偽りの兎座   作:コユルギミカン

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Two years later…with【Two】

 次に目を開けた時には、周りの景色はすっかり黄昏(たそがれ)に包まれてしまっていた。

 

 仰向(あおむ)けになっていた私は、()布団(ぶとん)のようにいつの間にか身体(からだ)の上に()かれていた大きな()()をゆっくりと退()かしながら、目を(こす)りつつ焦点を合わせていった。

 

 やがて、私が寝ていた(かたわ)らに、紫色のジェルが横たわっていることに気づいた。形が崩れていて分かりづらいが、それが寝息をたてているモルであろうことはすぐに(さっ)することができた。

 

「……わたしは……たしか……」

 

 小さく呟きながら、私は落ち着いて状況を頭の中で整理していった。グラエナを倒した後、モルと勝利の余韻(よいん)(ひた)っていたところまではすぐに思い出すことができた。

 

 私はその後、急に襲いかかってきた胸の痛みに耐えきれずに倒れ込んで、それから──

 

 そこまでの記憶を取り戻すと、私はハッと気づいて、胸に刻まれた六角の星形の『紋章』を覗き込んだ。

 

 それは、(かす)かな光も(たた)えることなく、静かにただの『アザ』として存在するだけだった。

 

 試しに、意識を集中してそれを光らせてみようとするが、ミミロルに戻った私の身体は全く何も反応せず、あの『力』を再現することは叶わなかった。

 

「…………」

 

 私は胸の『アザ』を見下ろしながら、考察を(めぐ)らせた。

 

 私の身体を強靭(きょうじん)なミミロップの姿に進化させる『力』が発揮できない理由は、おそらく先のグラエナとの戦闘でエネルギーを使い果たしてしまったからであろう。

 

 考えてみれば、あの戦闘で私はグラエナに深手を負わされながらも、圧倒的な力を行使して(から)くも勝利した。

 

 しかし、今の身体には自らの力を使い果たした反動や、敵から受けたダメージといったものはほとんど感じられなかった。

 

 これは推測に過ぎないが、胸の『紋章』の力と引き換えに、それらの影響を受けずに済んでいるのではないか。私はそう考えていた。

 

 つまり、この『力』には限度があり、無限に扱えるものではないのだという推察に、私は至った。

 

 そして同時に、むやみやたらとこの『力』に頼っていては、私の最終的な目標──見知らぬ仇敵(きゅうてき)への復讐に辿(たど)り着くことは非常に難しいものであるという実感もまた、(おのれ)の内に()き上がってきたのであった。

 

 思わず無意識のうちに、ミミロルの童顔(どうがん)不相応(ふそうおう)苦虫(にがむし)()(つぶ)したような表情を浮かべていると、目の端で横たわっていた紫色の物体が(かす)かに動き始めたのが見えた。

 

「う……ん? ……ふあ〜ぁ……」

 

 紫色の軟体(なんたい)を起こし、大きな口を開けて盛大な欠伸(あくび)を見せつけてきたモルに、私は崩れた表情を何とか直して話しかけた。

 

「……おきたのね……モル……ありがとう、このはっぱ、あなたがかけてくれたのよね」

 

「あっ……ユイねーちゃん……おはよ〜……へへ……また驚かせちゃうかもしれないから、体に()けてあげたんだ」

 

「ふふっ……ほんとうにやさしいのね、モルって……」

 

 私はモルに身体を近づけると、優しくその身体を()でてあげた。彼はそれが(うれ)しかったのか、その体をプルプルと()り動かしていたのであった。

 

「えへへ……こちらこそ、ありがとうだよ……ユイねーちゃん」

 

「……えっ?」

 

 意外な言葉を聞いて、私は思わず(たた)んでいた耳を広げて、小さな声を上げた。そのまま続くモルの発言に耳を傾ける。

 

「ボク、仲間や家族とはぐれて、ずっと一匹でカロス地方を放浪(ほうろう)していたんだ。ここに来るまで、何度も何度もポケモントレーナーや、野生のポケモンたちに目をつけられて、襲われたよ。その度に、ボクは必死に逃げて、逃げて、逃げ続けてた。そして、この森に辿(たど)り着いた時、心も体も疲れ果てていたボクは、もう全部どうでもいいかなって思ったんだ。ここで、静かにボクの人生に(まく)を閉じようってね……」

 

 私はただただ、唖然(あぜん)としながらモルの話に聞き()ることしかできなかった。

 

 正直に言うと、私は一夜(いちや)のうちに、母親や仲間たちの命を無惨(むざん)にも(ことごと)く奪われた自分以上に、不幸なポケモンなどこの世には存在しないものだと考えていた。

