉が終わるや
「だから……私は全力であなたの想いに応えてみせるわっ!!」
そう叫ぶと、彼女は最後の力を振り絞って、モルが抑え込んでいるグラエナの胴体に向かい自分の身体を跳び込ませた。
「行くわよっ! モルッ!!」
「うんっ!!!」
「ウォォォォォ!!! クソッタレがァァァァァ!!!」
必死に抵抗するグラエナの身体に、ユイとモルの攻撃がほぼ同時にヒットした。
空中から繰り出されたユイの『とびはねる』攻撃は、彼の背中を砕き、倒れ込んだ姿勢のまま繰り出されたモルの膝蹴りは彼の腹部を
「グァァァァァアァァァァァ!!!」
グラエナの口から鮮血を
…………終わった…………
ユイとモルはしばらくの間動けずにそう考えていたが、やがてモルが動かなくなったグラエナの体を
そして、彼は右手を無言でユイに差し出した。
ユイもまた、無言のままモルの手を取り、立ち上がった。
少しの間、2匹は同じ
「ボク達、勝ったんだね……」
「えぇ……そう……みたいね……」
すると、モルが弾け飛ぶように喜びを爆発させ始めた。
「やったっ!! ボク達、勝てたんだよ!! あの
その様子に、ユイが疲れ切りながらもやれやれといった様子で答えた。
「……フフッ……モル、嬉しいのはわかるけど、私のことはおねーちゃんと呼ばないでって……ッ!?」
その瞬間、ユイはその場に
「!? どうしたの? しっかりして! おねーちゃんっ!!」
ミミロップの姿のまま、モルは
ユイは息を荒げながら、激痛の
「……ハァ……ハァ……もしかして……さっきの戦闘で力を使い果たしたから……限界が来たってこと……なの……? ……ッ!!」
そう呟く間にも、胸の痛みは急速に肥大していき、とうとう彼女の意識を刈り取る寸前まで追い詰めていった。
「……私はこの力を……まだ使いこなせていない……もっと……もっと強くならなきゃ……私はッッ!!」
声にもならない声で言葉を紡ぐと、