奇跡など、存在しなかった。
「う゛ああああああああああ!!!」
普段の彼女からは想像もできない絶叫とも悲鳴ともとれる声が響き渡る。冷たくなったそれを胸にマユは泣き叫ぶ。彼女は、アイナは、夜を越えることができなかった。
実感が湧かない。
誰にも埋葬されることなく、ゴミのように捨てられたアレらを見た時。私はそれが確かに事切れているのだと、すでに生き物からモノへと変貌してしまっているのだと瞬時に理解した。
けれどコレは……アイナは、まだ生きているんじゃないかと、そう思ってしまう。彼女が死んでしまったのだと理解できていない。
だって彼女は昨日まで、確かに生きていた。あの爆発から私を庇うその時まで。
一緒に訓練を受けて、一緒にご飯を食べて、一緒に教官の愚痴を言って、一緒に、一緒に、一緒に……
一年と少しだけだ。けれど、彼女の存在が私の日常に、“当たり前”に組み込まれるには十分過ぎる時間だった。朝起きて、訓練場に向かえばクソ教官がいて、ミナト先輩が仏頂面で一緒に走ろうと手招きしていて、寝ぼけ眼のアイナ先輩を呆れ顔でマユ先輩が引きずってくる。休日ならばミサキやサオリに軍で教わった知識を伝えたり訓練を施したり、あとヒヨリを餌付けしたり。
変わり映えのない毎日だった。これからも続くはずの毎日だった。
これがこんな、急に崩れ去って。新しい日常が始まると思えば、欠けてしまってはもう2度と戻らない大切なものが、こうも失われるなんて。
信じたくない。理解したくない。
けれども現実は残酷で。
「……あ」
冷たく、もう動くことのないその手を触ってしまって、理解させられる。
もうあの活発で、うるさいほど元気で、元気のない時は痛いほど背中を叩いて不器用ながらも慰めてくれて、私が教官に殴られた時は文句を言いにいって私以上に殴られて、みんなで食べようと彼女がこっそり本部から盗んできた缶詰を教官に見つかったせいで連帯責任を押し付けられて、そこらへんの川で釣り上げたへんな魚を食べて腹を壊して……馬鹿ばっかな日常だった。けれどもそれがここ陰鬱な毎日を楽しく彩ってくれていた。
それが、もういないのだと、あの日常はもう帰ってこないのだと理解してしまった。
「あ……ああ……」
前世でも身内だとか親戚だとかの死は経験してきたはずだった。けれどもどうもこういうのは何度経験しても慣れないようで、それも目の前で消えてしまったのなら尚更だ。
目から涙がこぼれ落ちる。
その日私たちは貴重な時間を戦友の弔いに費やした。孤立した私たちに対して時間は味方してくれない。けれどもその行為は私たちによって必要不可欠な行為だったから。
◇
「これで、よし」
小石を積み上げ、彼女の遺品である愛銃を十字架代わりに突き刺しただけの簡素なお墓。すぐに打ち壊されてしまったり、掘り返されて荒らされることになろうと、あるとないとでは大違いだ。それは死んでしまったアイナにとっても、残された私たちにとっても。
「……終わったか」
「はい」
その間小隊長は黙って私たちから少し離れた場所で見回りをしてくれていた。貴重な時間を私たちにくれた彼に感謝だ。
「よし。ではこれより周辺の索敵と物資の補充を、と言いたいところだが状況が変わった」
「と、言いますと?」
「先ほどラジオで我々生徒会の降伏が宣言された」
「なっ!?」
ミナト先輩が驚いた声を上げる。
だが、これは予想できなかった出来事じゃない。前線がこの有様なうえ、あの兵器。私たちは、いくら戦闘に慣れていたとしても“死”には慣れていない子供だ。戦闘は遊びの延長線上。私たちは死を覚悟した兵士じゃないんだ。
アレが量産されているのかは知らないが、10個にも満たない数だけでも十分な脅しになり得るだろう。なにせ銃弾をマガジン一個分浴びせられても死なない私たちが、アレ一発でお陀仏なのだから。
「後日捕虜としてうちの“姫”さんがあっちに引き渡されるらしい」
「……それじゃ、完全に私たちは、生徒会は…」
「ああ、お終いだな」
姫。