 

 だが、それは間違っていた。ミミロルの私と大きさがそう変わらないこの小さなポケモンも、健気(けなげ)に振る舞ってはいるが、その心の(うち)は今の自分と同じように自らの運命に絶望し、それに葛藤(かっとう)していることに気付かされたのである。

 

 私は息を()んでモルの話を聞き続ける。

 

「……でも、そんな時にキミに出会えたんだ。夜明(よあ)けの森の中を彷徨(さまよ)っている時に、ボロボロな姿で倒れているキミを見て、何でかはわからないけどボクは助けなきゃって思ったんだ。気づいた時にはボクは、とにかくひたすら薬草を集めてキミの体の傷を治そうとしていた。キミを助けたい……そして一緒にいたい……そんな想いが、ボクの心を(ふる)い立たせてくれたんだ」

 

 モルの言葉が終わり、(しばら)くの静寂(せいじゃく)が訪れると、私は涙を浮かべずにはいられなかった。

 

 あぁ……私は……私は何て(おろ)かだったのだろう。

 

 私は彼の事情も知らずに、自らの目的を果たすことだけ考え、それを優先して彼を置き去りにしようとしていた。

 

 だが、それは完全に間違っていた。

 

 モルはただ、私と一緒に生きたかったのだ。

 

 振り返ってみれば、グラエナとの戦いで戦意喪失(せんいそうしつ)した私を窮地(きゅうち)から救ってくれたのは、他でもないこのメタモンだったのだ。

 

 あの時、彼は私を見捨てて逃げ出すこともできたはずだった。

 

 だが、彼はそうせずに私を助け出してくれた。それも、彼が私に対して抱いている想いの片鱗(へんりん)に過ぎなかったのだろう。

 

 涙を(こぼ)す私の顔を見て、「どうしたの?」と言わんばかりに、驚いた表情を見せるモルに私は目を(ぬぐ)いながら応えた。

 

「……ありがとう……そして、ごめんね……モル……わたしは……わたしは、あなたのことをなにもわかっていなかった……あなたのおもい、しっかりうけとめたわ。わたしはあなたのおもいにこたえてみせる」

 

 恥ずかしそうに少し顔を火照(ほて)らせながらモルが言葉を返す。

 

「……そう言ってもらえるだけで、ボクは嬉しいよ」

 

 私はその様子を見て(つつ)ましく微笑むと、私の中に湧き上がってきた決意をモルに打ち明け始めた……少しの罪悪感と、野心を(いだ)きながら。

 

「ねぇ……モル……おねがいがあるんだけど……」

 

「ん? なぁに?」

 

「わたしと……わたしといっしょにきて……そして……ママの……みんなのかたきを……ころしてっ!」

 

 感情が(たかぶ)ってしまい、思わず声が上擦(うわず)ってしまった私は地面に頭がぶつかりそうになるほどの勢いで、モルに頭を下げた。

 

 このような身勝手かつ突拍子(とっぴょうし)もないことを言えば、当然、困惑や狼狽(ろうばい)、下手をすれば否定、もしくは拒絶のリアクションが彼から返ってくるだろう。

 

 それでも、私はモルの……このメタモンの想いに(こた)えながらも、ユニオンの皆の(かたき)を討つという自分の野望に彼の力を利用したいと思わずにはいられなかったのである。

 

 モルを自分の仇討(かたきう)ちに利用することを考え始めたのは、グラエナとの戦闘の最中だった。

 

 彼は、『紋章』の力でミミロップへと強化した私の姿や能力を完璧にコピーし、グラエナを圧倒していた。

 

 もしも、彼が私の仇討ちに協力してくれるのなら、彼の力は単なる戦闘力としてだけでなく、私の姿への擬装(ぎそう)偵察(ていさつ)など、あらゆる手段を行使(こうし)して(かたき)に近づくことができる。そう考えていたのだった。

 

 そして、ここに至って彼は私への熱い想いを打ち明けた。

 

 そのとき、私が涙を流した理由は、もちろん彼の生き(ざま)と熱意に心を打たれたのもあるが、実のところは私自身の仇討ちという、ドス(ぐろ)い野望を叶えるための手段を(つか)み取る算段(さんだん)がついたことに、大きな喜びを感じたことによるところが大きかった。

 

 モルの純粋な想いを利用して、自らの仇討ちに巻き込もうとする……そんなことを平気(へいき)で考え、実行するほどまでに、その時の私の心は壊され()くしていたのだった。

 

「……うん! わかった! ボク、ユイおねーちゃんについていくよ! そして、キミの仇討ちに協力してあげる!」

 

