冬陽コウの逃避行   作:有機栽培茶

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帰らせてもらっていいですか?

 

「入れ056番!」

「ぅひゃん!?」

 

 

 ケツを引っ叩かれて鉄格子の向こう側へと送り込まれる。コンクリートでできた冷たく固い床が私のプリティなお尻に容赦なく追い打ちをかける。武装は取り上げられたが服装までは没収されなかったことが幸いして臀部のクッションが私のお尻を守ってくれた。これがなかったら即死だった。

 

 やあ私だ。冬陽コウだ。

 あの後、手筈通り迎えにきたコネと汚職で真っ黒なヴァルキューレちゃんに連れられて刑務所……正確には矯正局にぶち込まれた私は早速依頼をあんな軽い気持ちで受けてしまったことを後悔していた───なんてことはなかった。

 

 

「ふっふっふ」

 

 

 なぜならば……私の精神は超合金DXメンタル故に…!

 アリウス育ちは伊達じゃない。冷たいコンクリの上で寝るどころか雨風を防げない屋外で野晒しにされながら寝たことや、訓練で雨にさらされてぐちょぐちょになった塹壕で過ごしたことだってある。この程度苦じゃない。

 

 むしろ天国であると言っていい。アリウスでのトタン製の廃材ハウスからアップグレードされた、ヘルメット団に入ってからの廃ビルや公園でのテント暮らし。そこからさらにアップグレードされたと言ってもいい務所暮らし!しかも三食出るときた。喜びこそすれ悲しむわけがない。自由がなくなるのは少し不満だが、これだけ至れり尽くせりなのだから文句はない。

 

 

「ヘルメット団のみんなには悪いけど、これが勝ち組って奴か……」

「お前が新入りか?」

「んへぁ!?」

 

 

 ふふふ、悪くない、と顔に手を当てて一人カッコつけていたら部屋の奥、暗闇でちょうど見えなかった場所から声が聞こえてきた。てっきり一人だと思っていたので恥ずかしさで赤面しながらも平然を装いながら振り向く。これがプロというものだ。

 

 

「お、おや。先客がいたなんて」

「む、驚かせてしまったか。すまない」

「いや、いいよ。気づけなかった私が悪い」

「そうか…?ああ、そうだ。自己紹介がまだだったな」

 

 

 そう言いながら彼女は暗闇から姿を現した。

 紺色のキャップと白いコート、そして長く美しい長髪が特徴的な、可愛いというよりイケメンという言葉が似合うような美少女だった。その外見は私に大きな衝撃を与えた。仲介屋から教えてもらった事前情報にあった、敵対組織が雇った傭兵の外見情報に合致しているからではない。

 

 私は彼女を、彼女の髪を、顔を、声を、その全てを知っていたからだ。

 

 

「錠前、サオリ……?」

「なに?知って……いや違う。私は錠前サオリではない。じょ、上崎……さ、サユリだ」

 

 

 慌てて彼女は顔を隠そうとマスクを取り出してつける。

 いいや、間違いない。私が見間違うものか。彼女だ。テレビで映っていたアリウスのテロリストであり……私がかつて苦難を共にした家族である錠前サオリ、その人だ。

 

 

「そ、そっか。ごめん、テレビに映ってた顔と、ずいぶん似ていたから……」

「よく言われる。私としても困っているところだ」

 

 

 彼女はそれを指摘されたことに焦りを感じているようだが、私も同様かそれ以上の焦りを感じている。ばれていないだろうか。勘づかれていないだろうか。私が、冬陽コウであると。貴方達を置いて逃げた裏切り者のクソ野郎であると。

 

 いいや、なぜバレてはいけないんだ?お前は彼女達に会いに行こうとしていたではないか。準備がどうだの言い訳をして後回しにしていたが、本当は理解していたではないか。彼女達から逃げてはならない。今すぐに会いに行くべきだと。後悔しない選択をするべきだと。あの見知らぬおじさんの言葉に諭されたはずだ。

 

 ああ、でも、まだ準備ができていないんだ。物資だとか人間関係だとかそういうものじゃない。心の準備が。彼女達に会った時何と言われるのか。罵倒されるのだろうか。喜ばれるのだろうか。もしかしたら忘れられているのかもしれない。だが、どんな言葉を返されようと私はそれを受け入れるだけの準備ができてないない。

