その日、冬陽コウは思い出した。
仕事という存在に対する恐怖を。人間関係の難しさを。
「きょ、今日からこの房で一緒に過ごすことになった八手シエです!よ、よろしくお願いします!」
この牢屋の中にベットが4つあったことに気付いた時点で察するべきだった。この牢には私たち以外の囚人が入ってくる可能性があることに。しかし、しかしだ。それが先に捕まっているはずのターゲットであると予測するのは不可能に近いのではないか。牢の移動などよっぽどのことがないと行われないだろうから。
が、運悪くこのタイミングでそのよっぽどのことが起こったらしい。
「え、えーっと…堀井ノナカ。よろしくね」
「………上崎サユリ。よろしく頼む」
以前述べたようにこの幼女はプロのパティシエである。それも、たった一人でその業界の客層を殆ど独占しかねないとして今回の依頼主───大手洋菓子店カイザースイーツが彼女の失脚のため動くほど。
どうやらそんな彼女の作るスイーツを巡って、彼女が元々いた牢屋で争いが起こり、先日私たちが巻き込まれた騒動が起こったというわけらしい。それでいて、私たちに助けられた彼女は当然のように彼女のケーキで買収されていた看守さんにお願いして私たちの牢屋に入れてもらったというわけらしい。なんともまあ、めんどくさいものに手を出してくれたものだ。あとヴァルキューレの腐敗が目立つなおい。
「はい!仲良くしましょう!」
天使のような、二パーっとした明るい笑顔を向けてくる彼女に「眩しっ!」ってなりながらも、後悔してももう遅いと先ほどの考えを頭の外へ追いやる。
なにせ彼女は私のターゲット。それでいてサオリにとっての護衛対象でもある。私たちがいずれ出逢う時は遅かれ早かれいずれくることだった。まあ!?そんな現実逃避したとしても同じ牢屋に暗殺者(?)と護衛とターゲットがひとまとめにされるなんてあまりにも可笑しく最悪な事態になっているという事実は変わらないのだがな!
うぅん、一体全体どうしてこんなことに。なぜ私の運は毎度毎度悪いのか。
「ノナカさんノナカさん」
「なにかななにかな」
「ケーキを作りました!どうぞ食べてください!」
「その材料は一体どこから……?」
「警察官さんにもらいました!」
「汚職ぅー」
ターゲットがこんなにも近くにいるにも関わらず護衛としての仕事を受け持ったサオリがいてはおかしなこともできないだろう。あと例の動画を対象に見せるためのタブレット、アレを看守から取り戻すことも大事だ。流石にコネがあってもタブレットを牢屋に持ち込むことはできなかったようで、今は押収品の保管庫にあるらしい。指とかをちょちょいと折れば「彼女のパティシエ人生を終わらせる」という目標は達成できるだろうが、方法まで指示されて依頼されたのだから従うほかない。
「ノナカさんノナカさん」
「ほほいのほい」
「絵本読んでもらっていいですか?」
「読めないの?」
「人に読んでもらった方が好きなので!」
「好みの問題かぁー」
タブレットを取り戻し、ターゲットに見せる。この二つが達成目標となるわけだが、その邪魔となるのが私にほぼ常時ついて回ってくるサオリの存在だ。彼女は未だ私のことを冬陽コウだと疑っているようでほとんどの時間私を監視している。しかも彼女はターゲット、八手シエの護衛だ。私がタブレットを取り戻そうと不審な動きをすれば……もしくは直接八手シエに危害を加えようとすれば、彼女が邪魔してくることになるに違いない。後普通に正体がばれかねないので恐ろしい。
え?もうさっさとバラせばよくない?ワンチャン協力してくれるって?
それは………そう、なんですけど。その、準備がね?心の準備が……
「ノナカさんノナカさん」
「はいはいなにかな」
「一緒に寝てもいいですか?」
「布団あるよね?」
「寒いので!」
「寒いかー」
……ってちょっとこの幼女距離近くないですか?