 あまりにも意外なモルの反応に、私は思わず下げた頭を()ね上げて目を見開き、彼に問い(ただ)した。

 

「……えっ?! い……いいの!?」

 

「うん! だって、おねーちゃんはボクの命の恩人だし……それに、もう決めたんだ!」

 

 そう言うとモルはゲル状の身体をピンと背伸びさせて胸を張るような仕草(しぐさ)をしてみせた。

 

「ボクは、ユイねーちゃんと一緒に、おねーちゃんのために生きていくって!!」

 

 あっさりと自分の思惑(おもわく)通りに事が運んだことに対して、私は満面の笑みを浮かべずにはいられなかった。

 

 モルの純心(じゅんしん)を利用したことへの罪悪感によるものか、不意に浮かび上がってきた涙でそれを必死に隠そうとしながら、私は彼に言葉を贈った。

 

「ありがとう……ほんとうにありがとう! そして、あらためてよろしくね、モル!」

 

 そう言いながら、ふと空を見上げると、そこに浮かび上がったキャンパスは黄昏から闇へと移ろうとしているのが見えた。

 

 

 その日から、私とモルは行動を共にするようになった。

 

 私の目的は、惨殺(ざんさつ)された母とユニオンの仲間たちの仇を討つこと。

 

 そして、その仇はミアレシティに(ひそ)んでいると私は確信していた。

 

 母が遺した最期の言葉……

 

「ミアレシティに行き、運命の出会いをする」

 

 ……その言葉に従ってミアレに行けば、きっと仇敵(きゅうてき)と『運命の出会い』を果たす事ができるであろう。

 

 そう考えていたからだ。

 

 しかし、私はすぐにはミアレシティには向かおうとはしなかった。

 

 これについては、当初モルにも疑問に思われていたが、その理由ははっきり言ってその時の『私たち』では力不足であることが(いな)めなかったからである。

 

 あの日のグラエナ(とコマタナ)との戦闘では、確かに2匹のコンビネーションにより輝かしい勝利を収めることができた。

 

 しかし、それは相手が油断し、力量に差もそれほどなかったのに対して、奇襲(きしゅう)と不意打ちがたまたま上手く刺さったからではないのか。

 

 仇敵を前にして、果たしてそれを完璧に再現できるのであろうか。

 

 いや、仇討ちとは万事万全(ばんじばんぜん)の準備をしていかなる敵が相手でも確実に仕留(しと)める必要がある。

 

 そのためには、ポケモンとしてより強く、より(たくま)しく成長する必要がある、とそう考えていたのだ。

 

 また、私とモルのそれぞれの能力についてもより(みが)き上げる必要があったのだ。

 

 私自身については、限られた『紋章』の力を如何(いか)に無駄なく扱い、短時間で高レベルのポケモンを仕留められるか。

 

 そしてモルについては、『変身』の能力の擬態(ぎたい)性と再現性を高くして、『紋章』を使った私のパワーをより完璧に模倣(もほう)できるかが課題となっていた。

 

 そこで、私たちはカロス地方の各地(もちろん、ミアレシティは除いてだが)を巡り、各地の野生ポケモンやポケモントレーナーたちと戦闘することに明け暮れた。

 

 私とモルがローテーションを組みながら、それぞれの戦闘経験を積むことをひたすら繰り返していったのだ。

 

 当初こそ、私たちは戦闘が上手く行かず逃げ出したり、深傷(ふかで)()ったりすることも多々あったが、バトルの日々を延々と繰り返すことによって、私たちの戦闘技能は磨かれていき、着実にレベルアップしていった。

 

 何度もバトルに負けたり、傷ついたりしたこともあったが、私たちはお互いを支え合い、ただひたすら戦い続けた──

 

 

 

 ──そして、『あの日』から2年の月日が経った。

 

 私たちは、カロス地方の中でもハイレベルなポケモントレーナーたちと、強力な野生ポケモンたちが集う、チャンピオンロードを根城としていた。

 

 その日も、いつものようにチャンピオンロードの洞窟(どうくつ)にて、通りすがりのとあるエリートトレーナーを相手に、バトルを仕掛けていた。

 

 おそらく、カロス地方のポケモンリーグに向かう挑戦者(チャレンジャー)だったのだろう。

 

 彼の手持ちポケモンは(いず)れも屈強(くっきょう)猛者(もさ)(そろ)っていた。

 

 しかし、私とモルはローテーションを回しながら、既にこのトレーナーの手持ちポケモン6匹の内、5匹をひんしに追い込んでいた。

 

 エリートトレーナーはミミロップとメタモンという、何とも珍妙な組み合わせに油断していたのであろう、最初こそ(ひね)(つぶ)してやると言わんばかりに余裕の表情を浮かべていたが、1匹……また1匹と手持ちポケモンが倒れていく度にその表情は崩れていった。

