6周年PV素晴らしかったですね。メインストーリーが楽しみです。
私にとって冬陽コウは、寒い冬の中、肌を指すような冷たさと、空を覆い隠す雲から降り注ぐ雪を切り裂いて差し込む暖かい陽の光そのものだった。
一寸先も見えない未来を照らしてくれた。身に余る重荷を私に代わって背負ってくれた。私の心が落ち着き安心することのできる居場所となってくれた。私たちに明日をくれた。
あの日、お前がいなくなってから私たちは3人で生きてきた。ヒヨリとミサキ。二人が飢えないため私は頑張った。3人が2人となり、やがて1人となってしまう。そんな悲劇が起こらないよう、もう二度と誰も失わないように、私は頑張った。3人が4人となり、やがて5人となった後もそうだった。私は必死に頑張った。マダム、ベアトリーチェが『全ては虚しいもの』だという教えを説いても、大人を名乗るものたちに暴力を振るわれる日々でも、私はお前が帰ってくることを信じて頑張った。
けれど……
「リーダー」
「……なんだ」
「…今日も用意したの?」
ミサキが指を刺したのは、食卓に用意された、誰も座ることがなく埃を被った椅子と、その前に用意された腹を満足に満たせるとはいえない量の食事。
「……コウは、もう帰ってこないよ」
曇り切った目。分かりずらいながらもあの日々の中、ミサキが確かに浮かべていた小さな笑みや瞳に宿した光は、もはや失われていた。
そして、それは私も同じだった。
「貴方が探していた旧生徒会の生徒、冬陽コウですが……どうやらその者の所属している小隊はアリウスより脱出を試み、その際に何者かによって壊滅させられたようですね。落武者狩りのようなものでしょう。事実その小隊の隊長は死亡が確認されています。その者も生きてはいないでしょう」
ベアトリーチェから命令された任務、旧生徒会残党の殲滅。その対価として得た情報を聞いて、私は膝から崩れ落ちた。
全ては虚しい。
その教えは確実に私たちを蝕んでいた。
「”私の大切な生徒に話しかけるな“」
結果的に私たちは『先生』に救われた。
ベアトリーチェは先生に打ち倒され、外界と隔たれていたアリウスは解放された。私たちは姫を含めた4人でアリウスの外へ出ることができた。コウが出ようと願い叶うことのなかったアリウスの外へ。
普段から目にすることのあった空は眩しく、その青さに思わず綺麗だと思ってしまうほど。
救われた。全てはハッピーエンドとして終わった。アリウスは解放され、私たちも指名手配されながらも自由に生きる権利を得た。姫は助かり、アズサも補習授業部という居場所を手に入れた。
ハッピーエンドのはずだ。これで良いはずなのだ。
だが私の心には『もしも』という呪いが刺さって抜けなかった。冬陽コウという呪いが。
もしもコウがいたのなら。もしも私じゃなくてコウがみんなを率いていれば。もしも先生よりも先にコウが帰ってきて手を差し伸べてくれれば。もしも、もしも、もしも………
もしも、そうだったのなら。私は……ヒヨリやミサキ、アズサにアツコ。ミカだって。みんなもっと苦しまず、悲しまず、もっと良い結末を手に入れることができたのではないか。
あいつが、あいつがいてくれれば。
あり得ないIFだということはわかっていた。死人に何を願おうとも叶うことなどないのだから。けれども私は彼女が生きている可能性を捨てられなかった。ベアトリーチェに断言された後も、結局最後まで私は彼女が生きていると。アリウスから出た後もそうだった。彼女と似たような髪色を視界の隅に入れるたび目を向けてしまうし、似たような声を聞くたび振り向いてしまう。私はいつも無意識のうちに彼女を探し続けていた。
もういないとわかっていた。
もう二度と私たちの前には現れないと。
冬陽コウは、私たちとの約束を破ったのだと。そう、いやでもわからされることとなった。
「うーん……ごめんね。私の知らない子かも。少し調べてみるよ」
「冬陽コウ?悪いが知らないな」
「聞いたことないなぁ…男の子かい?」
「ふむ……依頼を受けて頂いた手前申し訳ありませんが、聞いたことがありませんねぇ。こちらでも情報屋の名にかけて調べてみますが…時間がかかるでしょうね」
探せば探すほど、彼女の痕跡などなくて、先生に聞いても無駄だった。いくつもの依頼主やよく通う店の店主など様々な人に話を聞いても誰も知らない。彼女がもういないという事実だけが突きつけられる。もしも、なんてあり得ないのだと理解させられる。そうして、やがて私も、彼女を探すのを諦めた。
そのはずだった。そのはずだったのに。
「貴方がいて良かったと思うよ。いくらここの住み心地が良くても、一人は寂しいからさ」
照明も無い暗い室内を差し込んだ月光が照らし出す。
相変わらず乱雑に切り落とされた灰色がかった茶髪に、あまり良いとは言えない目つき。そして懐かしさを感じるはにかんだ笑顔。
「っ──────」
お前は唐突に現れた。
私がどんな思いで今まで過ごしてきたのか、何も知らないくせにヘラヘラと笑って私の前に立つ。私が、私たちがこれまで、お前が私たちを捨てたせいでこれまでどれほど…!