私も一度見たことがあるがこのアリウスにしては場違い感の否めないほど高貴な衣装に身を包んだ文字通りお姫様といった感じの少女だった。ただ、偉そうな姫って感じじゃなくて、鳥籠の中の……いや、触ったら割れてしまいそうな?適切な表現が見つからないが、まあそんな感じだった。薄汚い私たちにも手を差し出したり可愛らしい笑顔を見せてくれていたから。
あの時はただのお飾りだと思っていたが、その認識はあながち間違ってはいない。彼女の生徒会での役割は組織の正当性の保障。アリウスの生徒会長は昔から世襲制だ。故にその血を引くものを長に据えた組織がアリウスを統治する生徒会となる……なんてうちのお偉いさんは考えていたのだろう。ただの邪推で、本来はちゃんと生徒会長をトップに置いてその人の指示のもと運営するつもりだったのかもしれない。けれども現在存在する生徒会長の血を引くものは幼い彼女一人。彼女もお偉いさん方も随分と苦労したことだろうな。
っと、少し話がずれたが、彼女は生徒会が生徒会であるための必須条件だってことだ。それを奪われたってことはうちの組織は生徒会じゃなくなって……まあ自然崩壊か、吸収か……殲滅されるか。ろくな結末にゃならないだろう。
「さて、うちの組織のことはどうでも良いから一旦置いとくとして」
「どうでも良いんですか……?」
「問題は俺たちがこれからどう動くべきか、だ。各自意見をあげてくれ」
何か地面に落書きをしていた小隊長が一方にバツを、もう一方にマルをつけて顔を上げる。……もしかして地図だろうか?随分とへ……センスのある。
「はい」
「マユ」
「今すぐにでも残存兵力をかき集め、姫を奪還。その後敵本部を叩くべきです」
「……」
「マユ、冷静になるべきだ。本当にそんなことをできると思っているのなら君は現実を見れていない」
「ミナト…!じゃあ何!?貴方はアイツらに素直に降伏しろっていうの!?アイナを殺したアイツらに!」
「そうだ。現実的に見て今の私たちが奴らを相手にして勝てる見込みはない。それに、残存兵力を集めるといってもどうするつもりだ?この状況を見てついてくる奴がいるとでも?君のそれは『敵討ちという名の自殺に付き合ってくれ』といっているも同然だ」
「それでも…!こんなことをする奴らに降伏しても碌なことにならない!」
「そうだとしても今死にに行くよりはマシだとは思わないか」
「ミナト!!!」
「落ち着けテメェら」
白熱する二人の口論を小隊長が足を鳴らすことで止める。
「二人の意見はよくわかった。だがコウ。テメェの意見をまだ聞いていなかったな。言え」
「え、あ…は、はい」
急に振られて困惑しながらも考える。
ミナト先輩とマユ先輩。二人の言っていることは理解できる。アイナ先輩を殺した奴らに降伏するなんて、っていう気持ちも、そんなことをするような奴らが今後私たちをどう扱うのかわからないっていう不安も。そんな不確定の不安に惑わされて死にに行くよりも今は降伏して生き延びるべきだという現実的な意見も。
どっちも理解できる。ただ、どちらの意見も理解できるために、どちらも正解だとは思えなかった。
ならどうすれば、と問われてすぐに答えられるほど私は頭の出来が良くない。
これがゲームだったのならばどれほど良かったことか。用意された選択肢を選べばいいだけなのだから。
「んー……」
「……」
頭を捻らせる。と、先ほど私に話をふった小隊長とふと目が合った気がした。
瞬間昨日の記憶が頭をよぎる。
あの月が嫌に綺麗だったあの夜に、小隊長が私に話してくれた。
「……外」
「え?」
外。アリウスの外。今まで考えたこともなかった。外に何があるかも知らなかった。私たちの日常はこの薄暗いアリウスの中で完結していて?それ以外のことを考える余裕も機会もなかったから。
だが、もし外に出れるのなら。外に、私たちの居場所があるのなら。
私は────
「……外に。アリウスの外に逃げましょう。争いも、飢餓も、このアリウスに渦巻く何もかもから逃げ出してしまう………というのは、どう、でしょうか?」
───行ってみたい。