 

 

「それで、そちらは?」

「ああ……そう、だね」

 

 

 私は、まだ彼女達に向き合う準備ができていない。

 

 

「私は……堀井、ノナカ。短い間になることを願うけれど……その間はよろしくね」

「ノナカ……ああ、わかった。よろしく頼む」

 

 

 ぎゅっと握手を交わす。

 手袋越しだけれども久しぶりに触れ合えた彼女は暖かかった。

 

 

「貴方がいて良かったと思うよ。いくらここの住み心地が良くても、一人は寂しいからさ」

「っ──────」

 

 

 ……しかし顔がいい。

 んえ?しんみりとセンチメンタルパートになるはずだったんじゃないのかって?まあ、うん。確かに思うところがないわけじゃない。いやありまくるのだけれどこういう雑念が混じるのもしょうがないと思う。顔がいいんだ本当に。貴方達も注視した方がいい。惚れるから。しかも肌トゥルットゥルだし髪きめ細かいし、私はアリウスにいた頃から思っていたけれどなんでそんな綺麗なんだ?天然物?キヴォトス人って体が頑丈だからそういうところも丈夫なのかな。

 

 しかし……いつまで握手し続けるんだ?

 

 

「………どうしたの?そろそろ、手を離してもらえると嬉しいのだけど……」

「………」

「あの、サユリ……さん?」

「…………コウ?」

「そろそろ離していただけると………へ?」

 

 

 ────へ?

 

 

「コウ……コウ!コウなのか!?」

「ちょ、あの、サオリ…」

「無事だったのか!会いたかった!ずっと!お前が家を出ていって生徒会が負けて、ベアトリーチェにも頼み込んで探したのに見つからなくて。どこにいっていたんだ!いったい今まで」

「ま、まって。待ってよ。こ、怖いよ?」

「っ……す、すまない。コウ、だが、私は……」

「あの……そのコウって人が大事なのはわかるんだけど……」

「あ、ああ。そうだ。お前は私たちの大事な家族で、お前がいない間私は頑張ってお前の代わりになろうとしたけど無理で私たちにはやはりお前がいないと……」

「私はそのコウって人じゃないよ」

「……え?」

「だから、私はその人じゃない。私はノナカ。堀井ノナカ。貴方とは初対面のはずだよ?上崎サユリさん?」

 

 

 私の手首を強く掴み、余裕のない表情で見下ろす彼女を取り繕った表情で見すえ、言い返す。人は自分よりも取り乱している人を見ると落ち着くようだ。

 

 

「…………そんな、はずがない」

「え、ちょ」

「そんなはずがない。私が見間違えるはずがない!コウ、お前は──!」

「痛っ!」

「っ!?す、すまないコウ!」

 

 

 彼女の拘束が緩んだ隙を見て振り払う。

 

 

「だから、違う。私は堀井ノナカ。そのコウって人がどんな人だとか貴方がどう思っているかは知らないけれど、疲れてるんじゃない?大切な人を他人と見間違えるなんてさ。もういい時間だし、寝た方がいいと思うよサユリさん」

「………」

「はぁ……」

 

 

 返事はなかった。彼女も落ち着いたのか、私が床に着いてからは話しかけてくることもない。

 

 ………大丈夫か?ヘマしていないよな?

 しかっし、これでここ暫くは冬陽コウではなく堀井ノナカとして彼女に接さなければならなくなってしまった。今すぐにでも自分だと打ち明けて謝罪しなければならないと理性ではわかっているのに、とっさにとはいえつまらない嘘をついてまで彼女達から逃げ続ける自分に、そして何よりまだ逃げなければいけない……いや、逃げられる状況になったことに内心安堵している自分に嫌気がさす。

 

 あーあー。こっから依頼目標達成まで彼女と相部屋か?今更ながら、やっぱり依頼を受けたことをすごく後悔している。今からでも取り消して帰ることはできないかな。

 

 

 ところで……

 

 

「…………」

 

 

 あの、サオリさん?なんでそんな凝視してくるんですか?もう寝た方がいいと思うのですけど。いい時間だし。

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