怒りが沸々と湧いてくる。しかし、それ以上に溢れ出すのは喜び。それも、怒りすら忘れてしまうほどの。
「コウ……コウ!コウなのか!?」
「ちょ、あの、サオリ…」
「無事だったのか!会いたかった!ずっと!お前が家を出ていって生徒会が負けて、ベアトリーチェにも頼み込んで探したのに見つからなくて。どこにいっていたんだ!いったい今まで」
「ま、まって。待ってよ。こ、怖いよ?」
今すぐ抱きしめてお前の存在を実感したい。そんな欲求を抑えながらも、溢れ出す感情は止まらない。嘗て彼女に対してここまで正直に感情を吐露したことはなかった。「会いたかった」だなんて、恥ずかしくて言えなかっただろう。だが決壊したダムを閉じることはできなかった。
「っ……す、すまない。コウ、だが、私は……」
「あの……そのコウって人が大事なのはわかるんだけど……」
「あ、ああ。そうだ。お前は私たちの大事な家族で、お前がいない間私は頑張ってお前の代わりになろうとしたけど無理で私たちにはやはりお前がいないと……」
聞きたいことがたくさんあった。話したいことがたくさんあった。一緒にしたいことがたくさんあった。お前がいない間、いつまでも、どうやったって埋まらなかったこの穴を埋めようと、私の感情は溢れ出して止まらない。
お前がおかしなことを言うまでは。
「私はそのコウって人じゃないよ」
「……え?」
困ったような顔で彼女はそう言った。
わけが、わからなかった。確実に目の前の彼女は、冬陽コウだ。私が間違えるはずがない。いくらお前が成長していようが、姿形が変わっていようがすぐに気づく。私がお前を見間違えるわけがない。
だと言うのにお前はそれを否定するのだ。堀井ノナカなどと言う偽名まで使って。お前は確かに私のことをサオリと呼んでくれた。お前は冬陽コウだ。
──まさか。
また私の前から消える気なのか?
また私から逃げる気なのか?
いいやダメだと自分に言い聞かせる。彼女はそんな人間じゃないだろうと。彼女は嘗て私に対してこう言った。『君は私を信じれない?』と。その時の悲しそうな彼女の顔を私は忘れたことがなかった。だから信じなければいけない。彼女が、冬陽コウがそんなことするはずがない。私たちを捨てるはずがない。お前は私たちを裏切るはずがない。
だったらなぜ?
「……そうか」
やがて気づく。
理由があるのだ。自分が冬陽コウではないと思い込んでいる理由が。そう、たとえば記憶喪失とかだ。きっと彼女は、冬陽コウとしての記憶を、私たちとの記憶を失ってしまっているのだ。アリウスを脱出する際に失ったのだろう。そうに違いない。だって、じゃなきゃ…そうだろう?彼女が私に嘘をつくわけがない。彼女が、私たちを見捨ててアリウスにおいていくわけがない。
ならばすべきことは決まった。彼女の記憶を取り戻す。
「うわ!?サユリちゃん!?」
頭をななめ45°で叩く。いつだかアツコから聞いた方法だ。それを何度も試そうとするも彼女はうまくそれを避けてあたらない。ならば対話だ。話して、嘗ての記憶を思い出させる。けれど一向に彼女が思い出す兆しはなく、ただただ私が苦しいだけだった。
わからない。どうすれば彼女の記憶を取り戻せる。
だが、問題はない。私は彼女を見つけられた。もう逃さない。時間はあるんだ。ゆっくりと、一緒に探していけば良い。
「いやーーーー!?!?」
だがその時だった。幼い少女の、耳障りな悲鳴で私がこの刑務所に来た理由を思い出す。ああ、仕事なんてしている場合じゃないのに。こんなことをしている場合じゃないのに。
情報屋、伊月メイを名乗る黒髪ケモ耳が特徴的な仲介人から大金とコウの情報を対価に引き受けた依頼。今すぐ中断してこんなところから逃げ出してしまいたいが、一度引き受けたものを破るなんてできない。
だから、コウとの時間を削ってまで護衛対象である八手シエを助け出す。
なのに、だと言うのに。
「ノナカさんノナカさん」
護衛対象であるはずの少女がコウに話しかけるたび、抱きつくたび、目を合わせるたび。胸の辺りがちくりと痛む。
「サユリさんは、ノナカさんと一緒に寝る私に嫉妬しているんですか…?」
お前は、また私からコウを奪おうとするのか?