私はこれまでの人生、思い返せばずっと逃げてきた。
将来の生活、将来の地位、将来のため。勉強に人望集めに貯金。何もかも全てが終わったあとのことを考えて行動してきた。それが悪いことであるとは言わない。けれども、私が生きているのは“今”であり未来ではない。今から目を背け続け未来にだけ目を向けることを現実逃避と言わずなというのか。私はこの辛く厳しい現実からずっと目を逸らし続けてきたのだと思う。
そしてそれはもちろん、過去からも。
「なん、で」
いいや、私はわかりきっているはずだ。
お前が、私が見捨てたからだ。
あのままアリウスにいても碌なことにならないとわかりきっていた。だから私たちは危険なことを承知でアリウスの外へと逃げ出した。仲間であるミナト先輩の反対を押し切ってまでだ。だから私たちはミナト先輩を、アイナ先輩を、マユ先輩を見捨てた。だから小隊長は自分の命を賭けてまで私を逃がしてくれた。だから私は、アリウスの外へと逃げ出した。全てを見捨てて、全てを代償に捧げて。
だが、そんな私だからこそ全てを救えたかもしれなかった。私を助けてくれた皆に恩を返せるかもしれなかった。
トリニティに、ゲヘナ。外に出た直後は知り得なかったかつてアリウス分校と敵対していた学園。そして今このキヴォトスの覇権を握ると言えるマンモス高のうちの二つ。そこならばアリウスのことを知っているはずだ。だから、私がそこに自分の命を惜しまず事情を話しに行けばもしかしたら……もしかしたら小隊のみんなを、サオリたちを、私たち以外のアリウスのみんなを救えたかもしれない。少なくとも、こんなことにはならなかったはずだ。こんな形で世間に知れ渡ることにはならなかったはずだ。
「こんな……こんなことが」
私のせい、私のせいなのだ。
彼女たちがこうなってしまったのも全部、私の怠惰故なのだ。
そして─────
「もう、止まらないのね……流れ始めたエネルギーと同じように……」
──自販機からとめどなく溢れ出す大量の飲料水も全て私の怠惰故なのだ。
「初めて観た。自動販売機、当たるとこうなるんだ」
私はただ茫然と溢れ出す飲料水の濁流を眺めることしかできなかった。
ああいやまって欲しい。ふざけているわけじゃない。人の心がない?そんなわけでないだろ。ちゃんと私は悲しんでいるし後悔しているし焦っている。その上で、今現在起こっているトラブルに混乱しているだけだ。そう、過去や未来より現在。私はちゃんと今を直視できている証だ。そう、過去を後悔し未来を憂うのではなく、目の前の問題をどう解決すべきか考えを巡らせているのだ。ゲヘナやトリニティ、何よりアリウスから逃げ、現実逃避をしていた私ではないのだ。何かと理由をつけて諦めたり後回しにすることなく、しっかりと今と向き合っているのだ。え?ただぼーっとしてるだけだろ?考えるより行動しろ?
あー!ちょうど手動かそうと思ってたのになー!やる気なくなったなー!!
嘘ですちゃんと回収します。食べ物飲み物を無駄にしちゃダメだからね。何より飲み物なんていくらあってもいいから。永遠に金欠のくせに人数だけはいるうちのバチバチヘルメット団にとっては尚更だ。食べ物と飲み物はいくらあっても足りない。
さて、ではこのペットボトルの山をどう回収するかだが……そこは問題ない。なぜなら私にはこの秘密道具。
「ふふん、エコバック(大容量)展開!」
があるからだ。私たち貧乏人御用達の三種の神器のうちの一つだな。あと二つは何かって?わからない。今考えただけだから。
ただこれがあるとないとじゃ大違いだ。ガラクタを漁ってめぼしモノがあればこれを使って集められるし、空き缶をたんまり集めて換金所に持っていくことだってできる。私の場合は抗争の後倒した敵の装備なんかを根こそぎ掻っ攫って売り捌く時に愛用している。
「ふんふんふん♪」
鼻歌まじりにぽいぽいっと詰めていけば、さすが私のエコバックさん。見事全て入りきってくれた。さすがは我が相棒。撲殺君こと我が愛銃にも勝る便利さだ。
だが問題はここからだった。
「ふんぬ…!?」
重い。
とても重いのだ。
「無理無理無理無理!?」
重すぎる。あまりにも重い。ヒバナちゃんより重い。多分小隊長よりは軽い。しかも頑張れば運べてしまいそうな重さなのがタチが悪い。行けちゃいそうじゃん。頑張れば一人で運べちゃいそうじゃん。でも絶対無理したら腰痛めるって。私知ってるんだ。若くてもぎっくり腰にはなるんだ。かと言って他の人に頼るわけにはいかない。そこら辺の人に頼んだらお手伝い代として半分以上持ってかれかねないし、なんなら全部奪われるかもしれない。仲間を呼ぶ?こんなことで迷惑をかけたくない。
「ちくしょ……なんで、こんな、でて……ふぎゃ!?」
べちょ!っと顔から地面に倒れ込む。地面に落ちていた何かに足がつまずいてしまったのだ。
誰だこんなところにゴミを捨てたのは。たとえブラックマーケットがアリウスの貧民街並みのクソダメだとしてもポイ捨てはダメだろポイ捨ては!常識的に──
