冬陽コウの逃避行   作:有機栽培茶

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青空の下

 

「動かないで。武器を置いて、手を頭の後ろに」

「ミナト、テメェ…」

「あなた……っ!きゃっ!?」

 

 

 小隊長の背に銃口を突きつけるミナト。

 私はその光景に瞬時に反応できず呆然とするばかりだったが、流石はマユ先輩だ。瞬時に反応、判断しミナト先輩を裏切り者と仮定、彼女の持つ愛銃を構えるが……鋭い銃声と共に弾かれる。

 

 カランカランと風化した石畳を転がるその銃を弾き飛ばした銃弾。その弾道を辿って目線を向ければ何時ぞや……つい最近見かけた狙撃銃とその持ち主。そしてその後ろから我々を囲むようにゾロゾロと気持ち悪いくらいに出てくるガスマスク姿の兵隊さん達。

 

 ここまで見ればバカな私でもいい加減わかる。

 

 罠だ。私たちは、嵌められた。

 

 

「……なんのつもりだミナト」

「敵の指揮官……ベアトリーチェと交渉をした」

「なに?」

「私……私は、あんな賭けには乗れない」

「賭けだと?」

「投降すれば私たちの身の安全は保障される。戦争は終わった。……私たちは、ずっと、この十六年間ずっとアリウスで過ごしてきた。アリウスだけが私の居場所。アリウスこそが私の世界。アリウスの外に……私たちの居場所はない。アリウスの外に、私たちの世界はない」

 

 

 彼女の様子は不安定だった。瞳孔が揺れ動く。本当にこれでよかったのか。正しい選択だったのか。きっと、迷う時間すらもなかったのだろう。だが、もう彼女は引き下がれない。引き金に指をかけてしまった以上前に突き進むしかない。

 

 

「何があるかもわからない、アリウスの外。そんなものに……私は、私自身を……何より仲間達の命を賭けられない」

「だがテメェの背後にいるお仲間さんを信じる方が馬鹿だと俺は…」

「何より!」

 

 

 目尻に涙を浮かべながら叫ぶ。

 

 

「貴方は信用できない!三年前、貴方の判断ミスのせいで私は仲間を失った!お陰で彼女達はまともな生活を送れなくなって、私は予備隊送り。もう2度と、あんなことは繰り返させない」

「っ!だから俺は…!」

「うるさい!」

 

 

 下がりかかっていた銃口を再び構え直し、彼女は再度告げる。

 

 

「もういい、武器を捨てて。両手を頭に」

「……随分と、馬鹿なことをしたな」

「早くし───

 

「十分だ」

 

 

 ガンッという重い音と共に叩きつけられた銃底がミナトの意識を刈り取る。それを行った下手人、敵の狙撃手は彼女に変わって小隊長へ銃を突きつけ、それと同時に周囲の敵兵も私たちへと銃口を向ける。

 

 はは。これは、ミナト先輩も騙されたらしい。

 彼女の選んだ選択肢じゃ、ロクな結末にはならなそうだ。

 

 

「ミナト……」

「マダムの指令は生徒の確保。もしくは、排除。大人は不要だ。ここで処理する」

「……おいおい。随分と物騒じゃねぇの」

「……」

「世間話も無しかよ。テメェのお仲間さんは随分と舌に油が乗ってたぜ」

 

 

 小隊長の足が2度地面を軽く叩く。

 事前に決めておいた合図だった。私とマユ先輩は瞬間目を閉じ、耳を塞ぐ。

 

 

「っ!!フラッシュバン!?」

「走れ!」

 

 

 閃光が収まったのを確認して、先を走る小隊長に追いつこうとカタコンベの中へと走り出す。小隊長殿の体は全身に武器が仕込まれている。本人曰く「大人は皆こんなものだ。機械の体なのだからこのくらいしないと損だろ」と言っていたが、彼だけが例外だと思いたい。

 

 

「小隊長!ミナトは!?」

「諦めろ!あいつの選んだ道だ。それに連中怯みながらも拘束を緩めてなかった!ありゃ慣れてやがる!すぐ追ってくるぞ!」

「ひっ、み、耳がまだちょっと……」

 

 

 カタコンベの中は真っ暗で、手持ちのライトがなければ一筋の光すらない暗闇だった。地下墓地を名乗っているものの、ろくに整備もされていなければ最近誰かが来た痕跡すらない。しかも道は入り組み、小隊長がいなければ我々も迷って死人の仲間入り。これでは幽霊達も道に迷って自分の棺桶すら見失ってしまうんじゃないか。私だったらこんなところで眠るのはごめんだ。

 

 

「っ!?もう来たわよ…!」

「!?掠った…!耳掠った!」

「くそっ!走れ走れ!」

 

 

