冬陽コウの逃避行   作:有機栽培茶

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刑務所にスイーツがあるわけないやろがい!

 

 謎のおっさんに諭されてから一ヶ月ちょっとたった。

 

………いや、その、待って欲しい。行動するにも準備というか、いろいろ時間が必要でしょう?ほら、色々さ?ご近所さんに挨拶したり身の回り片付けたり引き継ぎとかいろいろ……え?そんなのないだろって?

 

 い、いろいろあるの!

 

 

「いやぁ、よくきてくださりました。ありがたいありがたい。期限が迫っているのに誰も応募してくれなくて……ぶっちゃけ怪しいでしょうあの文句。8割依頼者殿がお書きになったアレのせいだと思うんですけどねぇ。『日給100万!刑務所入るだけでボロ儲け!』って。でもアイツら人に責任押し付けることしか考えてないクズ野郎でして……」

「長話は良い。要件をさっさと話せ」

 

 

 大体の時間そのギザ歯見せびらかしてにっこにっこしているヒバナちゃんが、珍しく威嚇するようにギザ歯を見せて睨んでる。なんかこの子いつもギザ歯見せびらかしてる気がする。いや違うな。私がギザ歯癖でいっつも見てるだけだ。

 

 とまあ、そんなわけで。今がその“色々”なのだ。ほらね?色々ありそうでしょ?

 

 

「これはこれは、申し訳ありません。まずは自己紹介から。私、今回ご依頼の仲介をさせていただきます情報屋のマインと申します」

「はいはい。どーせ偽名だろ、いるかね自己紹介なんて」

「ま、まあまあ。自己紹介は大事だよヒバナちゃん」

「へーへー。俺はヒバナ。こっちはコウ。んで、依頼の内容は」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 相手の黒髪ケモ耳の少女……マインさんはピキピキと顔をこわばらせながらも笑顔を崩さず対応する。流石はプロと言ったところか。

 私たちは今、話の流れからもわかる通りちょっと訳ありっぽそうな依頼を受けるところだった。普段ならばそういうのは罠だったりするので避けるのだが、今はそうもいかない。

 

 なぜならば……ああ!今でも思い出すとむしゃくしゃする!あのクソゲヘナ野郎に邪魔されたせいで私たちは借金まみれだ。くそ!何も店ごと爆破する必要はなかっただろ!?しかも借金私たちに押し付けて逃げやがって!陸八魔だとか言ったか!?次あったらタダじゃおかない…!

 

 ……少々取り乱しました。まあ、はい。今の私たちには借金があってアリウスのみんなを助けに行くどころか依頼を満足に選ぶことすらままならないレベルなんですねはい。どうしてこんな目に。

 

 

「えーでは、依頼の内容を説明させていただきますね」

 

 

 そう言って彼女がカバンから机に取り出したのは一枚の写真だった。そこに映るのはピンク色の髪をしたまだ幼い可愛らしい少女。

 

 

「こちらが今回のターゲットとなる“八手シエ”さんになります」

「は?随分と募集文と違うじゃねぇか」

「どっかで聞いた名前……あ、前テレビで…」

「まあまあ、まずは説明を。コウさんが言った通り、この方有名パティシエとして名を馳せながら先日ヴァルキューレに逮捕され現在矯正施設送りにされてる方ですね。以前ニュースにもなってました」

「ほーん?そんな有名人なのかこの娘」

「ええ。さて、この方が逮捕される原因となったのはケーキに違法な薬物、通称『ハッピー◯ーンの粉』を使用したからとされていますが……ぶっちゃけるとそれは冤罪です。彼女を貶めたい方々がヴァルキューレに賄賂でも送って嵌めたんでしょうね」

 

 

 流石のヒバナちゃんも『これ私たちが聞いていい内容なの…?その依頼主さんに消されない?』って心配そうな目でこちらを見てくるがんなもん私の知ったことじゃない。

 

 

「まあそんな冤罪がいつまでも通じるわけもなく、おそらくそろそろ発覚し、彼女は釈放されるわけです。そこで困るのが彼女を嵌めた方々……まあ同業者ですね」

「めっちゃぶっちゃけるじゃん」

「天才パティシエの彼女に復活されては客が奪われてしまう。そこで彼らは考えたのです。『もうアイツがケーキ作れないよう潰せば良くね?』と」

「え……潰すって………腕折るとか?」

「うわ物騒」

「何言ってんですかサイコパスですか?」

「流石にないわー」

「えこれ私が悪いの?」

 

 

 ヒバナちゃんにマイン、相手側の護衛さんもさっきまで黙ってた癖に一丁前にドン引きやがって。これくらい普通じゃないの??いまだにキヴォトスの基準がわからん。物騒なのはどっちだ??