「考え──ぴぇ!?」
目を向けた先にあったもの。それは黒い毛に塗れた球体と、それに繋がる白いコートを羽織った四肢を持った有機物。詰まるところ、人……人の、死体だ。
「ひえぇぇぇぇぇ!?!?」
ぴくりとも動かず顔面から地面に倒れ込んでいるそれは圧倒的死体。死体である。お前は死体見たことあるだろって?ざけんなんなもん何度見ても慣れねぇよ。
「が、餓死かな……?ブラックマーケットだからって……死体なんて、ここじゃ初めて……」
「う゛ぅ゛…」
「ひぇ!!!?!?!?」
突然のことに背筋がピンとなってバネのように跳ね上がる。
こいつ、生きている!すぐ近くに落ちていた木の枝で頭をつんつんと突けば地中の奥底から響くような恐ろしい唸り声がそれから聞こえたのだ。
「い、生きてる…!?いや、そ、そんなわけけけけ」
「………ず…」
「ひぃ!?やっぱ生きてる!?」
「……み、ず…」
「み、水!?」
あ、もしかして、と思いエコバックの中に詰め込んでいたペットボトルから一本選び、栓を開ける。そしてそれを死体のおっさんの口にぶち込んだ。
「脱水症状…!これを飲んで!スポーツドリンク!大丈夫だよ!意識をしっかり保って!」
「う゛……ぢょ、ちょ、ま、溺れ……」
「ほらいっきいっき!あれ?反応が、え、ちょ」
「きゅ、救急車ー!!!!」
◇
「いや、助かったよ。ありがとう。財布を無くしてしまってね。危うく熱中症になって死んじゃうところだった」
「い、いえ。こちらこそ、その、溺死させそうになってすみません…」
ベンチに座って爽やかに、しかしどこか怪しげな笑みを浮かべて笑いかけてくるのは死体もおっさんこと……大人Aとしよう。名前知らないし。
大人Aの見た目は白いコートに少々寝癖の目立つ黒髪にメガネ。そして何より胡散臭い隈の深いニヤついた顔。私は一眼見ただけでわかった。こいつ、序盤は仲間ヅラして後半裏切ってくる系のキャラだと。
「えーと……」
「あ、コウです」
「コウちゃんね。ありがとう、この恩は忘れないよ」
「どうも…」
「それで、これで恩返しってつもりはないんだけど……コウちゃんさ、何か悩み事抱えてないかな?」
「え?」
急に距離を積めたと思ったらこのセリフ。その怪しい表情も相まって、自分の心のうちが見透かされたようで、少し心がざわついた。
「い、いやー…」
「よければ私に話してみてくれないかな。そういうお悩み相談とか得意なんだよね」
「う、うーん……」
あ、怪しい。そもそもこんなの初対面の人間にすることじゃない。けれどもどうしてだろうか。この人なら話してみてもいいのではないかという気分になってしまう。怪しいのに。
ま、まあ。ものは試しだ。別に話したって減るものじゃない。弱みになる話でもないし、恥ずかしいこと……ではあるが、それこそ初対面の人間相手に気にすることじゃないかもしれない。
「そう、ですね。では、お言葉に甘えて…」
そうして私は話した。
自分が今迷っていること。私が過去を後悔し未来を憂い、そして恐れていること。流石に詳細まで話すことはできなかった。だけれど、かなり曖昧にぼかしながらも私自身の気持ちを吐露することができた。
きっとこの人はカウンセラーか何かをしている人なんだろう。くっそ怪しい顔してるけど。人は見かけによらないものだ。天国にいる小隊長殿もうなづいてる。死んでないかもだけど。
「そっか……そうだね。私に、あなたの選択を責める権利はないし、これからの選択を決めることもできない」
「……」
「けれど、たった一つ。助言をするならば」
──君にとって後悔しない選択をするといい。
「!」
そう言い終えると彼はニコリと笑い、最後に「また会おうね」と残して立ち去った。
……そうか。後悔しない選択を。そう、か。
その言葉は、私の心に深く刺さるものだった。後悔。私の今世は後悔ばかりの人生だった。前世で多くを失ったせいで、今世も失うことを恐れて……いや、積み上げたものを失うかもしれないという恐怖から目を逸らし続けひたすらあるかもわからない不確定な理想の未来を思い描いて盲目的に自分の信じることをやり続けてきた。それも、前世の感覚でだ。私はずっと今世を、今を見ていなかった。そのせいで未来のためと、仕方ないことなのだと割り切って今の幸せを切り捨ててきた。幸せになるためと言いながら多くの後悔を積み上げてきた。
それではダメなのだ。
私は今を後悔しないように生きないといけない。そう、再確認させられた。
「……また、会いたいな」
思わずそう言葉をこぼす。
そういえば名前を聞いていなかった。
それに……よくよく考えたら彼は果たして本当に“大人”なのか?私がこの世界であってきた大人といえばロボットだったり毛むくじゃらな獣人だったり。けれど彼は私が前世で夢見た大人のように人間らしく、今世で言うならば生徒のようであった。けれどヘイローがないため大人ではあるのだろう。
うーん……。
猿の獣人とかそういう系なのか?