 飛び交う弾丸の中を走る。ただひたすら走る。

 先も見えない暗闇を、その先に光があると信じて。

 

 

「いい加減諦めたらどうだ」

「コウ!」

「きゃ!?」

 

 

 横を走っていたマユ先輩に突き飛ばされ、同時に彼女の持っていた盾から重い衝撃音が走る。

 

 

「この暗闇で…!」

「マユ!大丈夫か!」

「ええ。でもそろそろ限界みたい」

 

 

 走るのをやめたマユが盾を構え、後方の暗闇を見据える。

 暗闇で姿は見えないながらも、数多くの足音がすぐそばまで迫ってきているのがわかる。

 

 

「小隊長、コウを連れて走ってください」

「マユ先輩!?」

「……」

「後輩を守るのは先輩の役目です。それに……復讐するには丁度いい機会です」

「すまん」

「ちょ!?」

 

 

 私を抱え、小隊長は走り出す。

 マユ先輩の背は、小さくなり、やがて暗闇に消えていった。

 

 

「小隊長!離して!小隊長!」

「……」

「離、せ!」

「っ!」

 

 

 小脇に抱えられていた状態から暴れて無理やり抜け出す。

 マユ先輩と別れて随分と離れてしまった。

 

 

「戻らないと!マユ先輩を…!」

「……コウ」

「ミナト先輩だってまだ間に合うはず…!早くしないと!」

「…コウ」

「何をやってるんですか!早く戻って…!」

「コウ!!」

「っ!」

 

 

 ガンッと頬を強く殴られる。

 

 

「この部隊の小隊長は俺だ。俺の判断は、絶対だ」

「……それで、二人を、見捨てろと…?」

「そうだ」

「……けないで」

「あん?」

「ふざけないで!お前なんか!お前みたいなクズなんk───

 

 

 言葉を言い切る前に、私の口は蹴り上げられ強制的に閉じられることとなる。

 

 

「お前。俺が誰か、忘れたのか?テメェを道具として教育してやったのが誰か。まさか頭でも打ったんじゃねぇだろうな。もうぺん殴ったら思い出すか?だったら思い出すまで殴ってやるよ」

「ひっ……」

「そうだ。それでいい。テメェは道具だ。俺が出世するための。いや、今は俺が生き延びるための道具だ。道具は黙って使われていればいいんだ。2度と忘れるんじゃねぇ」

「………」

 

 

 染み込んだ恐怖には逆らえない。どれだけ心でこいつを嫌っていようと、どれだけこいつの命令に逆らいたくても、私の震えは止まらず従う以外の選択肢はとうの昔に奪われていた。

 

 

「ふん。辺りの様子も変わってきた。以前来た時とは違うが……おそらく外はもう近い」

「………」

「コウ」

「っ…」

「罠が仕掛けられているかもしれん。ここからはお前が先行しろ」

「………はい」

 

 

 最悪の気分だった。私は一瞬でもこいつがいい人なんじゃないかと勘違いした自分を全力で殴り飛ばしたくなった。こいつが、こいつのせいだ。大人しく降伏していれば、ミナト先輩に従っていればこんなことにならなかったんじゃないか。こいつが、命惜しさに無駄な抵抗をしなければ。そもそも本当にアリウスの外はあるのか。外に、私たちの居場所があるのか。絶望と不信感のみが積もっていく。

 

 カツンカツンと石畳を叩く音が聞こえるのみ。

 私は歩き続ける。先輩たちを助けにいくこともできず、こんなカス野党の捨て駒として使われることしかできず。

 

 

 ふと、私の丁度後ろからなっていた足音が止んだ。

 

 

「………」

「コウ。ここからは、お前一人で行け」

「……え?」

 

 

 予想もしていなかった言葉に振り返ると同時に破裂音が響く。彼の放った弾丸は崩れかかった天井に穴を開け、それによって耐えきれなくなった天井は大量の瓦礫と共に崩れ落ちる。

 

 

「ミナトにマユ……俺は、まだやらねばならんことがある」

 

 

「コウ」

 

 

 

「また会おう」

 

 

 崩れゆく瓦礫の向こう。

 私が最後に見たのは彼の大きな背中と、暗闇から姿を現す、あの血に濡れた狙撃手の姿だった。

 

 

「……教……官……?」

 

 

 どうして。

 

 

「どう、して」

 

 

 なんで。

 

 

「なん……で」

 

 

 貴方達は私なんかを庇って……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トンネルを抜け、暗闇から顔を出す。

 降り注ぐ太陽の光が、暗闇に慣れきってしまっていた曇りきった私の眼を焼き尽くす。

 見たことのないほど高く聳え立つ摩天楼に、道々を行き交う明るい表情を浮かべた人々。

 

 綺麗で、美しくて、眩しくて。

 

 

 空には嫌気がさすほどに青が広がっていた。

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