 

 そして、最後のポケモン……彼の切り札であろうガブリアスを繰り出した時には、余裕どころか焦燥(しょうそう)驚愕(きょうがく)とが()じり合った感情が彼の顔に浮かび上がっているのが、はっきりと見てとれた。

 

「くっ……くそっ……! 野良(のら)ポケモンが全然見当たらないと思ってみれば、こんなに強いミミロップとメタモンが生息していたなんて!」

 

 繰り出したガブリアスを待機させながら、エリートトレーナーが狼狽(うろた)えるように言った。

 

 他の野生ポケモンが彼に近づかなかった理由は、おそらく私たちが彼の近くに寄って戦闘を仕掛けるタイミングを見計らっていたからだろう。

 

 もし、他のポケモンが私たちの『邪魔(ジャマ)』をしようものなら、どんな目に遭うのか、彼らは身に()みて理解しているのだ。

 

 今の私たちを襲う野生ポケモンは、無知(むち)他所者(よそもの)か、無策(むさく)戦闘狂(せんとうきょう)か、あるいは無謀(むぼう)な物好きのみに限られていた。

 

「ったく……だらしね〜なぁ〜……こんな奴らにあっさりやられるなんてよぉ〜」

 

 人間のトレーナーには通じないポケモンの言葉で、ガブリアスは彼の主人のボールに入っているであろう仲間のポケモンに向けて言葉を発した。

 

 よほど自分の力に自信があるのだろう。

 

 主人とは違い、仲間たちが私たちによって次々と倒される光景を見せつけられても、全く動じていないようだった。

 

 だが、むしろその方が私にとっては好都合だった。貧弱(ひんじゃく)なポケモンと戦っても、復讐(ふくしゅう)のための(かて)になりはしないからだ。

 

「あらあら……♡大切なお仲間さんにそんなことを言っていいの〜? 仲間は大事にしなきゃダメよ♡」

 

 ……説明を忘れていたが、私は戦闘の経験を積む(たび)に、能力だけでなく性格まで生前の母のような天真爛漫(てんしんらんまん)なものへと段々と近づいてきているようだった。

 

 これについては、もはや遺伝というか親子の絆というか……そういったものが作用してきている所為(せい)ではないかとしか思えない……

 

 ()(かく)、私の口から出た戯言(ざれごと)に対して、ガブリアスはこちらに向き直りつつ、さも(すず)しげな表情で言葉を返した。

 

「……ふん……面白ぇこと言うじゃねぇか。俺たちがここに来た理由はなぁ、お前たちがさっきぶっ倒した前座(ぜんざ)の5匹の連中のレベルを鍛えるためだ……つまり……」

 

 そこまで言い終わると、マッハポケモンは見せびらかすように、両腕をブンブンと振り回しながら言い放った。

 

「俺はもうこれ以上鍛える必要がねぇぐらい、(つえ)ぇんだよ!」

 

 彼のその発言を聞くと、私は全身を小刻(こきざ)みに震わせ始めた。

 

 それは、決して彼の言動に動揺し(すく)み上がったからではない。

 

 嬉しかったのだ。

 

 久しぶりに私の感情を(たかぶ)らせるほどのポケモンと()()えることが。

 

「気をつけて、ユ……じゃない……ミミロップ」

 

 心を(おど)らせる私の後ろで控えていたモルが声をかけてきた。

 

 私自身の本来の名前ではなく、種族名で呼ばせている理由は、万が一でも仇敵に私の正体を(さと)られてしまうことがないように、見知らぬポケモンの前では迂闊(うかつ)に私の名前を出さないようにモルに(くぎ)を刺していたためだった。

 

「あのトレーナー、ここまで一度も左腕に付けた『メガストーン』を使ってきていない……ってことは……」

 

「えぇ……そのようね……」

 

 モルが全てを言う前に、私は口を割り込ませた。

 

 メガシンカ──それは、主人たるポケモントレーナーと強い絆で結ばれたポケモンが『メガストーン』と呼ばれる特殊な石によって、伝説のポケモンに匹敵するような、超越した力を得る事ができる秘法(ひほう)である。

 

 なぜ、人間たちにとっては一介(いっかい)の野生ポケモンにしか過ぎない私とモルがそれを知っているかというと、実は私たちは過去に1度だけ『それ』と邂逅(かいこう)したことがあったためである。

 

 

 敵と対峙(たいじ)するなか、張り詰める静寂をBGMにして、私の脳裏(のうり)に刻み込まれた苦々しい記憶が、ふと鮮明に呼び起こされるのであった──





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