作戦実行日当日。
決行は昼休憩が終了し、各自が牢に戻される中看守のふりをしたマインがシエを1人連れ出し、動画を見せる。その間私は護衛任務を請け負っているサオリがマインを助けに行かないよう抑えている役割だ。
マインの変装は彼女が帽子を取るまで私が気付けなかったほど完璧だった。それに看守がシエちゃんを呼び出すことはこれまでも多々あることだった。大方彼女お得意の洋菓子を作らせたりしているのだろう。故に、サオリが異変に気づき私たちの計画の邪魔をしようと動く確率は極めて低い。私が活躍できる機会も来ないかもしれないわけだ。
まあ、そうなったらそうなったで嬉しい誤算だ。私はサオリと銃を交えずに済むし、私自らの手でシエちゃんにトラウマを植え付けるきっかけを作ることになったと言う罪悪感から多少逃げることができる。ぶっちゃけそうなって欲しいと思っている。
その場合でも依頼費は貰えるだろうから。そう言う契約だ。まあ、仲介人本人が出向いている以上本来支払われる代金より少なくなるかもしれないけれど……それでも元の金額が金額だ。この依頼を受けた目的である借金も多少楽になるだろう。
……そう、これでいいのだ。
私はただ何もせず……シエちゃんを引き止めることもせず、サオリに忠告することもせず、黙ってマインがシエちゃんにトラウマを植え付けるのを待てばいい。何もしなければいい。それが、最善だ。そうすれば私は罪悪感を感じることもサオリを傷つけることもなく、お金が手に入る。
これでいい。これでいいのだ。
「どうした?食べないのか」
「どどどどどどどどどどどどど!?どぉーもしてませんけどぉ!?」
「いらないならウィンナーさん貰っちゃいますねー!」
「あ、ちょ!?」
「……大丈夫そうだな」
……ちょっと迷っていたけれど、やっぱこのクソガキ。わからせた方がいいのかもしれないと思い始めた。
「食事の時間は終了だ!各自牢に戻れ!」
ジリリリリ、やかましい聴き慣れてしまった時刻を知らせる音と共に食堂にいたすべての囚人たちが食器を片付け、それぞれの牢屋に戻るべく席を立つ。私たちも席を立ち、自分の部屋に戻ろうと動くも、視界の端にこちらへと近づいてくる看守が1人見えた。
おそらく、いや確実にマインだ。
さあ、どうする冬陽コウ。辞めるのならば今のうちだ。いっときの情に流されて、ヒバナちゃんたちバチバチヘルメット団のみんなの期待を裏切るのであれば。方法は簡単だ。シエちゃんに一声かけて仮病なりなんなりを使わせてついて行かなせればいい。もしくはサオリに忠告すればいい。一言。一言だ。全てを知っている私の言葉一つで何とでもなってしまう。
一歩、一歩。スローモーションのように、ゆっくりと近づいてくるのが見える。耳が痛くなるほどの喧騒は、耳に入ってこない。
いいのか?本当に、それで。
ふと私の手を繋ぎ、監獄にも関わらず楽しそうに笑うシエちゃんを見る。そんな彼女の顔が、姿が……かつてのサオリたちに重なった。苦難に包まれた環境の中でも折れずに立ち上がり、あの日ようやく私に見せてくれたあの笑顔と重なった。子供の笑顔は尊いものだ。それが失われてはならない……そんなことは、私だってわかってる。常識だ。なんだよそんな以外そうな顔して。
それに、私だって、彼女の1人の友人として彼女を裏切り、金のために売り渡したくはない。
サオリと、シエ……私がこのまま黙って見過ごすと言うことは2人を裏切る行為に他ならないから。
だが────
「八手シエ。貴様は少しこちらに来い。話がある」
「はい?わかりました」
───私は、とてとてとてーと変装したマインについていく彼女を黙って見送った。
サオリとシエ。それに……今はこの場にいないヒヨリとミサキ。皆、私の大切な人であることには間違いはない。私の…大切な日常に欠かすことのできない人たちだ。
だが、それも過去のことで、一時的なことだ。
私に、今の、そしてこれからの平穏を支える、ヒバナちゃんたちバチバチヘルメット団のみんなを裏切ることなどできはしなかった。
「………」
姿が隠れる寸前、マインと目が合った。その目は暗に『貴方は貴方の仕事をこなせ』と伝えていた。