なぜか幼女、八手シエが私に妙に懐いているのか距離をつめてくる。なんかしたのだろうか?彼女を助けたのはサオリだし、懐くのならば彼女のはずだが。
「シエちゃんシエちゃん」
「はい!」
「寒いんだったらサユリさんと一緒に寝てきたら?」
「え……?あの、いや、でしたか……?」
「いやいやいやいや!そういうわけじゃなくてね!?」
幼女の涙目上目遣いは心臓に悪い。私は別にロリコンではないので下心はないが、良心が痛むのだ。それなのに骨折ろうとしているのかって?私事と仕事は別なので。
「君がサユリさんを避けているように見えたから」
「あ……その、言いにくいのですが……ちょっと怖くて」
「なら仕方ない」
なら仕方ないか。サオリちゃん怖いもんね。昔はただ目つき鋭い系幼女なだけだったけど、今じゃもうあれは殺し屋の目だよね。眼光で人殺そうとしてる。多分そのうち目からビーム出ると私は予想する。
「ところで……サユリさんはどうしたの?」
「ん…」
幼女から視線を外し、逆を見ればサオリちゃんがちょうど私たちの被っている布団を捲り、潜り込もうとしていた。すみません、この布団本来一人ようなんです。相手がロリだからギリ入ってるだけなんです。
「さ、サユリさん?手を一旦止めてもらっても……そもそも一体何をしようとして?」
「何って……当然一緒に寝るためだが」
「そんな当たり前のような顔されても困りますが」
「当たり前のことだからだろう?昔から私たちは4人で一緒に寝ていたからな」
「いったい何年前の話を……?多分それ子供の頃の話だよね?あとそれはコウさんのことで私のことじゃないよね??」
「何歳になろうと同じだ。私たちは家族だ。家族なら一緒に寝るのは当然だ。そうだろうコウ」
「それは家族によると思うんだ。それに別に私は家族じゃないし、ここ数日一緒の牢屋で過ごした間も別々で寝てたよね?あと私はノナカ」
だから無理だって。悪いなのび太状態なんだって既にこの布団は。これ以上は伸びるって。やめ、やめろーーー!!!!
「あの……もしかしてなんですけど…」
「どうしたの?」
「なんだ」
「サユリさんは、ノナカさんと一緒に寝る私に嫉妬しているんですか…?」
「───!?」
「………」
八手シエの言葉、コウに電流走る。
いやまさかそんな、ねえ?そんな可愛らしい子供みたいなこと、こんなかっこよく成長したサオリちゃんが抱くわけ……ねぇ?
そう思いつつ、私は顔を再びシエからサオリに向ける。
果たしてそこには────
「……………そんなことは、ない」
──赤面しているサオリがいた。
「ロリか!?」
「んな!?」
ロリだ!本物のロリはこっちにいた!おかしいと思ったのだ。この幼女枠として現れた八手シエちゃん。口調も丁寧だし妙の大人びている。外見こそはロリだが完全なロリとしてはどこか足りなかった。それを補うためのものがどこかにあるのだと、もしくは本物のロリがどこかにいるのではないかと、そう思っていた。
ああ、そうか。ロリよ。君はずっとそばにいてくれたのか……
「ち、違う!誤解だ!私はただ昔のようにだな!」
「でも今は今ですよね?それにノナカさんは貴方のいうコウさんじゃないって」
「い、いや、違う!私にとってコウはコウだ!だから一緒に寝るのは当然なんだ!」
「仮に私がそのコウさんだとしてもこの歳になってまで添い寝をするのはおかしいと思うけど……」
「う、裏切るのかコウ!?」
「いやだからノナカ」
「くそっ!こうなったら……!」
あ!ちょ!ま!や、やめ──────!
「すぅ……すぅ……いちごぱふぇ……」
「…うぅ……コウ……ミサキ…ヒヨリ……アツコ……」
一人用の毛布にくるまる八手シエとサオリちゃん。そしてなぜか追い出された私は冷たいコンクリに寝そべりながら、小さな窓から夜空を見上げる。
ああ、星が綺麗だ。
「………へくちっ」
後日風邪ひいた。