 

 

「えー、もちろんそんな物騒な方法ではなく、こちらで用意した手段を用いてやっていただきます」

「それは?」

 

 

 そう言って彼女が取り出したのはタブレット。

 

 

「こちらに入っているのは『ドキドキ⭐︎卵ちゃんの大冒険!』という映像です。いわゆる幼児向けの食材が擬人化されたアニメですね。これを見せればかの天才パティシエも可愛らしい食材たちを料理に使うことなどできなくなり、死んだも同然……というわけです」

 

 

 ニヤリ、と彼女は悪い笑顔を浮かべる。

 本気か?冗談だろ?流石に。無理だってそれは。流石に相手がいくら幼くてもそんな赤ちゃん向けのもので料理できなくなるわけないだろ。そうだったらそれ見た世の赤ちゃん全員絶食して死んでるわ。

 

 

「ふ、ふふ。私もこの仕事を始めてそれなりに長いですが……ここまで残酷な依頼主さんは初めてですよ」

「な、なんて残酷な……!」

 

 

 そんでなんで貴方達は恐れ慄いてんだよ。無理だって絶対これ。バカの作戦だって。

 

 

「……それで?これを見せるっつっても相手は刑務所の中だろ?出所したところを狙うのか?」

「いいえ。そこで募集文に戻るのです。そう、刑務所への潜入!貴方達には刑務所へ囚人として潜入していただき、直接このビデオを見せていただきます!もちろんヴァルキューレにはコネがありますのでこちら側で罪をでっち上げさせていただき、達成のあかつきには即座に釈放させていただきますのでご安心を。犯罪歴もつかないのでその辺は大丈夫です」

「なるほど……」

 

 

 でもそこなんだよなー怪しいの。捕まったまま出してもらえないかもしれない。私たちのような無名の不良達に対してわざわざこんな大掛かりな罠を仕掛けるとは思えないけれど可能性は捨てきれない。

 

 

「信じれねぇな」

「ふむ。なるほど。まあ初対面の人間を信じろって言っても無理かもしれませんが……こちらにも仕事に対する責任感というものはあります。それにこれで裏切ってみてください。そんなことすればこちらのブランドイメージに傷がつくことになる。デメリットが大きいのですよ」

「だからと言って偽名使う奴信じれねぇだろ」

「確かに…」

「納得するのかい」

「ですが…まだ言っていませんでしたがこの依頼で潜入していただける人数は一人。ヒバナさんかコウさん、もしくは他の人でも構いませんが……もし潜入している方に何かあればそれ以外の方で私たちを抑えられる。逆に私たちを抑えて無理やり報酬を取ろうとすれば潜入している方は出られない。双方人質を取るわけです。これなら信用できずとも安心では?」

「む……それは、なるほど」

「それに……貴方達に依頼を選り好みできるだけの時間はないのでは?」

「ぐ、それを言われると弱い。わかった、受けよう」

 

 

 はえー。なるほど。ちゃんとその辺も考えているんだ。にしても潜入できるのは一人か。ならヒバナちゃんかな。彼女はうちのヘルメット団でも個人の戦力としては最強だし。リーダーである彼女がいなくなった後の団の管理がめんどくさそうだけど、彼女以外に適任がいないしな。仕方がない。

 

「ではどなたが潜入しますか?」

「コウをだそう」

「もちろんヒバ……はい?」

 

 

 はい?

 

 

「俺は団の運営があるし、何より潜入なんてのは向いてない。俺はもっと暴れられる奴じゃないとやだ」

「やだって…私だって無理だって」

「それにコウ、俺はお前を信頼してるんだ」

「へ?」

「この団が結成されて間もない頃からずっとお前は俺達についてきてくれた。初期メンバーみたいなものだ。俺の右腕と言ってもいい。だからこそ、そんなお前にしかこの仕事は頼めないと思っている。どうだ?受けてくれないか?」

「う゛……そ、そこまで言われちゃあね!?受けちゃおうかな!」

「っし!」

「酷いタラしを見た気がしますね…」

 

 

 ま、まあ?そこまで信頼されちゃあ断れないよね。

 

 

「ではこのタブレットを差し上げます。ご健闘をお祈りしますよ」

「ふふ、任せてください!」

「ああ、それと。言い忘れていましたがどうやらパティシエ側……八手シエの仲間が我々の動きを察して護衛を送っている可能性があるようで」

「ふむ?」

 

 

 

「青髪に特徴的なマスクとキャップ。最近ブラックマーケットで名を上げ始めている期待の新星を雇ったとか」

「へぇ…でも安心して。この冬陽コウの辞書に敗北の二文字はない!」

 

 

 

 私は後に、この選択を後悔することになるのだった。

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