……もし仮に。私がサオリたち側につけば計画はご破産。シエちゃんは何事もなかったかのように無事で、サオリの依頼も達成される。だが、私の依頼は失敗し、借金の充てるためのお金は手に入らず、さらにそこそこ名の知れた仲介人である情報屋のマインの信用を失う。それはブラックマーケットにおいて死活問題であり……バチバチヘルメット団のみんなの生活をさらに苦しくする裏切り行為に他ならない。もちろん、私の生活だって。
過去は過去、だなんて切り捨てられはしない。けれど、けれども。私は……今の幸せを、平穏を手放すことができなかった。
「おい貴様ら何をしている!」
「……サユリちゃん、どうしたの?早く行かないと」
「……」
私のことをどれだけ蔑んでくれたって良い。恨んでくれたってかまわない。見損なってくれてもいい。それほどのことを私はしたんだから。
だから、だから……頼むから。
「サユリちゃん?」
「………コウ、少し待っていてくれ」
───気づかないで、欲しかった。
顔がくしゃりと歪む。きっと今の私は酷い顔だ。普段の人当たりのいい笑顔を作れていない。
だって、気づいたら。気づいてしまったら。
「……ダメだよサユリちゃん」
「すまない、お前には迷惑をかけるが…」
「ダメだよ」
「コウ……?」
私は、貴方に銃を向けなければならないから。
「……何を」
「悪いけど、行かせない。行かせられない」
昨夜、マインに呼び出された際に手渡された拳銃。少々心許ないが、隠し持つことができ、足止めくらいはできる程度の代物。
その銃口を、サオリに向ける。
「サユリ。貴方はシエちゃんを見送って、何事もなかったかのように牢に戻るの。感じた違和感も、この銃も。何もかも貴方の勘違い。何事もなく牢に戻り、シエちゃんも何事もなかったかのように戻ってくる。貴方が、向かわなければ」
「………」
……やめて。その目で私を見ないで。
そんな、なんで。もっと睨みつけてよ。初めて会った時みたいに。貴方のその鋭い目で。私を射抜いてよ。
なんで、そんな。
「………コウ」
「っ……」
「お前は……」
やめて。
そんな……そんな、優しさのこもった目で私を見ないで。
家族に向けるみたいな……私が、まだ家族であるような目で。
私を見ないで。
だって、そんなの……
「お前は……それで、後悔しないのか?」
まるで私が、まだ後戻りできるみたいじゃないか。
手が震える。照準が、うまく定まらない。それでも、この距離なら当たるはずだ。あとはこの引き金を引けばいい。それで、それだけで私はこの選択を完遂することができる。
なのに、だと言うのに私の手は言うことを聞かない。
──君にとって後悔しない選択をするといい。
ふと、脳裏にあの日であった怪しい不審者のおじさんの言葉がよぎる。
後悔しない選択。そんなものはないと断じるのは簡単だ。ここでサオリを撃とうが撃たまいが、きっと私は後悔をする。けれど……けれど、もしここで私がサオリを見逃したら。マイン達情報屋を通さずに受けられる依頼で借金を返せるかも知れない。サオリ達とも仲を戻せるかも知れない。また、かつての平穏を、今の平穏を保ったまま手に入れることができるかも知れない。かもしれない。もしかしたら。IF。もしもの話だ。全部。
けれど、これだけは確信を持って言える。
「─────っ!」
「くっ…!」
今ここでサオリを撃てば、私は確実に後悔をする。
パァンと、耳をつんざくような破裂音と、腕に伝わる衝撃。銃口からは白い煙が立ち上り─────看守が1人、崩れ落ちた。
「あああああああ!やっちゃったぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「いくぞコウ!走れ!」
「な!?あ!ちょ!?待て貴様ら!捕まえろ!脱獄犯だ!」
やってしまったやってしまったやってしまった!
後悔に頭を抱えながら、銃弾が飛び交う廊下をサオリに釣られて走り抜ける。
もう後戻りはできない!私は!私は…!この選択を後悔しないのだろうか!?
どうしようもない不安に駆られる。
ヒバナちゃん達に半殺しにされないだろうか。見捨てられたりしないだろうか。
「……ふっ。やはり、お前は変わらないな」
だけどそんな不安も、隣を走るサオリの微笑みに消え失せた。
ああ、今だけは……この幸せを噛み締めたい。
ところで変わらないってなんですか??私は貴方達の前ではもっと、ほら、ちゃんとした年上のお姉さん的な立ち位置についていたと思うのだけれど?もっとこう頼れるお姉さんだったはずなんだけど?そんなポンコツな面見せてないはずなんだけど?あれ????